第12話 それぞれの思惑

「おつかれさま。それで首尾はどうだったんだい?」

 大使館の自らの執務室へと戻ってきたユイに対して、彼の帰りを待っていたアレックスは微笑みながら声を掛ける。


「まあ、上々というところかな。軍人皇太子殿はなかなかに良い方だったよ」

「良い方……ね。なるほど、あの狐親父殿よりは与し易いというところか」

「能力は問題ない。それどころか優秀な方だと思うね。でも、お父上と比べると、本当にお人が良さそうだ」

 会談の時にみせた予想以上に素直な本質。それをノインから感じ取ったユイは、彼に関して人が良いと評してみせた。


「ふふ。まあだからこそ、皇帝殿との交渉を避けたわけだしね。しかしその表情だと、本当に予定通り話は進んだみたいだね」

「ああ、おかげさまでね。個別に彼等を捕えるのは面倒くさいし、リスクも有る。だから、できることなら一網打尽にしようと提案したんだけど、軍人皇太子は無事受け入れてくれたよ」

 苦笑いを浮かべながら、ユイはそう口にするとゆっくりと自らの執務席へと腰掛け、背もたれへ体を預ける。


「リスクか。まあ個別に捕まえようとしても、下手を打てば早い段階で彼等に地下へと潜られる可能性があるからね」

「うん、それもある。だから予定通り、殿下の誕生祝賀会で動くことに同意してもらったよ」

「予定通り……ね。しかし、まさか自分が餌にされて、今回の事態が動いているとは彼も思わなかっただろうね」

 ユイの成果を耳にして、アレックスはやや皮肉げな笑みを浮かべながら、そう口にする。


「別に餌にしたつもりはないさ。ただ連中を一同に集めるだけの機会が、他に思いつかなかったというだけでね。さっきも言ったように個別に彼等を捕えるのは面倒くさいんだから、できるだけまとめて一網打尽にしたいと思うのは当然だろ?」

「でもゼリアム君達も、自分たちのところに食品納入業者の選定権限が回って来た事が、まさか君の根回しによるものだとは思ってもいないだろうね」

 もしこの場にノインがいれば目を見開き驚愕したであろう内容を、アレックスはなんでもない事のように口にすると、ユイはわずかに視線を逸らして頭を掻く。


「別に食品納入業者でなくても良かったんだけどね。たまたま打っていた手の内で、綺麗に当たったのがあれだっただけさ。私としては食べ物を無駄にしたくないから、清掃業者や庭整備の選定の方に回ってもらいたかったのだけどね」

「はは、君らしいね。しかし、彼らに気づかれる心配はいらないのかい?」

「そりゃあ、自然な形になるよう、工夫は凝らしたからね。それにゼリアムたちにバレるよりも、皇太子たちにバレたほうが話がややこしくなる。だからその辺には気を使ったさ。しかし、こんな時のために必要経費というものは使うものだと思い知ったよ。その経費の出元はともかくとして……ね」

 そう口にしたユイは、今回の工作のために使った金額とその負担者のことを思い出し、苦笑いを浮かべる。



「ああ、例の経費ね。しかしその経費を快く負担してくれた、オメールセン君の償いの精神には、ほんと涙が出そうだよ」

 アレックスが目元を抑えるふりをしながらそう述べると、ユイはこめかみを押さえながら頭を抱える。


「……なるほど。そうじゃないかとは思っていたけど、やはり君だったんだね、アレックス。彼を脅して、お金を出させたのは」

「はは、脅したは言いすぎだよ。君に無断で他の国にまで魔石をバラ撒こうとしていた理由を、僕なりのやり方で彼に尋ねただけさ。まあその際に、急ぎで少しお金が必要だという話はしたことは事実だけどね」

 オメールセンによる魔石流通過程において、契約している内容外の取引を隠れて行っていることは、ユイも以前より把握している。しかしながら、オメールセンの矜持や立場を尊重し、多少の金銭が彼のポケットに多く入ることに関しては、もともとユイとしては見逃すつもりであった。

 しかしながらアレックスにバレてしまった時点で、このような結末は十分に考えられたことである。それ故、ユイはこの場にいないオメールセンが受けたであろう心の傷を思って、彼に対し同情せずに居られなかった。


「私に隠れて更に利益をあげようとするその精神は嫌いじゃないんだけどね。まあ、やるのならもう少しうまくやるべきだったということかな」

「ふふ。でも僕のやったことよりも、君がやろうとしていることの方がよほどあくどいと思うけどね。襲撃計画を犯人側に立てさせるよう誘導し、そして今度は被害者となるはずの皇太子側にその情報をリークして彼らの動きを操る……か。最初に君からのこの話を聞いた時はどうなるかと思ったけど、意外とうまくいくものだね」

「残念ながら、百点満点というわけではないさ。できることなら本当にゼリアムが握りつぶしたであろう本物の証拠書類が欲しかった。こんな状況証拠から勝手に作り上げた代物ではなくてね」

 ノインにみせた偽造書類を懐から取り出してビリビリとその場で破ると、ユイは左右に首を振りながら苦笑いを浮かべた。


「今まで君の手元にそれがあったということは、皇太子にはそれを見せただけということだね。だとしたら、とても君の作った偽物だなんて気づかないと思うけど?」

「さて……それはどうかな。ノイン君は気づかないかもしれないけど、その裏には怖いお人がいるからね。あの方は、案外気づいているかもしれない。でも、たぶんそうだとしても、結果は同じだろうけどさ」





「ほう、イスターツのやつはゼリアムが怪しいと言ってきよったか」

 ユイとの会談後、執務室を飛び出したノインは、父であるリアルトの下へと足を運んでいた。


「……もしや陛下には心当たりがおありになられたのですか?」

「いや、それはない。だが、先日の事件は我らの部屋まで暗殺者が入り込んで来おったわけじゃ。それくらいの高官が関与していなければ、とても無理だったじゃろうな」

 当然のことながら皇帝の居城であるレンド城の警備は、国内で最も厳重である。そしてそれは、ケルム帝国が大陸西方でもっとも強大な国家の一つであることから、西方一厳重な警備網が敷き詰められた城だとも言えた。

 その中でも最奥に位置し、皇族だけが居住する空間へ賊が侵入するなどということは通常ありえない。それ故に、それなりの地位のものが今回の件に噛んでいると、リアルトは事件の直後から予測していた。


「なるほど……確かに」

「それで、奴はどうするつもりなんじゃ?」

 リアルトは楽しみを待ちきれない子供のような表情で、ノインに向かいそう問いかける。


「それなのですが、表向きは予定通り祝賀会を開催して欲しいと」

「ほう。つまり鼠をまとめて焙り出すつもりか。戦も差し迫っとる可能性がある状況じゃし、ちまちまと連中の巣を叩き潰すわけにもいかんからな」

「仰るとおりです。奴の狙いは、祝賀会上に連中をおびき寄せその場で一網打尽にする事にありました」

 リアルトの見解に頷きながら、それを肯定するようにノインはそう口にする。


「さて、それでその具体的な方法はどうするつもりじゃ?」

「ええ、それなのですが……実は具体的な作戦を行うにあたって、奴が陛下から借りたいものがあると言っております」

「借りたいもの?」

 思わぬノインの申し出に、リアルトは思わず首を傾げる。


「詳しくはこれをお読みください」

 怪訝そうな表情を浮かべる皇帝に対し、ノインは懐から一通の手紙を取り出すと、そのまま皇帝へと手渡す。

 その手紙を受け取ったリアルトは早速中の文章へと目を向けた。そしてひと通りその内容に目を通した彼は、次の瞬間に笑い出す。


「……ふははは、なるほどな。いや、実に面白い。ふふ、いいだろう。奴にわかったと伝えよ。それと、此度の祭りには予も参加すると合わせて伝えてくれ」

「陛下!」

 皇帝が言い出した内容に目を剥くと、ノインは慌てて諫めるように声を発する。


「おいおい、ノインよ。せっかくの楽しい祭りが行われるというのに、予だけ仲間はずれにするのは感心せんな。もちろん邪魔にならんように……いや、協力できるよう近衛を此度のことに動員する。それでよかろう」

「近衛を……ですか。しかし、お戯れが過ぎます」

「良いではないか。それに、現場でのあの男の働きを見ておきたいのでな。実はお前も見たいのではないか?」

 意味ありげな笑みを浮かべて、リアルトはそう言い放つ。

 すると、ノインは内心を覗き見られた面持ちとなり、あえて自らの事への言及を避けた。


「ユイ・イスターツ……よほど興味を惹かれておられるようですね」

「お前同様にな」

「……興味深い人物であることは否定しません」

 以前まで表立ってユイ批判を行っていたことも有り、ノインはやや屈折したような表情を浮かべつつも、皇帝の指摘を受け入れる。


「ふふ、どうやら先入観は捨てることができたようじゃな。それでいい。先入観なんて持っておっても、不利益こそあれ、何一つ有益なことは無い。さて、それよりもノイン。此度の祝賀会までに、まだイスターツとは会う予定はあるのであろう?」

「はい。もう少し詰めた打ち合わせをせねばなりませんので、数回に渡り極秘裏に面談する予定です」

 皇帝の問いかけに対し、ノインはそれが正しいとばかりにすぐに返事を返した。

 それを耳にした瞬間、リアルトは笑みを浮かべたまま、先程までとは些か異なる真剣な口調でノインへと忠告する。


「ならば奴のことをよく見ておけ」

「陛下?」

 目の前にいるリアルトは、それまでと同様穏やかに微笑んでいた。しかしその言葉は、明らかにそれまでとは重みが異なり、ノインはわずかに困惑する。


「いいか、ノイン。あの男は実に興味深く、そしてそれ以上に危険じゃ」

「ええ、それはわかっているつもりです」

 リアルトの言葉に対し、何を当たり前のことをとばかりに、ノインは返答する。

 しかし、そんな返事を返したノインに向かってリアルトは首を左右に振ると、リアルトは苦笑した。


「いや、お前はまだ奴の力が分かっておらん。そうじゃな、例えばお前が言っておったゼリアムが握りつぶしたという書類じゃがな、それはおそらく偽物じゃ」

「は? ……し、しかし!」

「ふふ、イスターツの奴に一杯食わされたな。冷静に考えてみろ、握りつぶしたはずの書類を、ゼリアムの奴が後生大事にいつまでも保管しているわけがあるまい? まあ、普通に考えればそうと気づきそうなものじゃが、お前の部屋に忍び込んだ娘の存在が、お前の目を曇らせたな」

 笑いながらリアルトがそう告げると、ノインはハッとした表情を浮かべた。

 彼の部屋に誰にも気づかれず入り込んだクレハという存在がいたからこそ、ノインはユイ達がゼリアムから機密書類を入手できたと考えてしまったわけだが、冷静に考えればそんな書類残されているはずがないのである。


「しかし……では奴は一体何のために、偽物の書類を」

「おそらくは時計の針を進めようとしたんじゃろうな。何しろここは奴らにとって他国じゃ。奴らのできることには限りがある。だからこそ、ゼリアムの喉元に手が届くであろうお前に対して、その背中を押すために用意したんじゃろう。ふふ、さすがと言うべきじゃろうな」

 顎をさすりながらリアルトが嬉しそうにそう発言すると、ノインはすぐさま父親に向かい問いを発する。


「では、奴との協力は破棄すべきでしょうか?」

「破棄? なぜそんなことをする必要がある。奴の筋書きに乗ることで、我が国に利益はあろうとも、不利益はなかろう。だとすれば、せいぜい騙されているふりをしてやれば良い。いや、案外あの男なら、予がこの事を見抜いて、それでも見逃すだろうと計算しておるかもしれんな」

 この場にはおらぬ黒髪の青年の思考を予測しながら、リアルトはノインに向かってそう告げた。

 その言葉を受けたノインは、先ほど面談した男の姿を脳裏に浮かべ直し、そして改めてその名を口にする。


「ユイ……イスターツ……」

「いいか、ノイン。繰り返すが、あの男は実に興味深く、そしてそれ以上に危険じゃ。だからこそ、あの男とはせいぜい仲良くしておけ。そのことは、決してお前にとって無駄にはならんじゃろうて」

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