第5話 化けの皮

「何……ラインドル王国がフェリアムと接触しただと」

 民主改革運動の党首であり、現キスレチン共和国大統領でもあるトミエル・ブラウンは、眼前の男から思わぬ報告を受け眉間にしわを寄せた。

 すると、この情報をもたらした農商大臣のファッテソンは、改めてその口を開く。


「はい。彼の国の一行がこのミラニールに到着した後、ほぼそのまま会談へと向かったようでして」

「となれば、以前より何らかの事前調整が行われていたということか……情報部の連中は何をやっていたのだ!」

 そう口にすると、トミエルは机に拳をぶつける。

 鈍い音が部屋の中に響き、ファッテソンは思わず首をすくめた。


「まあ連中が一枚上手だったということでしょう。しかし此度の会談、どちらから持ちかけたものだったのか……」

「……おそらくフェリアムの方からだろう。ラインドルの連中には奴と会わねばならぬ理由がないからな。しかし奴め、一体どういうつもりだ」

 顎に手を当てながら、トミエルはこの接触の意味するところを考えた。

 国民の代弁者を決めるための選挙は五年毎であり、少なくともあと四年は政権交代の可能性が極めて低い。

 故に、今現在はただの野党の党首にすぎないフェリアムが、次期の選挙時の何らかの支援を引き出す代わりに提示できる条件に限りはある。だがその条件がトミエルには思いつかなかった。


「まあラインドルから何らかの支援を受けるという話では間違いないでしょう。ですが、先年のこともあり、フェリアム自体そのあたりは非常に警戒していることは間違いありません。だからこそ、堂々と会談を行い得るこの西方会議のタイミングを狙っておったのでしょうな」

 同盟派の政権陥落は、党員による帝国との賄賂スキャンダルがその起因であった。


 もちろん仮想敵国である帝国と西方会議の一員であるラインドルでは、この国との関係はまったく異なる。

 だがそれでも、前大統領であるフェリアムが苦い経験を経て、他国との接触に関しては非常にナーバスとなっていることは彼等にも容易に想像がついた。


「支援と言っても、ラインドルは所詮北の雪国に過ぎん。彼等単独でどの程度のことが……いや、しかしラインドルか……」

「ラインドルがいかがされましたか?」

 侮りの言葉を口にしかけていたトミエルが突然その口を閉じた為、ファッテソンは怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんな彼に対し、トミエルは言葉を選びながら、自らの懸念を口にした。


「先日、彼の国で起こったクーデターを、若いカイラ王が見事に収めてみせたからな。今後のことを考えると、あまり軽々しく扱うべきではないと少し思い直しただけだ」

 民主改革運動の党員の中でも、比較的良識派で穏健なファッテソンに対し、軍部との関係の深い第二情報部の行った工作活動のことをトミエルは伝えていない。

 それは今回のラインドルとフェリアムの会談情報の出元が、農商省が指揮する第一情報部からもたらされたと理解していたためであった。


 第一情報部は交通や郵送なども含めた国内の連絡網も一手に担う農商省が、脱税や不公平な商取引の監視を行うために設立された組織である。

 だからこそその組織の性質上、対外工作のためには多少の不正も辞さぬ第二情報部との仲はまさに険悪極まりないものと言えた。


 もちろん第一情報部を統率するファッテソンも、歴戦の政治家である。それ故に、第二情報部の行っている多少の法を犯した工作活動に対し、表立って反対することは無いとトミエルも考えていた。

 だがファッテソンはその人柄故、党内でも穏健派を中心に求心力が高い。

 だからこそ、将来の政敵となり得る可能性を危惧し、自らのアキレス腱となりうる工作活動の詳細を、一切彼へと伝えていなかった。


 一方、そんなトミエルの判断など欠片も知らぬファッテソンは、目の前の男の発言に対し、なるほどとばかりに一つ頷く。


「ふむ、あれは見事でしたな。そして国内に潜む旧ムラシーン派を国王の手腕で殲滅し得たということは、これで彼の国は一層まとまりを見せることでしょう。確かに、警戒するに越したことはありませんな」

「ああ。過剰に反応する必要はないかもしれんが、君の言うとおりだ。警戒などはいくらしても足りるなどということはない」

 ファッテソンのその発言から、第二情報部のクルネルソンによる失態が知られていないことを彼は確信した。だからこそトミエルは、ファッテソンの発言に合わせる形で、何気なく言葉を続ける。

 すると、何の気なしに口にしたトミエルの発言を受け、ファッテソンは不意に一つの報告を思い出した。


「確かに警戒とはそのようなものですな。些細な事にも注意を払うことが肝要で……そういえば、先ほどのフェリアムとラインドルとの会談ですが、その際にいささか奇妙なことがあったそうです」

「奇妙なこと?」

 突然切り出したファッテソンの話に、トミエルはすぐさま先を促す。


「ええ。実はカイラ国王の護衛についていた男が、いささか風変わりであったようでして、それが第一情報部でも話題となっていたと」

「ほう……風変わり。具体的にはどのような男だったのかな?」

 少し興味を惹かれたトミエルは、やや前のめりの姿勢となると、ファッテソンに先を促す。


「いえ、風変わりというかなんというか……護衛として帯同したのは顔の上半分をドミノマスクによって覆った男であり、どうやらその男が他の護衛兵たちに指示を与えていたようなのです」

「ドミノマスク? それはフェリアムに会う時もか?」

 トミエルは何らかの間違いではないかと思いつつ、すぐさま確認するように問いかける。


 既に国家元首の座にないとはいえ、フェリアムは前大統領であり、最大野党かつ第一党の党首である。その面会に出向く際のマナーとして、いくら一護衛のことではあっても、本来ならばありえぬ無礼であった。


「いえ、直接面会した時につけていたかどうかまではわかりませんが……」

「ふむ……まさに異様だな。しかし今の話を聞くにもう一つ不可解な点がある」

「なんでしょうか?」

 マスク以上に不可解な点が思い当たらなかったファッテソンは、わずかに首を傾げながら尋ね返す。

 するとトミエルは、その場にいるべき一人の人物の名前を口にした。


「今回の我が国への旅路に、近衛隊長職を兼ねるマルフェス将軍が帯同していると聞いている。にも関わらず、その場に彼が姿を見せず、マスクの男が指揮を取っていたということだ……もしやマルフェスが何か理由があってマスクをしていたのではないか?」

「いえ、確かマルフェス将軍の髪は白髪混じりの赤だったと思います。そのマスクの男はどうも金髪であったとのことでして」

 予め今回の西方会議に出席する主要閣僚の資料に目を通していたファッテソンは、ラインドル王国の将軍に関する記載を思い起こしながら、トミエルの疑いを否定する。

 そのファッテソンの発言を受けて、トミエルはとたんに渋い表情を浮かべると、胸の前で腕を組んだ。


「となると別人ということか。しかし、なにか引っかかるな……」

「そうですね。私も何故か腑に落ちない印象です……ふむ、では明日開かれる前夜祭にて、ラインドルの連中に揺さぶりをかけてみられては?」

 ファッテソンは予め決まっていた明日の予定を踏まえ、一つの提案を口にする。

 すると、トミエルはその表情に喜色を浮かべ、興味深そうにその提案を受け入れた。


「おお、それは面白いな。ラインドルの新しい王が噂通りの賢王かどうかを測る良い機会にもなる」

「はい。もともと西方会議の主要国が揃ったその日に、農商省が主導で大規模な歓迎式典を執り行う習わし。我が国の力を見せるためにも、此度の前夜祭はできるかぎり盛大なものとするつもりです。それ故、大統領に於かれましては、彼等とともに会に華を添えていただければと思う次第」

 自らの率いる農商省が主導であることを強調しながら、ファッテソンは喜々とした表情でそう提案する。

 トミエルはファッテソンに向ってやや意味ありげな笑みを浮かべると、大きく一つ頷いた。


「では、そのあたりの企画については任せてもらおう。というわけで、今回のメインゲストはラインドル王国で決まりだ。せいぜい各国の代表方が喜ばれる余興を準備させて頂くとしようか。ラインドルの化けの皮の下に何が隠されているのか、それを白日の下へと晒すためにもな」


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