第12話 裏切り

 遠くにエルトブールを望む王国南部平原に到着した帝国の軍勢。

 彼らは先日の勝利により高い士気を保ちつつ、淡々と戦いのための準備を行なっていた。


 そんな帝国軍を指揮するリンエン将軍の下へ奇妙な報告が届けられたのは、総攻撃を開始する当日の朝のことであった。


「将軍……実は奇妙な男が、将軍にお会いしたいと申しておるのですが」

「奇妙な男? 一体どんなやつだ?」

「はっ、それがユイ・イスターツと名乗る黒髪のだらしなそうな男でして。どうも『自分はクラリス王国の真の王都防衛司令官』だと言っておるのですが……」


 聞いたことの無い名前にリンエンは首を傾げると、彼は背後に控えるロイスへ視線を向ける。


「ロイス……どう思う?」

「そうですね。普通はそんな役職の男が、一人でここに来るとは考えにくいかと思います。ただ……イスターツという名前には、たしか聞き覚えがあります」

「ほう、どんな内容だ?」


 ロイスのその発言を耳にしてリンエンはわずかに引っかかりを覚えると、彼に続きを促す。


「先日まで我が軍の諜報部が、クロセオン山脈の魔石入手部隊に優秀な魔法士を送り込んでいたと聞いております。しかしその魔法士なのですが、どうも魔石絡みの諍いで命を落としまして……そしてその際にクラリスの第一王女を助け、我らが魔法士を排除した人物の名前が確かイスターツであったかと」

「ふむ、面白いな。では至急、諜報部にイスターツという男の情報を洗わせろ。そして奴が本人であるというのならば、面会に応じてやっても良かろう」


 リンエンはユイに対し興味を示すと、そう指示を出す。

 すると、彼の部下であるロイスはリンエンを心配するかのように、わずかに険しい表情を浮かべた。


「よろしいのですか?」

「かまわん、かまわん。どうせ総攻撃までには時間もあるしな。暇つぶしぐらいにはなるだろう」


 リンエンは笑いながらそう告げると、部下達に向かって指示を出す。

 そうしてユイの経歴を洗うために、彼等は諜報部を介して人物照会を始めた。




「待たせたようで済まないな。私が帝国のリンエンだが、さて君は?」

「はい、ユイ・イスターツと申します」


 大勢の帝国軍兵に監視されながら待ち続けていたユイは、迎えに来たロイスに案内されようやくリンエンへの面会が許される。

 その無骨という表現が似つかわしい将軍を前にして、ユイは頭を下げながら自らの名を名乗った。


「イスターツ君か。それでそのイスターツ君が、なんの用があって、我が陣まで来たのかね? 見たところ丸腰で、戦うつもりでは無さそうに見えるが」

「はっ。出来ましたら閣下のもとで働かせて頂きたいと思い、こうして馳せ参じました」

「ほう……それでは君は祖国を裏切るというのかね?」


 一人で来たことと諜報部からの連絡で、ユイが王立軍を裏切って来たことは既に明らかであった。

 しかしながらユイという人物を見極めるため、リンエンはあえて彼のことを全く知らない風を装ってそう問いかける。


「実は、今回あなた方と対峙する王都防衛指揮官に私は就任する予定でした。しかし王国の貴族どもの横槍で、お飾り貴族のぼんぼんにその座を明け渡す羽目となりまして……だからこそ私は、私の実力をきちんと評価して頂ける場所で働きたいと思っているのです」


 まるで歯ぎしりするかのような悔し気な表情を浮かべつつ、ユイはリンエンに向かってそう訴えかける。


「しかし、君はこれまで彼の国で生まれ育ってきたのだろう。そして故郷に家族も居るだろうし、君はそんな彼の国と闘うことができるのかね?」

「既に両親は他界し、私は天涯孤独の身でございます。それ故、クラリスに対しては彼の国の貴族達へ恨みこそあれ、心残りとなるものはございません」


 瞳の中の怒りをリンエンに見せながら、ユイは覚悟を決めたようにそう答える。

 さすがにこの短時間ではユイの家族に関して諜報部も確認しきれておらず、リンエンはやや申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「そうか……君の両親は他界されていたのか。これは失礼なことを口にした」

「いえ、構いません。それにたとえ我が両親が健在なりといえども、もはや私にはあの国に仕えるつもりはございません。どうか私のこの覚悟を聞き届けては頂けないでしょうか?」


「ふむ。君がそれだけ憤っているのは、部下だったライン公の嫡男が王都防衛司令官に任命されたことが理由かね。しかも君の就任に反対したヤルム公爵の後押しでね」

「はい、その通りです。私が司令官へと就任する直前に、ヤルム公爵からの横槍が入ったのですが……しかし、なぜあなた方がそれを……まさか、我が軍には私以外にもあなた方の側にいる者が!」


 驚愕の表情を浮かべるユイに対し、その反応を目にしてリンエンは満足そうに笑みをこぼし大きく頷く。


「ふふふ、その通りだよ。私達の諜報員は優秀でね。おかげで王都の面白い話を聞かせてもらうことができた。まさかこんな事態になろうとも、面子のために未だ内輪もめをしているとはね」

「……恥ずかしながら、返す言葉もございません」


「まあクラリスの内部事情はもはや関係ない。それよりも司令官になる予定だった君がせっかく来てくれたのだ。もし良ければ、王立軍の計画していた防衛戦術の一端を教えて貰えればと思うのだが」


 目の前のユイが本物であると判明した段階から、リンエンは彼に対し聞き出したかった内容を切り出す。

 そのリンエンの要請を受けて、ユイは一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべた。

 しかし彼は一度大きく息を吐き出すと、覚悟を決めたかのようにゆっくりと話し始める。


「……そうですね。私は帝国へお仕えするつもりで来た身です。ご協力できることなら、なんなりとお話し致しましょう。実はこの度の防衛方針として、二つの意見が出ておりました」

「ほう……二つの意見かね。良かったら聞かせてもらおうか」


「はい。一つは総力戦を挑む案、そしてもう一つは籠城策を取る案です。ただ総力戦に関しては、今の帝国軍との兵力差を考えるととても現実的ではありません。さらに万が一あなた方の集合魔法の的にされてしまった場合、一瞬で決着がついてしまいます。それ故、この案に関してはすぐに検討さえされなくなりました」


 ユイの語る内容を聞いて、リンエンもその通りだろうとばかりに大きく頷く。


「なるほど、それは確かにそうだろうな。では、籠城策はどうなのかね?」

「はい。籠城策に関してですが、これにも致命的な欠点があることがすぐに判明しました」

「欠点かね?」


 ユイが口にする欠点という言葉に興味を惹かれたリンエンは、彼に向かい話を促す。


「ええ。一般的な話として、籠城戦で勝利を得るためには、敵の補給線に支障が生じるか、味方の後詰の兵士が必要となります。しかしながら、貴国が侵攻前に穀物を買い占めていたことは既にわかっておりましたし、ましてや現在の王立軍に対して援軍など……」

「確かに、その通りだ。我々も君達が籠城策を選択した場合に備え、十分な補給の体制を構築している。もちろん援軍に対する警戒は言うまでもないな」


 帝国が長期戦を想定して十分な物資を市場から調達していた事は、さすがにリンエンも他国に感づかれていると予想していた。

 それ故に、王立軍が籠城策を取らない予定であったことに関し、納得の表情を見せる。


「そうですね。それに籠城策においての最大の問題も、これまたあなた方の集合魔法です。通常の魔法程度では小揺るぎもしませんが、あれを使われればいかに強靭なことで有名なエルトブールの城壁でも、おそらく突き破られてしまうでしょうから」

「ふむ。我々も君達が籠城策を取れば、そのように対処するつもりだった。さて、君は二つの案があったと言ったが、これではそのどちらもダメということになるな。だとしたら、君達は何も手を打たず、我らに降伏するつもりだったのかね?」


 降伏はさすがにありえないと考えていたため、まだユイには話していないことがあるのではないかとリンエンは疑念を持つ。


「いいえ。ですので、私達は最終的に第三の案を採用する予定でした」

「第三かね。良ければ聞かせてもらおうか?」


「はい。当初は籠城策をとった上、焦れたあなた方が城壁に向かって集合魔法を使うのを待ち受ける。そして魔法が使われると同時に、中に待機させていた兵士達を城壁から飛び出させ、あなた方と全軍で総力戦を挑む。つまり二つの案を組み合わせた策ということになります」


 その説明を受けてリンエンは二度小さく頷くと、ユイに向かって自らの予想を述べた。


「なるほど、一度集合魔法を使わせた上で、次の集合魔法を準備する前に我々に接近する作戦か。確かにうまく行けば、二発目の集合魔法を発動させる前に、我々の下にたどり着くことができるかもしれんな」

「これは私の予想ですが、話に聞く集合魔法はあまりに威力が大きすぎます。ですので、おそらく連発できないのではないかと考えておりました。というのも、もし仮に連続して放つことができるのでしたら、ソーバクリエンの戦いの際に、あなた方は最初から集合魔法を連発していたでしょう。わざわざ王立軍を鶴翼陣に誘い込むまでもなくです」


「ふふ、なかなか良い読みをしているな。確かにあの魔法は一度放てば、二発目を放つのに時間を要する。それを踏まえてみても、君の話す第三案が、現状において唯一の戦い方だろう。さて、それではあえて君に聞こう。王立軍の策を知った私達は、一体どうすれば良いと思うかね?」


 そのリンエンの問いかけに直面し、ユイは僅かに戸惑いの表情を浮かべる。

 しかし何かを振り払うかのように首を左右に振ると、彼は再び口を開いた。


「私達がこの第三案を使うと決めた際の懸念事項は、集合魔法に参加する魔法士達の位置取りでした。王立軍の作戦の根幹は、二発目の集合魔法を撃たれる前に敵陣に乗り込み二発目を使わせないことにあります。ですので、集合魔法を扱う魔法士達を最後衛に控えさせ、前面を歩兵と騎兵で固められればよいかと。そうすれば突撃してきた王立軍が魔法士を攻撃できないのはもちろん、時間を稼ぐことで二発目の集合魔法を放つ余裕も生まれるでしょう」

「おもしろい。いいだろう、君の投降を認めよう。もし今回の私達の作戦が成功すれば、この土地の帝国士官として取り立てられるよう、皇帝陛下に掛け合ってみても良い」


 ユイの語った内容に十分な説得力を感じたリンエンは、そう口にすると満足気な笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。私に出来ますことなら、なんなりとおっしゃってください」


 ユイはそう礼を述べて再び深く頭を下げる。

 そしてそのまま警備の兵士に連れられて、彼は陣外へと誘導されていった。

 そうしてユイの姿が見えなくなったところで、リンエンはその場に姿の無い男に向かい声をかける。


「もう出てきてもいいぞ」


 リンエンのその声を受けて、ユイからはわからないよう死角に潜んでいたシャレムは、下卑た笑みを浮かべつつ彼の前へと姿を表す。


「シャレム伯、彼をどう思うかね?」

「ふむ、私も彼にはかつて煮え湯を飲まされましたからな。計算高い彼のこと、おそらく本心で脱出した可能性は高いとは思います。ですが、念のために軟禁でもしておかれるがよろしいでしょう。なんならば、私の方ですぐにでも処置致しますが」


 シャレムはただでさえ気持ち悪い笑みをさらに歪ませると、リンエンに向かってそう提案する。


「ふむ……まぁ、彼から引き出すべき情報は十分に引き出せたしな。いいだろう、貴公に一任する。君のいいようにしてくれ給え」


 リンエンのその言葉を耳にするや否や、喜びを隠しきれない表情を浮かべたシャレムは深く頭を下げる。

 そしてそのまま彼の部下を引き連れ、早足でユイの後を追いかけていった。

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