第26話 同調

 閃光とともに弾ける魔法。

 氷と炎の連撃により生み出される爆発的な水蒸気。


 それはたちまちに空間の中を包み込み、全ての視界を覆い尽くす。


「……いささか呆気なかったね。いや、本来は人の身でここへたどり着いただけでも、十分に賞賛に値すべきなのだろうけど」

 魔法を解き放ち終えたゼスは、小さく頭を振りながらそうこぼす。

 彼の顔には薄ら笑いが浮かんでいた。


 そう、彼の眼前の水蒸気が晴れ、聞き覚えのある声が鼓膜を震わせるまでの間は。


「だとしたら、遠慮せず称賛してもらいたいところかな。けなされるよりも褒められる方が好きな質だからさ」

「バ、バカな!? 一体、どう言うことなんだ。調停者、なぜキミがそこにいる!」

 消え去ったはずの人物が全く無傷のまま、何事もなかったかのようにその姿を現した。

 その事実を前に、思わずゼスは一歩後ずさる。


 すると、黒髪の男は口元をわずかに緩めながら軽く両腕を開いてみせる。


「心外な問いかけだね、それは。ずっと私はここに立っていた。君はそれを目にしていたはずだし、もしそれを忘れてしまったと言うなら自分の記憶を疑った方がいいかな」

「ありえない。ありえないはずだ。ボクの編み上げた魔法……いや、改変は完璧だ。完璧に発動したはずなんだ。少なくとも、普通の人間なら存在すべてをかき消せる程に」

 思わず彼自身の嫌う魔法という言葉を口にするほどに、ゼスの動揺は著しかった。

 だからこそ彼は頰をひきつらせ、目の前の光景を否定するかのように首を左右に振る。


 しかしそんな銀髪の青年を前にして、ユイは苦笑を浮かべながら軽く頭を掻いた。


「だとしたら、完璧ではなかったということじゃないかな。不完全な出力には不完全な結果が伴う。それはどこかの誰かが作ったとある世界を見ても明らかだと思うけど」


 その言葉のもたらした変化は如実なものであった。

 動揺隠せなかったはずのゼスは、途端に憎しみを顕にする。


「キミのようなまがい物に、あの方のセカイを汚す資格などない!」

 溢れんばかりの怒り。

 それがゼスの体の中を駆け巡り、そして迷うことなく彼は巨大な光と熱の塊を無数に生み出していく。


「これは……まさか……」

「そうさ、君たちが作り出した異物中の異物であり、ある意味ではキミの切り札であった集合魔法。でも小規模のものならば、この僕には一人で複数操ることさえ造作もないことさ」

 ゼスの頭上に次々と現れる熱と光の球体。

 それを目の当たりにしてユイは小さく頭を振ると、わずかに苦笑を浮かべる。



「魔法という言葉を言い換えた方が良いんじゃないかな。それとも流石にこれだけの魔法を出力するには、言葉の綾に気遣う余裕さえなくなるということかな」

「ちっ、それがキミの最後の言葉とね。でも、もう後悔する必要もなくなる。今度こそさようならだ……グレイツェンクーゲル」

 言葉と同時に解き放たれる無数の光と熱の球体。

 それはまっすぐに加速していく。

 全てはそのユイの体へと目掛けて。


 逃げることも、隠れるともしない眼前の黒髪の男の姿。

 それを目にして、ゼスは確信する。先程のような異常は二度と起こらぬと。





 しかし……異常は起こる。





 無数の集合魔法が殺到し、黒髪の男の体が目視できなくなった瞬間、すべての球体が弾け飛んだ。それも尽くが真逆の方向……つまり魔法を放ったゼスに向かって。


「ば、馬鹿な!?」

 突然その軌道を変えて襲いかかる無数の集合魔法。

 それに対し、ゼスは全力で新たな集合魔法を編み上げると一斉に迎撃する。


 次々と生み出される新たな小規模爆発。

 それはこの空間でなければ……仮に地上であったとすれば大地が崩壊しかねないものであった。


 だがそれでは終わらない。

 自らの魔法を自らの魔法で相殺したゼスの眼前……そこに爆炎の中から予期せぬ人物が迫っていたが故に。


「ユイ・イスターツ!!!」

「おや、後の先を取ったと思ったけど、まさか反応されるとはね」

 振り抜いた剣撃をギリギリで回避され、ユイは少し残念そうにそう口にする。

 一方、右の上腕に一筋の傷を負ったゼスは、慌てて距離を取り直すと信じられないとばかりに苛立ちの声を上げる。



「アレだけの魔法を跳ね返し、そしてこのボクを傷つけるなんて……ありえない、ありえない、ありえない! そんな事できるはずない。キミが同時に複数のプログラムをクラックできないはずじゃないか!」

「ええ、そのとおり。で、それがなにか?」

「嘘をついているのか。これまで嘘を付き続けてきたというのか? まさか同時に複数のプログラム改変を?」

 苛立ちと戸惑いと不安。

 それらが入り混じった表情を浮かべ、ゼスは改めて呪い殺さんばかりの勢いで目の前の男を見つめ直す。

 それに対しユイは、軽く頭を掻くと再びその手に雪切を握りしめた。


「そんな器用なことはできませんよ。でもタダで種明かしは望ましくない。ですので、お代を頂かせてもらいますよ。この刀によってね」

 言葉と同時にユイは、戸惑いを見せるゼスに向かい一気に加速する。

 そして迷うこと無く刀を振るった。


 それは一切の無駄なく、そして一切の揺るぎない剣閃。


「くそ! だが単純な剣撃なら、いかにキミの技量が高かろうと当たりは――」

「ホワールウインド!」


 それはごく当たり前の呪文。


 クラリスにおいて攻勢魔法を扱うものであれば、誰しもがもっとも初期に扱い、そして生涯使い続ける基礎にして完成形とされる風魔法。


 そして同時に、彼の親友が最も愛用する魔法の一つ。


 それは剣撃を回避された直後に解き放たれた。

 本来ならば魔法を扱えない男の手元から。


「魔法だと!? ば、馬鹿ぁ、グウッ……」


 体を旋風が捉え、青年は体制を崩す。

 そしてほぼ同時に振るわれる二閃目の横薙ぎ。


 結果として弾け飛ぶ……そう、一人の青年の腕が。


「腕一本……か。頂きたかった代金としては、些か安すぎかな」

「なんなんだよ、キミは。魔法を使う? そんな馬鹿な。キミは使えないはずなんだ。これまでの周回でも、そして今世でも、一度たりとも魔法なんて――」

「ああ、自分一人では使ったこと無いと思うよ。正真正銘、今が初めてさ」

 ゼスの言葉を遮る形で、ユイはあっさりと認めてみせる。

 それに対しゼスは、大きく首を左右に振りながら、


「おかしいだろ! キミは違うはずだ。魔法士じゃない。世界と……ユニバーサルコードとの同調は許されても、バグを扱うようにできていない。でなければ、巫女のシステムは成立しない!」

「うん、そうだね。キミの言うとおりさ。私はあのセカイにおいて、魔法を扱うようにできてはいない。魔法は書き込むための魔力だけでは成立せず、世界の法則と同調するために調律の魔力が必要となる。そしてこの調律こそ、君たちがバグと呼ぶ仕組みさ。そして私はそのバグを扱えない」

 それはかつてエリーゼに語った内容。

 自らではマジックコードと同調し得ず、一人で魔法を扱えないという事実であった。


 言わば矛盾、完全なる矛盾。

 だからこそ、ゼスは何度も首を左右に振り混乱と戸惑いを顕にする。


「ならばなぜ! ……いや、待て……セカイとの調律……まさか!?」

「そうさ。あのセカイから、この空間に対して同調することこそ魔法の仕組み。ではキミに尋ねるよ。あのセカイから魔法の調律をできない者が、もし直接マジックコードと地続きの場所に来ればどうなるか……その答えがこれさ」

 言葉とともにユイはわずかに目を閉じる。そして空間と体の中の魔力を同調させていくと、一気に魔法を形作り始めた。


「ジャーマランサ……アイスランス……ファイヤーアロー……アースショット」

「そんな……では、先程のボクの魔法が効かなかったのは!?」

 眼前に生み出される無数の魔法を前に、ゼスは動揺混じりの声を上げる。

 そんな彼に対し、ユイは小さく一つ首を縦に振った。


「そう、キミが作り上げた魔法をそっくりそのまま相殺したからさ。さあ終わりにしよう。私たちあのセカイの人間が、君たち管理者を乗り越えられると証明してね。ホワールウインド!」

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