第16話 三人目の男

「あくまでこの僕だけを狙うつもりですか。これだけの戦力差があるというのに、思い切ったことをされるものです」

 周囲をぐるりと見回し、取り囲むドラグーンの面々をその視界に映したアレックスは、顔色一つ変えることなくそう述べる。


 それは一種異様な光景でもあった。

 すでに周囲は帝国軍との混戦状態、にもかかわらず数的劣勢であるはずの彼らが、これだけの数のドラグーンをこの場に配し、この一角だけがまるで空白地帯のように静かなのだから。


「あなたに、そう、この世界のバグとも呼べるあなたに、私たちが真正面から向き合う価値を認めたのです。むしろ喜んでほしいものですね」

 ゼスの隣に立つエミオルは失ったはずの手でアレックスを指差すと、不敵な笑みを浮かべそう述べる。


 既に失われたはずの腕は、まるで何も生じていなかったかの様に存在し、彼はその事を疑問に思う素振りも見せない。

 それはアレックスも同様であり、その異常を成したであろうゼスを一瞥した後、彼はわずかに狐目を更に細めた。


「ユイの言うところの、世界をハックする能力ですか。大したものです。ですが、同じことですよ」

「同じ……どういうことかな?」

 アレックスの言葉にエミオルは眉をわずかに吊り上げる。

 すると、アレックスは小さくかぶりを振った後、一瞬でエミオルへと迫った。


「治されたら、再び切るだけのこと。ええ、それも治しようのない場所を」

 言葉と同時に彼の借り物の剣が、カリブルヌスが煌めく。

 そして瞬きするよりも早くエミオルの首へと刃が迫り……次の瞬間に別の刃によって弾かれた。


「なるほど、アレに反応しますか」

「彼は換えが効きません。いえ、ドラグーンの誰もがそうです。だから僕の目が黒いうちは、もう誰も殺させませんよ、朱」

 手にしたナイフでアレックスの剣技を弾いた者。

 それはやや不快気な表情を浮かべる少年、ゼス・クリストファーに他ならなかった。


「二対一……ですか。いや、彼女を合わせれば三対一。なるほど、流石に少ししんどいかもしれませんね」

「ふん、勝手に数に入れるな。私は貴様のようなまがい物に手は出さんさ」

 円状の空白の片隅でひっそりと佇む刀を手にした少女。

 彼女は軽く舌打ちすると、言葉通り興味が無いとばかりにその視線をそらせた。


「朱、どこを見ている!」

「彼女の方向ですよ。そちらの少年ならともかく、貴方よりも彼女こそを警戒すべきですから」

 怒りとともに迫りくるエミオルをアレックスは軽く剣で捌く。だがその機を窺っていたかのように、ゼスが側方から彼へと切りかかった。


「その余裕に満ちた顔、消させてもらいますね」

 言葉と同時に、彼のナイフがアレックスの胸に迫る。

 それをアレックスは軽くかすめながらやり過ごすと、逆撃とばかりに剣を振るった。

 再び重なる剣とナイフ。


 ……そして弾かれたのは剣であった。


「……ありえない。その体と筋肉、そしてその重量のナイフでこの結果は起こりえません。つまりなにかされていますね」

「それはこちらのセリフです。今のでそのまま貴方の命を頂く予定が、ギリギリで逃げられてしまった。なるほど、技というものは中々に厄介なもののようです」

 ため息混じりの口調でそうつぶやくと、ゼスは小さく頭を振る。

 一方、まだ軽いしびれを手に感じていたアレックスは、警戒を怠ることなくそのまま間合いを取り直した。


「彼がこの選択を選んだのがようやく理解できました。確かに君は異常だね。そしてその異常の理由が理解できない。いいでしょう、このアレックス・ヒューズが全力を持ってお相手します」

「ご自由に。ただし僕は二人でやらせて頂きます。貴方の流儀や誇りには興味がありませんから」

 ゼスは涼しい顔を浮かべながら、アレックスに向かいそう告げる。

 同時に三人の男は一斉に動き出した。


 三つ鋼が重なり、肌を裂き、そして赤き血潮が宙に舞う。

 彼らが刃を振るいあった時間は一瞬、だが相互の状況は明らかに変化を見せていた。


「この十年で僕に傷をつけたのは三人目ですよ。いや、二人がかりですから四人目も同時に現れたというべきでしょうが」

 右の上腕とそして左の大腿に赤い筋が生み出されたことを見て取り、アレックスはわずかに顔を歪めながらそう口にする。

 一方、そんな彼と対峙した少年たちの体には、切り裂かれた衣服が纏われていたものの、つけられたはずの傷跡は既に存在しなかった。


「バグに油断はしません。何かの間違いで僕たちがフリーズさせられてはたまりませんから。そして貴方はここで駆除します。あの厄介な男が余計なことをせぬ前に」

 それはまさに最後通告でもあった。

 エミオルはその言葉を紡ぎながら警戒を怠ることはない。

 一切の慢心を捨てるべきだと、彼は目の前の男を視界に収めながら思考する。


 この世界の成り立ちから維持を任されているはずの彼にとって、目の前の人物はそれほどまでに異様で、そして恐怖に値する存在であった。

 彼らを生み出したあの人の願いを容赦なく食いつぶし、破綻させるだけの異能。そしてそんな彼を手元に置き、ともに歩まんとする調停者。

 まさにそれはウイルスに感染した異常存在であり、ゼスは改めてここに彼らを駆除する覚悟を定める。

 そしてエミオルに目配せし、彼が一歩踏み出さんとしたそのタイミングで突然叫び声が上がった。


「ゼス様、後方に敵の援軍です! 流石にこの数では持ちません」

 それは圧倒的な帝国軍の圧力を払い続けるドラグーン兵の口から発せられた。

 途端、エミオルは眉間にシワを寄せると、苛立ち混じりの叫び声を上げる。


「後方からだと……馬鹿な周囲は確認しながら進軍してきたはずです。奴らが分隊を分けていたとしても、この短時間で回り込むことなど不可能だ」

「違います。敵は帝国軍ではありません。彼らは――」

「ホワールウインド!」

 響き渡る言葉と同時に生み出されるは激しい旋風。

 そして報告を行っていたドラグーンは馬上から弾き飛ばされる。

 一方、その魔法の風を目にした瞬間、アレックスは頭を振ると僅かにその表情を緩め、珍しく非難の言葉を口にした。


「思ったよりも時間がかかったね」

「そうでもない。こいつらに感づかれぬよう、距離を取りながら後を追えとの無茶な頼みだ。これでも急いできた方だと思ってもらいたいな」

 アレックスから言葉を向けられた魔法士は、軽く舌打ちしながら反論を口にする。

 彼の背後には帝国とは異なる武装に身を包んだ無数の兵士たち。

 その絶望的な光景をその目にして、エミオルは苛立ち混じりにその口を開いた。


「お前は、お前は何者だ?」

「ふん、人に名を尋ねるときは自分から名乗れと習わなかったか? まああいつの同類なら無礼なのは当然だから構わんが」

 軽く頬を歪めながら、赤髪の男はそう苦笑する。そして彼は改めてゼスとエミオルをその視界のうちに収めると、威風堂々と自らの名をその口にした。


「我が名はリュート、リュート・ハンネブルグ。我らがクラリス王国を土足で踏みにじった修正者にドラグーン、貴様らを不法入国、騒乱、略奪、破壊活動、そして集団殺人の罪にてこの場にて殲滅する。全軍、掛かれ!」

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