第12話 再び彼らと
「まさかこんな隠れ家を作っていたとはね」
突然開けられた扉とともに、赤髪の男性の声が部屋の中に響く。
すると、その空間の中で一人エールを口にしていた男性は、自らの黒い髪を掻きながらゆっくりとその口を開いた。
「隠れ家なんかじゃないさ。もともとは酒場として運営されていた建物だよ」
「へぇ、酒場ねぇ」
ユイの言葉を受け、アレックスはぐるりと周囲を見回す。
確かに彼が言うとおり、僅かに多くの人が今場所で騒いでいた痕跡が、そこかしこに見受けられた。
「ああ、それで避難してもらっている今だけ、ちょっと使わせてもらっているのさ。もちろん許可をとった上でね」
「そのあたりのことは、君は昔から骨惜しみしないよね」
「通せる筋は通すことにしているだけさ」
苦笑を浮かべながらユイはそう告げると、手にしていたエールジョッキを一口に飲み干す。
すると、珍しいものを見て僅かに驚き、アレックスは思わずその口を開いた。
「しかし君がこの時間から酒を煽るなんて、些か神経質に成っているんじゃないかな」
「戦いを前にして、神経質にならない人間がいるとしたら、その人物は異常だよ」
空となったジョッキをテーブルに置き、ユイは軽く肩をすくめながらそう言い返す。
だがアレックスは、そんな彼の発言を軽く切り返してみせた。
「おやおや、そうなるとこれまでの君が異常だったということになるんじゃないかい。それでかまわないのかな?」
「ふむ……でも、それは同時にアレックス、君も異常ということになると思うけど」
「はは、確かにそうなるかもね」
否定することがなかったアレックスは、微笑を浮かべながら目を細めると、ゆっくりとユイの側へ歩み寄り手近な椅子へと腰掛ける。
そして彼は、目の前の男に向かい端的な確認を行った。
「で、僕らの仕事は、修正者の殺害……それでいいね」
「ああ。ノインたちにはすまないが、それだけに専念させてもらう。指揮を取りながら相手できるほど、楽な相手じゃないからね」
それは紛れもなくユイの本音だった。
自らの力量を絶対視するつもりはないが、それでも彼自身が全軍の指揮を取ることが最善であることは十分に理解している。
しかし対峙する敵の能力を考慮するならば、残念ながら最善を尽くしたほうが被害が大きくなる。つまり最善が最善たり得ないというのが彼が出した結論であった。
「楽な相手ではない……か。それは例え百倍以上の兵士を用意してもかい?」
「そうだね。むしろ欲を言えば、千倍くらいは用意したかったくらいさ」
アレックスの問いかけに対し、ユイは率直に思うままを答える。
途端、アレックスは思わず軽い笑い声を上げた。
「はは、千倍か。で、なぜ実行しなかったんだい?」
「ルゲリル病の対処が間に合わない。あと宿もないし、食事の調達のめどもない。極めて現実的な理由さ。結局の所、このレムリアックはそれだけの軍人を維持する事ができるようには作られてないし、作ってもいない」
このレムリアックがユイの手へ渡った時点で描いた未来予想図。
そこには十万を超える兵士を運用することなど当然含まれていない。
それどころか今回の万を超える兵士でさえ、完全に想定外であった。
本来ならばルゲリル病の存在と、クラリスという盾で守る事がこのレムリアックの防衛構想であり、現状は間違いなく逸脱に逸脱を重ねているものであった。
「まあ確かに、人を呼んだところで運用できなければ意味がないか」
「ああ。だからたった百倍の人数で彼らとやり合う。それも敵が好きな時に、好きな場所へ仕掛ける形でね」
「それを防ぐには兵力を拡散し、警戒網を敷かなければならない。となれば、実際に一局面に投入できる兵数は更に減る……か」
ようやくユイの危惧を理解したアレックスは、顎に手を当てながら思わず黙り込む。
するとそんな彼に向かい、ユイが真剣な口調で語りかけた。
「ままならないものさ。そしてだからこそ、私たちの重要性が高まる」
かねてより伝えていた一つの構想。
戦場において、敵の中枢部を極秘裏に強襲し、可能ならば暗殺する。
だがそれに対し、アレックスはやや渋るような反応を示してみせた。
「私たち……ねえ」
「なにか問題でも?」
「いや、僕としては君と二人でというのは悪くないと思っている。背を預けて戦うなんて、士官学校の時以来だしね。だけど、どうにもそれに反対する人たちがいるみたいでさ」
ユイの目を真っ直ぐ見ながら、アレックスはいつもの口調でそう告げる。
するとユイは、軽く首を傾げながら一つの事実を確認した。
「ノイン達は渋々受け入れてくれたはずだけど」
「うん、そうだね。でも残念ながら、彼らは指揮官たるノイン君の言うことを聞くつもりはないってさ。君じゃなければね。というわけで、入ってきなよ」
突然発せられた言葉。
そして入り口から次々と姿を現した面々。
その顔を見るなり、ユイは戸惑いと動揺、そして僅かな納得と感慨。
まさに様々な感情が入り混じり、ユイは口を開きかけるも言葉を紡ぐことができない。
そしてそんな上官の反応を目にして、スキンヘッドの男は嬉しそうに笑いながら声を向けた。
「あっしたち抜きでやろうなんて、水臭いでやすぜ旦那」
「そうですよ。オイラのこの筋肉は、この日のために鍛えて来たんです」
クレイリーの言葉に続く形で、カインスが自らの筋肉を誇示しながらそんな言葉を口にする。
一方、そんな彼の側に立っていた女性は、いつもの眠たげな表情ではなく、はっきりとユイのことを睨んでいた。
「ほら、フートのやつも怒っていやすよ。まったく旦那の悪い癖だ」
「あのね、君たち。今回はカーリンにいたタリム伯爵なんかとは、些かわけが違う。正直言って――」
「猫の手でも借りてえ。それ以外のセリフは許さねえぜ、隊長」
窘めるようにユイが口を開きかけたタイミングで、突然発せられた声。
それは既にこの国を離れたはずの、赤髪の女性のものだった、
「ナーニャ。だって君は……」
「連絡係はうちの魔法士たちの仕事さ。別にアタイまでがやらないといけないわけじゃない。ってわけで、久々にアンタの下で働かしてもらうぜ」
ナーニャはそういい切ると、手近な椅子に腰掛け手にしていたスキットルに口をつける。
すると、クレイリーが苦笑を浮かべながら、改めてユイへと迫った。
「旦那、この酔っ払いさえ一緒に働きたいって言ってるんでやす。いい加減観念してくだせえ」
「誰が酔っ払いだ。今日はまだ一本しか空けてないよ」
「まだって言ってる時点でおかしいんだよ。というか、旦那のとこに説得に来るってわかっていながら、お前はなんでそんな酒臭いんだ。だから行き遅れて――」
「ゲイル!」
不用意な言葉をクレイリーは口にしかかったその瞬間、彼の頬は突然編み上げられた風の刃に撫でられる。そして頬から赤い筋が一つ顎へ伝ったところで、クレイリーは逆に怒りを向け返した。
「こんな狭いところで魔法とか、危ないだろうが!」
「あん、アタイが魔法のコントロールもできない二流に見えるのかい? いいだろう、その首だけをきれいに撥ねて、今後余計なことを言えないようにしてやるよ。ホワールウイン――」
「クラック」
突然ユイの口が動き、ナーニャの前に生み出されつつあった風の束は一瞬で霧散する。
「隊長!」
「いや、こっちに怒りを向けられてもさ……ともかく喧嘩ならあとにしてくれないかな。一緒に敵の中に乗り込むのは六人だけだから、こんなところで減らしたくは無いしさ」
それはまさに不意打ちに近い言葉であった。
先程まで怒りを示していたナーニャが思わずその場に立ち尽くし、クレイリーはまじまじと上官の顔を見つめ、カインスは嬉しそうにポージングを取り、フートは思わずつむりかけていた瞳を開ける。
「本当にいいんだね?」
「君が連れてきたんだろ。まあ他の誰かならともかく、彼らなら仕方ないさ。ただしだ、君たちにひとつだけ条件がある」
軽く肩をすくめてみせたユイは、そう口にするとかつてカーリン時代の部下たちの顔を順に見る。
すると彼らを代表し、クレイリーが疑問声をユイへと向けた。
「条件で……やすか?」
「そう、条件。戦いが終わったら、絶対に一緒に飲みに行くのに付き合うこと。ただ働きさせるのは、実は肉体労働をするのと同じくらい趣味じゃないからね」
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