第20話 隠れ蓑
静かになった陣内。
既に悪意を放つ男の姿はない。
それどころか彼への尋問のため、陣内の兵士はその殆どが姿を消していた。
その場に残されたのはたった四名。
黒髪の男と彼の護衛を自称する二人の男、更にこのキスレチン軍の責任者だけであった。
「まったく、面倒事ばかり増やしやがって。事前に話を聞いていなければ、正直頭を抱えていたぞ」
手近な簡易椅子に腰掛けながら、壮年の男はそう吐き出す。
一方、その言葉を向けられた黒髪の男は、そんな彼の言葉にまったく気にする素振りを見せなかった。
「そうですか? どうせ首を差し出すつもりだったなら、特に気にもしてなかったんじゃないですか?」
「そんな訳はないさ。これでも責任感あるこの国の軍人なものでね。そちらに居られる某国の親衛隊長や陸軍省次官ならおわかりいただけると思うが」
カロウィンはそう口にすると、顔を覆い隠すヘルムを脱ぎ去った二人の自称護衛兵へと視線を向ける。
「はてさて誰のことを言っておられるのやら。今の僕と彼は、こちらのレムリアック伯付きの一介の護衛兵に過ぎませんので」
「はぁ、クラリスの連中はどいつもこいつも……」
赤髪の男の返答を耳にした瞬間、カロウィンは深い溜め息を吐き出す。
だがそんな彼のボヤキに近い言葉に対し、銀髪の男性はすぐさま抗議の言葉を放った。
「こいつと一緒にしないでくれ。私はただ押し付けられているだけなのでな」
「そのわりには、一番に彼の護衛を引き受けたのは君だったと思うけど?」
「こいつを野放しにできると思うか? お目付け役が必要なのは当然のことだ」
横から入れられたアレックスの茶々に対し、リュートは眉間にしわを寄せながら全く迷うことなくそう言い切る。
途端、ユイの口からは深い溜め息が吐き出された。
「お目付け役って……子供じゃあるまいしさ」
「おやおや、自分が子供じゃなかったつもりなのかい?」
間髪入れず発せられたアレックスのその言葉に、ユイはさらに溜め息を重ねる。
そんな彼らのやり取りを目にしていたカロウィンは、口元を僅かに歪めると、嬉しそうにその口を開いた。
「ふむ、やっぱりお前の周りのやつはそう認識しているわけだ」
「勘弁してくれないかな。これでも今回は、それなりに勤勉に働いたつもりなんだからさ」
いつの間にか三対一の状況になりつつあることに、ユイはそう述べると軽く肩をすくめてみせた。
「勤勉ね……まあそこは認めるとしようかな。で、ユイ。これからどうするつもりだい?」
いつもの笑みを浮かべながら、アレックスは話を本題に向けようとそう問いかける。
すると、ユイは軽く顎に手を当てたあと、極めて妥当な回答を口にした。
「そうだね。そちらの司令官さんと相談は必要だけど、ケティス君達の方が制圧し終われば一度ミラニールに帰り、その後にトルメニアと本格的に交渉する形かな」
「連中の司令部は既になく、代理もあのざまだ。となれば、奴らの本国からコンタクトを待つのが正解か」
ユイの回答を受けて、リュートも納得すると彼なりの見解を示す。
それをユイもすぐに首を縦に振って肯定してみせた。
「ああ。こちらからわざわざ慌ててあげる必要はない。彼らの出方を見るためにも、とりあえずしばらくはのんびりしたいところさ。そうだね、いっそこの機会にキスレチンの保養地にでも――」
「大変です! て、敵が、ケティスたちが!」
ユイの描いた自身の甘い夢は、突然陣内へと飛び込んできたカロウィンの副官によってその言葉を遮られる。
一方、副官が口にしたその人名故に、カロウィンは途端に険しい表情を浮かべた。
「ケティスの奴がどうした?」
「包囲網を突破され……逃げられました」
「すいません、先輩。してやられました」
うなだれる金髪の青年。
その彼に向かい、誰が口火を切るか男たちは互いに視線を向け合う。
当然のことながら、結果として一人の黒髪の男に視線が集まる結果となった。
「えっと……何があったんだい?」
「彼らの兵器を……いえ、彼らの力を甘く見ていまして」
「兵器というと例の鉄砲のことかな。いや、別に君を糾弾するつもりはないけど、それを扱う彼らの力は予め織り込み済みだったんじゃないかな」
エインスの回答を受け、アレックスはやや淡々とした口調でそう問いただす。
すると、エインスは額にその手を当てながら、苦い口調で説明を口にした。
「ええ、僕もそう考えていました。魔法の様な威力はなくとも、魔力が必要なく油断ならぬ兵器を彼らは扱う。それ故に、彼ら一人一人を一流の魔法士と同等と見なして包囲を敷いていたつもりだったんです。でも、そんな彼らの中に異様な連中がおりまして」
「異様な連中?」
エインスの言葉に、ユイは眉間にしわを寄せながらそう問いかける。
すると、すぐにエインスは首を縦に振った。
「はい。戦場にも関わらず異様なまでに軽装な衣服を身にまとい……そう、頭にターバンを巻き、見慣れぬ衣服に身を包んだ彼らが突然包囲網の一郭に姿を表したのです。それで……」
「エインス大臣。そこからは僕が説明するよ」
言葉を言いよどんでいたエインスに向かい、突然彼らの視界の外から、別の人物の声が掛けられる。
途端に視線を動かした彼らは、そこにやや痩せ気味の一人の壮年の姿を目にした。
「ソラネント、戻ってきたのか」
「残念ながら、包囲網を破られましたので……と言っても、逃げられたのは連中の一部の部隊だけです。残りの兵士は指揮官を失い、先程降伏に追い込みましたよ」
南部方面軍を実質的に指揮していたソラネントは、カロウィンに向かいそう報告を行う。
一方、そんな彼に向かい、ユイはすぐに最も気になることを問いただした。
「ソラネントさん。今言われた一部の部隊というのが、その異様な衣服の連中なのですか?」
「ええ。クレメア教団総主教直属の銃騎馬隊、通称ドラグーン。今回の南部戦線に於ける彼らの切り札です」
やや憎々しげな表情を浮かべながら、ソラネントはその存在を告げる。
すると、カロウィンは怪訝そうな表情を浮かべた。
「ドラグーン? 何度か南部戦線で姿を表していたと聞いていたが」
「開戦当初は戦場でも何度か見かけました。ええ、その時点で警戒すべき対象だとは思っていたのです。あの銃という兵器も厄介でしたし、騎馬兵ゆえの行動の迅速さも厄介でしたから。しかしまさか……」
「まさか? えっと、ソラネントさん。彼らが厄介なことは以前からわかっていたのですよね。当然、織り込み済みだったのでは?」
その場に立ち尽くしたままのソラネントに向かい、アレックスはそう尋ねる。
それに対しエインスが、苦悩の表情のまま代わりに返答した。
「予想外……いえ、完全に想定外だったのです。彼らはただ練度の高い鉄砲騎馬だと思っていました。ですが、魔法士なのです」
「何だと! そんな馬鹿な。トルメニアの……いや、クレメア教徒が魔法を扱うなどあり得るわけがない!」
魔法排斥こそその教理の柱。
そのことはこの場にいるものだけではなく、西方に住む誰もが知る事実であった。
だからこそ、その場にいたほとんどの面々は何かの間違いではないかと考える。
しかしながら、そんな彼らに向かいソラネントは彼らが直面した事実をゆっくりとその口にした。
「ですが、実際に彼らの見たこともない魔法により、我が軍の包囲網は一瞬で亀裂が生まれ……そして簡単に突破されたのです。そう、あのケティスを連れて」
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