第19話 ルシーダ平原の戦いⅡ

「直撃、直撃しました。貴族院の部隊は混乱している模様!」

「ふむ、さすが集合魔法。この人数でさえ、これだけの威力があるとはね。いやはや、この部隊を編成してくれたノインには頭が上がらないところだ」

 伝令兵からの報告を受け取ったユイは、ニコリと微笑みながらそう告げる。

 一方、そんな彼の発言を耳にしたロイスは、やや呆れ気味にその口を開いた。


「兵士数は半分でも良いから、大半を集合魔法が使える魔法士にしてくれないと部隊は預からない。兵士を借りる側の人間が、普通ではありえないそんな図々しい要求をされたと伺っていますが?」

「はは、どうだったかな。でも最終的に気のいい彼が色々と骨を折ってくれたことは、私も流石に覚えているよ」

 軽く肩をすくめながら、ユイはまったく気にした素振りも見せずそう言い放った。そして彼は、ゆっくりとその場を歩み出すと、自分の馬へ向い歩み出す。

 そんな彼に向けて、ロイスは迷いの捨てきれぬ口調で、言葉を口にした。


「閣下……本当にあとを私にお任せになられてよろしいのですね?」

 その言葉が向けられると、ユイはその場に立ち止まり、頭を掻きながらゆっくりと振り返る。


「もちろんだよ。魔法公国と戦った時と同じさ。何か問題でもあるのかい?」

「あの時とは状況も、任される権限も違います。それは貴方もおわかりでしょう!」

 自らの指摘しようとすることを、まったく気にした素振りを見せぬユイに向かい、思わずロイスは声を荒げる。

 それに対し、ユイは思わず苦笑を浮かべると、ごまかすようにその口を開いた。


「確かにそれもそうか。あの時は戦いが終わってから、勝手に君に部隊を押し付けただけだったしね」

 帝国と魔法公国との戦いにおいて、集合魔法を放ち終えたあと、忽然とその姿をくらませたユイ。

 その目的は、帝国軍抜きでナーニャの父である前魔法王と話し合いを行うためであったが、その際には何一つ告げることなく、彼は部隊をロイスに押し付ける形となっている。


「イスターツ閣下、あらためて言うまでもないことですが、本来あなたと私は異なる旗の下に属する身です。もしあなたを消し去るよう陛下から密命を帯びていた場合、この状況はまさに最高のシチュエーションと言えるでしょう。預けられた部隊が貴方の背を撃てば、帝国は易々とこの国を手に入れられるでしょうから」

 目の前の黒髪の男から一切視線をそらすことなく、ロイスはそう告げる。

 一方、生真面目な彼の言葉を受けて、ユイは二度頭を掻くと、はっきりと自らの考えを口にした。


「ふむ……それはそうかもしれないね。でもね、それでも君にすべて任せるよ。それはこの作戦を実行する上での大前提だからさ」

「本当に良いのですね? かつて私は、あなたによって苦汁をなめさせられた身です。それでも信用されると?」

「はは、本当に迷っている人間は、目の前の相手にそんなことは言えないさ。それに何より、君を信用せずこの戦いに負けたら、どうせこの国は滅びる。だったら人を信じて負けた方が、まだ有意義な最後だと思わないかい?」

 ユイはそれだけ告げると、ロイスの肩にポンと手を置き、再び愛馬に向かって歩み始める。

 そんな彼の背に向かい、ロイスは慌てて声を発した。


「イスターツ閣下……」

「はは、私の背中は君に預ける。頼んだよ、ロイス君」

 ユイはそれだけ告げると、既に準備を整えていたレムリアック兵たちの先頭に立ち、目指すべき場所に向かい、馬を走らせていった。


「ロイス隊長……いかがしましょうか?」

 そうしてその場に残されたロイスに向かい、魔法士隊を率いる魔法士長が恐る恐る声をかける。

 すると、ロイスは一度目をつぶり、そしてその視線を、狙うべきターゲットへと向け直した。


「グレーツェンクーゲル、再準備。目標は予ての指示通りだ」






 それは自軍と敵が接触するまさに直前の出来事であった。

 突然後方で熱と光を撒き散らしながら、激しい魔法の爆発が起こったのは。


「あの時よりも遥かに小型ではあるが、その威力はやはり集合魔法といったところだな」

 エレンタムはかつての記憶から、すぐにその存在を理解した。

 当時士官学校の教授職をつとめていた彼は、その屋上から一つの魔法を目にしたことがある。王都エルトブールに向けて放たれ、そしてある男の介入により、敵に向かって突然反転したその光と熱の魔法を。

 そしてだからこそ、彼は改めてここに確信した。


 何者がこの絵を描いているのかということを。


「奴らの部隊の一部は、既に貴族院に向かって突撃を開始している……か。なるほどな、そういうことか」

「エレンタム様?」

 ブリトニア軍を前にしながら、突然独り言をつぶやきはじめた上官に向かい、ミカムルは疑念を示す。

 すると、彼の上官は思いもよらぬことを口走り始めた。


「よし、全軍反転。後方の貴族院に向けて、行動を開始せよ。但しそれはあくまで擬態だ。もう一度指示を下した際に、再び再反転を行い、ブリトニア軍と対峙する」

「ど、どういうことですか? 如何に我が軍の練度が高いとはいえ、そんな無茶な用兵は敵に隙を見せることになるだけかと」

 副官を務めるミカムルは、理解できない上官の指示を耳にして、慌てて反論を行う。

 しかしそんな彼の忠言を、エレンタムはあっさりと却下した。


「それでも構わん。君の危惧には結果をもって答えよう。それこそが、奴が最も望む行動のはずだからな」

「奴……ですか」

 上官の言葉を受けて、ミカムルは確認するようにそう言葉を発する。

 すると、エレンタムは迷うことなく、大きく一つ頷いた。


「ああ、奴だ。しかし俺が試すつもりであったが、これは逆に俺を試しているつもりか、ユイ・イスターツ」

 エレンタムはそう口にすると、ブリトニア軍の眼前まで進めていた兵を突然反転させる。

 それはブリトニアと交戦を開始する直前、まさにギリギリのタイミングであった。





「敵魔法の被害甚大です。直接魔法が直撃した周囲には生存者はおらず、数百名以上が巻き込まれた模様」

 慌ただしく届けられる無数の報告。

 敵の後背を突くだけのつもりでこの地に来ていた兵士たちは、まさか自分たちが背後を突かれることになるとは思っておらず、ましてやそれが通常目にすることない魔法によるなどとは考えてもいなかった。


 それ故に各部署から司令部へと送られる報告は、そのいずれもが動揺と恐怖に満ちており、現状を冷静に見渡せるものは誰ひとりとして存在しない。

 そしてそれは司令部であるテムス達の周囲も、まったく他と変わらぬ状況であった。


「くそ、なぜ帝国の兵士たちが我が国に侵入しているというのだ!」

「わかりません。それよりも、突如現れた敵軍の上空に再び集合魔法が形成されつつあります。こ、このままでは!」

 幕僚達の苛立ちと悲鳴が、司令部内に響き渡る。

 そんな彼らを目にして、最初に冷静さを取り戻したのは、元陸軍省次官のエミリオッツであった。


「慌てるな! ソーバクリエンの野戦でクラリス軍が受けた被害より、今のは遥かに極小だ。つまり連中の魔法士の数は少ないことを意味している。ならばだ、やられる前にやればいい。そうだろ、テムス」

「あ……ああ、そのとおりだ」

 エミリオッツに話を振られたところで、テムスはどうにか正気を取り戻す。

 そんな彼を目にしたエミリオッツは一つ頷くと、すぐさま自分たちの後方に存在する一団を指差した。


「見ろ、連中は我々の半分もおらん。誘爆の危険性から魔法が使えなくなる距離まで接近し、そのまま取り囲んでしまえば勝負は決するぞ」

「報告します。敵二百名規模の小集団がこちらに突入してきました。まもなく、この司令部に到達する模様。至急ご避難を!」

 エミリオッツが自らの考えを実行に移すその直前、司令部に走りこんできた部下の一人が、慌ててその報告を行う。


「何だと! 確かに被害は出たが、我らの十分の一にも満たぬ数ではないか。にも関わらず、なぜ避難などする必要がある!」

「それはそのとおりなのですが、指揮系統が混乱しておりまして……」

 明らかに不機嫌となったエミリオッツのその表情を目にして、報告兵はそれ以上言葉を紡ぐことができなくなる。

 一方、彼の隣でその報告を耳にしていたテムスは、苛立ちを隠せず地面を蹴りつけた。


「またしても先手を取られたということか。後方に注意を払っていなかったとはいえ、なんと狡猾な……帝国兵どもはやはり卑怯者の集まりだな」

「いえ、それがその……突入してきた部隊は、どうも我が国の装備に身を包んでおるようでして」

 指揮官達の怒りをその目にして、口にするかしないか迷いながらも、兵士はその事実を彼らへと告げる。

 途端、テムスの怒りに満ちた声がその場に発せられた。


「バカな、奴らが先ほど使ったのは、集合魔法だ。何者が、帝国と結託してこのような真似を――」

「すみません、テムス次官。ちょっと人手が足りなかったもので、私が彼らをお招きしたんですよ」

 エミリオッツの言葉を遮った存在。

 それは突然この司令部へ乗り込んできた、黒髪の一人の男性であった。


「ゆ、ユイ・イスターツだと!?」

 その姿を目にした瞬間、テムスは声を上ずらせながら後ずさりした。

 それは彼の部下たちも同様であり、場の空気は途端に硬直する。

 しかし、直後に次々とレムリアックの兵士たちが雪崩れ込んできたことで、司令部はまさに混乱と混沌に包まれていった。


「イスターツ、貴様なんのつもりだ!」

 怒気を隠すことなく、顔を真っ赤に染め上げながら、エミリオッツはユイ目掛けて愛槍を振るう。

 陸軍省時代に鍛え上げられたその一撃に対し、ユイは馬から飛び降りて一度距離を取る。


「お久しぶりです、エミリオッツ次官……いや、お二方とも元次官ですか。ともかく、私もそろそろ働かないと、色々と状況がまずくなってきましてね。こうしてやむなく表舞台に帰ってきたわけです」

「ふざけるなよ。貴様、この国を帝国に売るつもりか!」

「いえ、彼らにはちょっとお手伝いをお願いしただけですよ。と言うか、カーリンをブリトニアに売り渡した貴方がたに言われるのは如何なものかと」

 再び距離を詰めて槍を振るわんとするエミリオッツに対し、ユイは逆に一瞬で間合いを詰める。そして彼は、エミリオッツの手にする槍の柄を掴み取った。


「ぬう、貴様!」

「さて、これはちょっと預からせていただきますね」

 ユイはそう口にすると、エミリオッツとの間合いを更に詰め、そしてその胸に肘の一撃を叩き込む。

 その衝撃に思わずエミリオッツは槍を手放して転げまわる形となった。


「エミリオッツ!? くそ、たしかに貴様は強い。だが、ここで我々を倒したとして、それだけの数で逃げられると思うなよ」

「この混乱に乗じたら、逃げることはそう難しくは無いとおもいますよ。ですが残念ながら、今逃げるわけには行きませんもので……と言っている間に、そろそろ次が来る頃合いですね」

 エミリオッツの槍をその手にしながら、何気ない素振りで後方を振り返ったユイは、その視界に光り輝く球体が動き出したのをその目にする。


「次……だと。ま、まさか! 馬鹿な、お前たち自身を生け贄に!?」

 迫り来る小型集合魔法をその目にして、テムスは思わず後ずさりする。

 しかしそんな彼に向かい、目の前の黒髪の男は、苦笑を浮かべながらゆっくりと首を左右に振った。


「はは、流石に私も命が惜しいのでそれはありませんよ。方向は同じなんですけど、先ほどとはちょっとだけ狙いが違うんです」

 ユイはそう口にすると、テムスの彼方に存在する集団を、彼はその視界に収める。

 そう、そこには追う一団と、追われる一団が存在し、極めて大規模な追いかけっこが行われていた。その光景を目にして、ユイは思わず虚空に呟く。


「しかし完全に私の意図を汲み取ってくれているとは、さすがですね」

 その言葉は一人の男性へと向けられていた。

 ユイをして称賛以外の言葉が見当たらぬ状況把握と判断を行ってみせた男、エレンタム・フォン・ラムズへと。

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