第17話 両軍、相対する

「報告します。敵、クラリス軍第一師団はもう間もなく平原に姿をあらわす模様。その数はおよそ一万とのことです」

 息を切らせながら駆けつけて来た兵士は、たった今偵察部隊によりもたらされた情報を、 フランツへと報告する。


「やはり貴族院からの情報通り、ほぼ同数……か」

「一昔前ならば四万を動員すると言われたクラリスですが、相次いだ混乱で見る影もありませんね」

 副官のマリアーヌは、事前に収集していた情報と照らしあわせ、敵軍の現状をそう評してみせる。

 そんな彼女の見解に、フランツは一度頷く。しかし彼がその警戒を緩めることはなかった。


「ああ。帝国との戦い、そして貴族院との内乱か。だが今回動かしてきたのは、まさに奴らの虎の子だろう。甘く見るのは禁物だ」

「はい、わかっております」

「それで、彼らの動きはどうなっているのかね?」

 フランツは改めて、報告に訪れた兵士へとそう問いかける。


「第一師団の後方を追ってきているようです。おそらくは少し遅れて平原入りするかと」

「ふむ。それで第一師団の連中に、気づいているそぶりはあったかね?」

「さすがに内部に入り込んで調査を行えたわけではありませんので……ですが、貴族院の部隊は五千近い兵数にのぼります。気づいていたとしてもおかしくはないかと」

「確かにな。にも関わらず、まっすぐ我らへと兵士を向けてきている……か。いささか気に入らないな」

 フランツは眉間にしわを寄せながら独り言のようにそう吐き出す。

 すると、そんな彼の側に控えるマリアーヌは、自らの見解をフランツへと告げた。


「おそらくですが、短期決戦を狙っているのではないでしょうか」

「挟み撃ちになる前に、戦いを終えるつもりか。それならば、我らは守勢に徹すればいいだけだが……」

 敵が戦いを急ごうとしようとも、敢えてそれに乗ってやる必要はない。フランツはそう考えながらも、何か自らの考えの中に見落としがないか考えなおす。

 一方、そんな彼の性格を熟知するマリアーヌは、あくまで無難な見解をその口にした。


「いずれにせよ、敵より多数で戦うこと自体は悪手ではないかと思います。現状として、敵がほぼ我々の思惑通り動いている以上、粛々と作戦行動を進めるべきかと」

「確かにそうだな。敵が新たな動きをとった場合は、適宜対応するとしよう。いずれにせよ、各部隊長に通達せよ、敵の狙いに乗せられぬよう、決して先走るなとな」






「エレンタム閣下、敵はやはり予想通りルシーダ平原にて我らを待ち構えている模様。その数はほぼ同数です」

 エレンタムの副官を務めるミカムル五位は、たった今届けられたばかりの敵の情報を、上官へと報告する。


「ご苦労。で、彼らは何か動きを見せているのかね?」

「いえ、今のところは」

「ふむ、我々が彼らに気づいたように、彼らも我らに気づいていても良さそうな頃合いだ。にも関わらず、動きがないとすれば……ふふ」

 そこまで口にしたところで、エレンタムはニヤリと満足気に微笑む。

 一方、上官の笑みの意味を理解できなかったミカムルは、あくまで一般論を口にした。


「彼らが動かないということは、やはり我々の背を追う犬に期待していると、そう考えるべきでしょうね」

「ああ、たぶんな。まあ、私が彼らの立場でも基本的には同じことを考え、そして選択するだろう。守勢に徹して、挟撃体制が整うまで待てば良いと」

 指を一本立てながら、エレンタムはミカムルに向かってそう告げる。

 その上官の言動を、妥当なものだとしてミカムルも頷いた。


「消極的ではありますが、確実な選択ですね」

「うむ。そしてだからこそ、彼らはこう考えているはずだ。我らが貴族院の犬どもに気づいているのならば、短期決戦に持ち込むことを狙っているだろうと」

「実際のところ、その手しかないでしょうから」

 そのミカムルの言動。

 それを耳にした瞬間、エレンタムは小さく首を左右に振る。そして意味ありげな笑みを浮かべると、ゆっくりとその口を開いた。


「果たしてそうかな? ここから大きく敵軍を迂回し、彼らの後背へと回り込めば、挟撃は免れる事ができる」

「それはそうかもしれませんが、一度に多数の敵と相対せねばならないのは変わりません。ましてや敵も、すんなりと迂回を見逃してはくれないでしょう。それならまだここで反転し、貴族院を先に殲滅することを狙ったほうが上策かと思います」

 すぐに人を試す上官の悪癖が出たと思いながら、ミカムルは次に問いかけてくるだろうエレンタムの仮説を先回りして潰しにかかる。

 一方、そんな部下の内心を洞察したエレンタムは、敢えて意地の悪い問いかけを重ねた。


「そして自らの後背を、ブリトニア軍に晒すというわけかい?」

「短期決戦を前提とするのならば、まだ少数の敵と一戦交えることを考えたほうが、幾分マシかと思います。違いますか?」

 ミカムルの正論ともいうべきその問いかけ。

 その回答をこそ求めていたエレンタムは、満足そうに一つ頷く。


「違わんな。私も当初はブリトニアと適度な距離に達したところで急反転し、貴族院をまず叩き潰すつもりだったのだから」

「そして慌てて急進してきたブリトニアに逆撃を加える……ですか。私も自分で言い出しておきながらなんですが、人数を上回る敵に対し些か虫の良すぎる計画ではないかとも思います」

 ミカムルは先ほど自分が逆提案を行ったこともあり、わずかに苦い表情を浮かべながらそう口にした。

 途端、そんな彼の見解をエレンタムは素直に認めると、改めて彼は自らの考えを述べる。


「まあな。だが先に貴族院を討伐しにかかれば、彼らはおそらく自領に引きこもる。それはブリトニアに時間を与えることと同義だ。それ故に、彼の描いている絵に乗るのが最善だと判断したわけだよ」

「なるほど……しかし、本当に彼らは動いているのでしょうか?」

「心配かね?」

 ミカムルの言葉と声色に、少なからぬ不安の成分が含まれていたことに気づいたエレンタムは、端的に彼へと問いかける。

 すると、ミカムルは神妙な表情を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


「否定はしません。いえ、もちろんあの方の実力を疑っているわけではないのですが……」

「一度、表舞台から姿を消した英雄は、果たしてかつての英雄のままでありえるか否か……か。ふむ、実に興味深い疑問だ。だが、私は別の問いかけを彼に投げかけたいと思う」

 エレンタムがそこまで口にしたところで、ミカムルが彼へとその先を促す。


「別の問いかけですか」

「ああ、別の問いかけだ。我が親友の教え子たるあのだらしない英雄は、果たして心を入れ替えてきたのか否かというな」

「それはまた……ですが、確かに戦略省次官の教え子に当たるのですよね、あの方は。とはいえ――」

 ミカムルが更に言葉を続けようとしたその時、彼の配下に当たる一人の壮年の兵士が、慌てて彼らに向かい声を発した。


「報告します。まもなく前衛の魔法士隊が敵部隊をその射程に捉えます」

「ふむ、了解した。どうやら雑談の時間は終わりのようだな。ここからは我が軍の力を見せることにしようか。海をわたってきた目の前の敵兵達と、そして後方に控えているだろうあの男にな」

 そう口にすると、エレンタムは不敵に笑い、そして自らの手を軽く掲げるとなめらかに前方へと振り下ろす。


 後にルシーダ平原の戦いと呼ばれるブリトニアとクラリスとの戦い。その戦いの幕はここに切って落とされた。

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