第9話 二人の密談
首都ミラニールから東に向かい走り続ける馬車。
その車上には二人の男性の姿があった。
一人は無精髭を生やしスラリとした体躯を誇る壮年男性、そしてもう一人は外を眺めながら大きなあくびをする黒髪の男であった。
「この辺りの人はまだ避難していないんだね」
外の光景を眺めていたユイは、農村地区に入ったところで、未だ畑で働く人々の姿を目にしてそう呟く。
「まあな。いよいよ切羽詰まったら別だが、彼らには彼らの権利がある。だから今のところは、強制的にどこかに移すわけにも行かなくてな」
「権利……か」
そのまま視線を外へと向けながら、ユイはその言葉を繰り返す。
すると、向かいに座っていた男は、意味ありげな視線をユイへと向けてきた。
「王政では存在しない言葉かね、英雄どの」
「そんなことはないさ。ただ正直言うと、クラリスに限らず帝国でも、もう少し早い段階で彼らを退去させているだろうね」
「なるほどな。まあその辺りが我らの誇りというやつさ」
「誇りねぇ……いや、悩ましいところとは思うけど、まあそれに口出しする権利は私にはないかな」
カロウィンに向かいそう口にすると、ユイは軽く肩をすくめてみせる。
そうして一瞬会話が途切れたところで、改めてカロウィンは本題を切り出した。
「で、南部戦線の責任者たる英雄どのが、どうして東部戦線に?」
「理由は色々あるんだけどね。でも一番は、それが一番効率がいい選択肢だったからかな」
頭を掻きながら、ユイはそう答える。
すると、カロウィンはほんの僅かに口元を歪め、そして改めて問いを口にした。
「効率……か。まあそれはそれでいいがね。でも、本当にそれだけなのかな?」
「というと?」
「英雄どのはいろいろと小細工がお得意と聞く。それ故に、他にも多々含んだところがあるのではと考えるのは自然なことだと言えんかね」
疑惑と興味が入り混じった視線をユイへと向けながら、カロウィンはそう告げる。
それに対しユイは、軽く笑い声を上げてみせた。
「はは、小細工か。と言っても、元々手間がかかることはしない主義だよ。少なくとも私はね。ただ単純に、ちょっと趣向を凝らせば後で楽を出来る状況の場合のみ、先に手を打っておくっというだけでね」
「まあ物は言いようですな」
ユイの発言を受け、カロウィンは軽く両腕を広げてみせる。
「本当に含むところはないつもりさ。少なくとも今回はね。正直、フォックスの爺さんに言われたのもあるし、私自身も東部戦線と連動して色々と策を練りたいと思っていたところだから、言うなれば渡りに船だったというところさ。だから顧問としての同行の話を受けたと、そう考えてくれればいい」
「ほう……連動か。しかし連動などと言っても、お互いの戦線間で余りに距離がありすぎると思うが? 連動どころか、向こうの戦線のことさえ把握できない可能性が高いのではないかな?」
そう、現状において東部戦線と南部戦線とはまさに全く離れた場所に存在する。
それ故に緊密な連絡や連動など、カロウィンにはとても考えられるものではなかった。
「現状では仕方ないし、そしてそれに関しては問題もない。あくまで必要なときに、必要な環境を構築すればいいだけの話だからね」
「必要なときに必要な環境を構築するだと?」
ユイの言葉の意味するところがわからなかったカロウィンは、眉間にしわを寄せながらそう問い返す。
すると、ユイは僅かに自分の言葉を補足してみせた。
「ああ、言葉通りさ。必要になったら、必要なだけ手を打つつもりだよ。お互いの情報を適時入手できるような手をね」
「お互いの情報を適切に……か。なるほど、話が見えてきた。つまりその点こそが、彼らの優位に立つ要だと、そう考えているわけだ」
ユイの言葉に秘められた意味を完全に汲みとったカロウィンは、二度大きく頷くとニヤリと笑みを浮かべる。
その反応を目にして、ユイは眼前の人物に対し、事前に聞いていたとおりだと判断した。
「まあね。しかしなるほど、フォックスの爺さんが褒めるわけだ」
「フォックス師が何か?」
「君のことを絶賛していたよ。あの、見た目同様の変わり者がね」
未だ彼自身の魔法により少年の姿を維持し続ける四大賢者が一人。
その彼をしてキスレチン内において見るべき人物とユイに告げた一人が、眼前のカロウィン・クレフトバーグその人であった。
「それは恐悦至極。ただ、褒められてもそれが勝利に結びつかなければ意味が無い。老人の好き嫌いで戦争は勝てるわけではないからな」
「はは、それは真理だね。まあ、私の考えるところは理解してもらえたみたいだけど、君の方は何か考えがあるのかい?」
自らの構想を告げたユイは、今度は君の番だと言わんばかりの調子でそう問いかける。
だがその問いを向けられた男は、薄い笑みを浮かべた後にあっさりとこの場での回答を拒否した。
「もちろん多少は。でも、それは後でにするとしよう」
「なぜそう思う。敵に内通するとでも?」
「その心配はしていないさ。ただ、もうすぐ東部戦線の司令部に着けば同じことをしゃべることになる。私も貴方同様に二度手間は嫌いでね」
そのカロウィンの発言に、ユイは思わず苦笑を浮かべずに入られなかった。
「はは、そう言われると弱いな」
「で、どうするつもりなのかな?」
「何がだい?」
「まさかその姿のまま、現地に降り立つつもりと?」
カロウィンはそう告げると、以前この地を訪れた時と違い、全く変装などしていないユイの全身をそのまま眺めやる。
そんな彼の視線から意味するところを理解したユイは、軽く頭を掻いた後、服に備え付けられたフードを被ってみせた。
「ああ、そういうこと。大丈夫、こいつをこうやって被るからさ」
「実に胡散臭い姿を……そんな適当に顔を隠そうとするくらいなら、まだ前のマスクをした方がマシではないかな?」
フードで顔だけ隠した状態のユイに向かい、カロウィンは呆れ半分の声を向ける。
だがそんな彼に向かい、再び顔を露出させたユイは、やや自虐的に笑ってみせた。
「自分で使っておきながらこういうのは何だけど、あれもどうかと思ったものだけどね」
「本当に自分で言っていたら世話は無いな」
やや呆れた口調で、カロウィンはそう応える。
だが、当人は全く気にした素振りを見せず、堂々とした口調で頷いてみせた。
「はは、まったくだね。ともかく、会議には出ない形にしようと思っている。もし仮に姿を表すなら、それはその時が来た場合さ」
「確かに宗教を相手取るのならば、いくら警戒しても警戒し過ぎることはないからな。間違った判断だとは思わんが、しかし……」
ユイの見解に一定の理があることは認めながらも、カロウィンはどこかすっきりとしないものを覚える。
しかしながらユイは、そんな彼に向かい軽く笑うと、改めて先ほどの疑問をぶつけてみせた。
「そのへんは上手くやるよ。というわけで、会議に出ない手前、先ほどの答えを教えてはもらえないかな?」
「結局、早く聞いておきたかっただけじゃないのかな、貴方は? まあいい。東部戦線で勝利を得るために、私は三つの策を用意した。もっともすでに一つは使えなくなったが」
「なぜかな。まだ現地も見てないっていうのに」
「あなたが二つの戦線を統合しようと考えていそうだからだよ」
そのカロウィンの口から発せられた回答。
それを耳にしたユイは、目の前の人物に対する評価をすぐさま上方修正する。
「……それは済まなかった。でも、なるほど。君となら話が早そうだ」
「誰かと同じで面倒事は嫌いですからな。というわけで、今から基本方針を話すので、せっかくだから添削をしてもらえるかな。でないと、本当にただの二度手間となってしまうのでね」
そう口にすると、東部戦線における戦略構想をカロウィンは告げ始めた。
それを耳にしたユイは満足気に微笑むと、カロウィンを絶句させるに足る一つの大きな修正を加える。
一人の呆れる指揮官と、一人のしてやったりとした表情を浮かべる英雄。
ここに二人の間で、対トルメニアにおける戦いの方針は定まった。
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