第18話 カセルタの戦いⅢ
「報告します。トルメニア神聖軍は中央部が崩壊。ですが、クレメア教団軍は被害は極々軽微な模様。またクラリス軍が行動を開始しました」
「ふむ、まあ満点とは行かないかな。敵も私たちのために動いてはくれないから」
レイスの報告を受けて、ユイは苦笑交じりに小さく頷く。
すると、レイスはすぐさま、次なる行動を彼へと尋ねた。
「で、このあとは如何なさるおつもりで?」
「そうだね。この戦闘における私たちの仕事は、基本的にはこれで終わりさ。あとは彼らに任せるよ」
それだけ口にすると、ユイは軽く頭を掻く。
「彼ら……ですか」
「ああ、彼らさ。全て手柄を取ってしまっては色々と差し障りがあるからね。エインス達にきっちりと足止めをしてもらった上で、最後の美味しいところはこの国の彼らに持っていってもらわないと」
ユイはそう口にするなり、すごい勢いで行動を開始した二つの軍の姿をその目にする。
一方は先程まで追われ続けていた軍であり、もう一方は彼自身も撤退に関与した今や圧倒的な人員を誇る一軍であった。
「つまりあとは東部方面軍と南部方面軍の仕事だと? よろしいのですか?」
「このあとは混戦になるからね。集合魔法が使えなくなる以上、おとなしくしているとしよう。仕上げが必要かもしれないしね」
「仕上げ?」
ユイの発言を受け、レイスはわずかに眉をピクリと動かす。
「ああ。必要なかったらそれに越したことはない。必要な場合は面倒事が起こったときだしね。ともあれ、彼らの好きそうなやり口は封じるに限る。と言うわけで護衛を務める兵士君たち、もうしばらく待機でよろしくね」
そう口にしたユイは、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには黒色の鎧と兜に身を包み、顔を隠した護衛役の二人の兵士の姿が存在した。
「まったく、全てはあいつの手のひらの上ってわけか」
東部方面軍を反転させ、全力で神聖軍に向かい突入を開始させたカロウィン。
指揮官である彼は、一方的に敵を切り崩しつつある自軍をその目にしながら、深い溜め息を吐き出した。
「勝ちつつあるのに溜め息とは贅沢な話ですな」
「美味しいところを全部あいつに持っていかれたからな」
副官の言葉に苦笑を浮かべながら、カロウィンはそう答える。
それに対しやや年配の副官は、釣られるように苦笑を浮かべた
「我が国の戦いなのに、ゲストたる彼にすべて持っていかれたのは事実ですからな。もっとも本人は、美味しいところを我々に譲り渡したなどと言っていそうですが」
「そういうやつだよ、あの男は」
短い付き合いながらも、西方の英雄と呼ばれる男の人間性を大まかに把握したカロウィンは、やや疲れたような口調でそう答える。
「ともかく、我々はまともな軍人らしく、最後まできっちりと仕事するとしましょう」
「だな。さて、うまく背面展開も開始したようだ。あとはゆっくりと確実に締め上げていくとしようか」
視線の先では、混乱する敵の中央を突破した部隊が、クラリス軍の一部部隊と合流し背面展開を開始する。
この状況は、まさに二人の男が意図していたとおりの盤面図であり、そしてまさに東部方面軍としての終局図でもあった。
そしてこの光景を目にした副官は、わずかに迷いつつも一つの提案を口にする。
「司令官、状況的に我らには多少余裕があります。南部方面軍に援軍を送られてはいかがですか?」
「申し訳ないが、それは既に手配している。あいつらの魔法が成功した時点で彼我兵力差は決定的となったからな。そして集合魔法を使った際に、南部方面軍への被害が少なければ一部兵士をそちらに振り向ける。いわゆるプランFⅡというやつだ」
「……一体、何パターンの計画を立てておられたのですが、あなた方は?」
カロウィンの発言を受けて、彼の副官は頬を引きつらせながらそう問いかける。
それに対しカロウィンは、僅かに肩をすくめてみせた。
「まあ細かい条件まで含めればざっと三桁か。だが結局のところ、選択は常に一つ。というわけで、これ以上はあいつみたいに無駄口をたたかず、殲滅に専念するとしよう」
「了解いたしました。あと……確認いたしますが、司令官は本当に南へ向かわれなくてよろしいのですね?」
「……あいつが高みの見物をしている今、俺以外に誰がこれだけの数を指揮できる? それにこう見えても作戦行動には私情は挟まないことにしているんだ」
それは明らかに何かを押し殺した言葉であった。
だからこそ、彼の副官は直ぐに頭を下げる。
「失礼いたしました。では、私は包囲殲滅を徹底させるよう指示を行って参ります」
「おう。よろしくな」
カロウィンが鷹揚に返事をすると、彼の副官は足早にその場を離れる。
そしてその場に残されたカロウィンは、その視線を集合魔法が放たれた丘へと移した。
「しかし、これからどうするかねぇ。西方会議に続きここまであいつの実力を見せられちまった以上、我が国としては色々と悩ましいところではあるが……まあカセルタ要塞のことで俺は責任を取って辞めるわけだし、あとの面倒事は上が考えるか」
それだけを口にすると彼は再び目の前の戦場へと視線を移し直す。
そこはまさに最終局面へと戦いが移行しつつあった。
「駄目です、枢機卿。後方はもちろん両側面も敵影で溢れております」
「完全に囲まれた……か」
マフズンの言葉を受け、周囲をぐるりと見回したヌルザーンは肩を落としながら深い溜め息を吐き出す。
そんな彼に向かいバイラムが、強い口調で一つの提案を口にした。
「枢機卿、如何致しましょう。強行突破するならば、やはり後方かと思いますが」
バイラムが口にしたその選択。
だがヌルザーンはそんな彼の提案に対しあっさりと首を左右に振った。
「我らがそう意図するだろうことは敵もわかっている。だからこその中央突破背面展開だったのだろう」
「我らの背後を押さえたのが、突破と後方遮断を任せられた敵の主力だというわけですか」
「うむ。そして下手に動けば、おそらくあの魔法が襲ってくる。たとえ先程のような威力がなかろうともな」
マフズンに対し先程の魔法が放たれた丘を指し示しながら、ヌルザーンは疲れた口調でそう口にする。
その言葉を受け、好戦派であり常に積極策を口にしてきたバイラムは、力が抜けたかのようにその場に座り込み、弱々しい言葉をゆっくりと紡いだ。
「我々の負け……ですか」
「ああ……講和の準備を」
そのヌルザーンの発言。
それを耳にしたマフズンは念を押す形で確認を行う。
「よろしいので?」
「やむをえん。この決断を行うことこそが、私に課せられた――」
「おやおや、お待ち下さいな枢機卿。それは貴方の権限にはありませんよ」
突然陣内で発せられたその言葉は、小馬鹿にした笑みを浮かべる男によって発せられた。
「ユダナ?」
地面に座り込んでいたバイラムは、そのいやらしさを感じさせる言葉にその視線を上げる。
そして彼は総主教派とされる一人の助祭と、彼の子飼いの部下たちの姿をその目にした。
「ユダナ助祭。権限がないとはどういう意味かな?」
「ふふ、口で話すよりもこれを見てもらったほうが早いでしょう。どうぞ御覧ください」
そう口にしながらユダナは手にしていた書面をヌルザーンへと手渡す。
ヌルザーンはその書面を目にした途端、頬を引きつらせると、まじまじとユダナの顔を見つめた。
「……な、そんな馬鹿な。なぜこのようなものが」
「総主教猊下はおっしゃいました。万が一戦いに敗北した場合、敵との講和においてはこの私が全てを取り計らうようにと」
ニヤニヤした笑みを浮かべながら、ユダナははっきりとそう告げる。
「ほ、本当に猊下がそのようなことを……しかしお前はただの助祭に過ぎ――」
「そうだ一つ言い忘れておりました」
ヌルザーンの言葉を遮る形で、ユダナは軽く手をたたく。
そして彼は満面の笑みを浮かべながらさらに一歩前へと踏み出すと、次の瞬間、軽くその右腕を振るった。
「敗北を喫した馬鹿者の首は、自由にしろという話でした」
「な、ユダナ貴様!」
一つの首が地面へと落下した瞬間、大地にふさぎ込んでいたバイラムは怒声を放つ。
だがそんな彼に向かい薄い笑みを向けると、ユダナはそっと空いた左手を上げた。
「おっと、あなた達首脳陣も敗北の責任を取るお時間ですよ。おとなしく的になってください」
彼の言葉が発せられた瞬間、無数の発砲音が陣内に響き渡った。
そしてユダナの部下たちによって全身に銃弾を打ち込まれたバイラムとマフズンは、そのまま大地へと崩れ落ちる。
そうして一瞬で静まり返った陣内において、ユダナはその視線を遥か南へと向けた。
「どうやらケティスくんはまだ戦っているみたいですね。まったく野蛮極まりないものです。目的を達するには一に効率、二に効率というのに。吐き気のする話ですが、そのあたりは調停者の方が私と気が合うかもしれませんね」
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