青春+ラブコメ+日常=

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第1話 こういう交換条件

 俺とヤマメは互いに出会って、17年の月日が経つ。いわゆる、腐れ縁って奴だ。

 ちなみに、俺は腐れ縁な奴を一般的に、親友だと締めくくっている。

 なんたって、付き合いが長い故、お互いのことを嫌なほど知っているからだ。互いの深い理解っていうのはそんじょそこいらの友達関係では構築できない。

 ただ、親友だからと言って、絵に描いたような仲良さとか、そういうのはない。

 いわゆる、ツーカー的なもんで、熟年夫婦みたいものだ。




「あー」

「わーった、わかった」

 ここは俺の部屋。対して広くもないザ・男な部屋。本棚ドン、テレビ台ドン、勉強机ドン、とまさしくどうぶつの森の初期みたいな部屋。

 狭いくせに、やたら物はおいているせいで、正直、俺のパーソナルスペースというやつが基本的にベッドの上しかない。そんな感じの部屋だ。

 ただ、そんな唯一な俺の生息地も、ヤマメによって占領されている。いわゆる、俺のベッドは現在、植民地状態というやつである。扱いもまぁまぁそんな感じで、俺は狭いスペースをバレエの演奏みたく舞って、棚から漫画を抜くのだ。ヤマメのために。

「ちがーー」

「わーった、わかった。てか、言語能力備えてるんだから、もっと活用しよ? ねっ?」

「不可」

「どういう返答だ……ったく、ほらよ」

「んっ」

 受け取ってはうつ伏せで、漫画に没頭していく親友。

 その間、俺は気楽にするスペースもあらず、米兵にチョコレートを恵んでもらうほどみじめにベッドの角に尻を乗せるのであった。

 まぁ、ここ数年、こんな感じで放課後の日常は流れている。一見、なかなかに惨めだとは思われるかもしれない。なにせ、自分の部屋を他人に奪われるのだ。ジャイアンすらも流石にのび太の部屋までは侵略してこなかったはずだ。

「っぅ……!」

 けど、俺は今の日常に満足している。もちろん、俺が雑巾みたいな扱いされることを生きがいとするマゾだから、というわけではない。……けっしてないぞぉ。

 それは俺たちの間柄に暗黙の了承があるからだ。

 俺は続けて、ぬるま湯みたいな心地の絹皮に触れる。軽くつまむと、むにゅとして弾力の心地が手に伝る。

「おー、神よ……。なぜあなたは人に、太ももという神器をお与えになられたのですか……」

 そう、俺は狭いスペースで、ケツの半分しか乗らないベッドの端で腰を掛けて、赤ん坊をあやすように、子犬を撫でるように、優しく、原点に帰るかの如く―――ヤマメの『太もも』をさすっているのだ。

 はっきり言おう、太ももは女の子の部位で上位に入るレベルでエロい。なんかわからんが、太ももには強大なエロスを感じるのだ。多分、太ももには神か何かが宿っているのだろう。じゃないと、スカートから覗くあの肌が神秘的に見えるはずがない。ほんと、太ももさんのエッチ!

 ―――みたいなことをヤマメに力説したのが、もう二年前のことだ。懐かしい。

 当時から、ヤマメは今みたいに無気力系というか、かなりのダウナーっ娘だったのだが、まだ俺たちの関係性に主従関係はなかった。つまり、俺はヤマメの朝起こしマシーンでもなかったし、添い寝オプションロボットでもなかったし、ベッド端男でもなかった。

 これはいわゆる、交換条件であったのだ。ヤマメに尽くすということを条件に、太ももを自由に触っていいという。まさしく、ヤマメの太ももでシリコンバレーが発したのである。

 それ以来、俺は一切、日常に対して嫌悪感というものがなくなったね。

 だって、毎日太ももを拝み、触れることができるからね。こんな楽しいことが毎日続くとか、人生充実しすぎである。俺は太もも界のリア充だ。略して、太充。

「……にしても、ヤマメちゃんよぉ。ちょっと、太った? 気持ち半分、厚みを増した気が……いて! やめろぉ、迫害するのはやめろぉ! 憲法9条を守れぇ!」

「むぅ……!」

 ぺしぺしと足の打撃が飛んでくる。顔色を窺ったところ、無表情ながらにご立腹そうである。無論、太ももに関してもそうだとは思うが、どっちかといえば、腹が減ったという意味合いもあるのだろう。こういうのは付き合いが長い故に、よく分かるものだ。

「はいはい、俺が悪うございました。んで、今日はドリアか中華丼で悩んでんだけど、どっちがいい?」

「……まえ」

「前者な。そこまで二語縛りされると流石に俺も応援したくなるわ……」

 俺はベッドから離れ、落ちていた漫画を拾って、棚に戻した。

「じゃ、飯作ってくるから……」

 いい子にして待ってるのよ、なんてやり取りでもしようと思えば、ヤマメはいつのまにか俺の近くにいて、ブラウスを握っていた。

「その……」

 ヤマメはそれだけを言うと、俯いた。まるで、教壇に立たされた子供みたいで、上手く言葉を紡げていない様子だった。

 けど、何でも言おう。俺はヤマメの言いたいことがほんの少しの材料だけで理解できるのだ。それだけ、互いに過ごしてきた時間は長い。

「大丈夫だよ。ゆっくりと進んでいけばいいさ。お前がちゃんと整理つくまで、俺がフォローし続けるからさ」

 撫でる。太ももではない、彼女の頭を。腿にも負けないいふわりとした髪で、そして漂うシトラスの優しい匂い。

 時には、妙な交換条件があってもいいと思う。

 彼女からは二語の縛り。

 俺からは太もも自由権。


 いつか、交換条件が終えた日に、俺たちの関係性も変わると、そう信じている。

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