第13話 それぞれの策

「一体どうしました、そんな目くじらを立てて。フフ、このΩ世界においては、昼行灯を装っているはずじゃなかったんですか?」

「時と場合によるよ。こういうものはね!」

 一旦距離を取ったゼス目掛け、ユイは改めて距離を詰める。

 そして彼は刀を一閃させる。


 高速で抜き放たれたユイの剣撃。

 それはまるで吸い込まれるかのように、その対象を一瞬で断ち切った。

 そう、前回同様にユイの刀を軽く払おうとしたゼスのレイピア自体を。


「最初からレイピア自体を狙いましたか。それに今の剣速……なるほど、どうやら本当に昼行灯を辞めたようですね」

「はてさて、昼行灯なんて人が勝手に言っていることですからね。私はあくまで私です。ともかく、少しばかり予定外でしたが、ここで頂かせていただきますよ。貴方の首を」

 折れたレイピアを手にしたままのゼスに向かい、ユイは抜き放った刀を構えなおすとそう宣告する。

 しかしその瞬間、ゼスの口元からは笑い声が吐き出された。


「なにを取るって? 僕の首? フフフ、ハハハ。いや、これは失礼。でもまさかこんな状況下で冗談を口にするとは」

「残念ながら冗談ではありません。ここで終止符を打ちます!」

 この場で因果を断つ。

 その強い決意が、ユイの刀には込められたいた。

 だがしかし、彼が再び振るったその剣閃が、ゼスの首を捉えることはなかった。


「どうやらこの男のようだな」

 ユイとゼスの間に一人の黒髪の少年が立っていた。

 一瞬で彼らの間に割って入り、手にした刀でユイの剣撃を受け止めた少年が。


 完全に予期せぬ事態。

 それを前にして、わずかにユイの眉間に皺が寄る。


 一方、その少年をこの場へと招いたゼスは、苦笑を浮かべながら少年の問いに回答した。


「ええ、そうです。剣の巫女の後継者にして、雪切の私的継承者。そう、貴方の探し人であるユイ・イスターツとは彼のことです」

「そうか。ならば、申し訳ないが無粋をする」

 そう口にした瞬間、黒髪の少年はユイ目掛け連撃を放つ。

 一閃、二閃。

 そのいずれもが、ユイの首と心の臓を目掛け放たれており、同時に必殺とも言うべき速度で繰り出される。


 それに対し、ユイはほんの僅かばかり迷いを覚えた。

 このまま後退することは、ゼスの首を取る千載一遇の好機を見送ることになりかねない。


 だがしかし、そんなことを考えることができるほど、黒髪を束ねた少年の剣撃は甘いものではなかった。


「っつ……今の剣筋……まさか遠路はるばる東方から助っ人を呼ぶとは。彼の地は別だと言うのに」

 二閃は完全に回避し切ることができず、わずかに右の肩口を切られたユイは、走る痛みを押し殺しながらそう告げる。

 その言葉に対し、反応してみせたのは言葉を向けられたゼスではなかった。


「別だと? ならば、貴様がなぜここにいる。おとなしく本国で腹を捌け」

「腹を捌けとは、いやはや野蛮なことを言うものだね。子供がそんなことを言うべきでは――」

「子供扱いだと? あまり舐めるなよ、先代の息子!」

 そう口にした瞬間、少年はまるで弾丸のような勢いで、ユイ目掛けて前に出る。


 先程の剣閃。

 それとまともに対処することは、非常に危険だとユイはすぐに悟る。


 だからこそ彼は、逆に迫りくる少年目掛けて前へと出た。


「なんだと!?」

 予想外のユイの反応。

 そしてわずかに遅れる少年の剣撃。


 その一瞬の遅れは、まさに致命的な遅れとなる。

 なぜならばユイは、少年の刀が首元へと振るわれるより早く、先程切られたはずの右肩から、少年目掛けて体当たりを敢行したのだから。


 接触する二つの体。


 結果は自明の理。

 軽きものが弾かれ、跳ね飛ばされる。


「はぁはぁはぁ、先代……か。なるほど彼は……いや、彼女は当代というわけですね」

 痛む肩口を空いた手で押さえながら、ユイはそう口にする。

 彼が体当たりを行った子供の胸部には、明らかに性別を主張するものの存在があった。


 だからこそ、彼は確信をした。

 先程自らを先代の息子と呼んだこと、そして極めて酷似した剣筋を見せてきたこと、そして目の前の人物が男装をした女性であるということ。


 その意味するところは一つ。

 まるで軽業師のように受け身を取り、再びユイ目掛けた構え直した少女は、当代の剣の巫女であると。


「へぇ、あっさりと気づかれるとは、ちょっと寂しいな」

「いえ、驚きましたよ。まさかこんな隠し玉まで用意してくるとはね」

 後ろに控えたまま薄ら笑いを浮かべるゼスに向かい、ユイはわずかに苛立ち混じりの声でそう告げる。

 すると、そんな彼の反応が愉快だったためか、ゼスはそのまま笑い声を上げた。


「フフ、貴方も色々と動き回っているんでしょ? だとしたら、一方的に非難されるいわれはありませんよ」

「なるほど、それは確かにその通りです。ですが関係ありません。会ったことのないおばさんの娘が立ちはだかろうと、貴方の首を――」

「貴様ごときが、母上のことを安々と口にするな!」

 ユイの言葉を遮る形で、黒髪の少女は怒りを露わにしながらユイへと迫る。

 だがしかし、そんな彼女はある存在に気づいた瞬間、突然後方へと飛び退る。

 そしてほぼ同時に、彼女がいたはずの地面に、スローイングナイフが突き刺さった。


「何者ですか!?」

 少女は激昂しながら、突然の乱入者を睨みつける。

 その視線の先、そこには黒装束に身を包んだクレハと呼ばれる女性の姿があった。


「思ったよりも激情家、でも戦いのセンスはあの人とそっくり……か。ともかく、ユイ。遊びの時間は終わりよ」

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