第24話 お互いの背負うモノ

「わざわざ出迎えの歓迎ありがとう、ゼス・クリストファー」

「なに、無断侵入者のお相手をするのは、私たち修正プログラムの仕事だからね。しかしゼス・クリストファー……か」


 ユイの言葉を受け、作り物めいた容貌を持つ銀髪の青年はくすりと笑う。

 それに対し、黒髪の男は軽く頭を掻きながら、確認するように問いかけた。


「おや、違うのかな。あの世界で私と対峙したゼスと君は、どうも同じ存在じゃないかと感じたのだけどさ」

「対峙したというより、一方的に背後から刺殺されたと解釈しているが?」

「最後に限ってはそうかもしれないね。だがそれ以前の段階では、好き放題に仕掛けられたのは私の方さ」


 脳裏をよぎるカーリンの末路。

 そしてトルメニアによる様々な工作。


 そのいずれもが目の前の青年によって仕掛けられたものであることは明白であった。だからこそ、ユイは決してその視線をそらすことなく、目の前の青年を見つめ続ける。

 すると、軽く根負けしたかのように銀の髪の青年は苦笑を浮かべながら肩をすくめてみせた。


「解釈の違いか。結構、いずれにせよ私はあの世界でゼス・クリストファーとされた存在だ。ただそれは本来ボクの名では無い。修正プログラム……中でもリカバリー及びウイルス駆除を管轄するシステムこそがこのボクさ。まあわかりやすい記号としてゼスと呼んでもらうのは自由だけどね」

「ならば遠慮なくゼス、キミたちはなぜ私たちのセカイに干渉したのかな」

「それはもちろん破綻を防ぐためさ。プロフェッサー……いや、君たちで言う神が作り上げたシステムを崩壊させないために」


 ほんの少しだけ寂しそうな表情を浮かべながら、ゼスはユイに向かいそう回答する。

 それに対しユイは、僅かな引っ掛かりを覚えつつも、さらなる問いを重ねた。


「……それはたとえ私たち人間を殺してでもかい?」

「違うよ、ユイ・イスターツ。ボクたちの敵は人間ではなく、システムのバグを利用するようになった者。つまりあの人が目指したシステムを汚し、犯し、そして狂わせた魔法士という名のウイルスだけさ」

 全くよどみなく告げられたその言葉。

 その中の聞き慣れぬ単語をユイは思わず口にする。


「ウイルス……か」

「そう、ウイルス。システムのバグを利用するものは、君たち人類の中で称賛され、そしてその数は天文学的なまでに増大しつつある。このセカイのシステムが処理しきれないほどにね。その歪みがこれさ」

 ゼスの言葉と同時に、ユイ達の周囲には一斉にこの場とは異なる空間の映像が映し出される。

 そこで描出されたもの……それは砂漠によって朽ち果てた無数の街並みであった。


「砂漠化……なるほど、ゼルバイン王国か」

「そのとおり。キミたちが魔法などと呼んで好き勝手にセカイへ干渉した結果がこれだよ」

「なるほどね。だから君たちは世界を維持するため、魔法士を排除するというわけだ」

 ゼスたちがトルメニアを操り成そうとしていた事。

 そのことに改めて思い至ったユイは確認するようにそう問いかける。


「そうさ、本来あるべきセカイに矛盾を生み出し歪める存在。それは我らの神の意志に反する者であり、そして同時にセカイを人の住めぬ土地へと変貌させる者なのだ」

「だからこそ、受肉してまで魔法士の排除を試みたと?」

「できる限りセカイへの負担を少なく、不要な存在のみを取り除く。そのためにこそ、我らの存在はある」


 ゼスの言葉に迷いはなかった。

 しかしユイはその事をそのまま受け止め、理解することはできなかった。だからこそ彼は、脳裏に浮かぶ人々のことを眼の前の青年へ問い詰める。


「だがキミたちが起こした戦いで、無数の人々が死んだ。もちろん魔法など使えない人々も含めてね」

「わかっている。いやだからこそボクたちが受肉したのさ。あの人が愛した子たちを少しでも救済し、そして背負う罪を少しでも軽くするためにね。そのためならどんな卑劣なことも悪どいことでも行おう。その決意が君との差だよ、調停者」

 真っ直ぐにユイの目を見つめながら、ゼスはそう言い切る。

 それを受けて、ユイは大きな溜め息を吐き出すと軽く頭を掻いた。


「なるほど。いや、完全には理解出来ないが、言いたいことはだいたい把握したよ」

「そうか。ならば調停者、我々に協力したまえ。本来、東方の巫女はシステムと人々を繋ぐ役割を担う存在。そしてイレギュラーながらも、巫女の血を受け継ぐ君もその責を担うべきだ。特定の人々にだけ肩入れするのではなくね」

「済まないが断るよ、ゼス」


 それはまさに即答であった。

 そしてその回答はゼスにとっても予期されたものであったのだろう。彼は残念なものを見る視線をユイへと向ける。


「……そう言うと思ったよ。だけどなぜかな。聡明な君ならば、ボクの言っていることが理解できると思うのだけど」

「残念ながらこの刀を受け継ぐ時に、母からはキミが言うような責は預からなかった。だから私は調停者としてではなく、あくまであの世界の一住人であるユイ・イスターツとして、この場所に立っている。これが答えさ」

 それは状況を俯瞰する者が聞けば詭弁と呼べるものであったかもしれない。


 だからこそゼスは苦笑する。

 ユイの立場を理解するがゆえに。

 そして予期された帰結を迎えたがゆえに。


「残念だ。もはやキミが我々に協力してくれるならば、まだこの周回の世界を紡げる可能性が残されていると思ったのだけどね」

 言葉と同時にゼスはゆっくりと腰に下げた剣を手にする。

 一方、彼と対峙するユイはその光景を前に小さく頭を振った。


「肉体労働は嫌いなのだけど、どうやらやむを得なさそうだね」

「調停者、最後に問う。ここでの死はユニバーサルコードからの消失を意味する。それでもこのボクと対峙するんだね?」

「ああ。私は働くのは嫌いだが、私に望まぬ労働を押し付けようとする相手はもっと嫌いなんだ」

 その言葉とともに、ユイは母の愛刀であった雪切を抜き放つ。

 お互いの呼吸のリズムが重なり、そして互いが同時に一歩前へと踏み出す。


「セカイの秩序と法則の守護者として……ユイ・イスターツ、ここにキミを排除する」

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