エピソード20


「綾!!」

金曜日の午前中の授業が終りを告げるチャイムがなった瞬間

凛が勢いよく私のクラスのドアを開けた。

教壇にはまだ数学の教師がいるのに……。

生徒達からも『何事!?』って感じで注目されていても

そんなの全く気にしないって感じで凛はズカズカと私の席に向かって近付いてくる。

凛が余りにも堂々とし過ぎていた所為か

次回の授業の予定を話している途中だった先生も

『……じゃあ、今日はここまで……』

と凛を注意する事もせず

教科書をまとめて教室を出て行ってしまった。

先生がいなくなると慌ただしく席を立ったり雑談を始めるクラスメイト達。

「……凛、どうしたの?」

私の前の席の椅子に勝手に腰を下ろした凛に私は尋ねた。

「うん?今日、一緒にお昼食べようと思って」

「えっ!?一緒に?」

「うん」

ニッコリと人懐っこい凛に

「……珍しい」

私は本音を零した。

私がそう言ったのにはちゃんと理由があって……。

高校に入学してから、2ヶ月近く経つけど

私は凛とお昼ご飯を食べた事が殆どない。

お昼ご飯は瑞貴と一緒。

それがいつのまにか暗黙の了解というか……。

定番というか……。

誰が決めたのかは分からないけどそれが私の中で日常になっていた。

凛と私は親友。

だけど私と凛が46時中べったりと一緒にいる事は無い。

お互いの生活パターンもあるし

お互いにやるべき事もある。

私と凛は親友とは言え、全く別の人間。

多少、似ている所や共通点はあるけど、それでもやっぱり別の人格を持つ人間なんだ。

その違いを私達はお互いに理解しているし

同時に尊重もしていたりする。

それがはっきりと現れるのがお昼休み。

凛と私が別々の相手と食事をするのは

ケンカしている訳でも

実は仲が悪い訳でもない。

凛にはたくさんの友達がいる。

その人脈は相当なモノ。

実際、その人脈があったからこそ私は今の生活が送れているし

もっと時間を遡れば、瑞貴や凛と仲良くなれたのも

私に居場所を与えてくれたのも

凛の人脈とそれから得られる情報のお陰。

今だって凛の人脈と情報収集力が瑞貴のチーム拡大計画にかなり貢献していたりもする。

お昼休みは凛にとってその人脈と情報収集力を維持、拡大する為の大切な時間だったりする。

「たまには、私と2人でランチも良くない?」

人懐っこい笑顔で私の顔を覗き込む凛。

「……うん、そうね」

頷いた私の腕を凛が掴んだ。

「よし!!じゃあ、食堂に行こ!!」

「あっ!!ちょっと待って!!」

「うん?」

「もうすぐ、瑞貴が来ると思うから『今日は、凛と食べる』って言って……」

「あっ、今日は瑞貴いないんだ」

「いない?」

「うん」

「いないって校内にいないって事?」

「うん」

……これは、またまた珍しい。

凛が私と一緒にお昼を食べるのも珍しい事だけど……。

それ以上に、瑞貴が学校にいない事がもっと珍しい。

授業は受けないくせに、瑞貴は毎日学校にはやってくる。

他の生徒と同じように朝のホームルームが始まるまでに登校して

帰りのホームルームが終わる時間まではきっちりと校内にいる。

その大半の時間を過ごすのは自分の教室じゃなくて空き教室だけど……。

それでも、出席日数だけ見れば

無遅刻

無早退

無欠席

の超優等生だったりする。

そんな瑞貴がこの時間に校内にいない事が珍しい。

「……そっか……いないんだ」

「瑞貴がいないと寂しい?」

「……寂しいっていうか……」

「ん?」

「残念……かな」

「残念?」

「うん。瑞貴、更新してたじゃん」

「更新?何を?」

「出席率100%」

「あぁ、なるほど」

凛が納得したように頷いた。

「でもね、綾」

「うん?」

「残念だけど瑞貴の出席率は100%じゃなくて99%なんだよ?」

「は?そうなの?」

「うん、瑞貴はこの前一日だけ学校を休んでるから」

「休んだ?いつ?」

「綾と音信不通になった時」

「……」

「あの時は、瑞貴だけじゃなくていつも空き教室に溜まってる男の子達の殆どが欠席だったけどね」

「……」

「そのお陰で、学校がとても平和だったんだから」

「……そう。その平和に貢献出来て嬉しいわ」

「でしょ?……あっ!!そうだ。これからも学校の平和の為に半年に一回くらい綾が音信不通になればいいんじゃない?」

「……」

「そうすれば、学校は平和になるし、いつも冷静ぶってる瑞貴の焦りまくった顔も見れるし……一石二鳥じゃん!!」

「……」

「ねえ?どう?」

「……うん、前向きに検討してみるわ……」

「期待してるからね!!あっ!!でも、それを実行する時は私だけには前もって報告してね」

「……なんで?」

「そうじゃないと、優雅に高みの見物なんて出来ないから!!」

「……分かった。それも含めて検討してみるわ」

「よろしく!!」

楽しさが全身から溢れ出している凛に私は苦笑した。

◆◆◆◆◆

「ねえ、綾」

たくさんの生徒で賑わう食堂。

いつも瑞貴と座る席。

私の正面でうどんを啜っていた凛が突然顔を上げた。

「なに?」

私はアイスコーヒーを啜りながら答えた。

「明日の夜、空けといてね」

「明日の夜?」

「うん」

「明日の夜はバイトだけど」

「うん、知ってる。バイトの後だよ」

「……バイトの後なら、別にいいけど。何かあるの?」

「うん、ちょっとしたイベント」

「イベント?なんの?」

「……えっと……チームのイベントかな?」

「……チームのイベント……てか、なんで疑問形なの?」

「な……なんでだろうね?」

引き攣った笑顔の凛が勢い良く私から視線を逸らした。

……。

……なんか怪しい……。

凛はそれ以上、私から何かを聞かれる事を拒否するように

うどんの麺を頬張っている。

「そのイベントと今日瑞貴がいないのはなにか関係があるの?」

「……!?」

……関係あるんだ……。

固まった凛を見て私はそう確信した。

「ねえ、凛」

「……?」

「……それ、間抜け過ぎる」

「……ふえ?」

「口から麺が一本出てるわよ」

「……!!」

どうやら、凛は自分の口から一本だけうどんの麺が飛び出していた事にさえ気付いていなかったらしく……

女子高生とは思えない醜態を晒していた。

私に自分のあらでもない姿を指摘された凛が慌てた様子で口から飛び出していた麺を啜った。

「……あはは……」

引きつった表情で乾いた笑いを零す凛は

さっきまでとは打って変わって

楽しいどころか、この状況を早く抜け出したいのが

見え見えの状態。

ツッコミどころ満載な凛だけど……。

敢えてそれをスルーした私は一番聞きたい事を凛にぶつけて見た。

「イベントってどんなイベントなの?」

「……ぶっ!!……あわわ……ごめん!!綾!!」

私が質問した瞬間

凛は飲んでいた烏龍茶を勢いよく噴き出した。

その飛沫は正面にいた私に見事に降り注ぎ……。

「……」

この最悪過ぎる状況に私はただ呆然と固まるしかなくて……。

「大変!!ハンカチ……ハンカチ……あっ!!ハンカチがない!!」

慌てふためいている凛が

「綾、ちょっと待ってて!!」

その言葉を残して、慌ただしく席を立ちどこかへと消えて行った。

「ごめん!!ごめん!!」

数分後、再び戻ってきた凛の手にはなぜかトイレットペーパーが1ロール握り締められていた。

そして、そのトイレットペーパーを豪快に引き出し始めた凛。

……。

……まさか……。

凛はそのトイレットペーパーで私の顔や髪をゴシゴシと拭き始めた。

……やっぱり……。

期待を裏切らない凛に、私は取り敢えず尋ねてみた。

「ねえ、凛」

「うん?」

「このトイレットペーパーってどこから持って来たの?」

「えっ?食堂の隣にあるトイレからだけど?」

……。

……うん、そうよね……。

凛が保健室に行ってわざわざ新品のトイレットペーパーを貰ってくるはずなんてないわよね。

危うくトイレットペーパーで唇まで拭かれそうになった私は

「……ありがとう、もう大丈夫だから……」

「そう?」

「……うん」

何とかその状況を逃れる事が出来た。

「あっ!!それから、さっきの話の続きなんだけど……」

凛はうどんの丼の周りに飛び散っているお茶をトイレットペーパーで拭きながら口を開いた。

「ん?」

「明日のイベントの内容は極秘だから私の口からは言えないの」

「は?極秘?」

「うん。一応、主催者は瑞貴なんだけどね。その主催者から通達が出てるんだ」

「……通達って……」

「“チームに所属しているメンバーは全員参加”っていうのと、もう一つは……」

「……?」

「“その内容を綾に話したら半殺しの刑”」

「はぁ!?」

「だから、ゴメンね。私も半殺しにはされたくはないの」

「……半殺しって……。なんで私に話したら半殺しなの!?……っていうかその通達は瑞貴が出したの!?」

「そうだよ。瑞貴はチームのトップでしょ?トップの言葉は私達メンバーには絶対だから」

凛はそう言って可愛らしく小首を傾げた。

なんでこの子、私に可愛らしさをアピールしてんの?

……っていうか、いつもは瑞貴よりも断然、凛の方が強いくせに……。

むしろ、瑞貴をトップだなんて思ってないくせに……。

……こんな時ばかり……。

「なんで!?私にだけ……」

「綾、落ち着いて。心配しなくても大丈夫だって」

「……どういう意味?」

「瑞貴は綾を喜ばせる事はあっても危険に晒したり不安にさせたりはしないでしょ?」

「……」

「だから、綾は何も知らないふりをしてればいいんだよ」

「……」

「まぁ、綾の事だから当日のその瞬間まで気付かないだろうけど」

凛は意味有り気な笑みを浮かべている。

「……?」

凛の言葉の意味は全然分からなかったけど……。

多分、凛はこれ以上は教えてはくれないはず。

そう悟った私は、大人しく明日の夜を待つことにした。

「……それより……」

凛が手に持っていたお箸を丼の上に置いた。

「……?」

急に改まった態度の凛を眺めながら私は再びアイスコーヒーを啜ろうと

グラスを持った。

「せっかく瑞貴がいないんだから、いつもは出来ない話をしようよ」

「は?どんな話?」

アイスコーヒーに挿してあるストローをくわえようとした瞬間

「“響さん”の話とか?」

「……!?」

凛の言葉に私は危うく口に含んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになってしまった。

……危なっ!!……

慌てて飲み込んだアイスコーヒー。

「“あれ”から連絡ないの?」

凛が言う“あれ”を私は出来るだけ思い出したくなかったのに……。

……あの日……。

アリサと飲みに行ったあの日。

和樹の店でテキーラを飲み過ぎて記憶を無くした私が

はっきりと覚醒したのはお店を出て数時間経ってからだった。

◆◆◆◆◆

目が覚めるとそこは自分のマンションのベッドの上だった。

見慣れた天井。

見慣れた部屋。

見慣れた家具。

いつもと同じ私の部屋。

いつもと違う事と言えば

身体が重く感じる事と猛烈に喉が渇いている事くらい。

私はベッドを抜け出しキッチンに向かった。

カーテンの隙間から朝陽の差し込むリビングを通り

冷蔵庫の前に辿り着いた私はその場に座り込みミネラルウォーターを取り出した。

ペットボトルの蓋を開け渇いた喉に一気に流し込んだ。

一気にペットボトル半分くらいのミネラルウォーターを渇いた喉に流し込むと

激しい喉の渇きからやっと解放された私は

冷蔵庫のドアを閉めて

……昨日、どうやって帰って来たんだっけ?

今度は数時間前の自分の様子がものすごく気になり始めた。

……てか、いつ和樹の店を出たんだろう?

……。

……。

……確か、飲んでいる途中で和樹とアリサが“そろそろ閉店の時間”っていう話をしていたような。

……。

……。

……それから……。

……。

……。

……あっ!!そうそう……。

アリサが「まだ全然飲み足りない!!」って騒いでて……。

和樹が「よし!!みんなで飲みに行こうぜ!!」って提案してたような……。

……。

……。

……そうだ。

多分、間違いない。

提案した和樹の手がテーブルの上にあった水の入ったグラスに当たって床の上が水浸しになってたんだ。

それで男の子が大慌てでモップと雑巾を持って来て

床を男の子がモップで拭いている隙に

アリサが雑巾でテーブルを拭こうとして和樹に止められていた気がする。

それを見て私は爆笑したような……。

……。

……。

……で、その後は?

……。

……。

……ダメだ……。

全然思い出せない。

私の記憶は完全にそこで途切れていて

どんなに考えても

その続きが思い出せない。

思い出せないと疑問や不安ばかりが大きくなっていく。

和樹のお店を出たのは何時ぐらいだったんだろう?

私は和樹やアリサと一緒に別のお店に行ったんだろうか?

酔い過ぎてハメを外したりしてないわよね?

ハメを外すどころか人に迷惑を掛けたりしてないわよね?

思い出せないのは怖いけど……。

思い出すのはもっと怖い。

私は無意識のうちに髪の毛を触っていた。

……ん?

髪の毛から漂ってくる匂い。

私は髪を一掴みすると鼻に近付けた。

……くさっ……。

私の髪からはタバコとお酒の匂いが漂っていた。

シャワーを浴びないと……。

私はダルさから溜め息を吐いた。

溜め息を吐きながら視線を落とした瞬間

「……!!」

私は驚いた。

……なんで下着しか着てないの!?

今更!?って自分でもツッコミたくなったけど

本当に今まで全然気付かなかった。

真夏の海を思わせるような自分の格好。

今の私は水着じゃなくて下着姿だけど……。

なんで1人で真夏仕様の格好をしているのかが全く理解出来なかった。

……洋服はどこ?

立ち上がり視線を巡らせると……。

ソファの背もたれに掛けるように置かれている布の固まりがあった。

近付いてみると、それは昨日私が着ていた洋服だった。

……あれ?私が脱いで掛けたの?

ソファの上にはバッグがきちんと置かれていて……。

……。

……。

なんかおかしい。

私は違和感を感じた。

取り敢えず、部屋着のワンピースを着た私は玄関へと向かった。

玄関には昨日履いていたサンダルがきちんと揃えられ置かれていた。

……。

……うん……。

やっぱりおかしい。

……誰か私以外にここに来たの?

寝室。

リビング。

キッチン。

玄関。

違和感はあるものの誰かがいたような形跡は残って無かった。

リビングへと戻った私はソファの上に置かれたバッグからケイタイを取り出した。

……う~ん……。

別にケイタイも変わったところは……。

……あれ?

私の指は液晶にメモリーが表示されたところで止まった。

……里菜……。

……って、アリサじゃない?

なんで私のケイタイにアリサの番号とメアドが登録されてんの!?

いつの間に交換したんだろう?

しかも、なぜか里菜の名前の後ろにはハートの絵文字が付いている。

……。

……これを付けたのはアリサ?

それとも……私?

……一体……記憶が無い間に何があったんだろう?

……知るのが怖い……。

だけど、知らないのも……。

そう思った私は恐る恐る発信ボタンを押した。

聞くならこの人しかいない。

今の時間は8時少し前。

もしかしたら、寝ているかもしれない。

呼び出し音3回で出なかったら切ろう。

……1……。

……2……。

……さ……

『……もしもし?』

意外にもアリサはスッキリと爽やかな声で電話に出た。

「……あっ……私だけど……」

初めて電話をする時、無性に緊張をしてしまう私。

勢いついて電話をしてはみたものの……。

今頃になってものすごく緊張してしまった。

『うん、おはよう』

穏やかな声のアリサ。

「……おはよう」

その口調につられて思わず呑気な挨拶をしてしまった私。

……。

違う!!

挨拶なんてしてる場合じゃない!!

「……ねえ、私なんかしなかった?」

『えっ?なんかってなに?』

「酔っ払って羽目を外したりとか……」

『……』

「誰かに迷惑を掛けたりとか……」

『……ねえ』

「な……なに?」

『……もしかして覚えてないの?』

「……覚えてないっていうか……記憶がない……」

『……』

「……」

少しの沈黙の後……。

『マジで!?』

アリサは電話の向こう側で大爆笑をし始めた。

……一体なにがそんなにおかしいのか……。

こっちは記憶が無くて不安だって言ってるのに……。

……てか、なんでこの時間にこの人はこんなに笑えるんだろう?

……不思議で仕方ない……。

一頻り爆笑して気が済んだらしいアリサは

『……ごめん、ごめん!!』

反省の色が全然見えない謝罪をして

『どの辺りから記憶がないの?』

尋ねた。

「ボトルが一本空いた辺りまではしっかりと覚えているんだけど……」

『……なるほどね。その後に2本空けたんだけど』

「はぁ?2本?」

『うん、あんたもしっかりと参加してたわよ』

「……」

……信じられない。

『でも、安心して。別にハメなんて外してないし、誰にも迷惑なんて掛けてないから』

「……そう、良かった……」

私は胸を撫で下ろした。

『他に何か聞きたい事は?』

「……聞きたい事……」

『聞きたい事があったから私に連絡したんでしょ?』

「うん」

『好きなだけ聞いて』

電話の向こう側からタバコに火を点ける音が聞こえた。

どうやら、アリサは私にとことん付き合ってくれるつもりらしい。

「和樹のお店を出たのは何時くらい?」

『……えっと……確か4時過ぎぐらいだったと思うけど』

「そこから、私はどうやって家に帰ったの?」

『……』

「……?」

『……全然、覚えてないの?』

「うん」

『……少しも?』

「うん、全然」

『そ……そう』

……?

……なんか……。

言い難そうな感じがするのは私の気の所為かしら?

『……記憶があるのはどこから?』

「さっき目が覚めたら自分の部屋だった」

『……そう』

「それで、ちょっと気になった事があって……」

『気になったこと?』

「うん」

『なに?』

「ここに誰かがいたような気がするの」

『……』

「あっ!!それは確証がある訳じゃなくて、そんな気がするだけなんだけど……」

『……どうして、そう思ったの?』

「……靴がきれいに揃えられてるの」

『はぁ?』

気が抜けたような声を出したアリサ

「それだけじゃないの」

『……?』

「脱いだ洋服が皺にならないようにソファの背もたれに掛けてあったり……」

『……バッグが床じゃなくてソファに置いてあったり……』

『……それって……』

「……?」

『全部、自分でやったんじゃないの?』

「……違う……」

『えっ?』

「私は、靴を揃えてもわざわざ踵を手前に向けたりしない」

『……』

「脱いだ服を洗濯機にぶち込む事はあっても丁寧にソファに掛けたりはしない」

『……』

「バッグも……中身が床に散乱していたら、私も違和感なんて感じなかったんだけど……」

『……あんた、朝から自分のだらしなさを私にアピールしてどうすんのよ?』

「……」

……しまった……。

私が感じた違和感をアリサに伝えるのに必死になりすぎて

自分のだらしなさまで暴露してしまった。

「と……とにかく、ここに私以外にも誰かがいたような気がするの!!」

自分の失態から思わず口調が強くなってしまった私。

『……そう』

電話口から聞こえて来たアリサの声は微かに笑いを含んでいて

またしても自分の言動が失敗だったと思い知らされた。

『……それで、あんたは誰がそこに行ったと思ってるの?』

「あんた……じゃないの?」

『私?』

「酔った私をここまで送ってくれたんじゃないの?」

『……残念だけど……』

「……?」

『私もどちらかと言えばあんたと同類よ』

「同類?」

『自分の家の玄関で靴を揃えたりしないし』

「……」

『服は脱ぎっぱなしだし』

「……」

『何度注意されても床にバッグを置くからいつも蹴っ飛ばして中身が散乱しちゃうの』

「……そう」

『うん』

「……ねえ、一つだけ言ってもいい?」

『なに?』

「それ、人にはあんまり言わない方がいいわよ?」

『は?』

「特にあんたの客に話したらドン引きされて、No.1の座も危うくなるわよ」

『……』

「……」

『……それはお互い様じゃない?』

「……」

『……』

「……それも、そうね」

アリサが楽しそうに笑うから私もつられて思わず笑ってしまった。

『送って行ったのは私じゃないわ』

「じゃあ、誰?和樹?それとも……他に誰がいたっけ?」

『和樹に送らせるなら、私が送るわよ』

アリサが呆れたように言った。

「じゃあ、誰よ?」

『……覚えてないなら……』

「は?」

『知らないままの方がいいかもよ?』

……。

……それって……。

どういう意味?

聞かない方がいいって事よね?

なんで?

……っていうか……。

そんな事を言われたら余計に

「……気になるし……」

『うん、そうでしょうね』

「……」

自分が聞かない方がいいって言ってみたり……。

いとも簡単に私の言葉に同意してみたり……。

……やっぱりアリサって分からない……。

『あんたがどうしてもって言うなら私は教えるけど……聞いたら絶対に後悔するわよ?……どうする?』

……どうする?って言われても……。

しかも、聞いたら絶対に後悔するらしい。

聞く前にそんな事を言われたら躊躇してしまうのに……。

だけど、聞かないともっと後悔するような気がする。

「……誰?」

『やっぱりね。あんたなら絶対に聞くと思ったわ。私は一応、忠告したんだから聞いた後に「やっぱり聞かなければ良かった」とか言わないでよ?』

「……うん」

『あんたを送って行ったのは……』

「送って行ったのは?」

『“神宮 響”よ』

……。

……。

……しんぐう……。

……ひびき……。

……。

……。

……神宮 響?

……それって……。

響さんの事?

それってあの響さん?

……。

……。

そうよね。

私が知っている神宮 響って名前の人は1人しかいない。

「……ねえ……」

『ん?』

「それって全然おもしろくない冗談とかじゃないわよね?」

『……なんで、おもしろくない冗談を私が言わないといけないのよ?』

「……うん、そうよね……」

『ね?聞かない方が良かったでしょ?』

「……」

思わず、“うん。”って喉まで出掛けた言葉を私は必死で飲み込んだ。

「……なんで、響さんが私を送って行く事になったの?」

『途中で会ったのよ』

「会った?」

『うん』

それから、アリサはその時の状況を詳しく教えてくれた。

その話によると、私とアリサと和樹そして、和樹の店のスタッフとお客さんは和樹の店で盛り上がり

閉店時間になってもその盛り上がったテンションが下がる事はなく

和樹の提案で別の店に飲みに行く事になったらしい。

和樹の知り合いが経営するその店までは歩いていける距離だったから、ぞろぞろと歩き

その店があるビルに到着して降りてくるエレベーターを待っていると

そのエレベーターから響さん達が降りて来たらしい。

『もう、ビックリしたわよ。まぁ、エレベーターの前に独特な雰囲気のスーツ姿の男の人が何人かいたから嫌な予感はしてたけど……。まさか、神宮さんのところの人だなんて思わなかったし』

「……そうよね」

『だいたい、神宮さんの所は人数が多すぎるから顔の把握すら難しいし……』

「う……うん」

実際、私も何度か見た事のある数人を除いて顔も名前も全然把握出来ていなかったりする。

アリサの話によると私と響さんが会ったのは本当に偶然だったらしく

エレベーターから降りて来て私を見つけた響さんも驚いていたらしい。

『それで、あんたと神宮さんがしばらく2人で話してて、やっと戻って来たと思ったら「帰る!!」って言い出して……』

「えっ!?」

『神宮さんと帰って行ったのよ』

「……」

『本当に付き合いの悪い女よね』

「……ごめん……」

思わず謝った私にアリサは

『……冗談よ』

苦笑していた。

『だからその先は、私も分からない』

「うん」

『気になるんなら神宮さんに聞いてみたら?』

「……そうね」

『ところで……記憶がなくなるくらい飲んで二日酔いは大丈夫なの?』

「うん、起きた時に喉が渇いてたくらいで別になんともない」

『……そう、良かったわね』

「うん」

『……また……』

「えっ?」

『結構、楽しかったからまた一緒に飲みに行ってあげてもいいわよ』

何様!?って感じのアリサの言葉。

昨日までの私だったら絶対に

「はぁ?別にあんたと一緒に飲みに行きたいだなんて思ってないわよ」

ってキレ気味で言ってたと思う。

……でも、これがアリサ。

アリサの偉そうな言葉は

素直になれない照れ隠しなんだ。

そう分かっている私は

ムカつく事も

キレる事も

気分を害する事もなく

「うん、また誘って」

アリサの提案にのってみた。

『仕方ないわね』

なぜか面倒くささをアピールしてくるアリサだけど

『ヒマな時に連絡してきなさい』

どことなく嬉しそうだった。


電話を切った私は、とりあえず気になる髪の匂いを洗い流そうとシャワーを浴びる為にバスルームへと向かった。


  番外編 癒やし

『親父、もう一軒どうですか?』

時計を見ると4時少し前。

「まだ、飲むのか?」

俺は苦笑した。

久々に組の人間を誘って飲みに出た繁華街。

最近、仕事が忙しくこいつらと飲みに出るのは久しぶり。

1軒目に行った雪乃の店では大人しく飲んでいたこいつらも

2軒目のこの店に来た途端いつもの調子を取り戻した。

……まぁ、それは雪乃の男の事を知っているから仕方ないのかもしれないが……。

『次の店の手配はばっちりですから』

「あぁ」

……たまには、こいつらにとことん付き合ってみるか……。

俺はグラスに残っていたウィスキーを飲み干した。

会計を済ませ店を出ると既にエレベーターのドアが開いていた。

そのエレベーターに乗り込み

ガラス越しに見える繁華街に視線を向けた。

……綾はまだ飲んでるんだろうか?

さっき電話で話した時、アリサとかいう女と飲んでいると言った綾。

……もし、なにかあったら連絡してくるように言ったが……。

綾が困った時に俺を頼るかどうかは分からない。

強がっているといえば強がっているのかもしれない。

不器用といえば不器用なのかもしれない。

もっと要領よく楽に生きればいいのに……。

人に甘えて生きていい年齢のはずなのに……。

あいつは絶対にそうはしない。

そういう女だから俺は綾に惚れたのかもしれない。

29歳の俺が高校生の綾に惚れたなんて

冗談みたいな話。

最初は本当の歳を知らなかったとは言え……。

綾と俺の年齢差はひとまわり以上。

それに気付いた時には、ショックのあまり軽い眩暈を感じた。

雪乃の店はこの繁華街でも一流の店。

在籍する女達も

店の雰囲気も

サービスも

全てにおいて一流だ。

その店で歳を誤魔化して働いていたのが綾だった。

あの店で働く女は、見た目が良くて当たり前と言われる程の女が揃っている。

そんな店で一際人目を引いていたのが綾だった。

もちろんそれは俺も例外じゃなくて

俺が綾に惹かれるのに時間は掛からなかった。

その姿を見る度に……。

言葉を交わす度に……。

綾に対する感情が大きくなっていく。

それは今でも変わらない。

会う度に、そして声を聞く度に大きく膨らんでいく“愛しい”という感情。

……年甲斐もなく……。

自分でも苦笑してしまうけど

それなりに生きてきた俺は初めて好きな女が出来たガキじゃない。

何度かの恋愛を重ね、結婚もしたそれなりに大人の男だ。

だから、分かっている。

この感情が自分ではコントロール出来ない事も……。

そしてこの感情が誰にでも向けられるような感情じゃない特別なモノだって事も。

ついさっき顔を見たばかりなのにまた会いたいと思ってしまう気持ちも……。

ついさっき声を聞いたばかりなのにまた声を聞きたいと思ってしまう気持ちも……。

相手が綾だからだ。

……顔が見たい……。

いつも以上にそう思ってしまうのは俺が思いのほか酔っている所為なのかもしれない。

微かな振動のあとエレベーターの動きが止まった。

ガラス越しに見える夜景からエレベーターのドアに視線を移す。

ドアが静かに開き、そこには見慣れた組の人間達の顔が並んでいる。

その表情が微かにいつもとは違う。

「どうした?」

……なんかモメたのか?

この時間帯は酔っ払いが多い。

酔っ払っている人間は相手が誰であろうとカラんでくる。

俺達みたいな奴はもちろん巡回中の警察官にもカラんだりする。

俺達が一般人にカラむのはご法度だから何かあったとすれば相手がカラんで来たか……。

同業者がいたかだろーな。

エレベーターに俺と一緒に乗っていたウチの組の幹部の奴らもそう思ったらしく

一瞬にして緊張感が漂い空気が張り詰めた。

『……あの……』

エレベーターの外にいた奴らが言い難そうに言葉を濁して

自分達の後方に視線を向けた。

……なんだ?

そっちに視線を向けると数人の若い男女。

男が6人と女が2人。

『そのお店って何階にあるの?』

『3階だよ』

『3階だったら気合で階段で行けるんじゃない?』

『えっ!?綾ちゃん階段はキツいと思うよ……』

『そう?じゃあ、ちょっと和樹が試しに階段で行ってみてよ』

『え!!俺かよ!?』

『あら、それいいアイディアね。お店に到着したら私のケイタイを鳴らしてよ』

『……里菜、参考までに聞きてえんだけど……それは、なんでだ?』

『和樹がキツかったら私たちはエレベーターで行くからに決まってるじゃない。ねえ、綾』

『うん、アリサ。それいい考えだわ』

『……マジかよ……』

聞こえてくる楽しそうな会話と笑い声。

夜の繁華街ではよく見る光景。

でも、そこにいたのは……。

「……綾?」

俺の言葉に振り返ったのは今、俺が顔を見たいと思っていた綾だった。

振り返った綾は、一瞬驚いた表情を浮かべた後

その表情を崩した。

「響さん」

ニッコリと笑みを浮かべた綾に俺の表情も緩む。

それと同時にエレベーター内に漂っていた緊張感と張り詰めた空気も緩んだ。

綾が嬉しそうに駆け寄ってくる。

俺はエレベーターを降りた。

俺の周りにいた奴らがすっと一歩後ろに下がり道を空けた。

「響さんもこのビルで飲んでいたんですか?」

「あぁ」

「すごい偶然ですね。私達も今からこのビルにあるお店で飲む事になったんです」

「そうか」

「はい」

「ずいぶんと楽しそうだな」

「はい、今日はとても楽しいです」

「それは、良かった」

いつにも増してニコニコと笑顔を見せる綾。

その笑顔から楽しい時間を過ごしてきた事が俺にも充分伝わってくる。

「響さんも楽しかったですか?」

下から見上げてくる綾。

その瞳が微かに潤んでいるような気がする。

……酒の所為か?

「あぁ、楽しかったよ」

答えた俺に

「良かったですね」

綾は眩しい程の美しい笑みを浮かべた。

俺は無意識のうちに綾に手を伸ばしていた。

頭を撫でると指先に柔らかい髪が絡み付いてくる。

……愛おしい……。

その気持ちが大きく溢れてくる。

「綾、送って行こうか?」

気付くと俺はそう言っていた。

「えっ?」

俺の言葉に綾が不思議そうな表情を浮かべた。

綾が驚くのも無理はない。

飲むためにこのビルを訪れたばかりの綾に俺がそう言ってしまったのは……。

綾が男達と一緒にいた所為かもしれない。

綾の顔を見ている視界の端に映っている男。

さっき聞こえてきた会話の中で“和樹”と呼ばれていた男。

おそらく、あいつがさっき調べた店のオーナー兼店長だろう。

そいつが、時折こっちに視線を向けてきているのが分かる。

今まで一緒に飲んでいたのもあいつで、これから一緒に飲むのもあいつ。

それが無性に許せなかった。

「一緒に帰るか?」

俺は綾の顔を覗き込んだ。

「……えっと……」

何かを考えていた綾が

「……はい、帰ります」

ニッコリと微笑み俺は胸を撫で下ろした。

「じゃあ、ちょっとみんなに言ってくるんで待っててください」

綾はそう言って小走りにあの男とアリサ達に駆け寄った。

俺は近くにいた幹部の人間に声を掛けた。

「……おい」

『はい』

「悪ぃけど、俺は先に帰るからお前はこれで他の奴らを飲みに連れて行ってくれるか?」

財布から札を抜き出しそいつに差し出した。

『分かりました。ありがとうございます』

そいつは札束を受け取って深々と頭を下げた。

『今、車を準備しますので……』

素早くケイタイを取り出したそいつを

「……いや、いい」

俺は止めた。

『……えっ?』

「タクシーを使うから車はいい」

『そうですか?』

「あぁ、それより最近忙しかったからあいつらに好きなだけ飲ませてやってくれ。それから、若い奴らはストレスも溜まってるはずだ。カタギの人間と問題を起こさないように気を付けててくれ」

『はい、分かりました』

組の人間と話していると

「……響さん!!」

綾が戻ってきた。

「話は終わったか?」

「はい」

「よし、じゃあ行くか?」

「はい!!」

綾が笑顔で頷いたのを確認した俺は

「あとは頼んだぞ」

『はい』

言葉を言い残して

『お疲れ様でした』

幾重にも重なる声を後ろに聞きながら

綾とビル出入り口へと向かった。

出入り口の少し手前までくると

雪乃の店のNo.1の女と男達が立っていた。

……もし、まだ綾とこの女がモメている最中だったら

俺はイラつきと喉まで出掛かっているであろう言葉を必死で隠し

こいつらの前を通り過ぎていたに違いない。

だが、綾とこの女はちゃんと話し合って問題を解決している。

問題を解決した上で綾はこの女に好感を持っているらしい。

その証拠に、この女に手を振る綾の瞳にも

そして、そんな綾を見つめるこの女の瞳にも

敵意は微塵もない。

それどころか、どこからどう見ても仲のいい友達同士にしか見えない。

自分が惚れた女が好感を持っている女に俺が口を出したり嫌悪感を抱く必要は全くない。

……それに、気になる事がある。

だから、俺は足を止めた。

俺が立ち止まった瞬間、微かにその場の空気が張り詰めた。

一瞬、驚いたような表情を浮かべた女が

ハッと我に返ったように頭を下げた。

「ご無沙汰しています。神宮さん」

「あぁ、悪いな」

「えっ?」

俺の言葉に顔を上げたその女が戸惑いがちに首を傾げた。

「せっかく楽しんでいる所を悪いけど綾は連れて帰る」

「……あぁ、はい。私達はもう充分話して楽しい時間を過ごせましたから大丈夫です」

俺の言葉の意味を理解したらしい女がニッコリと微笑んだ。

その笑顔は、男受けしそうな笑顔だった。

……さすがは雪乃が認めた女だな。

「それに……」

「……?」

「神宮さんに送って頂いた方が私は助かります」

「どういう意味だ?」

「楽しかったのでつい飲ませ過ぎてしまって……」

「飲ませ過ぎた……って綾にか?」

俺は隣にいる綾に視線を落とした。

「はい、顔に出ない体質みたいですけど、テキーラをかなり飲んでます」

「は?テキーラ?」

「えぇ、初めて飲んだらしいんですけど……一人でボトル半分以上飲んでます」

「初めてでボトル半分以上!?」

「はい、すみません」

……冗談だろ?

……そう言われてみたら、いつも以上に楽しそうにニコニコとしてんのは酔っている所為かもしれない。

でも、俺だってこの女からその話を聞かなければ綾が酔っている事に気付かなかったはずだ。

……マジかよ?

テキーラって……。

しかも、ボトル半分以上って……。

やべえだろ?

ウチの組の若い奴だって飲み会の席で2~3杯飲んで潰れる奴だっているんだぞ?

「……綾」

「はい?」

「大丈夫か?」

「全然、大丈夫です」

……普通だよな?

会話のやり取りだっていつもと変わらないし

呂律だってちゃんとまわってる……。

「かなり強いみたいなんですよね」

「そうだな」

俺と女に見つめられている綾はやっぱりニコニコと笑顔を絶やさない。

「……ですから、神宮さん、後はよろしくお願いします」

「あぁ、分かった」

「それじゃ、失礼します」

女は再び深々と頭を下げると

周りにいた男達を引き連れてエレベーターへと歩き出した。

「行くか?」

「はい」

やっぱり酔っているとは思えない綾がビルの出入り口へと向かって歩き出し

そんな綾の横に並んで足を踏み出した俺は

ある視線を感じて振り返った。

視線を向けていたのは、和樹とかいう男だった。

確か、あのNo.1の女の同級生だったな。

エレベーターの前で楽しそうに会話をしている集団の中で1人だけこっちを見ていた。

俺の視線に気付いたらしいそいつは軽く頭を下げたけど……。

俺が振り返った瞬間のあの眼は……。

俺は小さな溜め息を吐き出した。

「響さん?どうかしました?」

立ち止まった俺に綾が声を掛けてくる。

「……いや、なんでもない」

俺は綾に歩み寄ると、それが当たり前のように

綾の腰に腕をまわした。

……それは、俺なりの宣戦布告だったのかもしれない。

◆◆◆◆◆

俺と綾はビルの前に停まっていたタクシーに乗り込んだ。

綾の住むマンションの場所を運転手に告げると

車はゆっくりと動き出した。

俺の隣で綾は窓の外を眺めている。

「……大丈夫か?」

「えっ?」

窓の外から俺に視線を向けた綾。

「気分は悪くないか?」

「大丈夫です」

「そうか」

「はい。今日はとても楽しかったんです」

「あぁ、良かったな」

「はい」

「……あの男は……」

「あの男?」

一瞬、聞くのを止めようかと思った。

俺が聞く事じゃないのかもしれない。

言葉を飲み込もうとしたけど……。

俺を見つめる綾の瞳を見ていると

聞かずにはいられなかった。

「……さっき一緒にいた男は……」

「一緒にいた男……あっ!!和樹の事ですか?」

「あぁ」

「和樹がどうかしました?」

「そいつは、アリサとかいう女と付き合ってんのか?」

僅かな期待を込めた質問は

「和樹とアリサが付き合ってる?あの2人、仲はいいけどそういうんじゃないですよ」

楽しそうな綾の笑い声に完全否定された。

……だよな……。

もし、2人が付き合ってるなら、俺にあんな視線を向けてきたりしねえよな……。

俺の口から小さな溜め息が漏れた。

……そう言えば、つい最近も同じように視線を向けて来た奴がいたな……。

あれは……一昨日の夜。

繁華街で会った綾の隣にいた男。

あいつも和樹と同じ眼で俺を見ていた。

その男と俺は面識がある。

名前は確か……瑞貴とか言ったな。

繁華街でチームを創るからとわざわざ事務所に挨拶に来た男。

組の奴らも『最近のガキにしては筋が通ってる』と感心していた。

確かに、奴らが言う通りどんなにイキがっていてもコネもなく1人で事務所を訪ねてくる奴なんてそうそういない。

瑞貴のその度胸と男らしさに俺は

「何か困った事があったらいつでも連絡して来い」

そう言って名刺を渡した。

「ありがとうございます」

深々と頭を下げ

視線を逸らす事なく

「これから、どうぞよろしくお願いします」

そう言った瑞貴の瞳がある男とカブった。

……まさか……。

そう思いつつも俺はすぐに瑞貴の素性を調べた。

その結果、瑞貴の親父は俺と同業者だった。

名前は名乗ったものの絶対に名字を明かそうとはしなかった。

それが、揺るぐことのない証拠だった。

なんで、瑞貴がわざわざ俺に話を通しに来たのか。

それが謎だった。

確かに、繁華街で一番権力を持っているのも仕切っているのもウチの組。

だが、瑞貴の親だって充分に権力を持っている。

ただチームを創るだけなら自分の親に話を通せばいいだけの話。

バックにつけるなら親の組で充分なはずだ。

それなのに、瑞貴はそうはしなかった。

瑞貴の真意が分からない。

ただ、一つだけ分かるのは、瑞貴もそして瑞貴の父親もお互いの存在を公にしていない事。

瑞貴が自分の名字や親の事を隠していたように

父親も瑞貴の存在を公に出そうとはしない。

普通、親がこの家業をしていて自分の子供が男で跡取りとして考えていたら積極的に集まりや飲み会に連れて行く。

そうする事で名前や顔を売るのに瑞貴の名前や顔などの情報は一切流れていない。

しかも、その組の後継者には別の男の名前があがっている。

父親とその男は血の繋がはないが養子縁組みをしている。

そうなると考えられるのはただ一つ。

瑞貴が父親の跡を継ぐ可能性は極めて低い。

……瑞貴と父親の間には何かしらの確執があるのかもしれない。

そう考えると全ての辻褄が合う。

これは俺の考えだから信憑性はない。

調べようと思えば確実な情報が分かるが……。

今は必要ないと判断した。

別に瑞貴は問題を起こした訳じゃねえし、

ただ、挨拶を兼ねて話を通しに来ただけ。

そう思いそれ以上の詮索はしなかった。

その瑞貴が綾の知り合いだと知ったのは、

繁華街で綾と瑞貴が一緒にいるのを見た時だった。

恐らく、瑞貴は綾に惚れている。

あの眼は、威嚇する眼。

相手に恨みがあるわけじゃなく、

惚れた女に近付こうとする男への嫉妬と不安の表れ。

男なんていくつになってもガキみたいなもんだ。

外見は大人になっても中身はなかなか成長できない。

自分が欲しいと思ったものは絶対に手に入れたいと思う。

我慢する事なんて絶対に無理。

気に入っているおもちゃを誰かに奪われ怒る幼いガキみたいに……。

もちろん俺だって例外じゃない。

その不安感から年甲斐もなく冷静さを失い感情的になってしまう。

綾に魅力があるのは、俺にも充分、分かっている。

俺が綾に魅了され惚れたように

他の男が綾に魅力され惚れても仕方がないと思う。

綾にはそれだけ女としての価値がある。

そう頭では分かっていても……。

綾の隣にいる男はいつも自分でありたいと願ってしまう。

今、こうしている瞬間も綾を独占したいと思う。

その衝動を抑えていられるのは一つの不安のお陰。

綾には自分の気持ちを伝えている。

それが綾に伝わっているかは微妙だが……。

綾は見た目も考え方も同じ年代の女と比べたらかなり大人びている。

ただ、恋愛だけに関しては未熟というか……かなり疎い気がする。

それは、言葉を代えると恋愛に興味がないようにも見える。

どこか、意識的に恋愛を遠ざけているような感じもする。

そんな、綾だから俺の気持ちがちゃんと伝わっているのかは分からない。

下手をすると、俺が伝えた“好き”という気持ちを別の意味の“好き”だと勘違いしている可能性だってある。

男と女としての好きじゃなく

人間同士の好きだと……。

でも、綾はバカな女じゃないから

それはきちんと伝えれば理解してくれると思う。

俺が、今そうしないのは……。

そうする事で綾の未来を奪ってしまう事への恐怖感からだ。

綾はまだ若い。

これからの未来に限りない可能性を秘めている。

そんな綾を俺が独占してしまっていいのかと躊躇う気持ちもある。

綾は遊び感覚で付き合えるような女じゃない。

綾と出逢ってこの短かい期間で

これだけ、俺は綾に惚れたんだ。

だから一度、綾を傍に置けば絶対に自分でも歯止めが利かなくなる事は分かっている。

そしてもし、俺が恋愛をするならそれが俺の人生で最後の恋愛になるはずだ。

俺は適当に恋愛を楽しむような年齢じゃない。

今は独身だと言っても、一度は将来を誓った女と結婚をして、子供だっている。

そんな男が綾に惚れる事自体許される事じゃないのかもしれない。

それに、俺はカタギの人間じゃない。

俺が綾に惚れたからと言ってすぐに行動に移すのは軽率過ぎる。

俺の行動は綾に大きな不安と過剰なプレッシャー、そして多大な危険を与え兼ねない。

綾の人生と限りない可能性を潰してしまう事実は俺を臆病にそして慎重にさせる。

「……響さん?」

「ん?」

俺は綾の声に我に返った。

「和樹とアリサがどうかしました?」

「……いや、別に」

「そうですか?」

「あぁ、その和樹って奴とは今日初めて会ったのか?」

「はい。今日が初対面です」

「そうか。どんな奴だ?」

「……どんな奴?」

綾は俺の顔を見つめたまま数秒間固まり……

「うるさくて、いつも笑っていて、アリサには頭の上がらない奴……かな?」

なぜか疑問形の答えを口にした。

「アリサに頭が上がらないのか?」

「えぇ、アリサにずっと怒られていました」

何かを思い出したようにクスクスと笑いを零す綾が

「和樹も怒られるような事ばかりするんですけどね」

と付け加えた。

楽しそうに笑いを零す綾に

「例えば?」

尋ねてしまった事が失敗だった。

「ただ握手をしていただけなのに私の手を握って口説いていたとか言ってみたり……」

……えっ?

「今度、一緒に2人で飲みに行こうとか……」

……は?

「アリサの目の前で私の手にキスをしたりとか……」

……あ?

「ね?和樹ってアリサに怒られるような事ばかりするでしょ?」

……。

……聞かなければ良かった。

……。

……。

……とりあえず、今からあのビルに戻って軽く殴るか……。

そんな考えが頭を過ぎった。

「きっとなんだかんだ言って和樹はアリサを怒らせるのが好きなんですよ」

……いや、それは違うんじゃねえか?

多分、根本的に綾は勘違いしている。

綾は和樹の行動は全てアリサを怒らせる為だと思ってるみてえだけど……。

和樹の行動は綾に対する気持ちを素直に表しているだけなんじゃねえか?

それが素直過ぎてアリサが怒っただけで……。

……手を握って……。

……口説いて……。

……キスした?

ちょっと調子に乗り過ぎじゃねえか?

……ムカつく……。

あの男は誰の許可を得てそんな事をしてんだ?

俺はポケットからタバコを取り出すと窓を少し開けて火を点けた。

大きく煙を吸い込み窓に向けて煙を吐き出す。

対向車のライトに照らされた紫掛かった白い煙が窓の隙間に吸い込まれていく。

怒りにも似た高ぶった感情が少しだけ落ち着いた。

……まぁ、俺も人の事は言えないけど……。

考えてみれば和樹以上の事を俺もしている。

綾に触れる事はもちろん

こうして同じ時間を過ごしたり

綾の住むマンションに行った事だってある。

傷の手当ての為とは言え綾の腰にある今にも飛び立ちそうな赤い蝶だって俺は見た事がある。

もちろん、それらの行動は誰かの許可を得ての事じゃない。

綾は今、誰かに独占されている訳じゃない。

和樹にも

瑞貴にも

そして、俺にも……。

……という事は、全ての決定権を持つのは綾なんだ。

俺以外の男が綾に触れようが、口説こうが……それ以上の事をしようが

拒否するのも受け入れるのも全て綾の気持ち次第。

俺には怒りしか感じない和樹の行動も

綾がこうして楽しそうに笑って話していれば

俺に口を出す権利はない。

俺の口から小さな溜め息が漏れた。

……せめてもの救いは、綾が和樹の気持ちに気付いていない事だな……。

綾は和樹の行動を冗談とか場を盛り上げる為の手段だと思っている。

それは、和樹の気持ちにまだ気付いてはいないって事で

……やっぱり恋愛には疎いな……。

少しだけ俺を安心させた。

それと同時に

……俺の気持ちにも気付いてねえんだろうな。

そう確信させられた。

楽しそうな綾の顔を眺めながら俺は心の中で大きな溜め息を吐いた。

◆◆◆◆◆

タクシーが静かに停まり窓の外に視線を向けると

そこは、もう綾が住んでいるマンションだった。

考え事をしていた俺は現実に引き戻された。

隣に座っている綾がバッグの中に手を突っ込んで何かを探している。

俺は財布を取り出し、運転席に差し出した。

運転手がそれを受け取り釣りを準備しようと小さなバッグを手にした。

『ありがとうございます』

「タクシー代は私が出します」

釣りを差し出す運転手と俺が運転手に渡した札と同じ札を差し出す綾の声が見事にカブった。

前と隣から差し出される金。

「……いや、いい」

俺はその両方を受け取る事はせずタクシーを降りた。

『えっ?……あっ……ありがとうございます』

運転手の僅かに焦った声を聞きながら

「綾、降りるぞ」

綾に手を差し出した。

左手に札を握った綾が

俺の顔と左手の札を交互に見つめた後、

「……はい」

右手で俺の手を握った。

ひんやりと冷たくて細い指が俺の手に絡み付く。

その手を俺は綾がタクシーから降りても放す事はなかった。

そして、綾も俺の手から離れる事はなかった。

……玄関のドアの前まで綾を送ったら俺は帰ろうと思っていた。

この前は、綾がケガをしていたから仕方ないとしても

一人暮らしの女の家に上がり込むべきではない。

そう思っていた。

マンションのエレベーターに乗り

綾が住む部屋の階に着き

綾の部屋の前まで行き

綾がバッグから鍵を取り出して

ロックされていたドアを開けた。

そこまでは、良かった。

良かったというか綾はいつもと同じように普通だった。

異変が起きたのは、綾が玄関のドアを潜り玄関に足を踏み入れた時だった。

「……じゃあ、俺はここで……」

繋いでいた綾の手を放そうとした瞬間

それまで、酔っている様子を一切見せなかった綾の身体が

フラリと揺れ、その場に力無く崩れ落ちた。

とっさに繋いでいた手に力を入れた俺は綾の身体を自分の方に引き寄せた。

「……綾?大丈夫か?」

俺の身体に寄り掛かる綾の身体には殆どと言っていいほど力が入っていない。

「どうした?」

「……」

「綾?」

「……響さん……」

「うん?」

「すみません、家に着いたら急に酔いが回ったみたいで……」

「えっ?」

「……もう、動けません……」

その言葉を最後に綾は本当に動かなくなった。

「綾?」

「……」

「おい、大丈夫か?」

「……」

一切、言葉を発する事もない。

そんな綾を左腕で支えつつ

右手で綾の左肩を掴んで密着している俺の身体から少しだけ離して顔を覗き込むと

綾は瞳を閉じていた。

長い睫毛が白い頬に影を落としている。

……寝てる……。

しかもこの体勢で……。

綾は俺に寄り掛かり、立った状態で寝ていた。

今まで酔っている素振りを一切見せなかった綾も

やっぱり初めてのテキーラに酔っていたらしい。

酔っていたのに酔っていないように見えていたのは

綾が気を張っていたから。

綾はどことなく強がっているところがある。

そんな綾だから……。

人に自分が弱っている姿を見せたくなかったんだろう。

フラつきそうになる身体に力を入れ

酔いの所為で押し寄せてくる眠気を押し殺し

いつもと同じように平然さを装っていた。

きっと、自分の家に帰ってきた所為で張っていた気が緩んだんだろう。

「……そんなに頑張らなくてもいいのに……」

限界に達したらしい綾を起こさないよう慎重に力の抜けたその身体を抱き上げた。

玄関に入り靴を脱ぎ部屋に入ろうとした俺は一瞬躊躇った。

さっき“今日は玄関の前まで送るだけ。”と決意したばかりだが……。

……仕方ねえよな?

ここに寝かせておくわけには行かねえし。

……。

……。

……よし。

綾を部屋に寝かせたらすぐに帰ろう。

改めて決意を固め部屋の中に足を踏み入れた。

細い廊下を抜けキッチンの隣にある部屋へ向かう。

その部屋の中央にあるソファに綾をゆっくりと降ろした。

ソファに降ろしても綾が目を覚ます事はなかった。

綾が履いていたサンダルを脱がせそれを玄関に持って行く。

サンダルを玄関に揃えて置き再び部屋へ戻ると

スヤスヤと規則正しいリズムで寝息を立てる綾はとても気持ちよさそうに眠っている。

……気分は悪くなさそうだな。

俺は胸を撫で下ろし

綾の頬に掛かる髪を指でよけた。

白い肌。

うっすらと赤みの掛かった頬。

伏せた瞳を縁取る長い睫毛。

色気を感じる厚めの唇。

起きている時よりも少しだけ幼く見えるのは、綾が無防備だからかもしれない。

……もう少し早く気付いてやれば良かった。

きっと綾は俺とあのビルで会った時から、辛かったはず。

もし、俺があの時に気付く事が出来たら

綾がこんなに無理をする必要もなかったのに……。

綾が俺の前でも無理をしていたという事実がショックだった。

「……もう少し甘えろよ」

俺は綾の頬に触れながら小さな声で呟いた。

柔らかい頬の感触が指先から伝わってくる。

その柔らかさに綾が女だという事を意識してしまう。

そんな綾に触れたいと思ってしまうのは俺が男だから。

惚れた女に触れたいと思うのは男の本能。

それが分かっていたから俺はこの部屋に入る事を躊躇したのかもしれない。

「……綾……」

愛おしくて堪らない。

強がっている綾も

そして、いつもはその強がりで隠している無防備な綾も

……その全てを独占したい。

俺は自分の理性を保つのに必死だった。

少しでも気を抜けば、僅かばかりの理性なんて吹っ飛んでしまいそうで……。

どんな肩書きを背負っていようとも

繁華街でどれだけ名前を売っていようとも

所詮は俺もただの男。

目の前に惚れた女が無防備な姿を晒していて

理性が保てるような大人じゃない。

この前、綾がケガをして看病に来た時よりもその衝動が強いのは

それだけ綾に対する気持ちが大きくなっている証拠。

瑞貴や和樹の存在が俺に不安と焦りをもたらしているのは確実だった。

我慢の限界に達した俺は

「……帰るか」

この状況を脱する事にした。

幸いにもスヤスヤと眠る綾は、とても気持ちよさそうでしばらくは起きる気配もない。

ぐっすりと眠れば目が覚める頃には酒も抜けてんだろ。

それよりも、これ以上俺がここにいる方が綾にとっては危険だ。

そう判断した俺は立ち上がった。

正確なリズムで寝息を立てる綾の顔をもう一度見つめ

「……ゆっくり休めよ」

その白い頬に唇を寄せた。

名残惜しさを感じながら綾から離れた俺は玄関へ向かおうとして

「……響さん?」

その声に足を止めた。

振り返ると今まで眠っていたはずの綾がソファの上で起き上がっていた。

「綾、目が覚めたのか?」

俺は再び綾に近付きソファの傍に腰を下ろし

綾の顔を覗き込んだ。

俯いてはいるものの綾の瞳は開いている。

……もしかして、俺が起こしたのか?

「悪い。俺の所為で起こして……」

「……喉が……」

「え?」

「喉が渇いて……」

「あぁ」

俺はキッチンに向かうと冷蔵庫からミネラルウォーターと食器棚からグラスを取り出し綾の元へと戻った。

グラスにミネラルウォーターを注ぎ綾に差し出すと

綾はそれを受け取り一気に飲み干した。

「ありがとうございました」

「あぁ、気分は悪くないか?」

「全然」

「そうか、良かった」

綾の手からグラスを受け取りテーブルに置くと

綾はキョロキョロと部屋の中を見渡している。

「どうした?」

「……ここって私の部屋ですよね?」

「……?あぁ」

「私、どうやって帰って来たんですか?」

「は?」

「……?」

「覚えてねえのか?」

「……えっと……」

何かを考えるように眉間にシワを寄せていた綾が……。

「確か、アリサと一緒に飲んでて……」

「あぁ」

「それからどうしたんでしたっけ?」

綾が飲んだテキーラの威力は凄まじく

あれだけ普通だったにも関わらず綾の記憶はないらしい……。

「飲み足りないからって別の店に行ったんだろ?」

「……」

「そこで偶然俺に会って一緒に帰ってきたんだ」

「……なるほど……」

頷いてはいるものの、まだ酒が残っているらしい綾は瞳が涙で潤んでいる。

「まだ、ダルいんだろ?もう少しベッドで休め」

「……はい」

コクコクと頷いた綾がフラフラと立ち上がった。

「大丈夫か?」

「……はい」

「寝室まで行けるか?」

「はい、大丈夫です」

微妙にフラついてはいるけど会話も出来てるし、

なによりも俺が寝室に入る事に躊躇いを感じた。

本人も大丈夫だって言ってるし……。

「気を付けろよ」

そう声を掛け俺はグラスをキッチンに持って行った。

シンクでグラスを洗い

まだ綾の気配がある事を不思議に思い振り返ると

「……綾!?」

そこには、俺の存在ををすっかり忘れているらしい綾が着ていた服を脱ぎ捨てている真っ最中だった。

気付くのが遅すぎた所為で上半身はすでに下着姿で、今まさにスカートのファスナーに手を掛けている真っ最中だった。

俺の焦った声に動きを止めた綾は

「……へっ?」

間の抜けた声を出した。

「……なにをしてるんだ?」

「窮屈だから脱いじゃおうと思って」

「……そうか。でも、俺がここにいる事を忘れてねえか?」

「……えっと……」

「……」

「大丈夫です」

綾は無邪気な笑みを浮かべた。

「……」

……大丈夫?

……一体、何が大丈夫なんだ?

「全然気にしませんから」

……。

いや……それは間違ってんだろ?

かなり気にするところだろ?

一応、俺は男だぞ。

男の前でそんな格好だったら危ねえだろ?

なぜか楽しそうに笑っている綾を俺は呆然と見つめていた。

……もしかして、綾はまだすげえ酔ってるとか?

……。

……。

……間違いねえ……。

綾は、かなり酔っている。

まぁ、寝たと言ってもほんの20分位だ。

その位で酔いが醒めるはずがねえじゃん。

そう言えば微妙にいつもと違う。

話し方も

纏っている雰囲気も

いつもより無防備な感じがする。

……良かった。

綾を送って来たのが俺で……。

もし、あのビルで俺と綾が会わなかったら……。

もし、和樹が酔った綾を送っていたら……。

……。

……。

……考えただけでイラつく……。

「……おい、綾!!」

気付くと綾はすでにスカートを脱ぎ捨てていた。

白く透けるような肌に一際引き立つ深紅の下着が妖艶すぎてそこから視線を逸らす事が出来ない。

「ふう、苦しかった」

綾はすっきりした表情でソファに再び腰を下ろした。

どうやら、綾は洋服を着ているのが窮屈で堪らなかったらしい……。

だから、着ていた洋服を脱いだ。

……ただ、それだけ……。

それだけだけど……。

……。

……。

その格好はやべえだろ?

……。

……。

一体、俺にどうしろって言うんだ?

二人っきりの部屋で半裸姿の綾。

洋服を着て寝ている綾を前にしても俺は理性を保つのに必死だったんだぞ?

それなのにこの状況で俺はどうやって理性を保てばいいんだ?

……。

……。

落ち着け……俺。

冷静になれ。

必死で自分に言い聞かせて俺は深呼吸をした。

咳払いをひとつして水で濡れている手をタオルで拭いてからゆっくりと綾に近付いた。

身体に視線を落とさなければ大丈夫だ。

そう悟った俺は綾の顔だけを見つめていた。

一方、綾は俺の心情なんて全く気付いていないかのように箱から取り出したタバコを銜えライターを探している。

俺は、冷静さを装いポケットからジッポを取り出し火を点け

綾に差し出した。

その火に気付いたらしい綾がタバコの先端を火に翳した。

大きく煙を吸い込みゆっくりと白い煙を吐き出した綾が

「ありがとうございます」

にっこりと微笑んだ。

「どういたしまして」

答えた俺は

「なぁ、綾」

「はい?」

「風邪をひくから服を着た方がいい」

この状況を変えようと提案を持ちかけてみた。

「えっ?……あぁ、そうですね」

綾は大きく頷くとソファから立ち上がった。

……良かった……。

綾が服さえ着てくれれば俺は冷静さを保てる。

俺は胸を撫で下ろした。

そのまま綾は隣にある寝室に向かって歩き出した……と思った瞬間……。

「……きゃっ!!」

短い叫び声と共にけたたましい音が鳴り響いた。

「……綾!?」

その音に慌てて振り返ると

そこには床に蹲っている綾とその隣にはひっくり返ったバッグがあって

周辺にはバッグの中に入っていたらしいモノが散乱していた。

……どうやら、綾は床に置いていたバッグに躓いてしまったらしい。

「……大丈夫か?」

俺はソファから立ち上がり蹲っている綾の隣に腰を下ろした。

「ケガしてねえか?」

「え……いつもの事ですから」

「いつもの事?」

「こうなる事が分かっているのにいつも床にバッグを置いちゃうんです」

「分かっているならソファの上とかテーブルの上に置けばいいんじゃねーか?」

「そうなんですけど……癖みたいなもので……」

「癖?」

「え」

しっかりしていて他人に隙なんて滅多に見せないイメージの綾からは想像もつかない癖を俺は意外に感じた。

溜め息を吐きながら散乱しているモノを拾おうとしている綾は明らかにテンションが下がっている。

そんな綾に親近感が湧いてくる。

知らなかった綾の一面を知って得したような気分さえする。

込み上げてくる笑いを飲み込んでも、顔が綻んでしまう。

きっと俺がここで笑ってしまったら綾は余計落ち込んでしまうだろう。

そう思った俺は

「綾」

「……はい?」

「ここは俺が片付けておくから洋服を着ておいで」

綾を促してみた。

「……はい、すみません」

綾は申し訳なさそうに呟くとフラフラと立ち上がり寝室に向かって歩き出す。

遠ざかっていく足音を聞きながら散乱しているモノを拾いバックの中に仕舞っていく。

ケイタイ

財布

ポーチ

名刺ケース

メモ帳

ボールペン

ハンカチ

綾のバッグの中身は殆どが商売道具だった。

散らばっていた全てのモノをバックの中に収めた俺は

そのバッグをソファの上に置いた。

「……よし」

これで綾がバッグに躓く事はないだろう。

そう思いながら俺はポケットからタバコを取り出した。

タバコをくわえ火を点けようとした瞬間

「……痛っ!!」

隣の部屋から聞こえて来たのは綾の悲痛な声と鈍い音だった。

……今度はどうした?

くわえていたタバコと手に持っていたジッポをテーブルの上に置いて

俺は寝室へと向かった。

開きっ放しのドアから寝室の中を覗くと

薄暗い部屋の中で綾が立ち竦んでいた。

……あの音からして、身体をどこかにぶつけたんだな……。

「……綾?」

「……」

「大丈夫か?」

「……」

返事どころから身動きひとつしない綾。

今すぐ傍に行きたいのは山々なんだが……。

この部屋に足を踏み入れるのはちょっと……。

電気の点いていない薄暗い部屋。

ベッド。

半裸状態の綾。

この見事としか言いようのないパーフェクトな状況で、理性を保つ自信がない。

……出来れば、この部屋に入る事は避けたい。

そう思っていたのに……。

……その数秒後……

「……痛い……」

弱々しい綾の声を聞いた俺は

自ら部屋に足を踏み入れる事となった。

それでも、なんとか理性を保とうとした俺は

綾に近付きはしたものの適度な距離を保っていた。

「どうした?ぶつけたのか?」

俺が尋ねると綾は無言でコクコクと頷いた。

「どこだ?見せてみろ」

綾が俺に差し出したのは左腕だった。

「ん?どこだ?」

「……肘……」

苦しそうに呟いた綾。

痛みの余り言葉を発するのも一苦労らしい。

その痛みの元となっているらしい肘に視線を落とすと

……微かに赤くなっているような気がする……。

部屋が薄暗い所為ではっきりと見えなかった。

「電気、点けてもいいか?」

俺は電気のスイッチを探す為に身体を反転させた。

「……あっ!!電気ですね……」

俺が動いたのと同時に綾も動いたのが気配で分かった。

「綾、動くな……」

酔っている綾が動くのは危険だと判断した俺は、咄嗟にそう言ったけど

「……きゃっ!!」

……時すでに遅し……。

俺の予想は見事に的中し、綾は俺の足に躓きバランスを崩した。

「……!!」

油断してた訳じゃない。

もしかしたら……ってこうなる事を予想していた。

だけど、その反面そんな映画とかドラマのような展開になる訳がないと思っていたのも事実で……。

もし、100%こうなる事が分かっていたら、俺は綾を支える事も出来た。

でも、ほとんどと言っていいほど身構える時間もなく……。

バランスを崩した綾を支える事は出来たけど

俺に出来たのはそれだけだった。

倒れ掛かってくる綾を右腕で支えた俺は、そのまま綾と一緒にバランスを崩してしまった。

「……危ねえ……」

運が良かったと言うべきか……。

不幸中の幸いと言うべきか……。

俺が倒れ込んだのはベッドの上だった。

背中には柔らかい布団の感触があって痛さは感じない。

感じるのは腕の中にいる綾の重みだけ。

「……綾、大丈夫か?」

「……はい、なんとか……」

綾の返事に俺は胸を撫で下ろした。

だけど、ホッとしたのも束の間だった。

……この体勢はヤバくねえか?

腕や全身に感じる柔らかい感触に気付いてしまった俺はかなり焦っていた。

俺の上に乗っているのは半裸状態の綾で……。

その綾を抱きしめている状態の俺に伝わってくるのは心地いい温もりと女独特の柔らかさ。

それは、俺が今まで必死で保とうとしていた理性を吹き飛ばしてしまうような感触だった。

「……なぁ、綾」

「……はい?」

「悪ぃんだけど、ちょっと降りてくれるか?」

「重いですか?」

「いや、全然重くはないんだが……」

「じゃあ、もう少しだけ……」

「は?」

「ものすごく気持ちいいんで……」

そう言って綾は俺にギュッとしがみついて来た。

……気持ちいいのは俺も同じ。

こうしていたいのも同じ。

……だけど……。

俺にとってこれは拷問に近い。

恋愛に疎いだけあって綾は男という生き物の生態にも疎いらしい。こうして、お互いの温もりを感じていればそれ以上の事を求めてしまうのが男だ。

今はなんとか自分をセーブしているけど

それも時間の問題。

……10分後、俺は理性を保っている自信はない……。

……。

……。

俺はどうすればいいんだ?

ここは、無理矢理にでも綾の身体から離れるべきか?

一方、綾は俺のそんな心情を知る由もなく、ご機嫌で鼻歌を歌っている。

……ダメだ……。

綾はこの緊急事態に全く気付いていない。

……気付いていないどころかこの状況を楽しんでいる。

……仕方ない。

こうなったら俺の腕の中にいるのは綾じゃないと思い込むしかない。

俺の腕の中にいるのは綾じゃなくて……そう“抱き枕”だ。

人間じゃなくて、人間みたいな“抱き枕”だ。

冷静さを失った俺の思考に自分で呆れそうになりながらも

俺は必死で自分にそう言い聞かせた。

さすがに綾を抱き枕だと思う事には無理があったが

そう思い込もうと必死になる事で綾の身体の感触から意識を逸らす事は出来た……ような気がする。

そう思った矢先、

「……響さん……」

俺の耳に届いたのは綾の甘い声。

「うん?」

綾はモソモソと俺の腕の中から抜け出そうとしているようだった。

……この体勢が苦しくなったのか?

そう思った俺は綾の身体に絡めていた腕を解いた。

……良かった。

なんとか耐えられた。

俺はこの状況を乗り越えた自分を褒めたい気持ちでいっぱいになった。

綾との距離が確保出来れば俺は理性を保てる。

よし、まずは綾に服を着せよう。

そう思いつつ綾に視線を向けると

……?

俺から離れると思った綾は身体を起こしたものの

俺の上に馬乗りになった状態から動こうとはしない。

「綾?どうした?」

俺はベッドに肘を着き綾の顔を覗き込もうと少しだけ上半身だけを起こした。

その瞬間、両手が伸びて来てその手は俺の肩を捕まえた。

「……!?」

次の瞬間、気配が近付いてきて

俺は唇に温もりを感じた。

一瞬で頭の中が真っ白になり。

思考は完全に停止した。

……状況が飲み込めない。

唇から伝わってくる感触が全身に広がり

まるで体内に電流が流れているような感覚が駆け巡る。

瞬きをする事さえも忘れていた俺からゆっくりと綾が離れた。

それでも、鼻が触れ合いそうな距離を保ったまま綾が動きを止める。

さっきよりも綾の顔がはっきりと見えるのは

薄暗さに目が慣れた所為か……。

それとも、俺が理性を保つ為に意識的に綾の顔を見ないようにしていた所為か……。

「……綾?」

ようやく俺が口にした言葉は自分でもはっきりと分かるくらい動揺していた。

「なんか無性にキスがしたくなったんです」

にっこりと笑みを浮かべた綾。

その微笑はとても色気があり綺麗だった。

……別に綾とキスをする事が初めてって訳じゃない。

ただ、俺からじゃなく綾が自分の意志でそうしたという事実が俺を興奮させた。

……もう、無理だ……。

何かが自分の中で弾け飛んだ気がした。

気が付くと俺は上に馬乗り状態で乗っていた綾をベッドに押し倒し自分の下に組み敷いていた。

必死で繋ぎ止めていた何かが切れてしまった俺は

自分を止める事が出来なかった。

理性を失った俺は本能剥きだしの男でしかない。

男の俺が求めるのはただひとつだけ。

「……響さん?」

驚いたような綾の声が聞こえた。

俺は言葉を発するその唇を塞いだ。

舌を口内にねじ込むと微かにタバコの味がした。

「……んっ……」

綾の口から漏れた吐息が俺を一層加速させる。

……もっと綾に触れたい。

……もっと綾の声を聞きたい。

……もっと綾を感じたい。

欲望だけが次々と溢れてくる。

大事にしたいという気持ちともっと乱れさせたいという気持ちが入り混じる。

首筋に舌を這わせると

「……あっ……」

綾の身体は大きく揺れた。

静まり返った部屋に甘い吐息だけが鮮明に耳に響いていた。

いつしかその甘い吐息さえも聞こえなくなるくらい俺は綾を求める事に夢中になっていた。

◆◆◆◆◆

どれくらいの時間、そうしていたのかさえ分からない。

時間の感覚さえも無くしていた俺には

それが長い時間だったのか

もしくは、さほど長くなかったのかさえも分からない。

首筋から鎖骨にかけて綾の白い肌に幾つもの紅い跡を残していた。

まるで、綾が自分のものだと示すかのように。

それは、俺の独占欲の現れだった。

そうする事で綾を独占出来たような気がした。

この行為に綾が同意した訳じゃない。

これは理性を失った俺を自分でも止める事の出来なかった結果だ。

同意を得ない行為がその後、大きな後悔を招くという事は考えれば分かるはずなのに……。

その時の俺にはそれを考える余裕すらなかった。

自分でも止める事の出来なかった俺を冷静にしたのは綾だった。

何度も綾の唇を求め

何度も綾の温もりを感じ

何度もその肌の柔らかさを感じた俺は

何気なく綾の顔に視線を向けた。

異変に気付いたのはその時だった。

……。

……。

……寝てる……。

いつの間にか、綾は眠っていた。

……おい……。

ちょっと待て。

なんで寝てるんだ?

「……綾?」

名前を呼んでみても……。

その柔らかい頬に触れてみても……。

綾の閉じられている瞳が開く事はなく……。

……マジか?

俺は一気に現実に引き戻され冷静さを取り戻した。

組み敷いていた綾の上から

綾を起こさないように静かに降り

下着姿の綾に布団を掛けた。

ベッドの傍の床に腰を下ろして覗き込んだ綾の寝顔は

とても、無防備で無邪気だった。

その寝顔をみていると思わず笑いが込み上げて来た。

残念だと言えばそうかもしれない。

綾がこのタイミングで寝てしまった事が残念じゃないと言えば、それはウソになってしまう。

……でも、綾が寝てくれて良かった。

酔っている綾を抱いても後に残るのは後悔だけ。

どうせなら、綾の意識が朦朧としている時じゃなくて

はっきりとしている時がいい。

誰とどうしてこういう行為をしているのか

綾が自分でその事実に合意して初めて俺も満たされるんだ。

身体だけを満たす行為はもうしなくてもいい。

俺が望む事は精神的にも肉体的にも最高に満たされる事だけ。

……どうやら、俺は歳を重ねた分、我が儘になったらしい。

若い時に比べると妥協が出来なくなっている。

簡単に得られる快楽はもう要らない。

手に入れるまでに時間が掛かっても

自分が欲しいものじゃないと意味がない。

……その相手は綾以外には考えられない……。

その時、初めて余計な事は一切考えず、綾の全てを俺は欲した。

本当に欲しいものは絶対に手に入れる。

……それは、俺が綾を手に入れる事を決意した瞬間だった。

「……覚悟していてくださいよ、お姫様」

俺が覚悟を決めた時

綾は深い眠りの中にいた。

俺の覚悟になんて全く気付かずに

無邪気な寝顔で

無防備に眠っていた。

俺はその寝顔をずっと眺めていた。

慌ただしく忙しい毎日。

人間関係がややこしい世界にいる所為で気が付かない間に神経がすり減っていく。

親父が引退して引き継いだ組は大所帯。

その人間達を纏め、先代達が残した功績を守りそれ以上のものを治めていくのは思った以上に大変だった。

心休まる時間も持てないまま今日までがむしゃらに生きてきた。

だけど、少しだけ休まる時間が欲しいと思っていたのも事実で……。

こうして、好きな女の寝顔を眺めているだけで

疲れ果てていた心が癒されていくような気がした。

◆◆◆◆◆

思う存分綾の寝顔を眺めた俺が

綾の部屋を出たのは

外が微かに明るくなった頃だった。

綾が眠るベッドを離れ

起こさないように静かにドアを閉めた。

さっき綾が脱ぎ捨てた洋服をソファの背もたれに掛け

テーブルの上にあった鍵を手に取り

玄関へ向かった。

外からドアにロックを掛け鍵をポストに入れる。

マンションを出ると陽が登り始めていた。

いつもと同じ太陽が今日は一段と眩しく見える。

それは、きっと自分の中にある迷いがなくなったせい。

俺は大きく背伸びをした。

結局、一睡もしていないのにこんなにも爽やかな気分なのは

きっと癒されたお陰。

綾と過ごしたこの短い時間が俺に活力を与えてくれた。

綾は目が覚めた時、俺と過ごした時間の事を覚えているんだろうか?

……。

……。

多分、覚えてねえんだろうな。

蒼い顔をして焦っている綾の姿が浮かんだ俺は小さな笑いを零した。

……さて、今日も頑張るか……。

俺はまたこれから始まる闘いに向かう為にタクシーに乗り込んだ。

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