第11話 それぞれの狙い
王国北部に存在するブラウ公爵領にそびえ立つ巨大な邸宅。
その中でも最大の規模を誇る円卓会議場において、残された貴族院の面々は、それぞれ異なる表情を浮かべながら途切れること無く言葉を交わしていた。
「第一師団がブリトニア軍討伐に向かったか。つまりようやくこの時が来たというわけだ」
「ああ。本当に長かった。王都から追放同然で排除されたあの日から、どれだけこの時を待ち続けていたか」
八時方向の椅子に腰かける元陸軍省次官であったエミリオッツは、二時方向の椅子に座るテムスに向かってそう答える。
一方、彼らのその会話を受け、四時方向に座していた元外務省次官のレーベは、ゆっくりと周囲を見回し一つ溜め息を吐き出した。
「しかし本当に寂しくなったものだ」
「コートマン事件、そして帝国との戦いでもともと四つの椅子は空席となっていました。しかしロペンに続き、スクロート殿までもが我々を裏切るとは」
十時方向の席に腰掛けていた最も若いフィール侯爵はそう口にすると、だれの姿も存在しない三時と六時方向の座席を順に見る。
かつてこの円卓会議に存在する十二の座席はその全てが埋まっていた。しかしながら現在、まるで歯抜けのようにその半分が空席となっている。
そう、栄光あるこの円卓会議の座席がである。
「奴らのこともどうせ、また奴の仕業なのだろう。忌々しきあの悪魔のな」
「ユイ・イスターツ……か。今思えば、最初にコートマン事件でケーニッヒ侯爵がこの会議から失われた時に、手を打っておくべきだったということだろうな」
テムスの発言を受け、レーベはつかれたような口調で、皆に向かいそう告げる。
すると、そんな彼に向かいエミリオッツは敢えて話題の転換を図った。
「その場合は、後の帝国侵攻で全てのみ込まれていた可能性もある。だが、全ては過去の話だ。問題はこれからどうするかだろう。まさにこの好機をな」
「そうだな。貴公の言うとおりだ。あの悪魔に一泡吹かせるためにも、この好機を我らは有効に利用せねばならん」
エミリオッツの意見に賛同したテムスは、大きく頷く。
それを目にしたレーベは、彼に向かって一つの問いを放った。
「それで、テムス殿。貴公はどうされるがよろしいかと思われますかな?」
「第一師団が王都をたった今、我々の取るべき選択肢は二つだ。ブリトニアとの約を守り第一師団の後背をつくか、それとも第一師団がいなくなり、がら空きになった王都をつくかのな」
レーベの問いかけに対し、予め用意していた二つの選択肢をテムスは提示してみせる。
それに対し、エミリオッツはニコリと微笑んでみせた。
「二者択一とはいえ、どちらもなかなかに魅力的な選択肢だな」
「ああ、この状況下でキャスティングボードを握っているのは我々だ。第一師団、女王派、そしてブリトニア軍。彼らの命運は、全て我々次第だということだよ」
「ふふ、実に愉快な話ですな。さて、ブラウ公、どう致しましょう?」
テムスの発言を受けて、フィール侯爵はこの円卓会議における主へと意見を求める。
すると、沈黙を保っていたブラウは、顎を軽くさすりながらその口を開いた。
「テムス。我々が介入しなかった場合、第一師団とブリトニアはどちらが勝つと思うかね?」
「難しいところですね。数的にはブリトニアがやや有利ですが、地の利は第一師団にある。となればあとは指揮官の問題ですが、ブリトニアのフランツ・ウィレンハイム伯は、女王の信頼厚い将であると聞いております」
そのテムスの見解に、ブラウも一度頷く。
確かに短い期間ではあったが、彼が目にしたフランツという男は、物腰は柔らかいながらも用心深く、そしてその瞳の奥にはっきりとした知性を宿していた。
だからこそ、彼は敢えてもう一方に関して問いなおす。
「では、第一師団の方はどうかな? 確か元々君の下にいた男だと思うが」
「……エレンタムは癖のある男です。有能という意味ではそのとおりですが、はてさて若い軍務大臣如きが飼い慣らせるかどうか」
苦虫を噛み潰す表情を浮かべながら、テムスはそれだけを答える。
当然ブラウも、彼とエレンタムとの間に存在する根深い確執を知ってはいた。そのせいで、エレンタムという男がドサ回りをさせられ続けていた事実もである。
それ故にブラウが眉間にしわを寄せながら押し黙ったところで、テムスの向かいの席に腰掛けているエミリオッツが、まどろっこしい回答に辟易したのか、敢えて直接的に問いを放った。
「テムス殿。結局のところ、貴公はどうするのが最善と考えておられるのかな?」
「短期的に見れば、互いに潰しあって漁夫の利を得ることが最上。だが、長期的に見れば、やはり交わした約定どおりブリトニアにつくのが良いと私は考える」
「ふむ、理由を聞かせてもらえるかな」
「約を守るため……というのはあくまで建前。戦いの後の事を考えての話です」
ブラウの問いかけに対し、テムスは端的にそう応える。
するとブラウは、確認するように彼に言葉を向けた。
「つまり今後も、ブリトニアと協力体制を維持するのが最上だと?」
「それもあります。何しろ我々が王都を落としたとして、貴族院に非協力的な南部や東部の者たちを駆除せねばなりません。その為に無駄な諍いの相手を増やしたくないのが一つ。そしてそれ以上に、海を有する旨味を捨てるのはいささか惜しいのではないかと考えます」
「確かにその通りですね。金のなる木をわざわざドブに捨てることは無駄と言えましょう。私はテムス殿のご意見に賛成です」
テムスの言葉に納得したフィールは、はっきりと自らの見解を口にする。
一方、ブラウはあくまで慎重に、もう一度テムスへと確認を行った。
「テムス。卿の考えをまとめるならば、まずは第一師団の後背をつき、ブリトニアと挟撃の上殲滅する。そしてそのまま返す刀で王都を落とす。そういうことで良いかな?」
「はい、間違いございません」
短くそう答えると、テムスはブラウに向かって頭を下げた。
それを受けて、盟主たるブラウは大きく一つ頷く。そしてその場に居る一同を順に見回すと、ゆっくりとその口を開いた。
「結構。皆の者、他に意見はないな? では、テムス。お主に我らの全軍を預ける。この国の軍の頂点が誰であるべきだったか、自らの力で示して来たまえ」
「はっ、承りました。では、早速準備に当たらせて頂きます」
「第一師団が王都を立ったわ。そしてつられるように、彼らも動きを見せている」
「ふむ、なるほどね。やはりブリトニアと貴族院は協力関係にあったというわけだ」
見回りの兵士を除き、野営地に居る部隊の誰しもが寝静まった夜。
魔石灯の下でコーヒーを飲んでいたユイは、突然背後から掛けられた女性の声に対し、特に驚いた様子も見せずそう応える。
一方、返された言葉を耳にした黒髪の小柄な女性は、目の前の男に向かい今後の指針を問い質した。
「そのようね。で、どうするの」
「そうだね。あとはブリトニア軍を指揮するのがどちらかを確認するだけだけど、それ次第でそろそろ部隊を動かすとするかな」
ユイはそれだけを口にすると、手にしていたコーヒーカップを木製の簡易テーブルの上に置き、ニコリと微笑んだ。
「……それはつまり私に行けってこと? 人使いが荒いわね」
「いや、今回は既に手は打っている。わざわざ君に行って貰う必要はないさ」
「手は打っている?」
ユイの言葉を耳にして、クレハは眉をピクリと動かす。
すると、軽く両手を左右に広げながら、目の前の黒髪の男はその口を開いた。
「ああ。クレイリーに頼んでおいたからね。適当な罠を出来る限り多く仕掛けること。そしてそれに対する彼らの対応と反応を見るようにってね」
「どうしてそれが、手を打ったことになるのかしら?」
ユイの口にしたことの意味がわからなかったクレハは、抑揚の乏しい声でそう問い返す。
黒髪の男は苦笑を浮かべながら軽く頭を掻くと、右手の二本の指を立ててみせた。
「ブリトニア軍、その中でも女王直属とされる指揮官は二人。フランツ・ウィレンハイム伯と、ウィルベルト・ノーレンフォーク公だけさ。この二人、仲は良いんだけど性格はまさに真逆でね。まあ実際に会って確認してきたから間違いないんだけど、石橋を叩いて渡るフランツに、猪突猛進のウィルベルトと言われているのさ」
「……なるほど。つまり敢えて雑な罠を用意して、その反応でどちらかを確認するつもりだったというわけね」
「正解。もちろんそれだけではなくて、ノーレンフォーク公がもし来ていた場合、その側近の力量や、指揮官とのパワーバランスも確認できると思っているんだけどね。まあクレイリーには自由にやってくれとは言っているから、そろそろ結果が出ている頃じゃないかな」
ニコリと微笑みながら、黒髪の男はあっさりと自分の出した指示の意味を口にする。
それを真正面から目にすることになったクレハは、小さく吐息を吐き出した。
「はぁ……貴方らしいといえば貴方らしいけど。でも、本当に彼に任せっぱなしでいいの? 彼も少しやり過ぎるところがあるわ。まるで何処かの誰かさんのようにね」
「どこぞの赤髪のお姫様みたいにかな? いやぁ、身近な人間の影響を受けすぎるのも考えものだね」
「本気で言ってる?」
のらりくらりと答えるユイに向かい、クレハは貴方のことだという言葉の代わりに冷たい視線を彼へと向ける。
その眼差しを真正面から受け止める形となったユイは、苦笑を浮かべつつも、自らの責任を認めることはなかった。
「はてさて、彼に悪影響を与えていそうな人物があまりに多すぎてね。まあ、多少のやり過ぎくらいはいいさ。それよりも、君には今から別のことをお願いしたいんだけどいいかな?」
「やっぱり人使いが荒いわね……で、何かしら」
「これをとある北の青年に渡してきて欲しいんだ。それもできるだけ早急に」
ユイはそう口にすると、書き上げていた一通の書状を彼女へと手渡す。
その書状を受け取ったクレハは、その文面に目を通したところで、呆れたような表情を浮かべた。
「よくもまあ、こんな手紙を書けたものね」
「はは、ダメでもともとさ。それに頼むのはタダだろ」
「タダより怖いものはないわ。それはあなたが一番良くわかっていると思うけど?」
「ああ。まったくその通りさ。というわけで、もし身ぐるみを剥がされそうになったら、今度はどんな名前を使って逃げたものかな」
軽く肩をすくめながら、ユイはまったく他人事のようにそう口にする。
途端、クレハの端正な口から深い溜め息が吐き出された。
「はぁ……ほんとうに困った人ね。でも、わかったわ。今から行ってあげる。くれぐれも私がいないからって無茶をしないようにね」
「ああ。心がけておくよ。ありがとう、クレハ」
彼がそう言い終わるより早く、彼女は彼の目の前から消え去っていた。
そうして、再び一人となったユイは簡易テーブルの上のコーヒーカップを手に取る。そしてすっかり冷めてしまった黒色の苦い液体をその喉に通していった。
「さて、下準備は終わった。そろそろ私も動くとしようか。クレハやクレイリーにばかり、危ない目にさらすわけにもいかないし……ね」
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