第13話 三度目の狙い

「今度は夜襲か……」

「はい。しかも全く同じ形で三度……奴ら何を考えているのでしょうか」

 眼前で繰り広げられている戦闘。

 それを目の当たりにして、マフズンは軽く首を傾げながらそう呟く。


「で、現在の被害は?」

「ご覧のとおり、万が一に備えて敵の動向を伺っておりましたので、現在はほぼ我が軍優位に進んでおります。被害も極々軽微かと」

 軽く頭を下げながら、完璧な対応をしたと自負するマフズンは、自信を持ってそう答えた。

 それに対し、ヌルザーンは満足そうに一つうなずき、そして次の一手を確認する。


「そうか。して、銃撃隊はどうなっている」

「そちらも既に手配済みです。ご指示頂き次第、何時でも敵に向かい射撃可能です」

「ならば、すぐ動かすとしよう。バカの一つ覚えというものが如何に危険か、奴らの体に弾丸という形で叩き込んでやれ」

「はっ、直ちに!」

 ヌルザーンの指示を受けたマフズンは、すぐさま命令を実行に移すため、その場から駆け出そうとする。

 しかしそのタイミングで、一人の兵士が彼らの下へ駆け寄ってきた。


「……枢機卿。奴らですが、またしても撤退を開始しました」

「またか……一体どういうつもりなのだ奴らは!」

 その報告を耳にするなり、ヌルザーンは苛立ちを隠す事なく怒気を露わにする。

 そしてそれはバイラム司祭も同様であり、彼は地面を強く蹴り飛ばしながら、怒声を発した。


「二度目の折も大概早く尻尾を巻いて逃げやがったが、今回は輪をかけて早いではないか。奴らは恥というものを知らんのか!」

「此度の撤退は、おそらく我らの守りと準備が整っておったからと思われますが、しかし……」

 指揮官であるヌルザーンの顔色を伺いながら、慎重派のマフズンは冷静な此度の撤退理由を口にする。だがしかし彼とて、このような無謀な急襲を繰り返すことに、違和感を覚えずにはいられなかった。


「二度も繰り返し、我らが警戒を強めることを奴らが理解できぬはずがない。となれば、なんらかの目的があってしかるべきだが……そういえば、此度は敵の両翼はどうしている?」

「特に包囲を狙うような動きもなく……というよりも、今回はもはや諦めたかのように連中は全軍で後退をしております」

「ふむ……三度馬鹿を行い、ようやく自分たちの策の愚かさを理解したということか」

 マフズンの返答を受け、ヌルザーンは顎に手を当てながらそう評して見せる。

 それを受けバイラム司祭はすぐさま確認の問いを口にした。


「そうかもしれませんな。何れにせよ、追撃はいかがいたしますか?」

「取り敢えずは放置しておけ。三度も失敗を繰り返せば、奴らもこれ以上の無駄な強襲をせぬことだろう。あとは我らの補給が整ったところで、連中を叩き潰せばよい」

「……確かにその通りですな。では、我が軍も戦闘態勢から警戒態勢へと移行させます」

 追撃を行いたかったバイラムはわずかに不満そうな表情を浮かべたが、妥当な指示である事は彼にも十分理解できたため、素直に頭を下げた。

 しかしその時、敵の動きを見つめていたマフズンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「枢機卿、なにか奴らの動きが変ではありませんか?」

「動きが変? 何が変だというのだね、マフズン」

「その……敵が自陣ラインに戻っても依然として後退を継続しております」

 そう口にすると、マフズンは敵本隊を指差す。そこには戦前に拠点として固めていたはずの地点を越えて、さらに後退を続けるキスレチンの者たちの姿があった。


「……どういうことだ。誘い込むつもりにしては余りに後退が過ぎる」

「我らを大きく連中の陣内に引きこむつもりなのでしょうか? しかしそれにしても些か……」

 そこまで口にしたところで、マフズンは理解できないとばかりに言葉を途切れさせる。

 すると、苛立ちを覚えていたバイラムが怒気をはらんだ声で言葉を紡ぎ出した。


「三度も繰り返しているのだぞ。奴らとて、我らが馬鹿な追撃はしないとわかっているはずだ。だからこそ我々は追撃を断念している。第一、今奴らのもとにはあのユイ・イスターツがいるのだ。そんな馬鹿げた策をあの男が――」

「待て、今なんと言った」

 突然顔色を変えたヌルザーンは、バイラムの言葉を遮る形でそう問いかける。

 それに対しバイラムは、眉間にしわを寄せながら、思わず戸惑いを見せた。


「は?」

「馬鹿な追撃はしないとわかっている。そう司祭はおっしゃられていましたね」

 その言葉を口にしたのはヌルザーンではなかった。

 そう、それは皮肉げな表情を浮かべたままこの場に姿を現したユダナ助祭である。


「ユダナ、貴様持ち場は?」

「はは、敵が来ないのに、持ち場を死守するも何も無いでしょ。それよりも皆さま、本当によろしいのですか?」

 まるで叱責のようなバイラムの問いかけに対し、ユダナは涼しい顔をしながら逆にそう問い返す。

 その問いに対し反応を示したのは、指揮官であるヌルザーンであった。


「……一体、何がだ?」

「彼らをこのまま行かせてしまうことに関してですよ」

「このまま行かせる……つまり貴様は、連中の目的を陣払いだと考えるということか」

「そりゃあそうですよ。二度急襲を行い、その追撃を誘うかのような行動を繰り返す。すると、三度目もまた同じ行動を繰り返したのだと相手は判断し、追撃を行わないだろう。多分その辺りが彼らの狙いじゃないでしょうかね」

 そう口にしたところで、ユダナは小馬鹿にした笑みを浮かべて見せた。

 その表情に不快感を覚えながらも、ヌルザーンは冷静に彼の発言を咀嚼する。


「二度の偽装撤退で我らの追撃手を緩めさせ、本体を無傷で撤退させる。となれば彼らのその目的は……いや、そもそもここに姿を現したユイ・イスターツは、本来南部の指揮を取るはずだった。となれば……まさか奴らの狙いは!」

「おそらく枢機卿のお考えのとおりでしょう。だから私は確認しに来たのですよ。本当にこのまま行かせてしまっていいのですかと」

 皮肉げな口調でユダナはヌルザーンに向けてそう告げる。

 だがそんな彼のことなど無視する形で、ヌルザーンははっきりと指示を口にする。


「……追え!」

「す、枢機卿」

 そのヌルザーンの剣幕に、マフズンは一瞬後ずさりする。

 しかしそんな彼に対し、ヌルザーンは間髪入れず今なすべき命令を口にした。


「今すぐ追うのだ。奴らの狙いは南部戦線に全軍を投入し、その後に時間差で我らを叩くことにある。だが絶対にそんなことは許さんぞ!」








「ふむ、あの反応だとどうやら釣れたようだな」

 馬を走らせながら後方を振り返ったカロウィンは、行動を開始した敵軍をその目にして苦笑を浮かべる。

 すると彼の隣で馬を走らせていた黒髪の男は、大きく一つ頷いて見せた。


「みたいだね。少なくとも予定していた程度の距離も稼げたし、昨日のうちに敵部隊から南部戦線への報告船が出たことも確認できている」

「つまりここまでは貴公の理想どおりの展開というわけだ」

「といっても、一点掛けというわけではないし、そんな大した話ではないさ。釣れなかったらプランEで予定通り各個撃破の方針の予定だったし……何れにせよ、東部戦線での私の仕事はここまでかな。というわけで、あとはよろしくね」

 さらりとした口調で、ユイはこの軍の指揮官に向かいそう告げる。

 それに対しカロウィンは、わずかに拗ねたように舌打ちをしてみせた。


「ちっ、美味しいところだけ楽しんでいきやがって」

「はは、すまないね」

 その愚痴を耳にしたユイは、苦笑を浮かべながら軽く頭を掻く。


「ふん。ともかく、適度に餌の匂いを嗅がせながら約束の場所まで奴らを連れて行く。そこからはお前の仕事だからな」

「本来の私の仕事というべきかは悩むところだけど、その辺りは当初のプランDの通りに。というわけで、カセルタでまた会おう、カロウィンくん」

 そう告げると同時に、ユイは馬の速度を速めカロウィンたちと別れる。


 彼が目指す先。

 それはカセルタと呼ばれるミラニールに向けて南部と東部の街道が合流する土地の名であった。

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