第21話 赤に染まりし会議室

「さて、それでは英雄君のご期待にこたえるとしましょうか」

 赤い髪の男はそう口にするなり、広い会議室内を一気に加速した。豊満な腹部を持つ男性に迫る敵兵の側面に飛び込むと、鋼の瞬きが煌めく。

 次の瞬間、彼の眼前に立っていた兵士は、体を真っ二つに切断されていた。


「ア、アレックス次官!」

「ふふ、どうもコルドイン大公。ご機嫌はいかがですか?」

 アレックスは軽い口調でそう問いかける。だが彼の体と剣は、一瞬の停滞も見せること無く、迫り来る敵兵を次々と薙ぎ払っていった。


 一体、二体、三体。


 紅い血しぶきとともに、もはや動くことができなくなった人間が床に転がっていく。

 そのあまりに凄惨で、そして圧倒的な光景に、凍りついたかのように敵も味方もその場に固まってしまった。


「おや、まだ始まったばかりだと思うのですが、もう終わりですか? どうぞ何人でも構いませんよ?」

 明らかに挑発以外の何物でもないアレックスの言葉。

 本来ならば、コルドインたちの保護を大前提とした彼の役回りにおいて、それはありえない発言でもあった。


 だが、彼の眼前で武器を構える男たちは、獅子に射すくめられたネズミのように、ピクリとも動くことが出来ない。

 そんな兵士たちを前にして、アレックスは思わず首を左右に振った。


「ふむ、みなさん慎み深い性格のようですね。どこかの女性とはまるで反対……おっと、今のは失言です。忘れてください」

 チラリと赤髪の女性の方向へ視線を走らせたあと、アレックスは思わず苦笑を浮かべる。そして一歩だけ、彼は前方へと歩み出た。


「アレックス殿!」

「ああ、シャドヴィ様。それとコルドイン大公も無駄に動かないでくださいね。下手に狙われるといけませんし、何より……一緒に首をはねてしまってはいけませんから」

 赤い髪の男はそう口にした瞬間、後方の空気が強張ったことを彼は背中で感じる。

 すると、彼はわずかに口元を歪めた。そして、彼の言葉にたじろぐ敵兵たちを見据えると、そのまま一気に前方へと駆け出す。

 次の瞬間、会議室内には赤い血の華が次々と狂い咲いていった。





「オラ、ぶっ飛びな。エクスプロージョン!」

「ば、馬鹿。ここは建物の――」

 赤い髪の女性が爆発魔法を解き放つと、彼の側に立っていた男は、目を見開きながら静止しようとする。だがそんな彼の言葉は、空間に弾けた爆発音によってあっさりとかき消された。


「へへ、一丁上がりと」

 圧し曲がった椅子に、破損して散乱した長机。そしてまとめて弾き飛ばされた敵兵達。

 屋内にもかかわらず、まるで暴風雨が通り過ぎたかのようなその光景を前にして、ナーニャは満足気に笑う。

 一方、彼女の隣で惨事を目の当たりにしたノインは、頬を引き攣らせつつ、苦言を呈さずにはいられなかった。


「ナーニャ、貴様は馬鹿か? どこに屋内で爆発魔法を使う奴がいる? 貴様には常識というものはないのか?」

「はん、お小言はゴメンだね」

「小言ではない。俺が言っているのは常識だ!」

 すぐにそっぽを向いたナーニャに対し、ノインは間髪入れず怒声を発する。

 だが、そんな彼の言葉は、赤髪の女性の機嫌を悪化させる以外の意味を持たなかった。


「うるさいな。ちょっとでかい国の次期皇帝だからといって、常識ぶってんじゃないよ。だいたいさ、あんただって敵国にのこのこやってきて、そんなもの振り回してるんだ。普通に考えれば、十分に正気じゃないさ」

「程度の問題だ、馬鹿者!」

 そう口にしながら、爆発を回避して踊りかかってきた兵士の一人をノインは切り捨てる。

 すると、その行為を目にしたナーニャは、魔法を編み上げながらも隣で更に剣撃を振るう皇太子を鼻で笑った。


「どうせ怒られるなら、小さくても大きくても一緒だろ。結局、バレなければいいのさ、バレなければ」

「バレなければって、この眼前の惨状をどうやって隠すというのだ?」

「はっ、簡単さ。証言者を全部消しちまうか、喋れなくしちまえばのさ。簡単なことだろ? そうすりゃ、フィラメントの代表は天使みたいな女性だったと、伝わるに違いないからね」

 そんな不穏な発言を口にしたナーニャは、隣国の皇太子であるノインの技量を確認して、そのまま側面の敵の迎撃を任せる。

 一方、眼前の敵にのみ集中し始めたナーニャを目にして、ノインは若干不安そうな声を上げる。


「おい、百歩譲って敵の証言者を消すのは良いとしよう。だが、貴様もしや俺たちまで消すつもりじゃないだろうな?」

「さあて、それはあんたらの心がけ次第だね。というわけで、間違って喰らわないように避けなよ、アイスショット!」

 ナーニャがその呪文を口にした瞬間、彼女の眼前には無数の氷の弾丸が展開され、一斉に目の前の敵兵たちに向かい解き放たれる。

 その内の一発を、頬をかすめながら回避したノインは、もはや怒るどころではなく、呆れるしか無かった。


「なんてことだ、こんな女が国の代表とは……」

「なんか言ったかい?」

「ちっ、何でもないさ。それよりもだ、背中がガラ空きだぞ!」

 そう言い放つと同時に、ノインは回り込む形でナーニャの後背を狙ってきた敵兵を切り伏せる。

 すると、救われた立場のナーニャは、ほんの僅かにニコリと頬を歪め、そしてカラカラと笑ってみせた。


「ガラ空き? はっ、何を言ってるんだい。あんたがいるから気にしていなかっただけさ。少しは仕事を分けてあげないとね。というわけで、細々としたのは任せたよ、ノイン」

「なぜ俺が尻拭いをする羽目に……まさか、これも奴の狙いか」

 忌々しげにそう口にすると、ノインは苦い表情を浮かべる。

 そして彼は小さく吐息を吐き出すと、再び強く剣を握りしめ直した。





「ナーニャさんは相変わらずナーニャさんだし、先輩は相変わらず先輩だし、敵の数には切りがないし……」

 エインスはそう口にしながら、剣を振るう。

 右から左からと押し寄せる敵兵。ナーニャの魔法により大きく数は減らしたものの、依然として同数以上であるのは事実であった。

 そんな彼我の人数差を目の当たりにして、エインスは小さく首を左右に振る。そして改めて右側面から迫り来る新たな敵兵に対処しようとした時、彼らの間に突然割り込む影が存在した。


「お手伝いしますよ、ライン大公」

 少しくすんだ金髪の青年。

 彼は駆けつけたそのままの勢いで、手にするやや細身の剣を振るう。

 途端、予想外の斬撃に対処しきれなかった敵兵はその場に崩れ落ちた。


「カイラ国王!? だ、ダメです下がってください」

「はは、あなた方ばかりに美味しいところをお譲りするわけにはいきませんからね」

 そう口にすると、カイルは新たに迫り来る敵兵と剣を交じわせる。

 そのタイミングで、新たな加勢者が彼らの元に駆けつけた。


「全く、目を離すとすぐにこれですから。少しは自重してください」

「と言いながらマルフェス。君の口元は嬉しそうだけど」

 駆けつけるなり、交戦を開始したマルフェスの表情を目にして、カイルはそう軽口を叩く。

 その言葉に対し、マルフェスは否定をしなかった。


「まあ、俺は本来現場屋ですからね。宮廷の奥で書類を前に、うんうん唸っているのは趣味じゃないんですよ」

「君の上司が聞いたら、きっと頭を抱える話だね。まあカイル・ソーマである僕には、関係のないことだけど」

「おやおや、誰かの真似をするのはあまり感心できませんな」

 目の前の青年が、とある黒髪の男たちに向かって使用したとされる偽名。

 それを耳にするなり、マルフェスは苦笑を浮かべる。


「というわけで、ライン大公。僕たちのことはお気遣いなく」

「いや、そんなわけにはいかないでしょ。というか、貴方方は先輩の悪影響を受けすぎですよ」

 予想外に加勢を受けて、少しばかり状況が好転したエインスは、助太刀してくれた二人に向かって苦笑交じりにそう告げる。

 すると、無精髭を生やした壮年は、楽しそうに口を開いた。


「すまないな。国王陛下はわからないが、我らレジスタンスのリーダーであるカイル様は、あの男のファンらしいのでな」

「その通りです。でも、きっと我が国の国王こそ、世界で一番あの人を尊敬していると思いますよ。南にある某国に帰したくないと思っているほどにね」

 ある意味挑発的とも呼べるその言葉。

 それを耳にするなり、エインスの眉はピクリと吊り上がる。

 すると彼は、返答代わりに眼前の敵兵を切り捨てた。


「帰る帰らないは、あくまであの人が決めることですからどちらでもいいですけどね。どうせ周りが何を言おうと、自分の考えを変える人ではありませんし……ただ残念ながら、あの人を世界で一番尊敬しているのは、ラインドルのカイラ国王ではありませんよ」

 そのエインスの発言に、カイルは思わず口角を吊り上げる。そして空気を読んだ彼は、予想された回答を引き出すために、あえて問いを口にした。


「へぇ、それでは一体どなただと言われるのですか?」

「もちろん決まっています。英雄ユイ・イスターツの最初の教え子……このエインス・フォン・ラインですよ」

 エインスはそう口にした瞬間、戦闘中にもかかわらず誇らしげな笑みを浮かべる。そしてそのまま自らの技量を誇示せんと、彼は左手を自らの剣の腹に添えた。


「フレイム……オン!」

 途端、彼の剣には炎が纏われる。そしてエインスはその剣を迷うことなく敵兵へと振るった。





「ナーニャはナーニャだし、エインスまで室内で炎の魔法を扱うし……まったく困ったものだ」

 人数的には劣勢ながらも、五分以上で繰り広げられている戦いの光景を目にして、ユイは愚痴を口にしながらも苦笑を浮かべる。


「ば、バカな……五十名近い兵士を動員したんだぞ。なぜこのようなことになるのだ」

「それは数字で物事を考えてらっしゃるからですよ。いや、それ自体が悪いわけではありませんが、少なくとも私達の命の計算を少し甘く見積もりすぎましたね、大統領殿」

「各国の要人がこの場にはそろっていたのだぞ。にも関わらず、何処のどいつが会議室内で爆発魔法なんぞ使うと予想する。貴様らには常識がないのか!」

 人数的には圧倒しており、瞬く間に各国の代表を捕らえて人質とするはずであったトミエル達の計画。

 それを決行する上で障害となるアレックスや眼前の黒髪の男の存在は、当然の事ながら最初から想定され、十分以上の人員を彼らは動員しているつもりであった。


 実際に最も恐るべき朱の悪魔は、要人護衛のためにその動きに制限を課すことができている。

 だが、魔法王代理であるナーニャの存在、そして何より彼女が屋内で次々と大規模魔法を放つなど、想定外の極みであった。


「いやぁ、常識がないのかと言われましてもねぇ……別に私がやらかしているわけではありませんし」

「でも先生は、あの魔法王代理が暴れられるだろうことも計算に入れて、ここに呼ばれたんでしょ?」

 普通ならば一生目通りさえ叶わぬかもしれぬ二人の人物。その者たちをこの場へと案内し終え、少し肩の荷が降りた状態であるフェルムは、隣に立つ彼の教師に向かって呆れたようにそう問いかけた。


「ふふ、さてどうだろうね。だけど仮にもあのフィラメントの代表たる人間が、魔法の出力調整を間違えるなんてことは有り得ないとは常々思っているよ」

「それは正しいでしょうけど……ノイン様はともかく、あの人は本当に苦労したんですよ。初対面にもかかわらず、口を開くなり酒を買ってこいですからね。僕も魔法士の端くれですので、フィラメントの代表には憧れがあったのですが、まさかあんな――」

 若き青年がそう口にしかかった瞬間、後方から彼の頬をかすめる形で氷の弾丸が通り過ぎると、そのまま敵兵の顔面へと直撃する。

 頬を引き攣らせたフェルムが慌てて後方を振り向くと、少し離れた位置から彼を睨みつける赤髪の女性の姿がそこに存在した。


「フェルム、とりあえずは眼前の敵に集中することだね。少なくとも、これ以上後ろの怖いお姉さんを怒らせたくなかったらさ」

「そ、そうですね。少なくとも、今はそれが一番のようです」

「ああ、それが良い。何しろ、君の留学先の教師の心象を上げておくことは、決して悪いことじゃないからね」

 ユイは何気無い口調で、そう口にする。

 途端、隣に立っていたフェルムはその場に固まった。


「えっと……それはどういう意味ですか?」

「ふふ、言葉通りだけど、さしあたっては目の前のおじさんの相手をするとしよう。というわけで、そろそろ幕引きかと思います。この辺で諦めることにされませんか?」

「バカな。多少優勢になったからといって、調子にのるな」

「多少……ねぇ。でも、あなたの見積もりが甘かったのは事実でしょう。もはや状況はーー」

 ユイがそう口にしかかった時のことである。

 彼の眼前に立っていたトミエルは、何かに気づいたかのように歪な笑みを浮かべた。そして嬉しそうに笑い声をあげる。


「見積もりが甘い? いやいや、君たちが思っていた以上に奮戦して、少なからず計算が狂ったことは認めよう。だが、すでに私の同志たちは市内で次々と決起を開始している。そんな彼らには一つの命令を告げておいた。何だかわかるかい?」

「え……まさか!?」

 トミエルの意味ありげな笑みを目にしたフェルムは、会議室の外の廊下を多くの人間が駆ける音がしたことに気がつく。

 そして次の瞬間、次々とこの国の正規兵の装備に身を包んだ男たちが、彼らの後方の大扉から会議室の中へと入り込んできた。


「そう、その命令とは、目標地点の制圧を終えればすぐにこの場所に集まるようにというものだよ。勘違いしてほしくは無いが、私は模擬戦で見せてもらった君たちの実力を過小評価はしていない。ただ、それでも問題がないと判断していただけの話だ」

 トミエルは右の口角を吊り上げ、勝負は決したとばかりに嬉しそうに笑う。

 一方、後方に展開されたその光景を目にして、フェルムはその表情を凍りつかせずにはいられなかった。


「そんな。これでは挟み撃ちの格好だ。しかも敵の数は……」

 そこまで口にしたところで、フェルムは状況を受け入れがたいとばかりに、首を左右に振る。

 だが、彼の隣に立つ黒髪の男は、依然として涼しい顔をしていた。

 彼は騒がしくなった後方を振り返ることさえせず、頭を掻きながらまるで何事もなかったかのように、先ほど中断させられた言葉を続ける。


「もはや状況は決しました。というわけで、そろそろ終わりにしませんか?」

「おやおや、予想外の状況を受け入れられず、気でも触れたかね?」

「いいえ、本当に言葉通り聞いているんですよ。というか、むしろあなたの方こそ、状況を正しく理解できていますか?」

「なに?」

 ユイの言葉を耳にしたトミエルは、一瞬眉間にしわを寄せる。

 そして彼の表情が驚愕で歪み、その目が見開かれたのは、まさにその直後であった。


「な……お、お前は!?」

「ふむ、部下を回してくれるだけで良かったんだけど。わざわざ来てくれるとは……いやぁ、超過勤務ご苦労様」

 ようやく後方を振り向いたユイの視線の先。

 そこには一人の武人の姿が存在した。


「トミエル大統領。すでに貴方が扇動したクーデター部隊はすべて鎮圧した。そしてこれより貴方を扇動罪、国家機密漏洩罪、そして外患誘致罪にて逮捕する」

 会議室の入り口に悠然と立った大柄な武人は、手にした紙の内容を高らかと読み上げた。そして改めて表情を引き締めなおすと、読み上げた逮捕状を室内の者たちに向かって掲げる。

 その行為を目の当たりにして、トミエルの顔色は真っ赤に染め上げられた。


「う、ウフェナ、貴様!?」

 そう、最後にこの会議室へと足を踏み入れた人物。

 彼は大統領の前警備隊長であり、そして国家治安維持部の副部長を務める英傑ウフェナ・バルデスであった。

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