第14話 互いの切り札


「また君か……本当に懲りないね、まったく。だから調停者に関わる人は嫌いなんだ」

 クレハの存在をその目で確認したゼスは、鬱陶しそうな口調でそう告げる。

 それに対しクレハは、彼に向けていつもの冷たい目線をまっすぐに向けた。


「貴方の好き嫌いで動いているわけじゃないわ」

「なるほど。ふふ、確かにそれはそのとおりだ。だけど今回ばかりは僕の好き嫌いで動かせてもらうとしよう。引くよ、咲夜」

 突然声を向けられた刀を持つ少女は、表情を歪めながらすぐに抗弁する。


「な……あの女の息子を前にさがれと?」

「ああ。今回は予定外の事案さ。本来は確実に彼を打ち取れるタイミングで、君に首を取らせる。そういう約束だったはずさ」

「……私なら今ここででも確実にあいつを打ち取れる」

 ユイをまっすぐに睨みつけたまま、咲夜と呼ばれた少女は決意に満ちた言葉を吐き出す。

 だがそんな彼女に向けて、ゼスは改めて声を向けた。


「はてさてどうかな。君の剣の腕は否定しないけど、ほら、いつの間にか招きもしてない観客に囲まれつつある」

 そう彼が口にした時点で、この騒ぎを聞きつけたキスレチンの護衛兵たちが一斉に周囲に集まりつつあった。

 多勢に無勢。

 その状況がはっきりと生み出されつつある中で、ユイは苦笑交じりに声を向ける。


「招きもしていないのは私の方だったんだがね。何れにせよ、ここで白黒つけようじゃないか修正者」

「ふふ、強気だね。この場限りでしかものが見えない悲しさ……調停者、所詮君はその程度の存在なのさ」

「ほう、面白い話をするな。この場限りとはどういう意味だ?」

 ユイとゼスとの会話に言葉を挟んだ男。

 それは白銀の髪を軽く後ろに流した堂々たる威風を放つ壮年の男であった。


「……誰だい君は?」

「なに、ちょっとした関係者だ。そこの女に連れられてきただけのな。で、この囲まれている状況で、その余裕。ただのハッタリではないのかな、クリストファー枢機卿」

「愚か……そう実に愚かだ。君が誰だか知らないが、わざわざこの地へ死にに来た関係者ということはわかったよ。ともかく、君たちは僕らを囲んでいるつもりなんだろうが、それは逆なんだよ」

 黒い衣服に身を包んだ白銀の髪の男に向かい、ゼスは小馬鹿にしたような口調でそう述べる。

 それに対し疑問を呈したのは、目の前で繰り広げられたあまりに予想外の展開と、そして考えもしていなかった男の登場で困惑していたフェリアムであった。


「逆とはどういうことだ?」

「ああ、そうさ。次期大統領殿、あなた方は既に籠の中の鳥。そう、ゼルバイン公国という籠の中のね」

「ゼルバイン公国だと!?」

 思いもせぬ名を耳にして、フェリアムの目が大きく見開かれる。

 其の反応に満足したゼスはニコリと微笑みつつ、街の西に存在する丘陵部を指差した。


「ああ、あれを見給え」

 ゼスが指し示したその先。

 そこには数え切れぬほど多数のゼルバイン公国の真紅の旗が翻っていた。


「君たちには申し訳ないが、既に彼らの全軍はこの街の周囲を包囲しつつある。実際のところもう勝負はついているのさ」

「貴様、なんということを。つまりこの講和会議自体がわれらをおびき寄せる罠だったというのか!」

「そういうことさ。次期……いや、来ない未来を言うのはやめよう。元大統領殿」

「そうか。なるほど……ようやく全てが理解できた。ここにいるはずのない人物がなぜここにいて、そしてそこの馬鹿がやはり考えていたより悪辣だということをな」

 ゼスの発言を受けたフェリアムは、自分に何も話していなかったユイを睨みつけつつそう述べる。


「はは、それは褒め言葉……ではなさそうですね」

「間違いないな、ユイ。フェリアム殿も気づいたようだが、ともかく枢機卿、罠と包囲という言葉の定義を、貴公は少し学び直したほうが良い」

「さっきから上からな物言いが鼻につくね。君、鬱陶しいよ」

 途中からこの場に割り込んできた無粋な人間に向かい、ゼスはあからさまに忌避の表情を浮かべる。

 一方、そんな顔を向けられた当人は、苦笑交じりに軽く肩をすくめてみせた。


「それは失礼した。だが、一つ確認させてくれ。お前は本気で俺たちにゼルバイン軍をぶつけるつもりなのだな?」

「ああ、そうさ。あれが張子の虎に見えるのかい。君たちはここで終わりさ」

「なるほど、結構だ。確かに宣戦布告は受け取った。ロイス、合図を送れ」

「はっ、フォイエル!」

 白銀の髪の男の命令がなされるなり、彼の背後に控えていた一人の男が、その手のひらから天へと炎の魔法を放つ。

 一方、その魔法を目にしたゼスは、初めてその眉間にくっきりとしたしわを浮かべた。


「帝国魔法……だと!?」

「枢機卿、いや先程までの失礼を詫びよう。何しろあまりにも貴公が愉快なことを言うもので、どうにもこうにも我慢ができなかったのだ、許してくれ。何しろ、ゼルバイン程度の寡勢で我らの帝国軍を包囲できるなどと思っているようだったのでな」

「まったく、人が悪いよノイン。状況がわかっていない修正者……いや、幼い枢機卿をいじめるのはさ」

 ユイはそれだけを告げると、軽く首を左右に振る。

 それに対しノインと呼ばれた壮年男性は、ニンマリとした表情を浮かべながら、言葉を返した。


「なに、お前に比べればまだましだ。キスレチンとさえ調整せず、大陸中央への入り口を我が帝国に明け渡す約をなしたわけだからな」

「我が帝国……それにノインだと! まさか君は……」

 ユイたちの会話を耳にしたゼスは、右の口角を引きつらせながら、そう述べる。

 すると、そんな彼に向かいノインは、不敵な笑みを浮かべてみせた。


「ああ、改めて自己紹介をさせてもらおう。ケルム帝国皇太子のノイン・フォン・ケルムだ。そして只今より我が帝国が誇る海軍が、トルメニア、そしてゼルバイン王国を蹂躙させてもらう。短い間だが、この名を覚えておいてくれたまえ」

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