第13話 悪意の行方

 皇太子ノインの誕生祝賀会当日。


 既にとっくに陽は沈んでいたが、今回の祝賀会の会場となるレンド城の離宮は室内に設置された魔石灯の明かりによって、まるで昼間であるかのようにすり硝子の窓から煌々と明るい光を放ち続ける。そして会場内ではダンスでも行われているのか、軽快な音楽が夜間のために静まりかえった離宮周囲へと響きわたっていた。


 そんな華やかそうな会場を、わずかに離れた庭の片隅から、頬を歪めつつ眺めている者がいた。治安維持部のゼリアムである。


「今回の警備の資料にも記載されていたが、会場はあの部屋で間違いないのだな?」

「はい。食品納入業者のふりをして内部へと昼に進入しましたが、間違いなく全ての品物はあの部屋へと搬入させられました」

 彼の子飼いの部下は、ゼリアムの問いかけに対し、淀みなくそう報告を行う。


「ふん……うるさい音楽と、過剰なまでの無駄な明かりか。皇室の馬鹿どもの最後に相応しい騒々しさだな」

 ゼリアムは鼻で笑うかのようにそう呟くと、その場に結集させた彼の部下たちを見渡す。総勢三十六名。それが治安維持部及びその他の部署に紛れ込ませていたゼリアムの子飼い者達の人数であった。



「時は満ちた。国を拡大させることしか能のない、あの愚かしい帝国の息の根を止める時がついに来たのだ。今回の作戦で帝国はその中枢となる人材を多数失う。そして近々行われるであろう聖戦において、我が国の勝利はより揺るぎないものとなるのだ」

 そのゼリアムの演説を耳にした部下たちは、一斉に強く頷くと、決意を秘めた眼差しを彼へと返した。

 そんな彼等の反応に満足したゼリアムは、ほんの少し右の口角を吊り上げると、大きく一つ頷く。


「それでは、これより我らは修羅となる。最優先ターゲットは皇帝、そして皇太子ノインと第二皇子トール。あとは軍務長官のパデルを亡き者とせよ。そしてもう一人……ユイ・イスターツ。魔法の理を曲げる忌々しき邪教徒を、必ずや殺害するのだ。それでは皆の者、準備は良いな?」

 ゼリアムの問いかけに対し、部下たちは間髪入れずに頷き返す。

 すると、ゼリアムは腰に備えた剣を抜き放ち、剣先を闇夜の中で煌々と光っている部屋へと向けた。


「それでは、現時刻を持って突入を行う。作戦開始!」

 ゼリアムの言葉が発せられるや否や、その場に潜んでいた部下たちは一斉に会場に向かって疾走する。そして内側から発せられる明かりによって照らされたすり硝子に近づくと、その勢いのままガラスを破って次々と中へ進入していった。


「ふふ、これにて帝国の命運も決まったな。では、私も向かうとしようか」

 今回のゼリアムの担当は、離宮周囲の警備であった。もちろん内部には別の部隊の兵士が警備を行っている予定であったが、フィラメント出身が多く含まれる突入部隊にとって、敵になるものなどいないと彼は確信している。

 ましてや今回の祝賀会に参加している貴族の馬鹿共は、着飾った服はあろうとも、護衛のための装備を持っているはずがないと彼は考えていた。それ故、今回の作戦に関しては、その計画段階から失敗の可能性など彼はみじんも想定していない。


「ゼ、ゼリアム様。大変です!」

 既に部下たちが投入し終えた会場に向かい、ゆっくりと歩を進めてきたゼリアムは、会場内から慌てて飛び出してきた彼の部下の表情に違和感を覚える。


「どうした? 一体、何があったというのだ」

「中を、中をご覧ください!」

 その部下の発言を耳にしたゼリアムは、急に胸騒ぎを覚える。そしてその場を駈け出し、粉々に割られたガラスの合間から祝賀会場内へと進入すると、彼はそこに広がる光景に思わずうなり声を上げた。


「ど、どういうことだ。完全に無人ではないか。先ほどまで騒々しい音楽が鳴り響いていたというのに……奏者たちはどこへ行った? それにパーティーはどうなっているのだ?」

「そ、それなのですが……あれをご覧ください!」

 もぬけの殻である会場を慌ただしく見回しながら、動揺を隠し切れず怒気を放つゼリアムに対し、部下の一人は恐る恐る部屋の隅に設置された大きな箱を指さす。


「な……自動演奏機だと!」

 ゼリアムは驚愕の表情を浮かべ、目を見開く。

 すると、まさにそのタイミングを計ったかのように、会場内と廊下、控え室、物品搬入口とを繋ぐ三つのドアが同時に開け放たれ、明らかに予定されていたパーティー客とは異なる者達が会場内へと雪崩れ込んできた。


「やあ。わざわざ私と皇太子殿下の主催するパーティーにお越し頂けて恐縮ですよ、ゼリアムさん」

「なっ……ゆ、ユイ・イスターツ。貴様!」

 女魔法士や赤髪のキツネ目の男と一緒に、部屋の端に設置された物品搬入用の扉から姿を現した黒髪の男を目にして、ゼリアムは思わず一歩後退る。

 しかしそんな彼に対し、今度は後背から聞き覚えのある声が掛けられた。


「おっと、私の存在も忘れて貰っては困るな、ゼリアム。私達の計画通り、きちんと会場に出席してくれる部下を持つことが出来て、私はうれしいよ」

「で、殿下……まさか嵌められたというのか、この私が」

 ユイの反対側となる控え室側の扉から軍の精鋭たちとともにノインが姿を現すと、ゼリアムは驚愕の表情を浮かべながら、その場に呆然と立ち尽くす。だが、彼の驚愕はこれで終わりではなかった。


「待て待て、お前たち。こんな楽しいパーティーに予を除け者にするのは許さんぞ」

 そう口にしながら、近衛兵と第二皇子であるトールを従えて最後に廊下側の中央の扉から姿を現したのは、何を隠そう皇帝リアルトその人であった。

 その姿を目にした瞬間、ゼリアムは思わず目を見開き、そして自らの状況を顧みて全身を震わせる。


「へ、陛下までいらっしゃるだと……そんな馬鹿な。ここまでの私の準備は完璧であったはずだ。なのに、なんだこれは。なんなのだ?」

「完璧? はは、だとしたらお前の完璧は、完璧には程遠い程度のものだったと言うことだろう」

 ノインが冷笑を浮かべながら、ゼリアムに対して見下すような視線を送ると、そのまま嘲笑する。


「この国に入って早三十年。時間をかけてようやくこの日が来たというのに、なぜこんなことに……私の計画に紛れ込んだ異分子……もしや貴様のせいか、イスターツ」

「えっ、私? いやいや、別に最初にちょっと口出ししただけで、実際に主導したのはノイン殿下ですよ」

「おいおい、勝手に私のせいにするな、イスターツ。お前が計画したことを、私はそのまま実行しただけだ。それが陛下まで巻き込む形にしやがって」

 今回の企画を共に練る過程でユイに対する嫌悪感をなくしたノインは、自分に全ての責任を擦り付けようとするユイに向かい、口角を吊り上げつつ非難を口にする。


「いやいや、陛下にあのすばらしい自動演奏機を御貸し頂けるよう、私はお願いさせて頂いただけですよ。元々この計画自体、あれを目にしたから思いついたものですからね」

「ふふ、こんな楽しいパーティーが開かれるというのに、予を仲間はずれにしようなどとは、イスターツ殿も人が悪いな」

 リアルトは心底楽し気な声を発すると、ユイに向かってニコリと笑いかける。

 その笑みを向けられた当人は困ったように頭を掻き、その視線をゼリアムへと向けた。


「さて、ゼリアムくん。申し訳ないのだけど、この離宮の周囲は既に帝国軍で固めてある。君にとっては残念だろうけど、潔く降伏してもらえないかな?」

「はは……なんということだ。ここへ踏み込んだ時点で、既に私の負けであったということか。だが、降伏だと? 馬鹿げたことを言うな。ふん、こうなればわざわざ私を嘲笑するために姿を現したその雁首、相打ちになろうとも頂かせて貰う。者共、かかれ!」

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