第17話 巻き戻しの世界
「繰り返す歴史とは何だ? そしてそれを超えるとはどういうことだ」
「ふむ……朱と皇太子、それにフェリアムか。まあ良いだろう」
その場に居合わせた一面の顔を確認した上で、アズウェルは一つ頷いた。そして彼は懐から一本の紐を取り出し、その一端を掴んで地面に向けて吊り下げる。
「この世界の歴史、それは基本的にこの一本の紐と同じ。上から下に向かって流れていく」
「つまり貴方が手に持たれているのが太古の時代であり、地面側の下端が現代というわけですな」
アズウェルの言葉の意味するところを理解したフェリアムは、確認するようにそう問いかける。
すると白髪の老人は一つ頷いた。
「左様。そしてここで問題になるのは、本当にこの紐と同じように歴史はまっすぐに流れているのかということだ」
「ご老人が問題提起する意味がわかりかねますな。歴史とは確かに混乱や騒乱はありつつも、時の流れが淀むことは無いことは自明の理かと」
自信有りげなその言葉とは裏腹に、ノインは探るような視線を向けながら回答を行う。
そしてそんな彼の返答は、アズウェルによって否定されることとなった。
「自明の理……か。だがリアルトの息子よ。それは残念ながら私が考えうる正解とは異なる」
「……詳しくお教えいただけますかな」
「時の流れが淀むことはない。それはまさに真理……に思われる。波風がたとうと、平和であろうと、時は等しく過ぎていくように感じられるからな。だが物事には例外が……いや、この世界には例外がある」
フェリアムにより答えを請われたアズウェルは淡々とそう述べる。
すると、先程自らの回答を否定されたノインが眉間に皺を寄せながら呟く。
「例外……か」
「ああ、例外だ。この世界の歴史は現在このように作り変えられている。そう終端まで辿り着くと、過去に戻るようにな」
アズウェルはそう口にしながら、地面側に吊り下がっていた紐の一端を手に取り紐の中間部分に押し当てる。
まさに輪のようになったその紐を目にして、フェリアムは恐る恐る口を開く。
「歴史がある地点で戻る……輪になっているということですか。つまり同じ道程を繰り返していると?」
「馬鹿な、だとしたら私たちは今起こっていることを知っているはずだ。だが、そんな記憶など――」
「リセットされるのだよ。全てが元の状態へとな」
ノインの言葉を遮る形で、アズウェルはそう口にする。
「常軌を逸している。とても信じることはできん……といいたいところではありますが、その非常識な男が黙っているのを見るに本当……なのか」
沈黙を保つユイをその目にして、フェリアムは迷いながらもそう言葉にする。
すると、老人は首を縦に振った。
「残念ながら事実だよ、フェリアム」
その言葉が発せられた瞬間、場は沈黙に覆われる。
そしてわずかな間の後に、半信半疑の体でフェリアムは再びアズウェルへと言葉を向けた。
「すいません。如何にアズウェルどののお言葉とは言え、素直に受け止めることは些か……もちろん、おっしゃりたいこと自体はわかるのですが」
「……何か証明するものなどはないのですかな?」
「ない……わけではないが、お主には見えぬな。残念ながら」
ノインの問いかけに対し、アズウェルはほんの僅かばかり申し訳なさげにそう告げる。
一方、予想とは些か異なったその回答に、ノインは眉間にしわを寄せながら問い返した。
「見えない?」
「そうだ。この世界のシステム自体に、巻き戻しが起こるたびに前の世界の欠片が蓄積している。それを見ることができる者ならば、理解はできる。例えその者にそれを活かす気持ちがなかろうとな」
アズウェルはそう言い切ると、その視線を黒髪の男へと向ける。
すると、そんな彼の視線に乗じる形で、アレックスもその口を開いた。
「その欠片を見ることができる者、つまりユニバーサルコードへとアクセスできる者。それがユイというわけだね」
「……それだけではないが、大体のところはその認識でかまわん」
アレックスの発言を受け、アズウェルはゆっくりと一つ頷く。
「アズウェルどの、一つ伺いたい。貴方のおっしゃることが事実ならば、この世界はこれまで何度もやり直してきたということになる。と成れば、この先に起こりうることも貴方は知っておられるのですかな?」
「わからん。少なくともこれまで二十三回ほど歴史が繰り返され、中には似たようなケースもあった……ように思われる。そう都合よく欠片など見つかりはせんので、ほぼ推測に近い話ではあるがな」
フェリアムに対してそこまで口にすると、一度アズウェルは僅かに疲れたように息を吐き出す。そしてそのまま彼は言葉を続ける。
「例えばΣ世界……十八度目の世界においては、貴様らキスレチンはクラリスと全面戦争を行った。しかも修正者たちに国を乗っ取られる形でな」
「な、なんですと!? そんなことが……」
「おそらくあったのだよ。つい先日、新たに見つけた欠片の検証で知ったばかりの話ではあるがな」
動揺を見せるフェリアムに対し、アズウェルはあくまで淡々とその事実を告げる。
「ふむ……いずれにせよ、我らにはご老人のお話を確認するすべがない。だとすれば、ひとまずここは事実ということにしておこう。いかに荒唐無稽なものとは言え、騙されていたとしても実害はなさそうだからな。大事なことはこれからどうするかだが」
「僕も同意見だね。で、先生は何か考えがあるのですか?」
ノインの意見に同調する形で、アレックスは現実的な回答を求める。
するとアズウェルは顎髭を軽くなで、その後にその口を開いた。
「無くはない。実際にここまで先手を取れたのは初めてだしな」
「……先手? 彼らに対し、後手に回っている印象ですが」
「現状だけを見ればな。だが、実際に奴らを封じ込めてはいる。これは特別なことなのだよ」
アレックスの疑念に対し、アズウェルは全く迷いを見せずにそう言い切る。
それを受け、いい加減しびれをきらせたノインが、まっすぐに切り込んだ。
「単刀直入に聞きたい。修正者……プログラム管理者とあなたが呼んだ彼らは何者なのですかな。そして何をしようとしているのですかな」
「彼らはこの世界の管理者。そして行わんとすることは、この世界に本来存在しなかった魔法というバグを完全に消し去ることだよ」
「魔法を消し去る……そのことはわかる。奴らは常にそれを目指していた。しかし、世界の管理者とはどういうことだ」
「言葉の通りだ。この世界はコードというものによって構築されている。そう、このようにリンゴを手放せば地面に落ちる。こんなことまで含め全てな」
そこまで口にしたところで、アズウェルはノインに見せつけるような形で、再び懐から取り出したリンゴを地面へと落下させる。
それを目にしたフェリアムは、すぐに疑念の言葉を放った。
「リンゴを手放せば落ちるなんて当たり前かと思いますが」
「では、その理由を君は説明できるかね」
「それは……」
「もちろんこれはリンゴの話だけではない。なぜ雨が降るのか、なぜ風は吹くのか、なぜ昼と夜があるのか……それは全てそのように作り上げられたからだ」
「まるで宗教ですな。となれば、そのコードなどというものが神というわけですか」
あまりに荒唐無稽と感じられ、ノインはやや冗談めかした口調でそう問いかける。
しかしそんな彼の言葉に対し、アズウェルは首を縦に振ってみせた。
「否定はしない。だがより正確に言えば、そのコードを書き上げたものこそが神ということだ」
「では、奴は……あのゼスという少年は神ということか?」
「いや、あえて言うなら神の御使といったところだな。ともかくだ、彼らの次の狙いは明確だ。旗色の悪い現状、それを根底からなかったことにする。つまり彼らの狙いがわかるかね」
ノインの言動を否定した上で、アズウェルは一同に向かいそう問いかける。
すると、フェリアムが迷いを見せながらもその口を開いた。
「リセットを行い繰り返しの起点に戻す……貴方の話が全て真実だと仮定すれば、この結論に至ります」
「その通りだ。しかしそこにこそ我らの勝機がある。このねじれて永遠に繰り返し続ける世界を未来へと紡ぐための勝機がな」
フェリアムの言葉を肯定したアズウェルは、皆に向かいはっきりとそう宣言する。
そしてその言葉を引き取る形で、アズウェルにこの場を任せ沈黙に徹していた男がようやくその口を開いた。
「というわけで、西方連合軍元帥などという役職を押し付けてきた君たちに少し手伝ってもらいたい事がある。残念ながら私一人だと、好機だとわかっていてもどうしてもサボりたくなってしまうものでね」
黒髪の男はそう口にすると、一同に向かい一つの計画の説明を開始する。
その意味するところを理解した面々はその翌日、誰しもが一言も言葉を発することはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます