第17話 カセルタの戦いⅡ

「何だあれは?」

 南から出現したクレメア教団軍に忌々しさを感じていたバイラムは、まったくそれとは逆方向、つまり進行方向である北の小高い丘の上に突然巨大な光が出現したことを訝る。

 すると、その光に気づいたマフズンはその直下に存在する黒色の鎧を身にまとった兵士たち目にして、一つの存在に思いが至る。


 そう、ある国が開発した一つの魔法の存在に。


「巨大な光の球体……黒一色の鎧を纏う兵士たち……まさか」

 最後まで言葉を紡ぐことをせず、ただ目の前の光景に圧倒された様子のマフズンに、バイラルは急ぎ先を促した。


「まさか何だと言うんだ」

「わかりませんか? 帝国が開発した一軍さえ消し尽くす魔法。つまり集合魔法ですよ」

「な、なんだと!? 集合魔法だと!」

 マフズンの口走った言葉を受け、目を見開いたバイラムは驚愕の表情を浮かべながらそう口にする。

 しかしマフズンは自分の言葉さえ否定するかのように、ブンブンと首を左右に振った。


「いや、あり得ない。いかにキスレチンが追い詰められようとも、奴らが帝国軍を受け入れるなど――」

「違う、あの男の軍だ」

 それはヌルザーンの言葉であった。

 彼はマフズンの言葉を遮ると、更にその言葉を続ける。


「思えば、単独で姿を現す事自体おかしかったのだ。何しろ、クラリスとブリトニアとの闘いを決定づけたのは奴個人の部隊だったのだからな」

「ということは、あれはユイ・イスターツの!」

 ようやくその存在に思いが至ったバイラムは、頬を引きつらせる。

 だがそんな彼の言葉に反応することなく、ヌルザーンは急ぎ足元をそして周囲を見回す。そして駐留することなく側を素通りすることとした要塞へと、その視線は釘付けとなった。


「キスレチンの東部方面軍も、そして目の前の連中も要塞を無視して北へ向かっている……ということは……くそ、今すぐ全軍この地から退避しろ!」

「な、なにを。確かにあれが集合魔法となればおそろしいものです。ですが、うわさに聞くほど大規模なものではありません。むしろ敵は我々が陣形を崩すことを意図して――」

「違う、違うのだ。あれはきっと我々を狙っているのではない。アレが狙っているのは要塞なのだ」

 一部の損害は無視してでも、敵への接近を優先しようとするバイラムに対し、敵の意図するところを理解したヌルザーンは、悪辣な敵の意図を理解し顔面を蒼白にしながらそう告げる。


「は? 要塞?」

「つべこべ言うな。このままでは、このままではフィラメントの二の舞いとなる。とにかく一人でも多く、この場所から皆を逃がすのだ!」







「枢機卿、トルメニア神聖軍と思われる連中ですが、ひどく混乱をきたしているようです」

「一体、何があったというのだ?」

 実働部隊を仕切るローマンの発言に対し、ハムゼは眉間にしわを寄せながらそう尋ねる。

 すると、彼らの会話を耳にしていたケティスが、前方の小高い丘の上をスッと自らの右人差し指で指し示した。


「おそらくアレでしょう」

「光の魔法……いや、アレはまさか」

 距離のあるこの場所から目にしても、はっきりと分かる膨大な魔力を秘めた球体。

 それが意味するところは、ローマンとてたったひとつしか思い当たらなかった。


「集合魔法。そういうことでしょう」

「噂ではイスターツの直属軍は一部帝国から借り受けた兵士で構成されていると聞きます。おそらくはその影響でしょうが」

 ケティスの言葉を受け、ハムゼは顎に手を当てながらそう答える。

 だが次の瞬間、ケティスははっと顔をあげると、すぐにその口を開いた。


「なるほど、そういうことですか。今すぐです、今すぐこの地から引き返しなさい」

「はっ……ど、どういうことですか」

「このまま神聖軍とともに北上してはまずい。危うく一杯食わされるところでした」

 ケティスは苦い表情を浮かべながら、はっきりとそう口にする。

 そんな彼に対し、ローマンは一つの懸念を示した。


「はぁ……ですが、そうするとせっかく追い詰めた南部方面軍は神聖軍の連中に横取りされかねませんが」

「横取りできるとしたらそうでしょう。ですが、今は撤退が優先です。私たちはフィラメントとは……そう、ウイッラとは違うのですから」

「ウイッラ?」

 聞きなれぬ名を耳にしたハムゼは、とたんに怪訝そうな表情を浮かべた。

 それに対しケティスは、それどころではないとばかりに今なすべき行動を優先させる。


「私の友人です。ともかく時間がありません。混乱に巻き込まれぬためにも、さあ行きますよ!」

「ケティス様、敵です」

「は?」

 まさに今、撤退を開始しようとしたこのタイミング。

 その時を図っていたかのように、血相を変えた一人の信者によって、まったく予期せぬ報告がケティスの下へともたらされる。


「この地を囲む側面の山の斜面から、武装した無数の兵士たちがすごい勢いで……」

「あれはクラリスの旗!?」

 彼らの側方に位置する山の斜面に突如姿を現した一軍。

 彼らの掲げる旗には獅子の刻まれた盾に王冠を有する紋章、つまりクラリス軍の紋章が刻まれていた。

 一方、時を同じくして彼らの後方では次なる動きが生じる。

 そう、彼らにとって決して望ましくない動きが。


「後方、敵の集合魔法。トルメニア神聖軍に向けて放たれ……い、いえ、あれはカセルタ要塞に!」

 その悲鳴の如き兵士の叫びは、膨大な爆発音によって一瞬でかき消される。

 通常のものより小型であった集合魔法は、カセルタ要塞に直撃した瞬間、突然周囲一体を包み込むように膨大な光量を放つと、周囲にいた神聖軍を飲み込みながらそこに爆ぜた。







「軍務大臣、予定通りカセルタ要塞に直撃し、内部と周囲に埋め込んでいた魔石ごと爆発を示した模様」

「耳をふさいでいたけど、まだじんじんするね。ともかく了解。ではこのまま、僕たちは作戦を継続する」

 副官である士官学校上がりのセロックスの大声での報告を受け、エインスは一切足を止めることなくそのまま返答を行う。


「分かりました。それでは予定通りここからは部隊を二つに分けます。クレイリーさん、お願い致します」

「本当にあっしで良いんでやすかね。まあ、あの人達がいないので仕方ないでやすが」

 まっすぐに斜面を下りつつ、打ち合わせ通りとは言えクレイリーは僅かな懸念をエインスへと示す。

 するとエインスは、返事代わりとばかりに深い溜め息と愚痴を吐き出した。


「はぁ……全てはあの人ですよ。あのお二人抜きでこの重要な戦いをやれなんて、ほんとむちゃもいいところですよ」

「そ、それは軍務大臣やクレイリー四位を信頼されているからで」

 この戦いの直前に、四位へと無理やり昇格させられたクレイリーたち二人をその目にしながら、セロックスは慌ててこの作戦を立案した人間をかばう。

 しかしながらそんな彼の発言は、眼前に二人によってあっさりと否定された。


「信頼? 違いますよ。あの人は自分が楽をするためなら、どんな苦労でも押し付けてくるのですから」

「そうでやす、そうでやす。本当にあの人は……」

「と、ともかくです。先に戦場を離脱し、山越えをして兵を隠していたのはこの時のため。早速行動に移りましょう!」

 二人が溜め込んだ不満を一斉に吐き出し始めたため、セロックスは慌てて直近の課題へと話題をそらす。

 一方そんな彼の発言に対し、エインスは訝しげな表情を浮かべるも、しかたなく首を縦に振った。


「セロックス、先輩から袖の下をもらってないだろうね。まあいい。ともかく、クレイリーさん。神聖軍をお願いします」

「わかりやした。軍務大臣もお気をつけて」

 そう口にすると、クレイリーは彼が指揮をする一団の進路を変更する。

 

「というわけで、私たちはあの人の予定通りクレメア教団軍の相手を務めるとしようか」

「はい。ここで彼らを逃がす訳にはいきません」

 エインスの発言に続く形で、セロックスは大きく頷いてみせる。

 だがそんな青年の力強い言葉に対し、エインスの表情が晴れることはなかった。


「それに逃したら逃したで、仕事が増えたとあの人に愚痴られそうだしね。まったく」

「ま、まあここでキスレチンに貸しを作っておけば、今後の西方会議は色々とやりやすくなると思われます。決して無駄ではないかと」

「無駄ではなく、そしてぎりぎり無理じゃないことを押し付けてくるからたちが悪いんだよ。ともかく、まずは目の前のことを成し遂げてから愚痴を続けるとしよう。さあ、みんな行くよ」

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