第15話 切り札の差

「な……馬鹿な帝国軍旗だと!?」

 アンクワットの西に位置する丘陵地帯。

 そこに辿り着いた兵士たちは、完全にあり得べからざる光景に完全に硬直してしまっていた。


「国王陛下……見間違いでなければ、現在アンクワット港に次々と接舷を開始している船は、帝国軍のものかと思われます」

「いや、おそらく間違いないだろう。今現在、あれだけの大艦隊を動員できる国が、この西方のどこにある。唯一、彼の国だけだ」

 キスレチンが相次ぐ混乱で国力を疲弊させた今、大陸西方で最大の勢力を誇る国家は一つに絞られている。そのことをゼルバインのカストリフ王は十分に理解していた。

 もちろん、内心では眼前の光景を否定したくはあったが。


「ど、どういたしましょう。予定ではこの街を一気に包囲制圧する手はずとなっておりましたが……」

「あの方の提案だ。できる限り受け入れたくはある。だが……」

 現実的な計算。それがカストリフ王の脳裏を横切る。

 彼らのもとにもたらされていた情報から、この戦いに死角はなかった。

 戦後会議であるが故に、キスレチンも十分な護衛兵を引き連れてきたとはいえ、全軍を率いてきたゼルバインとは勝負になるはずがなかったからだ。

 だが眼下の光景は、そんな彼らの打算を軽く吹き飛ばすものであった。

 そう、彼らの数倍は動員されていると思われる、帝国軍の圧倒的なその威容は。


「陛下、あれをご覧ください」

「なんだ……むっ!?」

 重臣に促されるまま、彼が指差す遠方へとその視線を向けたカストリフ王は、たちまちその目を大きく見開く。

 アンクワット港の上空、そこにあるものが生み出されつつあった。

 次第に肥大化し、膨れ上がっていく光の球体が。


「太陽の如き球体……まさか!」








「ちっ、帝国は本当に厄介なものを産み出したものだ」

「それは褒め言葉として受け取らせてもらってよいかな、クリストファー枢機卿」

 吐き捨てるようなゼスの呟きに対し、ノインは右の口角を吊り上げながらそう口にする。

 途端、ゼスの刃のような視線が彼へと向けられた。


「あのような魔法がこの世界を更に歪めているというのが全てだ。だからこそ否定はしないよ。もっとも好きにはやらせないけどね」

 それだけを述べると、ゼスはその視線を集合魔法へと向ける。そして高速でその魔法を解析していった。


「Magiccode access……era——」

「させないよ、マジックコードアクセス……プロテクション!」

 以前にフェルムの魔法をかき消してみせたゼスの呪文。

 それが完成する前にユイは、集合魔法の魔法構築を書き換える。


「貴様、ソースコードを書き換えたな!」

「たとえ修正者と言えども、解析と同時に魔法を書き換えることはすぐにはできない。少なくとも集合魔法のような複雑な代物ならね。だからこそ、その実態を知る私に一日の長がある」

「調停者!」

 ゼスは憤りを隠せぬ表情でそう叫ぶ。

 一方、彼と対峙したままのユイは、頭を掻きながらサラリと挑発をその口にした。


「信じられないと思うなら、何度でも試してみてくれたらいい。幾らでも付き合うよ。あの魔法がゼルバイン軍の本体に直撃するその時までね」

「……どうするつもりだ、ゼス。やはり私が奴を押さえるべきではないか?」

「いや、そうもいかない。最大のバグまでもがここにやってきたようだからね」

 前に出ようとした咲夜に向かい、ゼスは片手で彼女を静止させる。

 彼のその瞳は、港の方角からこの場に向けて駆けつけんと走る赤髪の青年の姿を捉えていた。


「この場は君の勝ちだ。だがそれは僕達の負けを意味するものではない。つかの間の勝利を味わっておくんだね」

 ゼスのその言葉が放たれたまさにその時、集合魔法が彼らの頭上を通り過ぎつつあった。

 そして機を同じくして彼が身を翻すと、ユイは一気に彼めがけ加速する。

 一瞬、詰まりかかった両者の距離。


 だが次の瞬間、迫りくるユイ目掛け、ゼスと咲夜が同時に手にした得物を振るう。


「初めてかかったね!」

「くそ、ブラフか」

 咄嗟にユイは後方へと回避してみせた。

 だがゼス達の振り返りざまの攻撃は、まさにその動きを取らせるためのものであった。


 両者の間に再び生み出された間。


 それは瞬く間に拡大し、ゼスがゼルバインへの連絡を兼ねた煙幕を生み出したところでユイは彼等への追跡を断念する。

 そして時を同じくして、西の丘陵部で激しい熱と光が発生した。


「逃した……か」

「そのようだ。だが、我々の勝利だ。それもほぼ被害を出すこと無くな」

 集合魔法の爆音の影響もあり、軽く耳を抑えながらノインはそう口にする。

 すると、そんな彼に向かいユイがその口を開いた。


「そうだね、感謝している。でも、ここで彼らを逃がす訳にはいかない。付けるべきときにケリをつけよう。だから、手を貸してくれないか」

「……良いだろう。上陸した兵士たちに指示を下す。この借りは高いぞ、ユイ」

 それだけを口にすると、ノインはその場から足早に立ち去る。

 一方、ユイはいつまでもいつまでも、ゼスを見失った方向からその視線を動かすことはなかった。

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