第10話 委任

「しかし本当にそんな事ができると思っているのか?」

 会議室内に響く皇太子の声。

 それはたった今、説明された作戦の全貌を踏まえ、黒髪の男を除く全ての者の思いを代弁したものであった。


「さて、私も試したことはないからね。断言はできない。でも、やらないと私達は詰みさ。彼ら同様にね」

「……修正者もまた追い込まれていると?」

「そうと考えるべきだろうね。でなければ制約が多すぎる彼らが、ここまで表に出てくることはないさ」

 カイルの問いかけに対し、ユイは迷うこと無く一つうなずく。そしてそのまま彼は更に言葉を続けた。


「ともかく、作戦は説明したとおりさ。彼らが単独できた場合は数で潰す。そして徒党を組んでやってきた時は、より多くの数で潰す」

 それは極めてシンプルで、同時に一切迷いのない言葉であった。

 そんな彼の発言を耳にしたカロウィンは、小さく息を吐き出すと思わず本音をこぼす。


「なんというか、華やかさを感じられないな」

「いらないさ、そんなものは。必要なものは勝利……いや、勝利の先にあるものだけだからね」

 何らのためらいもなく吐き出される言葉。

 それは如実に、ユイの本心の全てを表したものに他ならなかった。


「まあいいだろう。万に及ぶ兵士を集めたのも、物量で圧倒するためだと言えば理解できる。その上で確認だが、全軍の指揮をとるのはお前だとして、実際に各部隊の統率はここに居る俺たちが担うというわけだな」

「いや、指揮はノインに任せる」

 その言葉は限りなく前に、ユイの口から紡ぎ出された。

 途端、帝国とライバル関係にあるキスレチンの統合参謀本部長は彼の名を叫ばずにはいられなかった。


「イスターツ!」

「カロウィン……言いたいことはわかる。だから敢えて何も言わないで欲しい。大丈夫、戦後の配慮は必ず行う」

 彼が抗議すること自体は、ユイとしても織り込み済みであった。だからこそ、ユイはすぐさま補足事項を口にする。

 だがそんな彼に向かい、カロウィンは強く首を横に振った。


「そういうことではない。君が指揮を取らなければ、例え纏まるものも纏まらぬ。むしろ下手をすれば敵にそこをつけ込まれかねない」

「その危惧はわからなくもない。でも、無用の心配さ。万が一の何かを起こさぬために数を集めた。そして同時に、ノインには十分にそれをまとめ得る器量がある」

 そう口にすると、ユイは改めて帝国の皇太子へと視線を向ける。

 一方、思わぬ指名を受けた当人は額に手を当てながら、小さく首を縦に振った。


「ふん、兵数を聞くだけで俺を信頼していない事がわかるな。だが任されよう。義兄としての器量を見せるべきときだろうしな」

「ユイさん、一つ教えてくださいませんか。指揮権を持たぬ貴方は……いや貴方とアレックスさんは何をなさるつもりですか」

 カイルは気づいていた。

 これまでなされた作戦の説明に際し、ユイ以外にもう一人だけ作戦行動の詳細が明かされていない人物がいることを。


 そんなカイルの指摘。

 それに対しユイは、わずかに言葉を濁しながら口を開きかけた。


「はは、大したことじゃないさ。ただ私たちは――」

「ご報告いたします」

 ユイの言葉を遮る形で、部屋の中に飛び込んできた人物。

 それは彼と、そしてノインの部下であるロイスに他ならなかった。


「ロイス、何があった?」

「クラリス王国の国境沿いで不審な集団の存在が確認されたと報告が届きました」

 息を切らせかけていたロイスは、慌てて居住まいを正しながらそう述べる。

 そんな彼に向かい、ノインはすぐさま報告のさらに先を求めた。


「不審な集団だと?」

「はい。国境通過を図る比較的大規模な商集団がおり、クラリスの国境警備兵が荷物確認を行おうとしたのですが、突然武力行為に及ばれ……ほぼすべてのものがその場にて殺害されたとのことです」

 ユイたちとの行動がすでに長くなったためか、クラリスにおける被害に対し、ロイスは悔しげな面持ちでそう説明する。

 それに対し、ノインはあくまでドライに事態を受けとった。


「おそらく連中の仕業だな。で、どれくらいの規模がいたんだ」

「わかりません。わずかに生き残った者によると、百名はいなかっただろうとのことですが……」

「その報告は当てにすべきでは無いだろう。だが同時に、連中の限界も見えた」

 カロウィンによりなされたその評価、それに対しその場で口を挟むものは存在しなかった。

 そして一度ぐるりと一同の顔を見回したノインは、早くも責任者として矢継ぎ早に指示を下す。


「私もその見解に賛成だ。ともあれ、至急警戒態勢を取る。クラリスにも継続して警備と捜索にあたっていただきたい」

「了解したよ。僕から伝えておく」

 ノインからの言葉に、アレックスは短くそれだけを述べる。


「任せる。何れにせよだ、一先ずはこの場にいる各員がそれぞれ分担し、このレムリアックに警備網を張り巡らせる。そしてだ、網にかかった奴らを全軍でもって討つ!」

 極めて強い意思がノインのその言葉には込められていた。

 そしてそれを真正面から受け止めたカロウィンは、己の立場を超えて賛同の意を示す。


「いいだろう。皇太子殿、ひとまずは我が部隊の権限の一部は貴公に委ねよう」

「我が国の兵力も同様です」

「……助かる」

 カロウィンに続く形で、カイルも協力の意を示したところで、ノインは迷わず感謝の言葉を述べる。

 もっとも本来その言葉を言うべきは、彼の眼前にいる黒髪の男ではないかという思いもノインの中には存在した。だが敢えてこの場の仕切りを一任してきた意味を汲んだ彼は、敢えてそのことを口にだすことはなかった。


「しかし普通なら兵力分散の愚を犯すようなものですが、これだけの人数差があれば、分散などとはとても言えませんね」

「まったくだ、カイラ王。あとは敵を見つけた際の連絡をどうするかだが――」

 カロウィンがそう口にしながら、一つの懸念事項を口に仕掛けた時、突然部屋の中に一人の女性の声が向けられた。


「それはアタイ達に任せてもらえるかな」

「ナーニャ!」

 ノインが慌てて視線を動かした先、そこには入口の扉にもたれ掛かる見知った赤髪の女性の姿が存在した。


「よう久しぶりだな、皇太子」

 いつの間にか部屋の中へと入り込んできた女性は、ニンマリとした笑みを浮かべながら当たり前のようにスキットルを自らの口元へと運ぶ。

 会議室でありながら、あまりに自然に酒を口にする彼女に対し、ノインは眉間にシワを寄せながらその真意を問いただした。


「……で、今頃遅参して何のようだ」

「はは、うちの使えそうな連中を連れてきた。もっとも、敵を見つけた際の連絡方法として、魔法による合図以上のものがあるならこのまま連れて帰るけどな」

 遅れてきたことに対する謝罪など一言もなく、ナーニャは不敵な表情のままそう言ってのける。

 それに対し、ノインはユイが苦笑を浮かべていることを確認すると、彼女の発言もそして来訪も、全て彼の手によるものなのだと理解した。


「はぁ……いいだろう。各部隊に魔法士をありがたく配置させて頂く。それでいいな、ナーニャ・ディオラム魔法王代理」

「ああ。せいぜい上手く使ってやってくれ」

 それだけを告げると、ナーニャはもはや会議に関心を失ったのか、再びスキットルに口をつける。

 そんな彼女に僅かな戸惑いを覚えつつ、カロウィンは改めて確認すべき内容をその口にした。


「とにかくあとは、連中がレムリアックへ辿り着く前に配置を整えることだ。皇太子が指揮を取るというのなら、そのあたりはうちが主導して名簿や物資の手配を行おう。あと配備地点の地図作成もな」

「任せる。ということで、西方連合軍としての方針は決まった……あとはお前だ」

 カロウィンの提案を迷わず受け入れたノインは、改めてその視線を黒髪の男へと向ける。

 そしてそんな彼に続く様に、カイルも再びユイたちに向かい疑問の言葉を向けた。

「改めて聞きます、一体お二方は何をなされるおつもりなのですか?」

 会議室内の者の視線は、途端に一人の黒髪の男へと集中する。

 彼は隣に佇むアレックスの肩を軽くポンと叩くと、皆に向かいゆっくりとその口を開いた。


「ちょっとした手段を二人で取ろうというだけの話さ。そう、暗殺という極めてシンプルな手段をね」




【ご報告】


「やる気なし英雄譚」コミカライズ版第3巻が5月10日発売予定となりました!

こちらはカーリン編をユイが少し若い時点からスタートとなり、WEB版、MFブックス版とも違う、新たな第三のルートとなっております!


このようにコミカライズ版を継続刊行できたこと、全て本作を応援下さった皆様のおかげにほかなりません。

改めましてこの場をお借りし深く御礼申し上げます。


どうぞコミカライズ版共々、引き続きやる気なし英雄譚をよろしくお願いいたします!

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