第14話 赤に彩られし宴
ゼリアムの言葉を合図として、彼の部下たちは三つに分かれ、それぞれユイ、ノインそしてリアルト達を目がけ駆け出した。
その行動を目にするや否や、ノインの前には軍の精鋭が、リアルトとトールの前には近衛兵が進み出て彼らを守る。
そしてもう一人であるユイの前には、赤髪の男がたった一人で前へと進み出た。
「ユイ、後で彼らを尋問する予定はないよね?」
「ああ。その辺の下っ端が持っている情報に興味はないし、有益かもしれない情報を持っていそうなのは、親玉くんくらいじゃないかな」
「……だそうだ。君たちもいい実戦の機会だから、無駄にするんじゃないよ」
そう口にしたアレックスは、後方へ視線を送る。
すると彼から一歩遅れて、いつものように抜き身の剣を肩に乗せたフートと、レンドに来る以前よりなぜか打撲痕が増えているレイスが前へと進み出た。
「わかっています。師匠と稽古することを思えば、あんなフィラメント兵の一人や二人、むしろありがたいとさえ思いますよ」
「……それはどういう意味かな、レイス? まあいい、この戦いが終わったらじっくりとその意味を聞かせて貰うことにするか。君の剣をもってしてね」
そんな軽口を発しながらも、アレックスは襲いかかって来た二名の男を一薙ぎで切断すると、そのまま三人目の敵兵に向かいその場を駆け出す。
一方、死の宣告を受けたに等しいレイスは、フートと連携をとりながら戦闘を開始するも、目の前の敵兵のことよりも、戦闘後にどうやってアレックスの魔の手から逃れるかで頭が一杯となった。
「それなりの兵隊を集めたものですが、一線級の魔法士とはいかなかったようですな」
「あくまで強襲のつもりじゃったろうからな。このように正面からの戦うとは想定してなかっただろうて」
攻勢魔法を巧みに扱い、ゼリアムの部下達は善戦と呼べる戦いをしてをしてはいた。しかしながら、帝国が用意した人員とその練度と比べるた、残念ながらその差は一目瞭然であった。
ノインとリアルトは早々とそれぞれの兵を合流させ、二つの部隊をノインは指揮する。そして彼は魔法に対する防御役、敵兵の連携を妨害するための牽制役、最後に敵を駆逐する攻撃役と兵の役割をまず明確に区分けした。
そしてその上で、近衛と軍という異なる組織からなる混成部隊を、まるで使い慣れた操り人形のように見事に連動させ、次々と敵の数を減らし始める。
「ほう、ノイン。見事なものではないか。わしが軍を見ぬ間にやるようになりおったな」
「今の私にはこれしか、そう軍人としての才しかございませんから」
そう答えると、ノインは自嘲気味に笑う。
「そう自らを卑下するな。無駄にあの男と自分を比べる必要はなかろうて」
「わかっていますよ。更に言うなら、あくまで『今は』です。まあそれはそれとして、奴の部下たちはさすがというべきですな」
既に勝敗の決した眼前の戦闘から視線を外すと、少し離れた位置で次々と敵兵を駆逐していく三人の剣士へとノインは視線を向けた。
そんな彼の視線を追うように、リアルトもユイたちへと視線を移す。
「うむ。最初はあの人数で十分と言いおったから、さすがに予も正気かと思ったが……なるほど、あの連中の実力を見ればそれも納得というものじゃ」
一人が囮となり、もう一人が遊撃を行うという巧みなコンビネーションプレイを披露し、魔法士を相手取って優位に戦い続けるレイスとフートを目の当たりにして、リアルトは素直に感心する。
しかしそれ以上に彼の目を引いたのは、当然のことながら死神の如き猛威をふるう赤髪の剣士であった。
「あの若い男女の連携も見事です。もちろん個々の力としては、あれくらいの使い手は我が軍にもおりますが、あのレベルの連動性を見せるものはそう多くないでしょう。ましてや、あの若さでは……しかしなにより朱の悪魔……あれは本当に人間でしょうか?」
「ふふ。あれはちょっと一人、次元の違う境地におるようじゃな。予の部下たちと手合わせする話をしておったが、実現する前でその目にできて良かったというものじゃ」
常に一人で数人を相手取っているにもかかわらず、若い二人の剣士たち以上のペースで敵をなぎ払うアレックスをその目にして、リアルトはただただ苦笑する。
そしてそれはノインも同様であった。
軍を率いるノインは、かつて国境線でアレックスを目にしたことがあり、その危険性は理解しているつもりだった。しかしこうして同じ側の味方として共に戦っていながらも、その絶対的というべき強さに触れ、背中に冷たい汗が流れ落ちるのを感じる。
つまり自陣の兵士たちは数の優位とその連動性を用いて、少しずつゼリアムの部下の数を減らしているのに対し、アレックスは帝国軍に手の内を見せないよう明らかに手を抜きながらも、彼が動く毎に一人の敵兵が確実に地面へと崩れ落ちていくのである。
「あやつも是非とも我が配下に欲しいものじゃな……しかし、あの男はイスターツ以上に御すのが難しそうじゃ。やはり二人まとめてと考えるのが正しいか」
「……陛下、まだ戦いが終わったわけではありません。ゼリアムが残っているのですから、そう言った先のことは、戦いの後にお考えください」
「ふむ、それもそうじゃな。だがせっかくあの朱やその弟子達の剣技を目にできておるのじゃ。一瞬足りとも、これを見逃す手はあるまいて」
そう口にしてカラカラと笑うと、皇帝はアレックス達に向かい先ほどまで以上に値踏みするよう視線を注いだ。
「君たち……いつまで二人で戦っているんだい。特にレイス、君には魔法士と一人で戦う術を一から教えたつもりだよ」
「しかし、師匠。別に相手の数も残り少ないですし、このまま押しきる形でも」
「だめだよ。いいかい、私は君を魔法士と戦える剣士に育てたのではなく、魔法士殺しとして鍛えてきたつもりさ。だから、もうそろそろフート君の元から巣立ってもいい頃じゃないかな」
「ですが……いいえ、わかりました。目の前にいる残り敵兵三名。自分が、討ち取って見せます」
「ふふ、その意気さ。フート君も手を出さないで上げて貰えるかな」
アレックスの言葉を受けたフートは、眠たげな眼差しをしながらも、コクリと頷く。
そしてその仕草を目にした瞬間、レイスは前方の空間へと躍り出た。
「レイス・フォン・ハリウール、推して参る」
レイスは裂帛の気合いを放つと、もっとも手近にいた魔法剣士に躍り掛かる。
それまで二人一組で戦っていたレイスの動きの変化に、その兵士は何らかの作戦があるのではないかと考え、思わずフートの方へと視線を向けた。しかしその一瞬の判断の過ち、それが彼にとって致命的となる。
フートが動かないのを確認し再び視線を戻した時には、もうレイスは剣の間合いに飛び込んでおり、既に魔法を編み上げることができるだけの距離は失われていた。
「遅い!」
レイスは目の前の兵士が慌てて腰の剣を抜きに掛かった瞬間、さらに加速すると、敵兵が剣を抜ききる前に自らの剣を一閃させる。
そしてその直後、彼はまるで側面に目があるかの様に、視線を移すこと無く後方へと跳び下がり、右手から放たれた氷の刃を回避した。
「ば、馬鹿な! なぜわかった」
完全にレイスの死角から魔法を放ったつもりの大柄な魔法士は、彼の編み上げた氷の刃に視線を向けず、難なく回避しえたレイスに驚愕する。しかし彼はすぐに自身の危険を察知すると、慌てて第二撃目を編み上げ始めた。
だが時既に遅く、急速に間合いを詰めてきたレイスによって彼は二つに切断される。
「うんうん、腕を上げましたね。対峙している敵だけでなく、周りの敵兵の動きも観察しながら、常に数手先を読めるようになった。これは明日からの訓練が楽しみです」
「アレックス。二年にも満たない期間であれほど腕を上げさせるなんて……君は一体、どんな鍛え方をしたんだい。というか、公言した三人をきちんと倒したらさ、明日また地獄に落とすのは止めてあげなよ」
公言した最後の一人に躍りかかったレイスを横目にしながら、ユイは彼をアレックスに預けたことに関して、ほんの少しだけ反省をする。
すると、ユイが話しかけてくる間に、最後の一人が仕留められたことをその目にし、アレックスは満足そうに笑った。
「ふふ、考えておきましょう。それよりも、帝国の御一行へ向かった連中もほぼ一掃されたようですね。となると……」
「ああ、残っているのは親玉だけと言うことだね」
ユイはアレックスに向かいそう口にすると、頭を掻きながら既に二名の護衛を残すのみとなったゼリアムに向かって歩み寄っていく。
「さて、ゼリアム君。君には一つ聞きたいことがあったんだ。この国の皇族を狙うのは、フィラメントの立場から理解できるのだけど、どうして私を狙おうとしたんだい? 別に私なんかを消しさったところで、クラリスとこの国が戦争となるとは限らない。つまり、君たちが漁夫の利を得る事ができるとは思えないのだけど」
クラリスの貴族連中に嫌われているユイが死んだと仮定する場合、もちろんクラリスと帝国の関係は多少悪化するであろう。
しかし元々関係は不良であるうえ、クラリスから戦争を仕掛けられるような状況にはない。それ故、自身が狙われることに政治的な意味を見いだせずにいた。
「ふん、本当にはわからんか? いいか、魔法とはその全てが神聖なものなのだ。それ故に、神聖不可侵であるべき魔法の理を、好き勝手に書き換えたり曲げたりすることなど認められん。貴様はわれわれ魔法士のあり方を根本から狂わせる罪人なのだ」
「ああ、なるほど。いや、さっぱり君たちの論理はわからないけど、その意図に関してだけは合点がいったよ。とするならば、まさかとは思うけど帝国を混乱に陥れようとしたのも、領土問題ではなく魔法に関する理由なのかい?」
自分が狙われた理由を耳にして、頭を掻きながらユイは帝国を狙った事情を問いかける。
「その通りだ。全ての魔法は魔法公国に始まり魔法公国に終わる。にも関わらず、帝国の魔法士達は、勝手に集合魔法などと言う忌むべき魔法を世に解き放った。それ故に、帝国はその存在自体が汚らわしいのだ」
「魔法原理主義者、いや魔法狂信者というべきかな。貴様のような者には虫酸が走る」
自分たちに向かってきた敵兵を一掃したノインは、歩み寄ってくるなりそう吐き捨てる。
「ふん、野蛮な貴様等に言われたくないものだな。我ら魔法士は神に選ばれた存在。それ故に、我らフィラメントは神の国であるからして、その邪魔をするものは何人たりとも――」
「いい加減黙りな。そう言った戯言を本気で口にするから、あの国の奴らは昔から嫌いなんだよ。ファイヤーアロートリプレット!」
ゼリアムの言葉を遮るように、明らかに刺を含んだ女魔法士の声が響き渡ると、ユイの後背から突如三本の炎の矢が放たれる。
「くぅぅ、サント・エスペッホ!」
その炎の矢を目にした瞬間、唯一その攻撃に反応したゼリウムは自らの前に光の壁を生み出す。そして炎に飲み込まれた部下たちを横目に、彼は編み上げた光の盾に傾きをつけて、その炎の矢を弾いた。
「ちっ、ミラホフ式の防御魔法か」
弾かれた炎の矢は天井へと突き刺さり、そこからたちまち炎が広がり始めた。
途端、ノインは部下たちに命じて、水魔法を唱えて消火を試みる。
一方、魔法を放った当事者であるナーニャは、ただ舌打ちを一つ行うのみであった。
「い、今の魔法……呪文自体はクラリス式だが、矢を包む炎はディオラム特有のものではないか。そこの貴様、一体何者だ?」
「……知らないね。別にあんたには関係ないことさ」
驚きの瞳を向けられたナーニャは、視線を外し再び舌打ちする。そして、これ以上話すことなど無いとばかりに、踵を返すと部屋から出ていった。
その姿を目にしたユイは、弱った表情を浮かべて溜め息を一つ吐き出すと、そのままゼリアムの眼前に立ちはだかる。
「とりあえず年貢の納め時という奴ですかね、ゼリアムさん。一応、確認しますが、降伏するつもりはお有りですか?」
「有るわけ無いだろう。例えこの体が無くなろうとも、我が魔法に宿る意思は決して失われん」
「……なら仕方ないですね。私の部下の古傷が少しえぐられたようですし、あなたは私が引導を渡させて頂きます」
ユイはそう口にすると、その場から一歩進み出る。そしてわずかに前屈みの姿勢をとって、刀の柄に手を添えた。
「ふん、調子に乗りおって。この状況で一対一だと? そのおごり、後悔するのだな。喰らえ、ジャーマベンダバール!」
ゼリアムがその呪文を唱えるや否や、巨大な炎風が出現し、ユイに向かい解き放たれる。
「噂に聞く魔法改変も、この速度では対応できないようだな。ふん、うぬぼれが身を滅ぼしたというわけだ」
魔法を解き放ったゼリアムは、眼前の邪教徒の殺害を確信し、歪んだ笑みを浮かべる。
しかしそんな彼の表情は、彼の背側から放たれた抑揚の乏しい声によって驚愕へと変わった。
「……後ろですよ、ゼリアムさん」
「なに!」
凍りついた表情で、ゼリアムは慌て振り返る。そして彼は目にした。
まるで弧を描くように美しく抜き放たれた一筋の剣光を。
「別にあの程度の魔法なら、十分にクラッキング出来るのですけどね。でも残念ながら、貴方の魔法にその価値はない。できれば彼女をフィラメントと絡ませたくなかったのに、見事に私たちを巻き込んでくれた貴方の使う魔法にはね」
ユイはそうして刀を振り切ると、その場に崩れ落ちていくゼリアムを確認することさえなく、刀を鞘に収めた。
「すいません。後はお願いします」
なにか言いたげに側までやって来たノインに向かい、ユイはすれ違いざまに一言そう告げる。
そして進行方向に立っていたアレックスの肩をポンッと叩くと、ユイはそのまま後ろを振り返る事なく部屋を後にした。
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