第19話 そのやり口は知っている

 既に一方的な戦況も収束を始めていた頃合い。

 そろそろ降伏勧告を送ろうかと考えていたタイミングで、キスレチン東部方面軍を指揮するカロウィンのもとに、一人の兵士が駆け込んできた。


「カロウィン司令官、敵から降伏の使者が参りました」

「ほう。神の使徒っていうのはもう少し諦めが悪いと思っていたが、意外だな。で、どっちの方だ?」

 現在、このカセルタにおいては二つの戦闘が同時並行で生じており、答えを予想しておきながらも念のためにカロウィンはそう尋ねる。

 すると、彼のそばまで近寄ってきた兵士は、すぐに返答を行った。


「もちろん我らが担当している神聖軍の方です。ただ、どうも少し様子がおかしく」

「というと?」

「既に責任者は敗北の責を神に謝罪し自害したとのことで……」

 やや苦い表情を浮かべながらそう告げてきた兵士に向かい、カロウィンは顎に手を当てるとわずかに思案する表情を浮かべる。


「確か枢機卿の一人が奴らを率いているんだったな」

「ええ、ただそのヌルザーン枢機卿が既に自害。さらに参謀を務めていたバイラム司祭やマフズン司祭もそれに続いたとのこと。現在彼らをまとめているのはユダナ助祭という人物のようなのですが」

「ふぅん、そうか」

 特に見聞きしたこともない名前であったため、カロウィンは軽く頷くとそれだけを返す。


「その現在彼らの指揮を取っているユダナ助祭が降伏を申し出ており、出来ましたら司令官と直接今後について話し合わせて頂きたいと要請してきているようです」

「ふむ……そうか。何れにせよだ、差し当たって全軍に攻撃の中止を命令させるとしよう。その上で、このあと――」

「司令官! たった今、イスターツ様のもとから連絡兵が参りました」

 カロウィンが今後の指示を更に追加しようとしたそのタイミングで、今度はやや大柄な兵士が大声を上げながら彼の下へと走り寄ってくる。


「イスターツから? それで用件は」

「それがその……そろそろトルメニア神聖軍から降伏と会談の求めが来る頃だろうから、その場に同席させてほしいと」

 その大柄の兵士の報告が告げられた瞬間、降伏の報告にやってきた兵士は驚いた表情を浮かべる。


 一方、司令官であるカロウィン本人には驚きはない。短期間ではあるが、彼が共に行動した男であるならば、さもありなんと思っていたからである。

 そして同時にカロウィンは、この連絡に込められた真のメッセージに気がついた。


「……そうか。いや、つまりはプランYというわけだな」

「は? Y?」

 突然カロウィンが口走った内容に、彼の眼前の兵士たちは戸惑いを見せる。

 すると、そんな彼らに気づいたカロウィンは、すぐに苦笑を浮かべ、そして追加の指示をその場で下した。


「いや、なんでもない。こっちの話だ。ともかくイスターツの要請は了解した。ならば奴の到着に併せて、例のユダナとの会談をセッティングしろ」

「よろしいのですか? 彼はあくまで我が軍への助っ人。そのような交渉の場に同席させるのは些か……」

 その功績と実力は理解していたものの、今回の会談がデリケートなものであるが故に、降伏の連絡を持ってきた兵士は僅かな懸念を示す。

 しかしながらそんな彼の発言を、カロウィンは笑い飛ばしてみせた。


「違う違う、あいつは政治的な目的で動いているわけじゃないさ。むしろ嫌がるタイプだからな」

「では、なぜ?」

「あいつに言わせれば、たぶん時計の針を早めるためってとこだろう。何れにせよだ、俺の最後の仕事だから好きにさせてもらう」

 それだけを口にすると、カロウィンは右の口角を僅かに吊り上げてみせる。

 一方、そんな彼の発言を聞いた大柄な兵士は、慌てて言葉を挟んだ。


「お、お待ち下さい。最後の仕事とはどういうことですか?」

「あん? それは決まってる。あそこで派手に壊したものの責任を取るから最後なのさ。何かやらかした時に、責任者は部下ではなく自分の首を差し出すためにいるわけだからな」







「いやぁ、まさか今回のキスレチン軍の司令官と、更には西方の英雄に同時にお目にかかることができるとは、思いもしておりませんでした」

 カロウィンの指揮する陣内へと単独で足を運んできたガリガリの男は、眼前の二人の男を交互に見た後に、頭を下げながらそう口にする。

 一方、今回の場の責任者であるカロウィンは、その発言にさしたる興味も見せず、淡々とその口を開いた。


「今回は事が事だけにな。で、何か持ってきているみたいだが、そいつは何かな?」

 ユダナと名乗る男の真隣に置かれた三つの木箱をその目にして、カロウィンはほんの少しだけ苦い口調でそう問いかける。

 するとユダナは、すぐにその箱を自らの前へと動かしてみせた。


「我らが将の首にございます。将からはこう言われておりました。自らたちの首をもって、この度の幕引きとさせて欲しいと」

「少し確認させてもらいますね」

 カロウィンの隣に立っていた黒髪の男は、そう口にするなり彼の背後に控えていた二人の兵士へと指示を与える。

 それを受けて顔まで大型のヘルムによって覆った男たちは、ゆっくりとユダナの持参した木箱へと歩み寄る。そして、わずかにヘルムをずらした後に、その中身を確認しユイに向かって一つ頷いた。


「我々の誰もがご本人を見た事ありませんので確証はありませんが、どうやら本物のようですね」

「こんな時に嘘をつきましても何にもなりませんので」

 ユイの言葉に対し、すぐさまユダナはそう言葉を返す。


「で、トルメニアとしては今回の負けの落とし所をどうするつもりだ」

「いきなりですな」

「ああ、俺もこいつも忙しいのでね」

 ユイを右の親指で指し示しながら、カロウィンは単刀直入に答えを求める。

 そんな彼に向かい、ユダナはほんの僅かに口元を歪め、そしてカロウィンにとって予想通りの回答を口にした。


「それはそれは……いずれにせよ、細かい交渉事は本国の意向を確認せねば即答できかねます」

「だとしたら、この会談自体が無意味ということになるな」

「そんなことはございません」

 それは明らかに力強い言葉であった。

 だからこそ、カロウィンは眉間にしわを寄せながらその理由を求める。


「ほう? なぜだ」

「決まっております。この会談の席につくことこそが、この度の戦いの私達の目的だったからです」

 意味ありげにそう口にすると、ユダナはくぐもった笑い声を上げる。


「言葉の意味がわからんな」

「でしょうね。あなた方の価値観で言えば――」

「違う違う、そういう意味じゃない。わからんのは貴様の物言いだよ」

 ユダナの言葉を遮る形で、カロウィンは苦笑を浮かべながら自らの発言を補足してみせる。

 一方、そんな彼の言い回しに、先程まで小馬鹿にした笑みを浮かべていたユダナは僅かに眉間に皺を寄せた。


「は?」

「つまり言葉は正確に使えということさ。私たちの目的ではなく、総主教派の目的はだろ?」

「な、それは!?」

 予想外の事実を突きつけられ、ユダナは思わず後ずさる。

 するとそんな彼に向かい、カロウィンの隣にたっていた黒髪の男が、更なる訂正をその口にした。


「ああ、ちょっと待ってカロウィン君。それもちょっと違う。より正確に言えば、総主教派ではなく君たち修正者の目的。つまりそういうことだろ、ユダナ君」

「……貴様!」

 修正者という単語が紡がれた瞬間、ユダナの表情は大きく歪む。

 一方、そんな彼の表情を目にしたユイは、軽く肩をすくめてみせた。


「顔は言葉より正直なものだね。というわけで、君たちの希望を叶えるためにこの場をセッティングさせてもらった。君たちの降伏も受け入れるし、君の願いも叶える。ここまでしたわけだから、お礼はそれ相応のものでお願いしたいな」

「どこまでも人を食ったような言い回しをするな、調停者。だがこれで手間は省けた」

 先程までのすました表情を一変させ、苛立ちを露わにするユダナ。

 そんな彼に向かいユイは、敢えてニコリと微笑んでみせた。


「うんうん、お互い様にね」

「……そんな顔ができるのも今のうちだけだ。俺たちをウイッラと同じだと思うなよ。ここで貴様は死ぬ」

「どうやってかな? 見たところ君は一人だし、カロウィンにも僕にも護衛がついている。更に陣の外には無数にね」

 ユイはそう口にすると、わざとらしく周囲を見回してみせる。

 それに対しユダナは、まったく動揺した素振りを見せず、むしろ敢えて見下した笑みを浮かべてみせた。


「ただの護衛如き幾らいようと関係ないさ。こうするのでな。The truth hide me in――」

「ホワールウインド!」

 ユダナがある呪文を唱えかかった瞬間、それを上回る速度で一つの魔法が解き放たれる。

 その瞬間、ユダナは慌てて側方へ回避すると、魔法を唱えたユイの背後に立つ護衛の兵士を睨みつけた。


「不意打ちとは卑怯な。だが今のを外した以上、お前たちは終わりだ」

「さて、それはどうでしょう」

 その冷たい声はユダナの背後から発せられた。

 同時にユダナは理解する。彼の首元に冷たい刃があてられているということを。


「馬鹿な。あの一瞬で……」

「以前に一度ばかりあなた達の芸は見せてもらったものでして。さすがに二度も同じ目にはあいかねます」

 ユダナの背後をとった兵士はそう口にすると、顔をすっぽりと覆っていたヘルムを空いた手で外す。


「赤い髪……まさかクラリスのアレックス・ヒューズか!?」

「ご名答と言いたいところですが、残念ながら外れです。現在の僕はクラリスの陸軍省次官ではなく、ただの一兵卒ということになっています。お間違えの無いように」

 そこまで口にすると、アレックスはニコリと微笑む。

 そしてそんな彼の発言に続く形で、先程の魔法を放った兵士も、そのヘルムを取り銀髪の髪を露わにした。


「勝負はついた。貴様がコードの中に潜ろうとするなら、その前にその首は世界と分離する。もっとも悪あがきとして魔法を向けてきてもいいぞ。この俺の魔法障壁を破る自信があるのならな」

「ユダナ君。君たちが得意とする工作は、残念ながら未然に防げば、何一つ意味をなさない。まさかこの方法が最も効率が良いと思ってたなんてそんなわけがないよね? だとしたら、君たち修正者はすでに劣化コピー品ばかりなんだろうね」

「イスターツ!!!」

 リュートに続く形で発せられたユイの言葉に、ユダナはただただ怒りの声を発する。

 そんな彼を冷めた目で見ながら、ユイの視線は既に残る戦場へと向けられていた。


「何れにせよチェックメイトさ。まだケティスくんの方は時間がかかりそうだから、それまでに色々と歌ってもらうよ。君がまだ、この世界に未練があるのなら……ね」

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