エピソード18-1

◆◆◆◆◆

企みを胸にビルを出るとそこには、明らかに不審人物にしか見えない人がいた。

ビルとビルの間の路地の入り口に立っているその人は深夜にも関わらずサングラスを掛けていて……。

ネオンの光が届かない薄暗い場所にひっそりと立つ姿は暗めな色調の洋服も手伝って闇に溶け込んではいるけど……。

どんなに地味な格好をしていても隠しきれない華やかなオーラを纏った彼女は

目立たないどころか有り余る存在感の所為で微妙な雰囲気を醸し出している。

……なんでウチの店のNo.1はあんな所にあんな格好で佇んでいるんだろう?

疑問を抱きながらも、彼女に近付くと……。

私に気付いたらしい彼女が

「……着いて来て」

一言だけ言葉を吐き出して歩き出した。

不審人物チックなクセにアリサはやっぱりアリサで……。

偉そうな口調は健在だった。

私の数歩前にいるアリサは、メインストリートの端を歩いていて……。

まるで人目を避けているかのように見える。

不審人物チックなクセにアリサはやっぱりアリサで……。

偉そうな口調は健在だった。

私の数歩前にいるアリサは、メインストリートの端を歩いていて……。

まるで人目を避けているかのように見える。

彼女なら道のど真ん中を練り歩きそうなもんだけど……。

小さな違和感が胸に引っ掛かった。

アリサが足を止めたのはお店から歩いて10分程の所にある一件のお店の前だった。

メインストリート沿いではなく路地裏にひっそりと佇むお店。

足を止めたアリサは一瞬だけ私に視線を向けた後、ドアを開けた。

その瞬間、耳に飛び込んできた大きな音に私の身体が大きく揺れた。

「……!?」

固まる私にアリサは顎で店内を指し、

中に入るように促した。

……戸惑いながらも、

敵に動揺した姿を見せちゃいけない。

本能的にそう判断した私は平然さを装い

ドアを支えるアリサの前を通り過ぎ、店内へと足を踏み入れた。

店内は薄暗く淡いブルーのライトがかろうじて足下を照らし出している。

学校の廊下を想像させる古い木の床は足を動かす度に軋む音を出す。

白い壁には自由奔放な落書きとたくさんの写真がこれまた適当な感じで張ってあった。

内心は初めて足を踏み入れる空間に完全に引いていた私も、

真後ろを着いてくる気配のお陰でなんとか平然さを保っているフリが出来た。

人がなんとか1人歩ける程の狭い通路を抜けた瞬間……。

『……らっしゃいませ~!!』

若い男の声が大音量の男を掻き消した。

その声に続くように発せられた数人の声。

そのどれもが若い男の声で……。

多分、『いらっしゃいませ!!』と言ってるんだと思うんだけど……。

威勢がありすぎたのか……。

もしくは、大音量の男に埋もれない為に大きな声を出した所為か……。

中途半端な言葉での出迎えを受けた。

そんなに広くはない空間には10人程が座れるカウンター席があった。

その席にはお客さんらしい人が3人座っている。

カウンターの中には若い男が4人。

多分、従業員だと思うけど……。

『その辺を歩いている男の子を捕まえきました』って言っても全然違和感のないような格好をしてる。

瑞貴のチームにいそうな男の子。

ラフな服装。

帽子。

ボディピアス。

ブルーのライトに照らされ鈍い光を放つネックレスやリング。

洋服から覗く肌に描かれた人口的な模様。

男の子達の後ろにはテキーラやジン、ウォッカなどのボトルが所狭しと並んでいた。

その隣には大きな水槽があって色鮮やかな魚が気持ち良さそうに泳いでいる。

……ここは一体どういうお店なんだろう?

初めて足を踏み入れたその異様な空間に呆然と立ち尽くしていると……。

スッと私の前に出たアリサが慣れた手付きでサングラスを外した。

『里菜!!』

キャップを被った男が嬉しそうな声を出した。

……は?

リナ?

誰の事?

辺りを見回してみても、その男の視線の先にはアリサと私しかいない。

もちろん、私は“リナ”なんて名前じゃないし……。

「……和樹、お疲れ」

そう答えたのはアリサだった。

……。

そう言えば……。

アリサの本名はそんな名前だったような……。

いつだったか、瑞貴が言っていたような気がする。

アリサの本名や歳なんて全く興味がないから軽く聞き流してたけど……。

「……奥、空いてる?」

アリサが尋ねると、

『あぁ、どうぞ』

和樹と呼ばれたキャップ男が頷いた。

アリサは慣れた足取りで奥へ進もうとして

『里菜』

和樹の声に足を止め振り返った。

「なに?」

『飲み物は?』

和樹は自分の後ろの棚に並ぶボトルを指差している。

「何を飲む?」

アリサが私に視線を向けた。

突然、聞かれても……。

ふとボトルの並ぶ棚に視線を動かすと、たまたま目に付いた瓶。

「……ジンバック」

何も考えずにそう言った瞬間、アリサが驚いたように目を見開いた。

「お酒飲めるの?」

「え……まぁ……」

「……そう……和樹、ジンバックといつもの」

『了解』

自分の注文したいものを『いつもの』っていうくらいアリサはこの店の常連らしく……。

カウンターに座っているお客さん。

若い男達、3人も……。

アリサに『久しぶりだな』とか『元気だったか?』とか親しげに挨拶をしている。

その挨拶に微かな笑みを浮かべたアリサが頷き、

アリサは奥へと向かう。

その後ろを着いていく私。

そんな私に興味津々って感じで視線を向けてくる従業員とお客さん達。

そんな中、和樹だけは黙々とグラスを2つ並べて慣れた手付きで軽やかにシェーカーを振っていて……。

大音量の音楽が奏でる低い振動を全身で感じながら、液体が揺れる音がやけに耳に残った。

◆◆◆◆◆

アリサの後ろをキョロキョロとしながら着いて行くと、

カウンターの奥はテーブル席があった。

丸い小さめのテーブルと背の高い椅子。

アリサは迷う事なく一番奥のテーブル席に行き背の高い椅子に腰を下ろした。

残りの椅子は3つ。

アリサの左右と真向かい。

……どこに座ろう……。

普通は真向かいにすわるんだろうけど……。

今、アリサの正面には座りたくない。

……かと言ってアリサの横に座るのも……。

なんか気持ち悪い人みたいになってしまうし……。

「……座れば?」

私の悩みなんて気付くはずもないアリサが相変わらず偉そうに顎で指したのは、自分の真正面の席で……。

『……いや……無理だから……』

喉まで出掛けた言葉を必死で飲み込んだ私は、渋々その席に腰を下ろした。

出来るだけアリサと視線を合わせたくない私は、その空間に視線を向けた。

この店は、全体的に薄暗い。

照明は全て青い光を発していて、その光は手元や足下をかろうじて照らし浮かびあがらせるくらい。

カウンター席周辺よりもテーブル席のあるこの空間が明るい気がするのは、瞳が闇に慣れたお陰と……。

白い壁一面がスクリーンになっていて映像が映し出されているからかもしれない。

その映像もモノクロで外人がダンスを踊っている映像で……。

店内に流れる音とそのダンスが合っているところをみると、

プロモかなにからしい。

そのスクリーンが放つ光が音に合わせて店内を浮かびあがらせる。

お店に足を踏み入れてすぐはあんなにうるさいと思った大音量の音も時間が経つにつれて

不思議な事にそんなに気にはならなくなってきた。

むしろ身体に響く振動を気持ちいいとさえ思っている自分に驚いてしまう。

スクリーンに映る外人を眺めていると……。

「……ケガ……」

アリサの声が聞こえた。

反射的に正面に視線を向けると、アリサも私ではなくスクリーンに視線を向けていて

一瞬、空耳かと思い再びスクリーンに視線を戻そうとした私に

「……ケガの具合はどう?」

アリサは視線を動かさずに口だけを動かした。

「えぇ、私はもう大丈夫ですけど……」

……あんたはどうなのよ?

そう尋ねようとして慌てて口を閉じた。

いくらアリサが嫌いだと言ってもさすがに“あんた”呼ばわりがまずい事気がする。

“あんた”がまずいなら……。

“アリサ”とか?

……。

……。

……呼び捨てもダメか……。

じゃあ、“アリサさん”は?

……。

……。

……無理!!

尊敬もしてないのに“さん”付けで呼ぶなんて絶対にイヤ!!

「……里菜でいいわよ」

なんでアリサがそう言ったのか……。

なんで私の考えている事が分かったのか……。

「は!?」

分からない私は驚きを隠せなかった。

「今は仕事中じゃないから源氏名で呼ぶ必要もないし……敬語も使わなくていい」

「……」

「……どうせ私に敬語を使う気なんて全然ないんでしょ?」

「……え、まぁ……」

即座に答えた後に『しまった!!』と思ったけど……。

アリサは全然気にしてない様子で取り出したタバコに火を付けた。

「……ママ達が言っていた通りだわ」

「……えっ?」

「『ちょっと生意気だけど思っている事が顔に出てしまう素直な子なのよ』って」

「……えっと……それは一体誰の事?」

「あんたの事に決まってるでしょ?ここにいない人の話をあんたとしみじみ語ってどうすんのよ?」

……確かにアリサの言っている事は間違ってはいない……。

……でも、その言い方がムカつく……。

アリサと一緒の時間を過ごし始めてまだ30分もたっていないのに……。

なんでこんなにイライラするんだろう?

私のイライラの原因を作った当の本人であるアリサは

私のイライラに気付いていないのか……

それとも、私がイライラしているのが全く気にならないのか……。

至って平然とタバコの煙を吹かしている。

アリサは喋らなければ可愛らしい女の子。

実年齢は私よりも上だけど幼さの残る顔の所為で

私よりも年下に見える。

仕事の後って事もあってメイクもしてるんだろうけど、

もし、スッピンだったとしても多分可愛いいと思う。

クリクリの瞳を縁取る長いまつげ。

透けるように白い肌。

明るい茶色の髪がその白さを一層際立たせている。

とても暴言を吐くとは思えないベビーピンク色の唇。

男受けしそうなこの顔は凛と同類。

……まぁ、人懐っこい性格で性別を問わず人当たりのいい凛とは正反対だけど……。

なんでこんな女が雪乃ママのお店でNo.1を張っているのかは七不思議並みの謎だ。

「……なに、ガン見してんのよ?」

私の視線に気付いたらしいアリサが低い声で威嚇してくる。

「……あんた、もったいないわよ」

ただでさえアリサの暴言にイライラしていた私は

アリサの威嚇で我慢の限界に達してしまい

思わずそう言ってしまった。

「……は?」

私の言葉が理解出来ないって感じでアリサが不思議そうな声を出した。

『何を言ってるの?この子……』

アリサの瞳は明らかにそう問いかけている。

「……せっかく可愛い顔してんのに、喋ったらその可愛さが台無しよ」

……別に挑発をした訳じゃない。

確かに私の作戦ではアリサを挑発をしようと思ってたけど……。

どちらかと言えば、挑発をされたのは私。

……まんまとアリサの挑発に乗ってしまったのは私の方だった。

アリサの挑発で冷静さを失い思った事をそのまま口に出した私を

アリサは見つめている。

……これって……。

やばいよね?

多分、アリサは私の言葉を理解しようとしている途中なんだと思う。

瞬きをすることもなく……。

私を見据えるアリサの表情が怒りに歪むのも時間の問題。

……ほら、そろそろ……。

「……あんた、面白いわね」

「……」

間違いなく怒ると思っていたアリサがなぜか笑っている。

苦笑してるっていうか……。

失笑してるっていうか……。

でも、怒っている様子は全く無くて……。

クスクスと呆れたように……でもどこか楽しそうに笑っている。

……分かんない……。

この人の“面白い”の基準が全然分からない。

肩透かしを食らった私は、ただ呆然とアリサを見つめるしかなくて……。

「あんたこそもったいないわよ」

「はっ!?」

「……せっかくの綺麗な顔が喋ると台無しよ」

「……!?」

「……」

絶句する私とニッコリと微笑むアリサ。

……やられた……。

アリサは私よりも一枚上手だった。

『おまたせ~』

気まず過ぎる時間は、少し間の抜けた軽い感じの和樹の声で終わりを迎えた。

『どうぞ』

私の前に置かれたのは、背の低い太目のグラス。

眩しいくらいの琥珀色の液体の中には半月形のレモンが浮かんでいる。

それは、真夏の昼の空に浮かぶ月を思い出させた。

一方、アリサの目の前に置かれたのは背の高い細いグラス。

グラスの八分目くらいまでオレンジ色の液体が入っていて

グラスの淵にはカットしてあるオレンジが飾ってある。

グラスの底には赤い液体が入っていて赤とオレンジのグラレーションがとても綺麗。

……これが“いつもの。”らしい。

いつもこの店で注文しているらしいアリサの定番。

『今、仕事の帰り?』

「うん」

『忙しかった?』

「まあまあかな」

『そっか』

「うん」

『この子は?』

和樹がアリサから私に視線を向けた。

「同じお店の子」

アリサがそう言った瞬間『えっ!?』和樹が驚いた声を出した。

……?

なに?

マジマジと私を見つめる和樹。

そんな和樹の視線が心地悪い私。

アリサは我関せず的な態度で手に持っていたタバコを灰皿に押し付けている。

『……いや……もしかしたら、そうかなって思ったんだけど……』

なぜか和樹は驚いていて、動揺を隠せないって感じで……。

独り言なのかアリサに話し掛けているのかいまいち分かんないけど……。

タバコの火を消したアリサが、目の前のグラスを口に運び「おいしい」と呟いているところを見ると

どうやら、独り言らしく

『珍しいじゃん』

和樹は意味不明な独り言を吐き出す。

アリサが一樹の言葉に反応する事はなくて。

『あいつらも里菜が綺麗な女の子を連れて来たって急にテンションが上がって……』

「和樹」

『ん?』

「ちょっとこの子と話があるんだよね」

それまで和樹をスルーしていたアリサがグラスを静かにテーブルに置いた。

『……あ……そうか』

アリサの言葉に和樹のテンションが一気に下がったのは、一目瞭然で……。

……だけど……。

「うん。後でみんなで一緒に飲もうよ」

アリサのその言葉に和樹の顔が輝いた。

『おう!!』

「話が終わるまであっちで仕事しながらビールでも飲んでてくれる?」

『あぁ、分かった』

頷いた和樹がアリサから私に視線を向けて

『後で、一緒に飲もうね……何ちゃんだっけ?』

「……綾……」

『OK、綾ちゃん。俺、和樹。よろしくね!!』

今更!?って感じの自己紹介をした一樹は徐に私の右手を掴んで強制的な握手をして

『また、後でね』

席を離れていった。

「……」

まるで嵐のように騒がしい和樹を唖然と見送っていると

「……あいつ、うるさいでしょ?」

アリサは苦笑した。

「……うん」

思わず正直に答えてしまった私にアリサは失笑しながら頷いた。

「同級生なの」

「同級生?」

「そう、高校3年間ずっと同じクラス」

「……それって……」

「……?」

「結構疲れない?」

「たまに、鬱陶しくて堪らない時がある」

「……だろうね」

「……うん」

思わぬ所で意気投合してしまった私とアリサ。

さっきまでの気まずさも

イライラ感も

張り詰めたような緊迫感も

今はどこにもない。

「……でも、悪い奴じゃないのよ」

「……そう」

「女と一緒にいるより全然楽しいし」

「……」

「気を使う必要だってないし」

「……」

「あいつがいたから今の私があるの」

グラスの縁に差してあるオレンジを指で突っ付いているアリサ。

「……ねえ、もしかして……」

「……残念だけど、和樹は私の彼氏じゃないわよ」

「……」

アリサが鼻で笑った。

……本当に残念。

アリサの弱点を発見したと思ったのに……。

……でも、アリサが簡単に自分の弱点をさらけ出すはずもないか……。

「和樹は大事な友達よ。あんたにもいるでしょ?」

「えっ?」

「えっと……確か……ミズ……なんとかっていう名前の……」

……まさか……。

「……瑞貴の事?」

「そうそう、それ」

「……!?」

「ミズキって子があんたにとって大切な存在みたいに和樹は私にとって大事な存在なの」

「……ねえ」

「なに?」

「あんた、瑞貴と知り合いなの?」

「知り合い?全然」

「はぁ?じゃあ、なんで知ってんのよ?」

「なんでだろうね?」

質問したのは私なのに……。

「……」

なぜか質問で返されてしまった。

「それ、飲まないの?」

話を逸らすようにアリサが指指したのは私の前にある“ジンバック”。

置かれてから時間が経った所為で、グラスの表面には水滴が付いている。

和樹の登場ですっかり飲むタイミングを逃していた。

「……飲むわよ」

私はグラスを口に運んだ。

水滴が指を伝い落ち、スカートに小さなシミを作った。

「……美味しい……」

今まで何度も飲んだ事があるジンバック。

私は、ジン独特の薬草っぽい臭みが大好きだったりする。

大好きなジンの味を引き立てるジンジャエールと後味を爽やかにしてくれるレモンの風味。

その絶妙な味に私の口からは思わず感動の声が漏れた。

どこのBARでも手軽に飲めるカクテル。

だけど、どの店でも簡単に美味しいと思えるカクテルに出会える訳じゃない。

中には、『これ、缶に入って売ってるのをグラスに注いだだけ?』ていうようなカクテルもある。

それに比べて、今、目の前にあるこれはとても美味しい。

「でしょ?」

とても満足そうに……。

そして、嬉しそうな笑みを零したアリサが

「和樹が作るカクテルは世界一だから」

得意気に呟いた。

自意識過剰とも言えるその言葉。

だけど、確かに美味しい。

世界一かどうかは分からないけど、私が今まで飲んだものの中では一番だと思う。

私はもう一度グラスに口を付けてからそれをテーブルに置いた。

「色々と調べてたみたいだけど?」

アリサがそう言ったのは、私がグラスから手を離した時だった。

私はグラスからアリサに視線を移した。

「……?」

「瑞貴……君だっけ?あんたの大切な人」

アリサがなんの話をしているのかはすぐに分かった。

だけど、アリサがなんで瑞貴が動いた事を知っているのかが分からない。

「……なんで知っているの?」

「あんたの事がよっぽど大切なのね」

「は?」

「でも、その気持ちが仇になっちゃったんだけどね」

「……全然、話が見えないんだけど……」

私の言葉にアリサはクスッと意味ありげな笑みを零して、

再びタバコをくわえ火を点けた。

アリサとの会話には独特な間が存在する。

それが計算されたものなのか

偶然なのかは分からないけど……。

気付くとアリサのペースに嵌っているような気がする。

ゆっくりと煙を吐き出したアリサが、

これまたゆっくりと言葉を紡ぎ出した。

「あんたも瑞貴君から聞いたでしょ?私の事」

「……」

確かに瑞貴は知っていた。

アリサの本名。

歳。

住んでいる場所。

それから、あれも……。

私に告げたのはこれだけだけど、本当はもっと知っているかもしれない。

「瑞貴君はあなたを大切に思う余り、多くの人間を動かし過ぎた」

「……」

「もしかしたら、それも計算だったのかもしれないけど」

「……どういう意味?」

「あなたを守る為にこれだけ動く人間がいるって事を私に分からせたかったのかもしれない」

「……そんなはずは……」

「ないって言い切れる?」

アリサのその言葉に私は頷けなかった。

瑞貴は私に限らず自分の仲間を守る為には手段を選ばない。

瑞貴は私の性格を知っている。

だからこそ瑞貴はアリサの事を調べ上げはしたけど、それ以上は動いてないと思ってた。

だけどアリサの話を否定出来るかと言ったら……。

「……そんなにたくさんの人数が動いたの?」

「あんた……何も知らないの?」

驚きを隠せないと言った感じのアリサ。

「知らないわよ。瑞貴が動いていた時、私は体中が痛くて寝てたし……」

「はぁ?」

「私が瑞貴からあんたの情報を聞いたのはあの日から数日経ってからだったし……」

「……」

「……事後報告だったのよ」

「……信じられない。あれだけ大騒ぎだったのに……寝てただなんて……」

「大騒ぎ?」

アリサは大きな溜め息を吐き出した。

そして、教えてくれた。

私とアリサがケンカをした翌日から数日間の出来事を……。

アリサが繁華街の異変に気付いたのはあの日の翌日だったらしい。

雪乃ママが提示した罰則でアフターもなく、マネージャーに送られ強制的にマンションに帰ったアリサは

翌日、私と同じように全身に走る激痛で目が覚めたらしい。

あの日、私達はかなりの量のお酒を飲んでいた。

私は響さんと同伴をしてお店に入る前から飲んでいたし、

アリサもたくさんの指名客のテーブルを回り飲んでいた。

だから、あの日は痛みに鈍感だったのかもしれない。

そして翌日。

グッスリと眠り、お酒もすっかり抜けた頃激痛に襲われた。

アリサが起きた時にはすでに熱もあったらしく、

しかもその熱が夜になるともっと高くなる事も分かっていたから病院に薬を貰いに行ったらしい。

もちろん、1人では動く事もままならなかったらしく、

知り合いに付き添って貰いながらマンションを出ると

その日の繁華街はいつもとは違ったらしい。

平日の昼間だというのに休日並みの人で溢れ返っていた。

アリサ曰わく

「ガラの悪い若い男ばかりが目に付いたのよね」

……多分、それが瑞貴のチームの男の子達で……。

「しかも、その男達はみんな私を見ているような気がしたの」

「……それって……気の所為とかじゃなくて?」

「私も最初はそう思ったわよ。でも……みんながケイタイで私を見ながら誰かと話していたの」

「……ケイタイで?」

「そう。その会話が全てが聞こえた訳じゃないけど……何度か“里菜”って単語を聞いたわ」

「……」

……間違いない。

瑞貴の仕業だ……。

私はそう確信した。

アリサがガラの悪い男の子達に見張られるという事態は、病院で診察を受け、マンションの部屋に着くまで続いたらしく……。

「私が男と一緒に住んでいる事も知っているんでしょ?」

「……あっ……」

突然のアリサの言葉に私はなんて答えていいのかが分からなかった。

私達の職場では男の話はタブー。

特定の彼氏がいる事をお客様に知られたらそれだけでその女の子の価値が下がってしまう。

だからお店の女の子達は異常なくらい気を使っている。

バイトでヘルプ専門の私達にはそれほど関係ないかもしれないけど

お店でトップクラスの女の子達は彼氏がいても絶対にその存在を公にはしない。

それは、アリサも例外じゃなくて……。

瑞貴の情報によるとアリサは彼氏と同棲しているらしく

その情報は瑞貴からのモノだから間違いはない。

だから、素直に「知っている」っていうべきなのかもしれないけど……。

「変な気なんて使わなくていいわよ」

「……えっ?」

「あんたが知ってる事は事実だし」

「……!?」

「別にあんたが気を使う必要なんてないわよ」

……そう言われたら確かにそうなんだけど……。

「……もし……」

「……?」

「私があんたの客に話したらどうすんの?」

「は?」

「『アリサは彼氏と同棲してる』って言い触らしたらどうするの?」

「あぁ、そういう事ね」

納得したように頷いたアリサは

「罰金払ってお店を辞めるしかないでしょうね」

平然と言い放った。

……はい?

……罰金?

……お店を辞める?

「……そんなに厳しいの?」

「厳しい?何が?」

「彼氏がいるってだけで罰金を払わないといけなかったり、お店を辞めないといけないの!?」

「なに言ってんの?」

「えっ?」

「罰金が発生したり退店になるのは私が店長と付き合ってるからに決まってるでしょ」

……。

……店長と付き合ってる?

……。

……。

……って事は……。

「あんたの彼氏って店長なの!?」

「……今更、そんなリアクションなんていらないから。変な気遣いなんていらないって言った……」

「知らない!!」

「は?」

「あんたが彼氏と同棲してるって話は聞いたけど、相手が誰かって事までは聞いてない!!」

「……あんた、案外、演技が上手いわね」

「はぁ?なんで私が演技なんてしないといけないのよ!?しかも、あんたなんかの為に!!気遣い!?冗談じゃないわよ。そんな事あんたとの付き合いに必要だなんて最初から思ってないわよ!!」

「……あんたはっきり言い過ぎじゃない?」

「……」

「でも、逆にそこまではっきり言われたら気持ちいいくらいだけど」

「……」

アリサは興奮気味の私を他所に笑ってて……。

……。

……やっぱり分からない。

この人の喜怒哀楽の基準が全く掴めない。

なんでこの状況で笑っていられるの!?

「……別にバレたらバレたで仕方ないんじゃない?」

アリサはそう言ってタバコの煙を吐き出した。

その言動はまるで他人事のようで……。

「退店も罰金も……あの人が傍にいてくれるなら大した事じゃない」

そう言ったアリサの表情はとても穏やかだった。

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