第11話 内紛

 王都へ敗戦の報告が届いた翌日、ユイは今後の戦いにおける命令を受けるため王城の謁見室へと呼び出されていた。


 その場には命令者となるエリーゼが国王代行として玉座に座り、彼女の左方に軍部の代表としてラインバーグを始めとする軍上層部が並ぶ。

 そしてユイも軍部の四位として、その末席に自らの居場所を有していた。


 一方、彼の向かい正面となるエリーゼの右方には、内政部の代表として四大大公の一人であり王国宰相であるヤルム公爵。そして内務省の名だたる高級官僚が順に並んでいた。


「イスターツ親衛隊長」

「はい」


 エリーゼから名前を呼ばれたユイはその場で返事を行うと、軍部の列から一歩前に進み出る。

 そしてエリーゼに向かってゆっくりと歩み寄ると、片膝を折って頭を垂れた。


「ユイ・イスターツ。この度の帝国との戦にて、あなたを王都防衛司令官に任命します」


 それはその場にいる大多数の者にとって、全く予想もしていない突然の抜擢であった。

 誰しもが驚きと困惑の表情を浮かべることとなり、王女のすぐ右手側に立っていたヤルム公爵は慌ててその命令に異を唱える。


「お待ちください!」

「宰相、一体なんなのですか?」


 エリーゼは自らの任命に対し、口を挟んできた宰相を思わず睨みつける。

 しかし彼女のそんな視線など目に入らぬかのように、ヤルムは皆に伝わるよう大きな声で自論を述べ始めた。


「エリーゼ様。我が国の歴史において、王都防衛司令官を務めた者は過去三名を数えます。しかしながら全て王族、もしくは四大公爵家から排出してきた慣わしです。いくら親衛隊長に任命しているお気に入りだからといって、このような下賎な平民出身の者を任命することは望ましくありません」


 この小娘がと言わんばかりの迫力で、ヤルムはそう力説する。

 一方、任命しようとした側のエリーゼも、彼に負けじとばかり強い口調で反論した。


「私はこのユイ・イスターツに救われました。そして彼の者の能力を信頼しています。実際言いたくはありませんが、先日のソーバクリエンの戦いは軍事の素人である我が父を指揮官として祭り上げ、その結果として大敗を喫しました。それでもなお、貴方は王族や公爵家などの家柄にこだわるべきだと?」

「しかし仮に慣例に従わず別の者を司令官と任命するにしても、他にいくらでも人材はおりましょう。それに万が一この戦いに負けたとにしても、我々クラリス貴族としては、節度と誇りある負け方をするべきだと考えます」


 ヤルムは首を左右に振りながら、エリーゼの言動を否定するようにそう発言した。

 途端、エリーゼは顔を真っ赤にして怒りを覚える。そして声を張り上げ、ヤルムに論戦を挑みかかった。


「誇りある負け方とは何ですか! あなたは、あなたたち自身の自己満足の為に、この国の――」

「落ち着いてください、エリーゼ様」


 怒りで我を忘れかけているエリーゼに向かい、彼女を落ち着かせるようユイは頭を掻きながら声を上げる。

 そして彼はすぐに視線をエリーゼからヤルムへと移すと、そのまま続けて挑発的な言動を口にした。


「先ほどからお話を伺っていたのですが……もし名誉と誇りのために王族か四大公爵家から司令官を出すべきと言われるのでしたら、ド素人のあなたが防衛戦の指揮を取るおつもりですか?」

「貴様、なにを舐めた口を。ふん、わしは宰相だ、そんなことをするわけがなかろう」


 見下すような視線をユイに向けながら、まるで小馬鹿にするかのようにヤルムはそう口にする。


「……だとしたら誰が司令官職を担うのですか? それともまさか貴方は、エリーゼ王女に戦場に立てと言われるおつもりですか?」

「そんなわけがあるか! 軍務大臣であるラインバーグ殿がなされれば良いだろう」


 ヤルムの僅かに怒気を混じらせた発言に対し、ユイは首を左右に振りながら肩をすくめる。そして挑発するかのように、彼は発言の矛盾を指摘してみせた。


「失礼ですが、ヤルム公爵。王族か公爵家から王都防衛司令官を出すべきだと仰ったのは、あなた御自身ではありませんか? それともお年のため、早くも記憶をなくされましたか?」

「ぬうっ、貴様……ふざけるな!」


 自分を小馬鹿にするかのようなユイの言動に、ヤルムは口ごもりながらも怒気を発散させる。

 そんな異様な空気を漂わせ始めた二人に向かい、ヤルムの反対側に位置する列からその場に響き渡るような声が発せられた。


「ならば、エインスにやらせればよい」


 その発言を行ったのは、先ほども名前の上がった軍務大臣のラインバーグであった。


「ラインバーグ閣下……彼の者は未だ六位に過ぎません。その上、私の部下に私が従えと?」

「そうだ。あいつは公爵家の嫡男であるし、なにより王都防衛司令官は位階とは無関係の役職。ならば、あいつが司令官を務める事に何一つ問題などない」


 ラインバーグの低く重厚な声が謁見室に響き渡ると、そこかしこからも同調の意を示す相槌の声が広がり始める。

 そんな場の空気に後押しされるかのように、ヤルムは勝ち誇るかのような笑みを浮かべ、ユイに向かって口を開いた。


「そうだ、ライン公の長男がおったではないか。ふん、田舎帰りの貴様もこれから王都で働くというのなら、もう少し身分というものを考え直すのだな。ちょっと階級が上がった程度で、増長しおって」


 ヤルムのその発言を耳にした瞬間、ユイは憎悪の視線を彼に向かい叩きつける。

 そして怒気を漲らせ急に立ち上がると、彼は踵を返して王女に背を向けた。


「そういうことでしたら、私はこの防衛戦を降りさせて頂きます。全く馬鹿馬鹿しい!」


 吐き捨てるようにそう口にしたユイは、予想外の事態に凍りつく周囲を無視するかのようにその場から歩み出す。

 すると、そんなユイを静止するかのように、背後からエリーゼが慌てて声を投げかけた。


「お待ちなさい、イスターツ。お願いだから、短気を起こさないで」


 彼女の言葉を背に受けたユイは一度だけ後ろを振り返る。そしてそのまま彼女に向かって口を開いた。


「エリーゼ様……短い間でしたが、お世話になりました」

「ユイ!」


 エリーゼは思わずユイを名前で叫び、そのまま彼の下へと駆け寄ろうとした。

 しかし立ち上がろうとした直前に、周囲の自分に対する視線に気が付き、彼女は唇を噛み締めながらやむなく思い留まる。


 そうやってエリーゼが躊躇している間に、ユイは軽く頭を下げると、もう二度と後ろを振り返ること無く謁見室から出て行ってしまった。


「……あの男の本性が知れたな。所詮、成り上がりの卑しい犬に過ぎんかったということだ」

「ヤルム宰相。なぜこんな大事な戦いの前に、このような無駄な言い争いをしたのですか? 普段の貴方なら、こんな馬鹿げたことなんて言わないのに」


 普段は穏やかな宰相として知られるヤルムの言動に、エリーゼは戸惑いを隠す事ができすそう問いかける。


「ことが普段ではないからですよ、エリーゼ様。今にもこの国は攻め込まれんとする危機なのです。そのような状況で、あのような何処の馬の骨かわからないものに、この国を任せることなどできません。申し訳ありませんが、こればかりはお譲りする気にはなれませんな」


 屹然とした表情を浮かべたヤルムは、エリーゼに向かい妥協の余地はないとばかりにそう返答する。


「そう……ではラインバーグ大臣。防衛司令官は一体どうする気なの?」

「残念ながら私は既に高齢で、戦場で十分な指揮をとれるだけの体は有しておりません。その上やはり慣習に従うならば、公爵家の嫡男であるエインスを任命されるのがよろしいかと」


 ラインバーグは自らの年齢を理由にして固辞すると、改めてエインスの司令官職への任命を勧める。


「こんな危機の時に、慣習だなんて……でも、あなたまでがそう言うならば仕方ないわね。ではエインス・フォン・ラインをすぐに呼んでくださるかしら。彼を王都防衛司令官と第二代親衛隊長に任命するから」


 自らの見出したユイを失ったことに、エリーゼは思わず肩を落とす。

 しかし国の存亡という責任感のためか彼女は毅然とした表情を浮かべ直し、ラインバーグにエインスの呼び出しを指示するに至った。

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