六感課外活動部・前編
奪われたから奪い、殺されたから殺しましょう。
*
翌日。
突然のことですが、ボクは誘拐されました。
誘拐、だなんて言葉を使ってしまうと犯罪的な意味を秘めてしまいそうになるが、しかし、これは合法的な意味を放つ、まあ、変な言い換えをせずにストレートに何があったのかを記すのであれば、ボクは先日何もなかったかの如く登校した教室へと、夢中でのみの関係であるはずの志雄生さんが迎えに来たので、ボクはそれに付き従ったというだけの話であった。それだけの話であり、それ以上の何事でもなく、その程度のことでしかなかったのだった。
連れてこられたのは普段使われていない教室である、四階講義室Cである。
「………………」
囲まれて叩かれる人生。
囲まれている現状。
中央の椅子に座らされているボクと、
それを囲む知らない六人。
ボクを囲んでいる何者かの内、よく知っている顔は志雄生さんともう一人、茶色のゆるふわ髪のお姉さん――つまり神楽姉くらいのものであり、なんとなく知っている、無関係ではあるものの、その存在を有無を言わさず知るように仕組まれた人物はその中に二人いた。意外と認知している人多いな。その知っている、あるいは知るしかない、知ることを強制されている二人というもの、それはここ私立十字ヶ丘高校学校長と生徒会執行部会長であった。
なぜここに神楽姉がいるのかというと、あれで、というかこれで、神楽姉という女性はこの高等学校で歴史科講師をしているのだ。世界とはよくわからない作りをしているものだと思う。
いやいや、神楽姉のことなどどうでもよく、より重要性が高いのはボクがこの会長のことは知っているということだろう。不思議と印象に残っていて、よく覚えている。
普段、集会での話などこれっぽっちも聞いていないボクが、彼の選挙演説には耳を傾けさせられた。聞く気なんて元はほんの一分すらもなかったのに、それなのに、ボクは彼の選挙演説を最初から最後まで一言一句の聞き逃しも許されず聞かされてしまった。意志とは関係なく、意志なんて関係なく――聞かされた。聞かざるを得なかった。聞きおガスことを許さない声と堂々たる態度に圧倒され、半自動的に半人為的に眼を奪われたのだ。
人の上に立つことに慣れているような、そんな感覚。
人を支配することになれているような、そんな感触。
正直恐怖した。
何なら畏怖さえした。
ボクはこの――
感覚的には一目惚れに近いのかもしれない。
まあ、どうでもいい話だよな。
どちらにせよ関係のない話だ。
「......で、何でボクは授業をさぼらされてこんなところに誘拐されてしまったんでしょうか?」
兄さんに教わった、『変なことに巻き込まれたら取り合えず従うといいさ。そこまで行ったら、生きるも死ぬも変わらないってものだからね』という教えに従い、焦らず慌てずその場に合わせて反抗なんてせず、大人しく自分より大きな流水に流されようともさ。
「君にはこれから、ここ、六感特別課外活動部に入部して、存分にその手腕を奮ってもらいます。騒いでも無駄だよ! ここは生徒会長様お手製の隔離空間だからネ☆」
ボクの問いに対して、目の前に立っていた女子生徒が口を開く。
女子生徒――この学校の生徒であることは、制服からわかるのだが、こんな美人さんがこんな辺境の学校に存在していたのか……といっそ感心してしまうほどの別嬪さん。志雄生さんもなかなかのものだとは思うが、彼女はそれ以上を記録しているだろう。親しみやすさもこの雰囲気からするとプライスレス。
肩口まで伸びる黒髪に、親近感の湧く瞳。
身長は鴎と同じかそれより少し高いくらいで、全体的に凛とした印象を受けるが……別の、他の、通常の女子高生が有していてはいけないような、嫌悪に値する、そんな、不吉とでも言うべき雰囲気を、彼女は有していた。その特殊性と強制される親しみやすさという同時に存在してはならない二面性の暴力――詰まるところ、レアであるということだ。
ああ、いや。それよりも重要なことがあったか。
「ちょっと何を言っているのかわからないですね」
気持ちを素直に伝えた。
まず持って、六感特別課外活動部とは一体全体何なんだ? 説明が足りなすぎる。
「ん? あれ? 与一ちゃん与一ちゃんよ、六感の説明ってまだしてない感じなの?」
六感?
また何のことがわからん言葉が生えてきたぞ。それが何かなど知らないけれど、校長と生徒会長様がいるってことは公認の部活ではあるのだろうけれど、いやはや、何と言うのか……ファンタスティックとでも言っておこう。自身の感情を表現する言葉が、今はそれしか見当たらない。
「んん……六感って言うのはね、いわゆる超能力みないなもののことなのよ」
なんか変なこと言い出したぞこの子。
頭がおかしいのかと思ったけれど、周りを取り囲む面々が至って真剣な表情でいるため、取り敢えずは鵜呑みにしておこう。下手に反抗してリンチにされてもたまらん。
というか、何故周りの皆様方は喋らないのだろうか? 普通に怖いのだが……。
「例えば……そうだね。実践してみますか。私は人が心の中で思ったことを言葉として聞くことができる、第三の耳――またの名を【読心術】を持っているのさ。褒めれ褒めれ。ま、お試しとして先に今の質問に答えるとしたら、『結界は二重だから』だね。更に証明のためにもう一問行っておこうか。さあ、何か考えてみて。バッチリ当ててみせるからさ!」
結界というのは生徒会長の六感だか何だったか? まるで話が見えてこないな。いやしかしまあ、ふむ。何ぞ面白そうな事象である、そういうことならばもう一問試させていただくとしよう。出来るだけ難しいのがいいよな。
……鯖味噌缶。
「……え?」
「あー、えっと、聞こえましたかね?」
「ええ。バッチリ聞こえた。聞こえましたけれど……『鯖味噌缶』?」
おお、凄い。当たってる。
鯖味噌缶なんて考えていたら、山勘じゃ当たるはずもない。彼女の言うことは真実なんだろう……か? 真実なのだろうか。いいさ、鯖味噌缶を当てられてしまったのなら、信じるとしよう。信じるのも疑うのもそう変わらないんだ、ここは一時的に信じてみよう。
「OK? これが六感能力というものなんだ。他には、与一ちゃんは能力者を嗅ぎ分ける鼻。神楽坂先生はちょっとだけ言葉に重みを持たせる声とか種類は千差万別人それぞれな感じだね」
情報のボディーブロウ。笑うしかないな。
六感……つまりは第六感覚的な意味合いかと思っていたが、これはこれは。感覚とひとまとまりにするにはいささか感覚以外のものが混入してきてしまっているな。手とか気配とか……というか生徒会長は結界だったんじゃないのか? 気配イコール結界? いや、あながち間違えであるとも言い切れないか。
「六感のネーミングはねぇ……六感というものに最初に気付いたのが私と与一ちゃんだったから……仮称として第六感覚って呼んでたんだけど、それが定着しちゃってネ☆」
ああ、なるほど。
最初に発見されたのが聴覚と嗅覚ならば、感覚と名付けるのは理解できる。それに、仮称がそのまま流用されることなんて、よくあることし、別に驚くことでもないだろうさ。筆が入っていないのにペンケースを筆箱と呼び続けていることからもわかるだろう。まあペンケースなんて気取った名前で呼びたくなるようなものではないからアレに関しては構わないのだけれども。
「……で? もしかしなくとも、志雄生さんの鼻に、ボクがひっかかってしまったと」
そりゃ、おかしな話だ。
ボクには何の能力もないのに。兄さんにも『特別優れたところはない』とか『君の性質は「■■■」なんだろうね。うん。いいね、いいともさ』とかなんだと言われたからね。いや、鴎だったか? 父だった気もする。何度も言われているのだろうか……?
「そうなのです。あとは君もよく知る日向先生からの推薦もあったからね。日向先生ほど人を見る目がある人物が推薦なんてしたんだから、そりゃ、無下にできないでしょう? 教師に盾突いて高二の大切な成績に傷がついても敵わないしね。さて、では本題。君、変な体験はしなかった?」
パチンと指を鳴らした後、行儀悪く人を指さす女子生徒。
以前、志雄生さんにされた質問と同じ内容の質問を、再度された。
「していないですね。全く、これっぽちも。姿が消せたり、透視できたり、物を浮かせたりなんざ全くです。できたらいいんですけどね」
「んん……嘘だね。具体的なことまではわからないけど、この声は嘘を吐いてる声だね。大人しく吐いちゃいなよ、嘘吐いても罪が重くなるだけだよ? あー、与一ちゃん。彼の能力はどんな感じかわかる?」
『ううん。わからない。でも、眼から匂いがするから、多分眼が関係するものだと思うんだけど……』
今まで静かすぎるくらいに静かだった世界に新しい音が入ってくる。志雄生さんの声が、何か確かなものを通した時のように……電話などを経由した時のような生来持つものとは少々異なる違和感のある声で語った。間接的にではあるが生徒会長の結界とやらに触れられた訳か……なんだか興奮してきたな。
しかし――眼から匂いがする、とな。
この女子生徒の空想、あるいは現実の談を鵜呑みに考えると、志雄生さんの六感とやらを匂いで感知する麻薬探知犬的な嗅覚がボクの眼からその六感臭を感じてしまった、と。考えると言いつつも現状与えられた情報の羅列と表現すべきそれだが、どうでもいいか。眼……ねぇ。生憎、邪眼なんて発動したことはないんだけれど、何だろうか? 神々の義眼とかだろうか? 写輪や輪廻だろうか? インド神話的なノリでビームとか出せたりするのもいいな? それだったら少しばかりカッコイイかもしれない。目からビーム、ボクは好きだ。
「インド神話て……。えぇ、じゃあ……眼、でしょ。寝ぼけたとかそんな感じに思って忘れてしまっていたりするかもだけれど、変なものを見たりしなかった? ビーム出てたら流石にわかるだろうし」
ビームの可能性を否定された。出てたかもしれないのに……。
で、何だって? 寝ぼけて……見る、変なもの?
「あー……した」
したよ。したした。
いつだったか、朝起きた時に夜の砂漠を見た気がする。アラビアンナイトを視認した。二度寝する言い訳としてサハラとかあっちの方はまだ夜だろう。ならばボクにも寝る権利があるとかなんとか、適当な言い訳をして寝ようと思った時に見た気がする。うろ覚えだけど。
「ビンゴ! それだよ! 多分! 知らんけど!」
「夜の砂漠を見る能力?」
ふむ、アホほどいらないな。
需要がないのにそんなものを供給されても……そんなの、かなり腹ペコの時に「腹減ってんならこれを食え」とか言ってピノ渡されるようなものだな。ピノでは腹は膨れない。
「ピノはね、『アイスは食べたい。でもそんな量はいらない』って人のためにあるんだよ。普段はやっぱりアイスクリーム!」
「スーパーカップも捨てがたいですけどね」
無駄話。
かき氷系も捨てがたい。
「ところで、その時はどんなことを思っていたのか、正確に教えてもらいたいのだけれど。君の六感が何なのかクイズに使うからさ」
そんなこと言われても、ボクは元々記憶力が弱い方だし、寝ぼけていたのだと思って適当に処理してしまったから先ほど言ったこと以上の記憶はないのだけれど。まあ、まとめるとしたら「砂漠は夜だろうにと思う」、「砂漠が見える」、「貧血のような症状を起こし数秒ダウン」と言った具合だったか? やはりアラビアンナイトを見る能力か。
「……うぅむ。望んだから見えた、と言った感じでしょうかどうなんでしょうか? まああくまでも仮説①のそれの検証をば。じゃあ、実験として、今、夜の砂漠を見ようと思ってみてもらっても?」
夜の砂漠を見ようと思ってって……どうやってだよ。
健全な青少年であるため妄想は意識すると難しくなってしまう。所詮養殖は天然に勝てないのだ。
「頑張れ青少年! 今まで培ってきた妄想力を生かす時だぞ! イメージするのだ、アラビアンナイトを! 私達の中にゃ六感の鑑定能力持ち何ていないから、こうしてトライアンドエラーで六感能力の効果の調査をしなければいけないのだよ……鑑定能力者さん急募!」
随分と実験じみているな。
科学とか好きな感じなのか? ボクも科学とか好きだが、彼女もなのだろうか。大科学実験とか見てる感じの女子なのだろうか。
「いえいえ。私は、私が好きなもの以外は全くできないタチの人間なので。親の仇である科学は、大の嫌い大嫌いですが?」
科学に親が殺されたのか?
まあ、この世の中には科学が満ち満ちているし、感電死だって、広義の意味で見れば科学に殺されているようなものなのだろうさ。人が作ったものに人が殺されるのは実に笑い話だと思わんかね。
さてと、脱線もこのくらいに夜の砂漠を見るイメージ。
彼方と続く丘陵。世を包む闇の天蓋。こぼされた星の砂。
そこにはただ静寂があり、そこには何も在り得ない。
……全く、嫌なものである。こんな馬鹿らしい話に付き合って、こっくりさんでもやるみたく軽い気持ちで挑戦してみれば見えてしまったではないか。絶対に落としたと覚悟していた定期テストで平均を上回る点数を獲得できた時のような叫びたくなるような衝動と同時に、バイト先で通常業務をこなしている際に社員から声を掛けられたときのような確かなまでの面倒事の香り。嫌になりますよホントに……それなのに何かを期待している自分が恥ずかしい限りだ。
「見えたんだ……」
「至極残念ながら」
「じゃ――次は別のものを見れるか試してみようか。何か連想しやすい人とかが良いかな。これで本当にただ夜の砂漠を見るだけの眼だったら、その眼を削除したのち解放してあげよう。約束は守るよ、正義の味方だからね」
胡散臭いことこの上ないウィンクをして、眼前の女子生徒はそんなことを言っている。
もはや乗り掛かった舟であり、抵抗したところで何を産むとも思えず、更にはこの人数に囲まれているというこの現状のプレッシャーに敗北したボクは命令通りに夜の砂漠以外のものを見てみることにした。対象は……ワンピースの正体にでもしてみようか? いや、万が一ワンピースが形ないものであった場合視認できないし、何より結果よりも過程を大事にしたいところだ。ワンピースの正体は大人しく完結を待つとしよう。ワンピースならばハンター×ハンターと違い完結することが期待できるので安心感があることだし、ボクならば待てるはずだ。
まあ、無難に行くか……今の時刻――大体九時くらいか? そのくらいなら、鴎はどうせ自室へと舞い戻りゲームに勤しんでいることだろう。いや、もしかしたら昨日買った部品でコントローラーの改造だか作成だかをしているのかもしれない。どちらにせよ、この時間帯なら部屋にいることは間違いないとは思うのだが――
――と、そんな想像をしていたら、ボクの目にそれは写った。ボクの瞳に、その映像は投影された。
居間でこたつに身体をすっぽりと入れて録画していたらしいテレビを流しつつ、手元のタブレットでゲームをしている姿がボクの視界に映った。
まさか本当にできるだなんて思っていなかったし、ボクの眼はただ夜の砂漠観察キットでもなかった様子であるが、しかし、それ以上に自分の鴎生活予想が外れていたことに多少なりとも衝撃及びメンタルブレイクを受ける。ボクは所詮、知ったか野郎で、知ったつもりになっていただけで、鴎のことなんてこれっぽっちもわかっていなかったのかもしれない。いや、私生活の行動を全てわかっている方が気持ち悪いというものだし、実際、このくらいの認知の方が互いに幸せに生きられるラインなのかもしれない。このくらいが、丁度いいのかもしれないい。超えてはいけない死線の上に立つよりも超えたほうが楽であるように、死線というラインからは距離を取るのが賢い生き方というものだろう……ッタ。
「おぉ、映ったんだ。へー、ふーん。成る程成る程。……遠距離のものを視認する瞳! 名づけよう! 君の六感能力は『千里眼』‼︎ イカしてるね! 女風呂覗き放題じゃないか!」
こんな双眼鏡の延長活動のせいでかなり傷ついたボクに、楽しそうな声で女郎はそんなことをほざいてくる。傷のせいで聞き逃しそうになったが、モハメドなノリで勝手に命名もされてしまったではないか。
しかし、この女子生徒から提案された使用用途はいささかせせこましいものだ。それだったらホテル内で行われるアレコレを覗き見するとか、そっち系で扱おうと思えば何とでもなりそうなものだが……な、何て眼差しを向けるんだこの女は。自分で提案してきたくせに。そんな目でボクを見るんじゃない、某ウサギ探偵か。大体、そんな姑息なことをせずとも今時ネットにいくらでもそういうものは転がっているし、そんな活用をするくらいであれば世界各地の観光名所とか見て回った方が絶対楽しいでしょうし。
「不動観光⁉︎ あー、それいいなぁーそれ。贅沢。ブリュッセルの小便小僧にコペンハーゲンの人魚姫、シンガポールのマーライオンにシドニーのオペラハウス。ローマの真実の口にナスカの地上絵――見放題なのかぁ」
なぜ世界がっかり名所ばかりが上げられたのか気になるが、突っ込んだら負けであるということは本能的に察知したのでここは沈黙の美学を見習うとしよう。まあ、無駄金を使わずに各地観光ができるのは事実、かなり遊びがいのありそうなオモチャである。
いやはや、しかし【千里眼】か。
いいや、何でもいい。
関係ない関係ない。ボクには全く何も関係ない。
「……さてと、仮試験も終わったところで本題に入ろうか。その前に一回伸びておくかい? いい? あ、やっぱやるんだ。うん、ここからが本題だからね、集中して聞いてほしいんだ。んーそうだね、やっぱりボクらも人間だからね。一応、声を出して話すとしようか。その方が、君の本領が発揮されるんだろう? 私は知っているよ、君という存在の人間性……ふふっ。しっかり下調べしましたから~」
「じゃあ、まずはその耳を塞いでいただけると助かるのですが? どうですかね?」
「残念だけど、それは無理なお願いだね。じゃあ君は、聴覚を閉ざせと言われたら何も聞こえないようにできるのかい?」
へぇ、そうかい。
つまり、彼女の【読心術】は、オンオフの切り替えができないのか。耳は閉ざせても音は聞こえる。ボクの心音は常に彼女の鼓膜を揺らし、音として彼女に聞かれている。いや面白い。無理矢理にでもテンションを上げろ。さすれば道は開かれる、ってね。これもまたもや兄さんの言葉を解釈した結果なんだけども。
「まず、六感の能力というものは認めるとしますよ。『鯖味噌缶』という、山勘なんてものでは決して見通すことができないものを見通されてしまいましたし、何なら自分でも使ってしまったので認めるしかないというものですね」
「それはありがたい話だよ。理解が早い男子は好きだよ」
「褒めてもなびきませんよ、あんまり。……で、この部活動? は何をするところなのか、というのをまず聞かせていただきましょうか。まだ部活動紹介をされていないもので、活動内容を端的に」
「……うーん。その質問に答えるには、まず、今現状でこの街で起こっていることを説明しなければならないかなーかなー――首とか、突っ込んじゃう?」
この街で起こっていること……とな。
……例の連続殺人事件のことだろうか?
あれなる事件は六感保有者の起こした事件であり、それを己が偽善で裏から解決しようとしている、とか。あぁー。もしそうだったならば、嫌だ嫌だ。無駄で無意で無価値だ。偽善なんてものは、正義の次に忌み嫌うべきものだ。というか、偽善なんてものは正義と何も変わらないものか。気色が悪いったらありゃしない。合唱祭前の女子かよ面倒臭い、朝練とか昼練とか午後練とか怠いんだよコノヤロー。
「まあ、どうでもいいか。突っ込んでみましょう」
「簡潔に説明してしまいましょう! 今、この街は特定の四日間をずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと繰り返しているのです! 以上異常!」
「アホらしい。何言ってんですか?」
勿論そう思い、そう言った。
今この状況で隠し事をするのは悪手と感じだからとかそういうことでは一切なく、脊髄反射だった。
「残念だが真実なのだよ! ちなみに訊くけど、砂漠を見たのはいつなのかな?」
「……ええーあー……たしか二月三十日ですね…………」
「ふんふんふんふんうんうんうんうん。それじゃあここで、唐突に一般常識クーイズ! バーラン! ん? ダーラン! か。取り敢えずそれは置いといて、二月は何日まであるのかな? かな?」
二月は何日まで、か。そんなもの、七月と八月の他に一年を通して連続して三十一日が来る月はないのだから、一月が三十一日まで存在しているのだし、二月は三十日まで――っと。いや待てよ。では、ないな。何を勘違いしていたのだ、ボクは。二月というものは、謎に二十八日までしかないのだ。不思議なことに短いのだ。それなのに、二日伸びている。三十日まで確かにあった。というか、あれは夢だったのではなかったのか? 少し待て、整理はまだだ。頭の中がぐるぐるする。
「正解ですね、正解ですとも。二月は二十八日までしかないのでした〜パチパチー。んでもって、今この街は二月二十八日から三月一日にかけての四日間を繰り返しているのです! くるくるくるくると回り続けて途切れ途切れの地続きなエブリデイがエターナルしていたりいなかったり」
「……質問なんですが、その繰り返しているってのは一体どういう意味なんですか? わかっちゃいるんですが、信じたくないというか事実確認というか」
もしボクの考えが正しいのであれば、ボクは少し怒らなければならない。
もしもボクの思い至ってしまったこれが正しかったのであれば、ボクは少々やらなければならないことがある。
「読んで字の如く、呼んで字の如く――繰り返している。三月一日の不特定時刻になると、二月二十八日の午前〇時に引き戻される。普通は、記憶も肉体も二月二十八日に引き戻されて、人生においてのただの日常の一コマを永遠に繰り返し続けるのだけどね――なぜか、六感保有者だけは記憶を有したまま二月二十八日の肉体へと引き戻されるんだよ」
何事にも例外はある、とな。ご都合主義も大概にした方が良いだろうに、いやはや……。
「………………」
三月一日に時間が戻り、二月二十八日へと輪廻する。
それはつまり、鴎は一度、あんな残酷な死を実際に体験したということになる。あんな、二度と見たくないような絶望に満ち満ちた顔で、あんな非情な死を体験してしまったということになる。あいつが体験していいわけがないような――あんな救いのない幕引きを受けたというわけか。
「あっているんですか?」
「あっているとも。それと、ひとつ訂正。というか付け足し。あるいは補足」
訂正? 付け足し? 補足? 蛇足?
「あなたと同居中の鴎さんが死を体験したのは、前回の一度きりではありません。毎周毎周、二月の三十日に彼女は殺されています」
ため息を吐く。その言葉を聞いた瞬間に、ボクの全身を熱いものが駆け抜けた。
頭も身体も全身という全身が高温を帯びて、胸の奥で何か自分でもよくわからないものが暴れまわっているような不快感。軽い吐き気と頭痛。視界が狭まって、使命感が焼け死んでゆく。吐き気がするほどの何か。
落ち着け、落ち着け、落ち着け。そうだ。そうなんだ。こういう時こそ落ち着くべきだ。冷静にいるべきだ。頭が熱いとロクな結末を見ることができないというものだ。頭は冷やしておけ、視界は広く持て。
「そちらに、鴎を殺している犯人の情報はありますか?」
その質問で、彼女の口元が歪んだように錯覚した。
いや、実際していたのかもしれない。しかしそんなこと、今のボクには関係のないことだ。これ以降のことは未来のボクが何とかすべき案件であり、今のボクが相手にする事象などではないのだから。今できる最善ではなく、今できる最高を選べば良いだけだ。
「ああ、あるとも。十全に取り扱っているともさ。私と与一ちゃんはこの四日間が始まる前から六感に覚醒していたんでね。とは言え、少し前ってだけの話だけれどね。この世界じゃ誰よりも四日間のことを理解しているつもりさ。謙遜はしない!」
いやはや全く……このゲーム、勝つことなんてできないやつだったか。負けイベなら負けイベだと最初から言ってくれれば良いものを……大人しく嫌々仲間にするのではなく、こちらの意思で確実に繋ぎ止めるつもりという訳なのか、はたまた素でこんな残酷なことをしているのか。少しだけ、彼女に興味が湧いた自分がいる。
最初から最高のカードは手元にあり、ボクという存在を完全に理解した上でボクが絶対に切り捨てられないカードを用意して――それでいてボクに勝負を挑む。ボクに勝つルートなんてハナから存在しておらず、ボクが勝つ世界線なんてものも、やはり元々存在していなかったのか。最高の女性だ、本当に最上の女性だとも。良いね、惚れてしまいそうだ。
「等価交換です。こっちから切れるカードなんてないけれど、何が欲しいんですか?」
なけなしの財布を差し出して、交渉に打って出る。
勿論あちらは元より欲しいものがあってこちらに近付いていたのだから、この交渉を無下にするはずもなく喜んで彼女はこの交渉に乗ってきた。
「それは勿論、君の眼ですとも! その眼を私達に貸してもらいたいのさ! それこそが君の最高のカードだとも! こちらが確実に手に入れなくてはならない! まさしく、ダイヤモンドアイなのさ!」
左手を胸に添え、右手をボクに向けて差し出す。
歌うようにそう言った彼女の手を、ボクは自分自身に迷いが生まれぬように一秒の隙もなく掴み取る。
「……へぇ。じゃあ、ボクは流されるがまま、そのカードを切らせてもらいましょうかね」
あいつのためなら、ボクはどんなカードでも切ろう。
あいつのためならば、ボクはどのようなカードであろうと切るしかないのさ。
例えそれが最悪のジョーカーだったのだとしても、惚れた女のためならば安いものだろう。
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