第17話 伏せたカード、そして……

「……で、そんな与太話を私に信じろと?」

 アインたちを執務室へと通したフェリアムは、眼前の男から告げられた事実を前にして、そう問いかける。

 すると、眼前の男は両手を軽く左右に広げながら、わずかに口元を歪めた。


「ふふ、信じるか信じないかは、貴方次第です。いずれにせよ、これで私の手元に伏せているカードが無くなったことは事実ですがね」

「伏せたカードはない……か。改革派の中に潜むクレメア教徒が、トルメニアを我が国に引きこもうとしている。明かされたこのカードが本物なら大変な話だ。だがそのカードを提示してみせたのが、真の名前を伏せ続けていたお前というのがいささかな」

 アインによって告げられたトルメニア軍の行動。

 口では揶揄して見せながらも、それを告げた人物が人物であっただけに、フェリアムの表情は固いものであった。

 一方、そんな彼と相対するアインは、彼の言葉に含まれた毒に思わず苦笑を浮かべる。


「はは、もはや伏せているつもりもあまりありませんが、一応まだ私はアインのつもりですよ。いや、貴方に対してはエイス・クローサーでもいいですが、ともかく今のところは、その方が何かと都合が良いので」

「お前の都合など知らん。だが、お前のせいでこちらの都合は散々だ。窓から外を覗いてみろ。貴様がここに来たせいで、第一及び第二情報部をはじめ、各国の諜報機関の連中がズラリと雁首を揃えている。あんな騒ぎを起こした直後にもかかわらずな」

 立ち上がり、窓の外へと視線を向けたフェリアムは、苦々しい口調でそう告げる。

 その言葉を受けて、アインは僅かに視線を逸らした。


「いやぁ、申し訳ありません。でも、基本的には彼らを集めるために動いていますので。もちろん、先ほどのような襲撃は予定にはありませんでしたが」

「彼らを集めるため? 一体どういうことだ。まさか朱を呼んできて、連中を一網打尽にするなどと考えているのではなかろうな?」

「流石に、そんな外交上の大問題になるようなことはしませんよ。それに第一、まだ表向きは私と彼は見知らぬもの同士ということになっておりますので」

 フェリアムの冗談を否定しつつ、アインは改めて建前を口にする。

 すると、フェリアムは彼に向かい鋭い視線を走らせた。


「ふむ……では何のために? 奴らに警戒されればされるほど、お前も動きづらいと思うのだが」

「ええ。おかげさまで、最近は息がつまりますよ。外にいると、常時二桁以上の人間に睨まれていますから」

「だが、その方が都合が良いと? エイス、伏せていたカードではなく、貴様が後手に隠しているカードを開かせ。話はそれからだ」

 現在は野党に甘んじているとはいえ、フェリアムは歴戦の政治家である。

 だからこそ彼は、アインの手元にはまだ隠された手札が残っているのではないかと当たりをつけていた。

 一方、真正面から要求を受けたアインは、渋い表情を浮かべながらも、肌身離さず持ち歩いていたとある人物からの返書を懐から取り出す。


「はぁ……仕方ないですね。正真正銘、これが私の持つ最後の切り札ですよ」

 アインが取り出した封書を、フェリアムはまるでひったくるかのような勢いで奪い取る。

 そして彼がその文面へと目を落とした瞬間、彼はその場に凍りついた。


「……ば、馬鹿な。貴様何を考えている。今開かれているのは、西方会議だぞ」

「ええ、仰るとおり西方会議です。何しろ、そのために私はこのミラニールに来たのですから」

 フェリアムの口にしている言葉の意味を正確に理解しながら、アインはゆうゆうと返事をする。

 そんな彼に向かって、もはや皮肉を口にする余裕をなくしたフェリアムは、真正面から念を押す様に確認を行った。


「本気でこのカードを切るつもりか?」

「もちろんです。というよりも、その文面を御覧頂いたのならお分かりのように、既にカード自体は切った後でして」

 軽く肩をすくめながら、アインはそう返答する。

 すると、フェリアムは一つため息を吐き出した後に、問いかけの方向性を修正した。


「……確かにな。しかし、なぜこれを私に明かす気になった?」

「え? それはもちろん、貴方が隠しているカードを明かせと言ってきたからですよ」

「違うだろ。いずれにせよ、どこかの段階でお前はこのカードを明かすつもりだった。お前の考えている通りに、この私を動かすためにな。違うか?」

 その問いかけは、ある種の確信に満ちたものだった。

 だからこそ問われた男は、困ったように苦笑を浮かべる。


「はは、ご想像にお任せしますよ」

「ふん、落ち目の元国家元首を相手にしているとはいえ、よくもまあ偉そうに……だが、トルメニアの侵攻が本当ならば、我が国にとっては未曾有の危機といえるだろう。この男が動くほどにな」

 そう口にすると、フェリアムは改めて手にした封書の差出人の名前を眺める。

 すると、アインは僅かに彼の計画にズレが生まれていることを敢えて示唆した。


「本当のところは少し順番が逆ではあるんですけどね。まあ、それは今更どうでもいい話です。それよりも如何ですか、フェリアム前大統領。迫り来る彼らに対抗するためにも、私の計画に一枚噛んでいただけませんか?」

「その返事を行う前に一つ尋ねる。これから聞くお前の計画に参加し、そして全ての事がうまく運んだとしよう。その場合、お前に対して、私たちは何をもって報いれば良い?」

「別に何もいりませんよ」

 それはあまりに自然で、そしてあっさりとした回答であった。

 だからこそフェリアムはその視線を強め、改めて眼前の男に問いただす。


「ならばただの粋狂とお人好しで、お前は動いているというのか?」

「はは、流石にそれはありません。私は別に霞を食べて生きているわけじゃありませんから。ただ少なくとも一つの理由としては、私が私の理想の生活を実現する上で、どうしても彼らがネックになりそうでして。ですから、これは必要に迫られてとご理解ください」

「必要に迫られて……か」

 その回答が全てではないことは、フェリアムにとって明白であった。

 しかしながら、彼はこれ以上の回答が得られないことを、これまでの付き合いから理解していた。そして眼前の男が敢えて告げないならば、基本的に彼にとって支障とならないこともである。

 一方、黙りこくってしまったフェリアムの表情を眺めやりながら、アインははっきりとその口から一つの宣言を行った。


「ええ、必要に迫られてです。そしてそのために、少しだけ隠居の身から表に顔を出してみようかと思ったわけですよ」

「表に……か。救国の英雄……いや、これからは大陸西方の英雄と呼ぶべきかな?」

 眼前の男のもう一つの名とともに、代名詞とされる英雄という言葉。

 それをフェリアムが口にしたところで、アインは気恥ずかしげに首を左右に振った。


「はは、やめてください。先ほども言ったように、私は自分と、自分の好きな人たちのために、すこしだけ動くにすぎません。だいたい、いつもみなさん大げさなんですよ」

「ふん、お前がそう言ったところで、皮肉にしか聞こえんな」

 アインの発言をフェリアムは軽く鼻で笑う。

 するとそんな彼に向かい、アインははっきりと一つの誘いを行った。


「それほど皮肉とは思いませんがね。ともあれ、フェリアム様。これから続く道を、この私と共に歩いてくださいはしませんか?」

「それはお前のためにか?」

「いいえ。このキスレチンを……いや、この大陸西方を救うためにですよ」

 虚構や装飾の取り払われたアインの言葉。

 それが鼓膜を打った瞬間、フェリアムは迷うことなく首を縦に振る。


 ここに歴史の表舞台から姿を消した男と、政治の表舞台から排除された男の約は成された。

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