第15話 罠

 各地の領主を監視下に置くため、地方演習の名目でラインドル王国軍の大半を送り出したジーセンは、行うべき対策を終えた満足感からか王宮内の仮眠室にて深い眠りへとついていた。

 激務から開放され二日ぶりにようやく横になることが出来た彼を、深い眠りの淵から強引に呼び起こしたのは、顔を真っ青にさせて部屋へと飛び込んできた副長であった。


「た、た、隊長! 大変です!」


 口をパクパクさせながら、副長は絞りだすように言葉を発する。

 だが真夜中に、しかもようやく取ることが出来た睡眠を妨げられたジーセンは、彼に向かって不機嫌さを隠すことは出来なかった。


「一体何があったと言うんだ? そろそろ国王陛下がお亡くなりになったか」


 普段ならばもう少し婉曲的な表現で口にするところを、ジーセンは寝起きであるためか、直接的な表現で願望混じりに問いかける。

 副長はその問いかけを受けて一瞬言葉を詰まらせるも、それどころではないとばかりにブンブンと首を左右に振った。


「そ、そんなことを言っている場合ではありません! 王都が、そう王都が火の海なんです!」

「な、なんだと!」


 まったく予期せぬ報告を受け、ジーセンは寝間着のまま手近な窓へと駆け出す。そして勢い良く窓を開け放つと、ジーセンの視界には市内の各所からあがる真っ赤な炎が写り込んだ。


「一体どういうことだ、なにがあったというのだ?」


 彼の視線の先では、真夜中にもかかわらず、まるで夕暮れ時のように夜の街が赤い光に染め上げられていた。そのあり得べからざる光景を驚愕の表情で見つめながら、ジーセンは副長に向かってそう問いかける。


「分かりません。突然です、突然市内の各所に火の手が上がりまして……」

「何だと、一箇所から火が燃え広がったのではないのか?」

「はい……それがどうも火の手が上がったのは、なぜか尽くムラシーン様の息のかかった建物ばかりでして」


 困惑した表情で副長がそう報告を行うと、ジーセンは途端に眠気が吹き飛び、彼の脳は活発に動き始める。

 そしてすぐに一つの答えにたどり着くと、彼はたちまち副長を怒鳴りつけた。


「馬鹿者! だとしたら原因は明らかだ。これは意図的な放火に決まっている。こんな真似をするのは奴らだ。そう、レジスタンスの仕業に違いない!」

「や、奴らがですか?」

「ああ、この時期に我々に挑んでくる愚か者など他にはおらん。レジスタンスのクズどもは、軍の多数が王都を離れたこの機を狙って、テロ行為を行っているのだ。ん、待てよ……あまりにタイミングが良すぎる。副長、この大火事への対処はどうしているのだ?」


 ある可能性に思い至ると、ジーセンは嫌な予感を覚えながら、副長に向かって初動対応を問いただす。

 ジーセンからの強い口調の問いかけに、副長は気押され気味になりながらも、どうにか自らが下した指示を彼へと告げた。


「現在、王都駐在の軍は半数以上が不在です。ですので、第一、第二連隊を中心として火事の鎮火へと向かわせました」

「それだけか? その二連隊のみか?」

「いえ……火の勢いが余りに強いため、宮廷の魔法士部隊にも協力を仰ぎ、市内各所の封鎖と鎮火に出向くよう依頼しております」


 副長の返答内容を耳にするなりジーセンは目を見開くと、顔を真っ青に染め上げる。そしてそのまま一瞬気を失いそうになった彼だが、すぐに現在の危機的状況に思いが至ると、副長に向かって怒声を上げた。


「この馬鹿者が! それこそが奴らの狙いだ。王宮にはどれだけの兵が残っている?」

「今現在……ですか? 近衛部隊と、ムラシーン様直轄の魔法士隊となりますが……」


 ジーセンの動揺と質問の意図を理解できなかった副長は、やや不安げな表情を浮かべながら回答を行う。

 一方、想定しうる範囲内でほぼ最悪に近い回答を耳にしたジーセンは、途端にその場でブツブツと独り言を呟き始めた。


「まずい、まずいぞ。おそらく奴らの狙いは我々を分散させることだ。となれば、きっと今にもこの王宮に――」


 そうしてジーセンが不吉な予感を言葉し始めると、そんな彼の独り言を遮るかのように、突然途方も無い爆発音がすぐ近くで発生した。


「な、何事でしょうか?」

「くそ、やはりこの機に乗じおったか! 奴らの襲撃だ。いいか、すぐに全ての近衛を集めろ。ムラシーン様が、ムラシーン様が危ない!」






 当初からの手はず通りに街の方で火の手が上がると、王宮内の兵士達は鎮火を手伝うために次々と慌てて飛び出していった。

 そんな彼らの動向を確認したレジスタンスの面々は、王宮の東に備え付けられていた枯れ井戸から姿を現していく。


 彼らは周囲を警戒して近くに敵兵の姿がないことを確認すると、そのまま騒ぎに乗じる形で、無防備となった王宮内の庭へと入り込んだ。

 そしてそこで彼らは二手へと別れる。


 まずレジスタンスの本体とも呼ぶべき大多数の兵士は、マルフェスに指揮される形で王宮内へ次々と侵入していった。

 そしてカイルと助っ人であるクレイリーたちで構成されたもう一方は、王都の火事を鎮火するために兵士たちが慌ただしく駆け出していった王宮の南門へとまっすぐに向かう。


「ナーニャさん、お願い出来ますか?」


 セーブルの王宮の周りはぐるりと堀に取り囲まれており、その南門には王宮から街への主要通路となる大きな石橋が存在していた。

 息を切らせながらそこまで駆けつけたカイルは、この時を待っていたとばかりに不敵な笑みを浮かべる赤髪の女性に向かってそう依頼する。


「あいよ。アタイに任せておきな。さあ砕け散れ、ビブラシオン!」


 めったにナーニャが見せることのない、クラリス式でもましてやラインドル式でもない呪文。

 そんな呪文の中でもいわゆる振動破壊呪文と呼ばれる大呪文を彼女は編み上げると、ナーニャは自らの右手を石橋の根本へと添えた。


 すると、彼女が手を添えた場所を起点として、まるで蠕動運動をするかのように橋は上下にブレ始める。そして次の瞬間、王宮と街とをつなぐ巨大な石橋は一気に崩れ落ちていった。


「これで多少は時間が稼げるはずです。裏側にも通用橋がありますが、少なくとも後背からの追撃は考えなくて済みますね」


 作戦の第一段階の成功を目にして、ほっと胸を撫で下ろすカイル。

 王宮の生命線ともいうべき橋の破壊を喜ぶそんな彼の姿に、クレイリーはあの男の悪影響を見て取ると、わずかに頬を引き攣らせた。


「あの……本当にこんなにあっさりと破壊していいんでやすか? 今後のことを考えると、ここまで派手にやらなくても良かったんじゃねえかと思いやすが」

「別に構いません。どの道この戦いに勝たないと、次なんて無いんです。ですから、せいぜい派手にやるとしましょう」


 そう口にするなり、カイルはニコリとした笑みを浮かべる。

 一方、その笑顔を目にしたクレイリーは、この国の王子が間違いなくあの男に毒されていることを確信し、思わず首を左右に振った。


「ああ……絶対に旦那の悪影響でやすよ。あっしは無性にラインドルの将来が心配になってきやした」

「はぁはぁ。クレイリー、うだうだ言ってる暇はないよ。あれだけ派手に叩き壊してやったんだ、すぐに王宮内に残っている連中が駆けつけてくる。その前にさっさと本体に合流するよ!」


 橋を破壊した張本人は、大魔法を使った影響か大きく肩で息をしていた。

 しかし久方ぶりの巨大な破壊活動に満足したのか、当人の表情は愉悦で満ち溢れており、息も整わぬうちに彼女はその場を駆け出す。


「ナーニャ! まったく旦那がいないと手綱を握る人間が……いや、仮に居たとしても、止められるとは限らないでやしょうが」


 クレイリーは自らのハゲ頭をさすりながら、諦めの表情を浮かべるとともに大きな溜め息を吐き出す。そして既にその場を駆け出していったカイルやナーニャ達の背中を追って、彼はカインスとともにその場から駆け出した。

 作戦の第一段階を終えた彼らが王宮内へと辿り着くと、その眼前では既に激しい戦闘が繰り広げられていた。


「雑魚に構うんじゃない。ただ一人、ただ一人ムラシーンの首だけを取ればいいんだ。全員、真っ直ぐここを突破しろ!」


 レジスタンス本体の中央部で、マルフェスは全軍に向かいそう叫んだ。

 彼の鼓舞を受けたレジスタンスの兵たちは、慌てて各部署から駆けつけてくる近衛兵たちを、次々と排除していく。


 そうして彼らは、王宮の中枢に向けて少しずつ進軍していった。

 もちろんラインドル王家直轄である近衛兵の技量と練度は非常に高く、レジスタンスは少なからぬ犠牲を出している。しかし混乱の渦中にあるため指揮系統を確立できず、それ故に揃わない人員で散発的に立ち向かう形となってしまった近衛兵たちに、レジスタンスの勢いを押し留めることは出来なかった。


「クレイリーさん、こっちです!」


 先にレジスタンスの本体へと合流したカイルは、後方から走ってきたクレイリーに向けて声を張り上げる。

 その声に気づいたクレイリーは一つ頷くと、直ちにカイルの下へと駆け寄った。


「それで、ここからどちらに向かうんでやすか?」

「この王宮は東に王家の居住区があり、北に謁見室や大玉座の間が、そして西に官僚や大臣達の執務室が配置されています。昔と配置が変わっていないとしたら、ムラシーンの執務室自体は西にあるはずです」


 かつての生家の構造を脳裏に浮かべながら、カイルは自らの確認の意味を込めて一つ一つ内部構造を説明する。

 するとクレイリーも、ムラシーンに面会するためにここを訪れた際の記憶を蘇らせていった。


「そういえば、先日旦那に連れられてこの建物に来た時も、西側へと案内させられやしたね。ただ、目の前の近衛連中はどうも北向きの通路を守っているようでやすが?」


「ええ……ユイさんが言うには、二つ可能性があるだろうということでした。西の執務室にいる可能性と、北の大玉座の間にいる可能性です。そしてもしムラシーンが早い段階で事態に気がついた場合、おそらく自らの魔法と子飼いの魔法部隊を有効に使うことができる大玉座の間を、我々に対する迎撃地点として選択するだろうとあの人は予想されていました。なぜならあの部屋が、この王宮の中で最も広く設計されていますので」


 クレイリーの疑問に対して、先日の作戦会議でユイが話していた内容をカイルはそのまま彼に向かって説明する。

 一瞬、クレイリーはその説明を受けて納得した。しかしすぐにある可能性を見落としている疑念を抱くと、そのままカイルへと問いかける。


「それはわかりやす。でやすが、奴が王宮外に逃げる可能性もあるんじゃないですかい?」

「ええ、僕もそう尋ねたんです。ですがユイさんは、その可能性は低いだろうと答えていました。そして万が一彼が逃亡したとしても、その場合の情勢は我が方にとって優位となるだろうから、この際はあえて無視していいと」


 カイルは自らと同様の疑問を覚えたクレイリーに向かい、微妙な表情を浮かべながらそう答える。

 すると、クレイリーはその回答を耳にして、頭を撫でながら納得する。


「逃げても構わない……でやすか。ともあれ、旦那が言うのなら間違いないのでやしょう。で、次はどうしやす?」

「僕はこの近衛の配置から、やはり北が本命と考えます。ただ必ずもう一方にも、保険のために部隊を送り込むべきだと、ユイさんはおっしゃっていました。万が一読みが外れた場合、後背から逆撃を受ける可能性がありますので。ですから、そちらにはレリム率いる魔法兵部隊にお願いするつもりです」


 そのカイル発言を耳にして、クレイリーはわずかに怪訝そうな表情を浮かべた。 というのも、王宮内で総力戦となった場合、数的不利なレジスタンスの限られた兵力を分散させることにリスクを感じたためである。

 しかし、クレイリーなりに計画の発案者の思考をトレースしていくと、ユイの今回の作戦における担当を思い出したところで、これまでの彼が抱いていた疑問は全て消失した。


 そうして彼はその表情に笑みを取り戻すと、眼前で交戦中の敵へと視線を向け、自分たちの戦いを始める。


「カインス。俺たちも手伝うとしようか」

「へぇ、任せてください」


 クレイリーの呼びかけに応えるなり、カインスは弓を構える。

 そしてあっという間に狙いを定めると、彼は次々と矢を放っていった。


 もともとカーリンの田舎村の出身であり、生活のために森で狩猟を繰り返すことで技量を磨いてきたカインス。

 そんな彼にとって、味方の兵士たちの隙間を縫わなければならないという条件付きとはいえ、敵の兵士という大きな的を射撃することはあまりにたやすいことであった。


 室内でありながらもその凶悪なまでの射撃の正確さを前にして、前線の近衛兵たちは恐怖する。

 そして、彼らはカインスの弓から矢が放たれる度に、次々に倒れていく仲間を目の当たりにして次第に狂乱状態となっていった。


「今だ、一気に突き崩せ!」


 敵部隊の動揺を鋭敏に感じ取ったマルフェスは、このタイミングを見逃すこと無く味方を鼓舞する。

 すると、そんな彼の声に対して、レジスタンスの面々は突撃という名の回答をすぐに実行した。


 彼らは少しずつ前線のラインを押し上げていくと、王宮内での戦場は次第に北へ北へと移行し始める。そしてついに大玉座の間へと続く狭い廊下に、勢いで圧倒するレジスタンスの面々は辿り着いた。


「クレイリーさん。ここを抜ければ、もう大玉座の間は目と鼻の先です」


 カイルは隣に立つクレイリーに向かい、力強くそう告げる。

 クレイリーは少年のその声に一つ頷くも、彼の視線は廊下の先の開けた空間へと向けられていた。


「ええ。ただ、そうやすやすとこちらの思い通りにはさせてくれないようでやすね。どうやらもう一山ありそうだ」


 目標とする大玉座の間の前。

 そこにはここまでとは比較にならぬほど重厚に固められた、近衛たちの防御網が存在していた。


「おそらくこれまで立ち向かってきた連中は、連携や指示が取れなくて単独でたちむかってきたんでやしょう。ただあそこを守っている連中はどうも違いそうでやすね。つまりはそういうことでやすか」

「ええ。この向こうに、おそらく奴が居るんでしょう」


 クレイリーの言葉を耳にするなり、カイルは賛同を示す。そして彼はこの状況を最大限に有効活用すべく、高らかと声を張り上げた。

「目の前の近衛達を見ろ。奴らは必死に大玉座の間を守っている。つまりあの先に我々の目標が存在するはずだ。みんな、もう一息だ!」


 若々しいカイルの励ましの言葉に、周囲の兵士たちは更に士気を高めていく。

 そうしてますます意気を高めるレジスタンスを目の当たりにして、近衛による防衛ラインを築き上げたジーセンは、対向するかのように怒りをみなぎらせた言葉を口から吐き出した。


「元は我が軍にいた者たちばかりとはいえ、あんな寄せ集めどもに良いようにやらせてなるものか。王宮内に分散してしまっている皆がここに集まれば、すぐに我々のほうが有利となる。そして更に市内に出た兵たちが戻れば、我々の勝利は約束されたようなものだ。良いか、それまで絶対にここを死守するのだ!」


 幾重にもなる近衛の防御網の中心に立ち、自軍が有利と高らかに唱えるジーセンの言葉に、ここまで押し込まれ気味であった近衛兵たちは、どうにか士気を取り戻した。

 そうして両軍の指揮官の声をきっかけとして、戦闘の最中で僅かばかりの硬直状態が生み出される。レジスタンスと近衛たちは、それぞれ武器を構え直すと憎悪の色を顔面に灯し、お互いを睨み合った。


 そんなお見合い状態ともいえる一触即発の空間に火をつけたのは、赤い髪の女性による文字通り炎の魔法であった。


「あんたたち、まどろっこしいことしてないで、さっさとそこをどきな。フレイムショット!」


 ナーニャの両手から炎の弾丸が放たれると、それがまさに戦闘再開の引き金となり、両軍はお互いの目の前の敵に向かって襲いかかる。

 再開した両軍の戦いは、当初は勢いにまさるレジスタンスが優勢であった。彼らの先頭は前へ前へと血気盛んに突進し、大玉座の間の間近まで肉薄する。


 しかし王宮内の近衛兵が、配置されていた各部署から続々とこの場に集結し始めると、再び戦況はゆるやかに変化し始めた。


「まずいでやすよ。あっしらはこれでほぼ全軍ですが、敵は違う。このまま戦いが続けばいずれ疲弊して、敵に飲み込まれてしまいやす」

「わかっています。だからこそ僕達に道はひとつしかない。マルフェス、覚悟を決めましょう!」


 クレイリーの言葉に一つ頷いたカイルは、すぐさま全軍を指揮するマルフェスへと視線を向ける。

 その王子の意を受けた元近衛兵長は、ニヤリとした不敵な笑みを浮かべると、覚悟を決めて突入の指示を発した。


「ええ、やるしか無いですね。お前ら、覚悟を決めろ。ただ一人……そうただ一人、ムラシーンの首を取りさえすれば我らの勝利だ。これより前線の敵を強行突破する!」


 マルフェスの口から発せられたその声に、前線の兵士たちは決死の覚悟を決めると、命を投げ出す覚悟で前面の近衛目掛けて突撃を開始した。

 レジスタンスの面々の決意と行動を見て取ったクレイリーは、ここが勝負どころであると判断すると、隣で弓を構える大男に声を掛ける。


「カインス!」

「わかっています」


 クレイリーの声にカインスは短く答える。そして彼は、マルフェスたちをアシストするため、保持する全ての矢を使い尽くす勢いで、次々と矢を放っていった。

 そして残された最後の一矢になったところで、彼はすべての神経を研ぎ澄ませる。


 自らの指先を越え、矢の先まで己の神経がつながっている感覚。

 そんな弓と一体となった感覚を感じ取った瞬間、カインスは最後の矢を解き放った。


「バカ……な……」


 カインスの下から放たれた最後の矢は、マルフェスの右耳を掠める形で通り過ぎると、次の瞬間にはジーセンの眉間に深々と突き刺さる。

 そして近衛とレジスタンス双方の視線を一心に集めながら、彼はその場に崩れ落ちていった。


「な……い、いや。敵の指揮官は我々が倒した。このまま大玉座を占拠する!」


 そっと右耳に手を当てて、マルフェスは先ほどジーセンの眉間に突き刺さった矢が、自らに掠めたことによる出血を確認する。

 しかし彼はすぐに気持ちを切り替えると、内心の動揺を押し殺しながら、指揮官を失って動揺を隠せぬ近衛たちに向かい高らかと宣言した。


 その瞬間、レジスタンスの士気は最高潮となり、彼らは津波のような勢いで近衛達を押しこんでいくと、ついに大玉座の間へと通じる扉へとたどり着いた。

 そして彼らは何の躊躇もなく大玉座の間の扉を蹴破る。


「ムラシーン覚――」


 大玉座の間へ雪崩れ込んだレジスタンスの中で、最初に部屋へと飛び込んだ男は、その空間にいるであろうムラシーン目掛けて雄叫びを上げる。

 しかしその言葉が発し終えるよりも速く、側面から放たれた氷の矢が彼の喉が貫くと、そのまま彼の言葉は霧散した。


 大玉座の間に踏み込んだ彼らを待っていたもの。

 それは部屋のまさに全面から一斉に解き放たれる氷の矢であった。


「「アイスランス!」」


 部屋のあらゆる地点からクラリス式の氷の矢の呪文が唱えられると、レジスタンス目がけて一斉に解き放たれる。そうして立ちどころにレジスタンスの前線は瓦解し始めた。


「まずい、このままでは……ナーニャ!」

「わかってるよ。ただね、いくらアタイでも限界はあるのさ……それに防御魔法ってどうにもまどろっこしくて苦手なんだよ。マッドウォール!」


 限りある魔力を振り絞りながら、ナーニャはどうにか小規模な土壁を部隊の前面に構築する。

 しかしたった一枚の壁では、室内の各所から放たれる氷の矢を防ぎ切ることはまさに絶望的であった。


 殺到する氷の矢に土壁はあっという間に破壊され、さらに別の角度から放たれる氷の矢も相まって、レジスタンスの兵士たちは、次々とその場に倒れていく。

 そんな圧倒的とも呼ぶべき光景が生みだされるや否や、遠く離れた玉座から一つの皮肉げな声が発せられた。


「レジスタンスの諸君。わざわざこの私に倒されるためにご足労頂き、実にご苦労。この部屋に入るまで、十分に良い夢は見られたかな?」

「ムラシーン!」


 玉座に腰掛けた男を視界に捉えた瞬間、カイルは憎悪を込めた声でその男の名を叫ぶ。

 その声に気づいたムラシーンは、愉快そうに右の口角を吊り上げると、笑い声を上げた。


「はは、なるほど。やはりレジスタンスの主犯は君だったのかね、カイラ王子。しかし王子には感謝しているよ。こうやってのこのこと私に殺されにやって来てくれたのだからな。カランバノ!」


 ムラシーンの口からラインドル式ではないその呪文が唱えられた瞬間、これまでのものとは比べ物にならぬほど多量の氷柱が彼の眼前に形成される。

 そして彼の魔法を合図とするかのように、部屋の周囲から今度はクラリス式の氷の呪文が一斉に唱えられる。そうしてレジスタンスの兵士たちを取り囲むかのように、まさに無数とも呼べる多数の氷柱が空間の中に生み出された。


「くそ、ここまでたどり着くことができたというのに……父さん、ごめん」


 数えきれぬほどの氷柱を目の当たりにしたカイルは、そのあまりに絶望的な光景を前にして、諦めとともにその目を閉じる。

 しかしその時、突然まったく予期せぬ方向から彼を叱り飛ばす声が響き渡った。


「諦めるな! あいつと一緒に居たことがあるのなら、奴の往生際の悪さを少しは見習うべきだ。ファイヤーストーム!」


 突如後方から部屋の中へと飛び込んできた銀髪の男。

 彼がその呪文を唱えた瞬間、レジスタンス目掛けて一斉に放たれた無数の氷柱は、その男が放った炎の嵐により一気に融解し霧散していく。


「だ、誰ですか。貴方は?」


 まったく予期せぬ味方の乱入にカイルは困惑の表情を浮かべると、彼を守るため眼前に立ちはだかった銀髪の男に向かいそう問いただす。

 しかしそんな彼の問いかけに答えたのは、厳しい表情をした銀髪の男ではなく、彼に続いて後から部屋へと入ってきた赤髪の男であった。


「ふふ、ただの助っ人ですよ。ユイから聞いていませんか? 魔法士の相手は私たちに任せろってね」


 そう口にしたキツネ目の男は、薄い笑みを浮かべる。そしてカイルの肩をポンと叩くと、彼はそのまま銀髪の男と肩を並べた。

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