第2話

 休みの日はだいたいまず図書室に行く。図書室は船のちょうど真ん中あたりにあり、四階なので私の部屋からは階段を使わずに行けた。

 図書室はいつも半分くらいの席が埋まっていた。そのうち半分くらいの人は本を読んでいて、もう半分の人は参考書を片手に何かの資格を取るための勉強をしていた。

 私は図鑑コーナーへ行き、恐竜図鑑を手にした。恐竜図鑑はいつも通り、寄生虫図鑑と昆虫図鑑の間に置いてあった。図鑑は持ち出し禁止書物なので、いつも同じ順に並んでいた。私はこの恐竜図鑑がお気に入りで、毎週ここに来て読んでいた。

 一番奥の席に座り図鑑を開く。ティラノサウルスとトリケラトプスが戦っている絵が大きく載っているページだった。上背のあるティラノサウルスがトリケラトプスの背中に噛みつこうとしていた。一方で低く構えるトリケラトプスはその鋭い三本の角をティラノサウルスの足に向けていた。私としては、この勝負はトリケラトプスが勝ったのではないかと思う。ティラノサウルスの足も強そうではあるが、おそらくトリケラトプスの角には勝てない。いくらティラノサウルスの牙が強力であろうと、足元を崩されたらその威力を十分に発揮することは難しいだろうと思った。

 ページをめくると、今度は海に生息する恐竜が紹介されていた。メトリオリンクス、リオプレウロドン、モササウルス。やはりモササウルスが一番目立つ。後期白亜紀の頂点捕食者であり、全長は約十三~十八メートル、体重は二十~三十トンと書いてある。とんでもない化け物だと思う。ティラノサウルスやトリケラトプスにしてもそうだが、遥か遠い昔とは言え、こんな化け物達が本当にこの世界にいたのだ。

 私は目を閉じて、巨大なモササウルスが私の乗る船の下をゆっくりと横断する姿を想像した。今、もし何かの理由で海に落ちるような船員がいたら、間違いなくモササウルスの餌食になるだろう。モササウルスは肉食なのだ。図鑑には、モササウルスの絵の横にサイズ比較のために成人男性の絵も並べて描かれていた。圧倒的な体格差だった。しかも海の中。抵抗する術は無いだろう。

 もちろん今現在の世界では、モササウルスなんて生物はいないと言われている。しかし同じように、過去にはいたと言われているのだ。

 恐竜の世界は私にとって、自分の想像を超える本当に実在した世界であった。船の中の狭い世界で生きている私にとって、それは世界の広さを感じさせてくれる希望に近いものだった。だから私は休みの度に図書室に行って恐竜図鑑を読んでいた。

 一通り恐竜図鑑を読んだ後、私はジムへ向かった。ジムの時間は予め予約をしていた。午前十一時~十二時の枠だった。船の中では満足な運動ができず運動不足になりやすいので、ジムは船内で一番の人気施設となっていた。予約無しで入れることはまずなかった。

 カウンターに座る男に予約証明書を見せ、船員証を読取機にかざす。先日インターネットで買ったトレーニングウェアに着替えて軽くストレッチをしていると、先程のカウンターの男が私のところにやってきて、一番右端のランニングマシンは電気系統のトラブルで現在使用ができない状態になっている、と言った。確かに四台あるランニングマシンのうち一番右端のマシンだけは誰も使っておらず、それ以外の三台には順番待ちをしている人がいた。私は男に分かったと言った。しかし、この男はジムに来る一人一人に対していちいちこの説明をしているのかと思い、聞いてみた。すると男はそうだ、と当たり前のことではないか、とでもいうように言った。使えないマシンに張り紙をしておけばいいのではないか? と私が言うと、男は目を見開き、お前はなかなか頭がいいなと笑って、私の肩をばしばしと叩いた。しばらくして見ると、右端のランニングマシンに「使用禁止」と貼り紙がしてあった。

 今日はエアロバイクとチェストプレスマシンをメインにトレーニングをした。休憩を挟みつつトレーニングをしていると、何だかんだ一時間はあっという間だった。適度な運動は気持ちが良い。次の休みにも同じ時間で予約をしたかったのだが、もうすでに空き枠がなかった。仕方がないので空いていた午後の遅い時間に予約をしてジムを出た。

 食堂でランチを食べようかと思ったが、けっきょくサロンでサンドイッチを食べることにした。一通り食べ終わるとトレーニングの疲れか眠くなり、少し目を瞑るだけのつもりがそのままサロンのソファで眠ってしまった。

 目が覚めると、一瞬ここがどこだか分からなかった。窓の外で海が揺れている。それは別にどこの部屋からでもだが、窓の形や微妙な装飾の雰囲気からサロンにいるのだと思い出した。隣のソファに男が一人座っていた。選別の時にいたプリント部の男だった。

 私が驚いた素振りを見せると、すまない、起こすつもりはなかった、と彼は言った。いや、すみません、気にしないでください、と突然のことで私は少し焦った口調になっていた。男はそんな私に、この前、一緒に選別を受けた人だよね? と言った。私は頷いた。

「結果、どうだった?」

「変動なしでした」

「そうかぁ」

 私もダメだった、とプリント部の男は頭を掻いた。あの感じではダメだろうなと思ってはいたのだが、もちろんそんなことは言わない。

「君はどれくらいオペレーターをやってるの?」

 私は、正確には覚えていないが、おそらく十年は経っていないくらいだと思うと答えた。

「そうか。じゃあ、まぁ、うん。今回ダメでもまだ全然先があるよな。まだ大丈夫。私はダメだよ。もう二十年以上オペレーターをやってる。今回、かなり久しぶりの、多分五、六年ぶりの選別だった。もちろん今まで何回も選別を受けてきたよ。でも毎回変動なしだった。いろいろな説を聞いて、それなりに対策を考えて臨んでたんだけど、全部ダメだった。だから今回は敢えてその裏を行ってみたんだよ。説でタブーとされることばかりをやってみた。だってもう、それしか選択肢が無かったから。他のことが全部ダメで、残ったのがあれだった。最後だった。でもまたダメだった。また変動なしだった」

 男はそう言ってホットコーヒーを一口飲んだ。私は何と言っていいのか分からず、とりあえず男の目を見て頷いた。

「選別なんてただの出来レースなのかもしれない」

「出来レース?」

 言葉の意味は知っていたが、それが頭の中で選別と上手く結び付かなかった。

「最初から選ばれる人が決まってるんじゃないかって話だよ」

「そんな、まさか」

 あまりにも突飛な話で説にも成り得ないと思った。

「だって、そうじゃないと説明がつかないんだよ。何故ずっと選ばれない人がいるのか、そして何故簡単に選ばれる人がいるのか。私は船に乗った時からずっとプリント部にいて、真面目にやってきたよ。本当にいろいろなものをプリントした。何十万枚、何百万枚と業務を遂行してきた。色が合わなくて怒られたこともあった。プリンターの不具合でローラーの汚れが製品に付いて問題になったこともあった。コスト削減のために業務改善をしろと言われたらちゃんと考えて実行に移した。真面目過ぎて周りから敬遠されることもあるくらいだった。それなのに一向に選ばれない。私より後に船に乗った人がどんどん私を置いて選ばれていくのに。彼等はもしかすると私よりもずっと良い学校を出ているのかもしれない。でも別に特別素晴らしいものを持っているとは、私は思わなかった。しかしちゃんと選ばれていく。もう幹部になった男もいる。彼は会う度に私のことを哀れそうな目で見る。気を遣ったような話し方をする。彼にしても同様に、何がそんなに良くて選ばれたのか、私には分からない。選ばれることの判断基準が見えない」

 男はそこまで言って、ふぅ、と息を吐いた。それで少し気持ちが落ち着いたのか、すまない、ただの選ばれなかった人間の僻みだよ、と皮肉っぽく笑った。私は、半分はそうだと思ったが、もう半分は彼の話を否定することができない自分がいた。

「ほぼ初対面の人にする話ではなかったな。選別が終わって少し気が緩んでいたのかもしれない。疲れが出てる。毎日毎日、何年も何年も同じことを続けるというのは何とも奇妙で体力が要ることだと思うよ」

 私も船に乗ってからずっと受付部にいると話すと、違う部署に行きたいとは思わないの? と聞かれた。私はそんなことを考えたことがなかったと答えた。男は頷き、業務は楽しい? と聞いた。それについても私はそんなことを考えたことがなかったと答えた。

 そこで私はふと、この前の選別で、日々繰り返すことで自分自身の成長を確かに感じられるところに業務を遂行することによる喜びがある、と答えたことを思い出した。

 喜びは自分で得るもの、楽しみは他者から与えられるものだという違いはあるものの、私は果たして業務を行うことによる喜びに対しても今まで考えたことがあっただろうかと思った。記憶には残っていない。では選別の場で話したあの言葉は嘘だったのか。あれは選別のためだけの言葉だったのか。いや、完全な嘘だとは言えない。でも完全な本当だとも言えない。ではあの言葉は一体何だったというのだ。

「私は本当は画家になりたかったんだ」

 男はぽつりとこぼすように言った。サロンはとても静かだった。画家ですか、と私は繰り返した。そう、画家に、と男はまたホットコーヒーを一口飲んだ。

「幼い頃から絵を描くのが好きだった。お袋が買ってきてくれた画用紙にたくさん描いて、親兄弟には上手い上手いと褒められた。私は歳の離れた一番下の子供だったから必要以上に可愛がられていたというのもあったかもしれない。一度だけ、当時住んでいた地域のコンクールで佳作に選ばれたことがあった。地域の、と言ってもそれなりに大きなコンクールだった。みんな喜んでくれた。もちろん私も嬉しかった。それで自信もついて、美術を習う学校に進学した。今思えばそれがまずかった。それなりに有名な、レベルの高い学校だった。当然優秀な人間が集まる。私よりも絵が描ける人がごろごろといた。間違いなく私は下から数えた方が早いような人間だった。辛かった。でも諦められなかった。やっぱり絵を描くことが好きだった。根気よく勉強をして、練習をして、大きなコンクールにもチャレンジした。しかしあの地域のコンクールの佳作以来、私の描いたものが世間に認められることは一度も無かった。やがて学校を卒業する年齢になった。私の絵はお金を貰うに値するレベルには達していなかった。絵に対する思いは変わってはいなかったが、それでも何かをして生きていかなければならなかった。それで船に乗った。何故この船だったのか、今となってはもはや覚えていない。夢は未だに枯れてはいない。私はやはり今でも画家になりたい。でもここには絵を描くための画用紙も絵の具も無い。時間はただ過ぎ去っていく。どんどん歳を取っていく。止める術は無い」

 まだ言葉が続くかと思い、先を待ったのだが、男の話はそこで終わりのようだった。私は、インターネットで画用紙と絵の具を買えばいいのではないか? と言った。男はそれはもちろんそうだけどね、と少し笑った。

「もちろん、画用紙も絵の具もインターネットで買える。インターネットで買えないものなんてこの世に何も無いからね。私が言いたいのはそういうことではなく、けっきょく、業務の中に私が本当にやりたいことは何一つ無いということなんだよ。しかし日々の時間はほとんど業務に充てられている。心に従って身体が動くとしたら、これは矛盾だと言えないだろうか? もちろん生活というものはある。何があっても生きていかなければならない。しかし、それと心を殺すことがイコールになるのならば、生活というものはいったい何のためにあるのかと疑問に思わないか?」

 私は分からない、と正直に答えた。業務に対してそこまで深く考えたことが無かった。それは私には夢と呼べるものが無いからか。いや、それはかつてはあった。確かにあった。まだ学校に通っている頃だったが、あった。いつの間にか忘れていたのだ、そして久しぶりに思い出したそれは、もう今や夢とは言えないような姿に成り果てていた。

 つまらない話を聞かせてしまったね、と言って男は立ち上がった。私は別につまらないとは思っていなかった。だから正直にそう言った。男はありがとうと言ってサロンを出て行った。一人残ったサロンで私は目を閉じた。私も少し疲れているようだった。



 落ち着いた感じの男の声だった。

「私は学校でバレーボールをやっていた。合計すると多分、七、八年はやっていたと思う」

 長引きそうな相談者だなと直感で思った。焦る気持ちを何とか抑え、左様でございますか、と相槌を打った。

「しかし、もともと私はバレーボールなんてする気はなかったんだ。特に興味があったわけでもないし、世間ではちょうどサッカーが人気だった頃で、周りはみんなサッカーをしていたよ。あの、やたらと気温の高そうな国で世界大会が行われていた頃だ。外国人の、何という選手だったか、髪型が奇抜で、その髪型を若者がみんな真似をして、ちょっとした流行になっていた頃だ。あれは何という選手だったかな。君、覚えていないか?」

 申し訳ございません、存じ上げておりません、と言いつつ、目線は電話機のディスプレイに行っていた。また応答ランプが点滅している。電話が繋がらず相談者が待ち状態になっているのだ。周りを見回すと、他のオペレーターも皆電話対応中のようだった。何故だか分からないが、今日は異常なくらい電話が多い。さらに私は連続して通話時間が十五分超えの相談者に当たってしまっており、対応数が著しく悪かった。

「君、そんなことも知らないでコールセンターのオペレーターをやっているのか?」

 申し訳ございません、と私は再度謝った。

「まぁ、いいや。そんな中で私がバレーボールを始めたのは、単純に仲の良かった友人が始めたからだった。彼はクラスメイトで、学校が終わった後も毎日一緒に公園で遊んでいたよ。そんな彼がバレーボールをやるというのだから、私もやらざるを得なかった。私達が入ったのは地元のクラブチームだった。全員で十五人くらいのチームで、けっこう年齢のばらつきがあった。私と友人はその中でも一番若かった。一番歳上の人は自分達の親くらいの年齢だった。そして皆すらっと背が高かった。実にバレーボーラーらしい体型をしていた。私と友人は背が低かった。学校のクラスの中でも一番前とその次だった。始めのうちは腕が痛くて仕方がなかった。レシーブをした場所が、夜になったら毒に侵されたかのように紫色になる。あれは辛かった。それでも私はバレーボールを辞めなかった。何故かというと、友人が辞めなかったからだ。彼も私と同様に頑張っていた。同じように腕を紫色にしてレシーブをしていた。体育館の床を転がっていた。数ヶ月経つとレシーブはある程度できるようになった。腕の痛みも以前ほどは気にならなくなった。でもスパイクだけは二人ともなかなか上手くできなかった。それは単純に背丈が足りていなかったからだ。腕を伸ばしてジャンプをしてもまだ掌がネットを超えなかった。身長はすぐには伸びないから、私達はジャンプ力を上げることに注力した。君、ジャンプ力を上げるためにはどこの部位を鍛える必要があると思う?」

 足ですか、と私は答えた。男はふん、と納得したようなしていないような、中途半端な声を出した。おそらく半分正解くらいの感じなのだろうと思った。

「足、というか、太腿、すね、ふくらはぎ辺りだな。あと、肩や胸、腹筋、背筋も大事だ。身体というものは正直で、トレーニングをしたらしただけ筋肉はつく。だからしばらくすると少しずつスパイクが打てるようになってきた。友人も私と同じようにスパイクが打てるようになった。最初のうちは二人、本当に同じように成長をしていった。最初のうちは、とわざわざ言ったのは、つまり途中からは違っていったという意味を含んでいるのだが、そのうち私は彼のスパイクがだんだんと鋭くなっていることに気付いた。私のそれよりも明らかに強烈だった。同じようにトレーニングをしているのに何故差が出るのだ、と疑問を抱いたよ。でも答えは簡単だった。彼はいつの間にか私よりも頭一つ分くらい背が高くなっていたのだ。だからリーチが伸びた分、上からスパイクを打ち下ろせるようになっていた。悔しかったよ。一方で私の身長はほとんど伸びなかった。これは遺伝のせいだと思った。私の父親は私と同じく小さかったが、友人の父親はすらっと背が高かった。そのうえ医者だった。だから彼も背が伸びたのだと思った。バレーボールをするうえで、リーチの差は大きい。やがて彼はチームの主力選手になったが、私はけっきょく最後までパッとしない選手だった」

 私は何と言っていいのか分からず、左様でございますか、と言った。男が最終的に何を言いたいのかまったく分からなかった。手元で書いている会話内容のメモもまとまりが無く、後で記録を入力する時に苦労しそうだと思った。

「まぁ、しかし仕方がない。遺伝の問題ならばそれはもう文句の言いようがない。そんなことで自分の親を恨むでもない。私はそんな心の狭い人間ではない。ただ、彼は恵まれていた。それだけだ。学校を出て、彼も医者になった。何年か総合病院に勤めた後、自分のクリニックを開業したと聞いた。もう何年も会うことは無いが、今でも年に一度くらいはメールのやり取りをする。さて、ところで君は身長は何センチあるんだ?」

 私が、確か百七十三センチです、と答えると、男はなるほどね、と言って唐突に電話を切った。私は一瞬自分の失言で相手を怒らせてしまったのではないか、と不安になったのだが、どう考えても私の回答に問題は無かった。私は自分の身長を聞かれて答えただけなのだ。

 電話が鳴る。まだシステムに記録を入力していなかったが、私は反射的に応答ボタンを押していた。すまない、一つ間違えていた、と言う声はさっきの男に違いなかった。

「友人は医者じゃない。歯医者になったんだ」

 それだけ言って男はまた電話を切った。

 それ以降も最悪だった。どうにも温度感の高い相談者に当たってしまい、結果的に数をこなせなかった。オペレーター毎の応答数と平均通話時間の一覧が一日の終わりに班長から配られる。この日、私は班内のオペレーターの中で最低の応答数だった。全体的な入電数も多かったが、それにしても酷かった。

 私は、まぁこんな日もある、と深く考えないように努め、気持ちを切り替えるためにこの日は早めに寝た。しかし翌日も状況は好転しなかった。同じように入電数が多く、やはり何故だか私は厄介な相談者に捕まってしまい応答数が伸びなかった。さらにその翌日も悪かった。けっきょく私は五日連続班内で最低の応答数を出してしまった。こんなことは初めてだった。私も悪かったが、班全体の応答数も悪かった。嫌な予感がした。そしてそれは的中し、五日目の業務終了後、班長と私は受付部の幹部から呼び出された。

 私と班長は幹部の男の背中について船内を歩いた。この男のことは知っていた。少し前まで隣の班の班長だった男だ。途中で、お前は会議室Bへ行け、と言われた。私は承知いたしました、と言って二人と別れて一人会議室Bまで行った。ドアの窓から明かりが漏れていたので、中に誰かがいることは分かった。私はノックをして、失礼します、と言ってドアを開けた。中にいたのはこの前の選別の時にいた試験官の女だった。

 何故あの試験官の女がここにいるのか、私にはよく分からなかった。女は選別の時と同じような時代遅れのスーツを着ていて、その手には竹刀が握られていた。そのアンバランスさが何とも不気味だった。机や椅子は部屋の端に押しやられ、部屋の真ん中にぽっかりとスペースが空けられていた。その中心に一つだけ椅子が残されており、女は私に、ここに座りなさい、言った。

「私は監査部教育グループの責任者をしている清水と申します」

 女は私の目をしっかり見て言った。私は少し気圧されたが、お疲れ様です、と挨拶をして、自分の所属する部署名と名前を言った。何となくだが、この女は私のことを覚えていないのかもしれないと思った。

「あなたはここ最近の業務において、与えられた役割には遠く及ばない酷い結果を残してしまいました。これは明らかな問題であります。船にとって一つ一つの問題は小さいですが、その都度ちゃんと潰していかないと、それはいずれ巨大な脅威と成り得ます。今回の事象は、個人の問題によるものではなく、仕組みの問題によるものだということは私も理解をしています。ミスや不手際を個人の問題にすることはありません。人間はミスを起こす生き物だと念頭に置いたうえで運用を考えなければいけません。しかし一方で、今回個人としてあなたに至らない点があったこともまた事実です。そこに対しては再教育を行う必要があると考え、それで本日はここに来ていただきました」

 私は頷いた。次の瞬間、右肩に竹刀が打ち込まれ、電流のような激しい痛みが身体の中を走った。次に打たれたのは左腕だった。私は激痛で椅子から転げ落ち、床にうずくまった。それでも竹刀は止まらず打ち続けられた。女が服で隠れている部分だけを狙っているのはすぐに分かった。それでも私は頭を守ってうずくまっていた。痛みで意識が飛んでしまいそうだった。

「あなたは経験もあり、日頃の業務態度もけっして悪くはありません。では何故今回のようなことが起きたのか? それは気が緩んでいたからだと思います。そうとしか思えません。でもそれはそれで仕方がないことだと思います。所詮は人間ですから、毎日同じことを繰り返していたらいずれ気も緩みます。それは別に恥じることではありません。ただ、緩んでしまった気はもう一度締め直す必要があります。それさえすれば、あなたはまたベストな状態で業務に戻ることができます。車や機械を定期的にメンテナンスするのと同じです。分かりますか?」

 女は話しながらも私のことを激しく打ち続けた。こんなに竹刀を振っているのに、女の呼吸はまったく乱れていなかった。私は激痛で身体を丸めながらも何度も頷いた。そんな状態が何分くらい続いたのだろうか、竹刀は唐突に止まった。女は、では、明日からもまたよろしくお願いします、と頭を下げ、そのまま部屋を出て行った。私は女の背中に、ありがとうございます、と言ったが、それが声になっていたのかは分からなかった。しばらくそのまま動けなかった。蛍光灯の白いライトに無様に照らされていた。



 翌日、船内通達のメールで私達の班で問題が起きたことが全体配信された。

 そこには、起こった事象についての説明と、該当班の班長と特に問題のあったオペレーターに対して再教育を行ったということが書かれていた。通知上に私の名前は出ていなかったが、班長の名前は出ていた。それで私は班長に対して申し訳ない気持ちになった。通達の最後には昨日私達を呼び出した受付部の幹部の男の署名があった。おそらくあの男が今回の再教育の実施責任者なのだろう。

 一晩経っても女に打たれた身体が痛んだ。特に風呂がきつかった。すぐには回復しそうになかった。

 業務中、田丸さんさんに肩を叩かれた。その時私は電話対応中だったので話をすることはできなかったのだが、おそらく元気を出せという意味だったのだと思う。嬉しくもあったが、情け無い気持ちにもなった。今日は入電数もそこまで多くなく、それなりにリズム良く対応ができていた。しかし私は油断をせず慎重に応対をした。

 昼休みに班長に食事に誘われた。班長から個人的に声をかけられるのはこれが初めてのことだった。二人で食堂の門をくぐると、そこにいる船員達が皆私達のことを見ているのではないかという錯覚に陥った。実際何人かは班長のことを見ていたかもしれない。船中に名前が回ってしまっているのだから、注目を浴びる可能性は大いにある。

 私はいつも通りBプレートを注文した。班長はかけうどんだけだった。それだけでは足りないのではないか? と私は班長に聞いた。食堂でうどんを注文する人は、それだけでは足りないので、おにぎりやお惣菜を追加する場合が多かった。いや、今日は食欲が出ないから、と班長は笑った。確かにそれはそうなのかもしれない、と私は悪いことを聞いてしまったと思った。そう言われてみると、私にしても何となくBプレートを注文したが、あまり食欲は無かった。

 昨日、あの後どうなったの? と聞かれたので、竹刀で何度も打たれました、と私は正直に話した。班長はえっ、竹刀で? と驚いていた。

「班長はあの後どうなったんですか?」

「始末書を書かされたよ」

 班長はうどんを啜りながら言った。

「監査部の幹部が二人と受付部の幹部が一人いたんだけど、私が始末書を書くと、それを目の前で三人で読むんだ。そして、ここが書けていないとか、こういう場合はどうするんだとか、指摘を受けて書き直したり加えたりするんだけど、それが何度も何度も続く。正直、まとめて言ってほしいと思ったけど、怒られている身だからもちろんそんなことは言えないよ。だんだん指摘は業務のことだけでなく、私個人のことにまで及んできた。それは別に始末書に書いたりはしないんだけど、私に離婚歴があることだとか、リーダーやオペレーターの時に起こした問題なんかを蒸し返されて、どう思っているんだ? 反省しているのか? と問い詰められた。正直参ったよ。ただ、彼等は別に私のことを虐めようとしている感じではなかった。船員に対して当たり前のことを求めているという感じだった。当たり前のことを当たり前にやるのがプロだということは、私だって分かるよ。人はどこまでいっても完璧になんてなれない。それを理解したうえで仕組みでそれをフォローするだなんて言うけど、けっきょくは個人としての完璧さはそれはそれで求められる。何だかんだ言って経歴に泥の付いていない人間が上に好まれる。けっきょく開放されたのは午前三時だったよ」

 私はすみませんでした、と謝った。班長は別に君が謝ることじゃないよ、と笑った。私は班長の話を聞いて、班長が受けたような精神を追い込む再教育に比べたら、私が受けた肉体的苦痛による再教育の方がマシだったかもしれないと思った。監査部は私のそのような心を見透かしてあのような手段を選んだのだろうか。

「実は始末書を書くのは今回が初めてじゃないんだ。十年ちょっと前くらいにも一度書いたことがある」

 私は頷いた。

「私は当時は封入部にいた。ちょうど班長になった頃だった。問題を起こしてしまったのは、新しくできる大型ショッピングモールの案内を事前会員登録をしていた顧客に対して発送するという業務だった。ショッピングモールに入っているショップが各々チラシを作り、それをまとめて角2の封筒に封入して送るのだけど、私の指示ミスで一つのショップのチラシを入れ忘れてしまったんだ。それがまた悪いことに、ショッピングモールの上層部が政治的な絡みで入れていた特別なショップだったようで、大問題になった。今回と同じように呼び出しを受けて、再教育として始末書を書いた。あの時も何度も書き直した。同じように個人的なことに対してもいろいろ言われた。言いづらいことだけど、私は学校に通っていた頃に一度傷害事件を起こしてしまったことがある。酒に酔って喧嘩をして、相手に怪我をさせてしまったんだ。今の私の姿からは想像できないかもしれないけど、若い頃はボクシングをやっていたんだ。だから、あれは喧嘩というよりほとんど一方的に私が殴っているようなものだった。相手の男は知り合いでも何でもない、その日飲み屋で絡んできたただの酔っ払いだった。その後、会うことは無かったが、喧嘩の後遺症で片目を失明したと聞いた。何故だか分からないが監査部はそのことを知っていた。人を殴った過去をどう思うか? 反省しているのか? もう絶対にやらないと誓えるのか? としつこく問い詰められた。私はその頃は結婚もしていて、子供もいた。更生している、という言い方が正しいのかは分からないが、ちゃんと真っ当に生きているつもりだった。傷害事件については、本当に反省をしていた。あれ以来酒を飲むことも止めた。今でも一滴も飲んでいない。もちろん事件のことを忘れてはいない。忘れられる訳がない。しかし、知られているとは思わなかった。私が話したことも無い人間が私の犯した罪のことを知っているというのは辛かった。その時私は、罪は罪で、何をどうしようと永久に消えることの無いものだと思った。取り繕っても隠しても、全てバレてしまうんだ。私みたいな人間が幸せになんてなれるはずがないと思った。それでも頑張った。頑張るしかなかった。でも、やがていろいろなことが上手くいかなくなって、けっきょく妻と子供も出て行った。また再教育になった。やっぱりダメだった。さっきは言わなかったが、今回の再教育でもまた傷害事件のことを言われた。人を殴った過去をどう思うか? 反省しているのか? もう絶対にやらないと誓えるのか? 前の時とまったく同じだった。私は何も変わっていないと思われていた。いや、実際何も変わっていないのかもしれない。罪は消えはしないのだから、それは多分当たり前のことなんだ」

 話を進めるうちに、班長の呼吸がだんだんと荒くなっていた。箸を持つ手が震えて、麺を掴むことができていなかった。私は、落ち着いてください、と言って、それが正しいのかは分からないが、水を飲むように勧めた。班長は、そうだね、と言って震える手でグラスの水を飲んだ。落としてしまうのではないかと思うくらいに震えていたが、こぼすことはなく半分ほど飲んだ。

「ありがとう。少し落ち着いた」

 今はまだ、深く考え過ぎない方がいいと思います、と私は言った。そうだね、ありがとう、と班長は言ってまたうどんの続きを食べ出した。しかしけっきょく半分くらい食べ残していた。

「今回の問題は決して君のせいではない」

 食堂から作業場に戻る途中で班長が言った。

「誰にもどうすることもできなかった。君は運が悪かっただけだ。個人の問題ではない。しかし、かと言って仕組みの問題だとも私は思わない。むしろ今回のことを問題だとすら思っていない。そういう日がたまたまあった。ただそれだけだよ」

 私は、業務に戻りましょう、と言ったのだが、それが班長の耳に届いたのかは分からなかった。



 班長が海に身を投げたのはその日の夜だった。甲板から飛び降りたところを何人かが見ていたらしい。

 私はそれを翌日の朝礼で聞いた。驚きはしたが、納得できる部分もあった。昼休みに食堂で一緒にいたことを誰かが報告したらしく、私は監査部に呼ばれた。班長と最後にちゃんと言葉を交わしたのは私のようだった。

 呼ばれた部屋はこの前再教育を受けた会議室Bだった。それで私は少し身構えたのだが、部屋に入ると今日は普通に机も椅子も並べられていた。あの試験官の女(確か清水と名乗っていた気がする)と通達に署名をしていた受付部の幹部、そしてもう一人知らない男がいた。この男は紙とペンを持って構えており、おそらく書記担当としてこの場にいるのだろうなと思った。そこに座りなさい、と言った受付部の幹部は、数日前に私達を呼び出した男と同じとは思えないくらいに憔悴していた。一方、女の方は変わらず堂々としていた。

「昨日の昼、あなたが伊藤班長と食堂にいたと一部船員から報告を受けています。間違いありませんか?」

 間違いありません、と私は答えた。女はまた私と初めて会ったかのような話し方をした。選別のことも、ここで私を竹刀で打ったことも、彼女は忘れてしまったのだろうか。それともそのような話し方をするのがこういう場ではベストなのだろうか。

「その時、普段と何か違うようなところはありましたか? 彼はどのような話をあなたにしていましたか?」

「もともと業務以外で特別親しくさせていただいていたわけではないので、普段と違うところというのは分かりません。食堂では先日受けた再教育のことを話していました。班長は再教育を受けたことで、酷くショックを受けているようでした」

 私がそう言うと、受付部の幹部は両手で頭を抱えた。再教育が原因で身を投げたとなると、おそらく実施責任者として責任を問われることになるのだろう。

「話していた内容について、もう少し具体的にお聞かせいただけますか」

「基本的には今回受けた再教育の内容についてでした。お互い再教育として、どのようなことを行ったのかを話していました。また、班長は過去にも一度再教育を受けたことがあるようで、その話もされていました」

「先程、伊藤班長は酷くショックを受けているようだったとおっしゃいましたが、それは彼が直接的にそのようなことを言ったのですか? それとも彼の言動からあなたがそう感じたのですか?」

「記憶が曖昧で、間違いなくとは言えませんが、直接的には言っていなかったと思います。ただ、言動から再教育に対してショックを受けていることは伝わりました。話しながら手が震えていました。まともに食事を取れるような状態ではありませんでした」

 書記の男は私の言葉を聞きながら滑らかにペンを滑らせていた。感情というものが一切感じられず、まるでそういうロボットのようだった。

 正直言ってどこまで話すべきか迷っていたが、傷害事件のことは話さないでおこうと思った。とは言え監査部は事件のことを知っているのだから、話しても話さなくても同じだったのかもしれない。それでも私の口からは言いたくなかった。

 長時間の拘束を覚悟していたのだが、意外にも一時間程度で開放された。

 翌日、班長の訃報とそれに対する説明が船内通達で配信された。

 通達には、班長がストレスが原因で胃を病んでいたこと、診療所にて治療を行っていたが上手くいっていなかったこと、そこにタイミング悪く再教育が重なり、精神が一時的に不安定になってしまったことが身投げの原因として記載されていた。

 班長が胃を病んでいたという話は聞いたことがなかった。そんな素振りも思い当たるところがなかった。

 これが真実なのだろうか? と思った。もし班長が本当に胃を病んでいたのであれば、あの時食堂で私にそのことを話したのではないかと思った。しかし、そんなことは考えても仕方がないことだった。班長はもう亡くなってしまっているのだし、船内の全てを把握している監査部がそう通達したのだから、それを真実として受け止めるのがどう考えても自然だった。しかし、私の中で何かが落ちなかった。

 私は、問題が起きたこと、再教育を受けたこと、そして班長の身投げまで、全てを明美に話した。

『辛いね』

 明美にそう言われて、確かに辛いと思った。他人に言われて初めて気付いた(そういえば、試験官の女達はそのような言葉を一切口にしなかった)。決して親しかったわけではない。でも私は班長のことを嫌いではなかった。死んでしまったのだと思うと胸が詰まった。

『あなたの方は大丈夫? 私はそれが心配』

『大丈夫、死のうと思うようなことなんて今のところ一つも無い。嫌なことはあるけど、我慢できないほどではない』

『良かった。でも、我慢をしないと人は普通には生きていけないって、それもまた辛いね。生まれながらに重荷を背負っているみたい』

『明美こそ、そんな心配になるようなこと言うなよ』

『ごめん。私だって大丈夫。だけど、本当に気にしたらダメだよ。できれば忘れた方がいいと思う。班長さんのことをじゃなくて今回のこと自体を』

『忘れられないよ』

『そうだよね。難しいことだよね』

 その時は明美が何を言いたかったのか、私にはよく分からなかった。その意味を理解したのは寝付けぬ夜中のベッドの中だった。

 明美は私が、自分のせいで班長は身投げした、と考えてしまうことについてを言っていたのだ。どうしようもないことではあったとはいえ、再教育の原因となった問題に私は大きく関係している。明美は、私がそのことを気に病んでしまうのではないかと考えたのだ。だから今回のこと自体を忘れた方がいいと言ったのだ。

 しかし実際、私はそんな考えを持っていなかった。何故か。それは班長の最後の言葉があったからだと思う。「今回の問題は決して君のせいではない」という班長の言葉に私は救われていた。それをそこまで意識していた訳では無いが、今考えてみると強く思う。あの言葉が無ければ、おそらく私は自分を強く責めただろう。

 班長は、私と話していた時にはもう身を投げることを決めていたのではないか。それで残される私のことを思ってあのようなことを言ったのではないか。あの時の班長にそんな余裕があったのか? と問われると、それは分からない。だからもちろん絶対の自信は無い。けっきょく真実は永久に分からないのだ。

 しばらくすると、やっと訪れた眠気が私の精神を溶かし始めた。私は深い海の底を思った。そこはただ暗かった。暗くて何も無い場所だった。



 翌日、緊急の選別が行われ、廣瀬という男が新しい班長に選ばれた。これは私としては意外な結果だった。絶対に田丸さんが選ばれると思っていたからだ。

 廣瀬は少し前に私の班にやってきた男で、年齢は前の班長と同じくらいだった。ランクはリーダーだったので、班長に選ばれてもおかしくないポジションではあったのだが、業務遂行能力においても、コミュニケーション能力においても、班内で同じランクである田丸さんと比べると、どう考えても見劣りしていた(というより私は彼の良いところを一つとして挙げることができなかった)。

 監査部はいったい彼のどこを評価して班長に選出したのか。選別の場での回答がよっぽど秀逸だったのだろうか。しかし、そこには田丸さんもいたはずだ。私は廣瀬が田丸さんより秀逸な回答をしているところを想像できなかった。

 廣瀬は班長になっても以前と変わらぬ様子だった。取り立ててリーダーシップを発揮するわけでもなく、何となく班長の椅子に座っているだけ、という感じだった。

 ある日の業務終了後、田丸さんに声をかけられた。

「よう、ちょっとは元気出たか?」

「そうですね」

 とは言ってみたものの、今が平常なのか、それともまだ気持ちが下がっているのか、自分でもよく分からなかった。とりあえず日々の業務は通常通りに遂行できていた。気付けば班長の身投げからすでに何週間かが経っていた。もしかすると一月以上が経っているかもしれない。何も考えずに業務を繰り返していると、相変わらず時間の感覚がぼやける。

「田丸さんは大丈夫ですか?」

「俺? 大丈夫って何が?」

「いや、選別のことですよ。廣瀬さんがリーダーに選ばれたから」

「お前は相変わらず真面目だなぁ」

 そう言って田丸さんは笑った。

「なぁ、今夜時間空いてるか?」

 私は特に予定はありません、と答えた。明美にメッセージを送ろうと思っていたくらいだった。そしたら、甲板の喫煙所に二十時半に集合な、と言われた。特に断る理由も無かったので、私は頷いた。

 部屋に戻って作業着を脱ぐ。時計を見るとまだ十八時過ぎだった。田丸さんに言われた集合時間まではまだ少し時間があったので、私は浴場に行って汗を流すことにした。浴場は三階と一階にあるのだが、私はいつも三階の浴場を利用していた。

 浴場には業務終わりの船員がたくさんいたが、まだピーク時間には達していなかった。この後、食堂に行っていた人が一気に来る十九時半頃からが浴場のピーク時間になる。

 私はシャワーで汗を流して頭を洗った。持参したタオルで身体も洗い、湯船に浸かる。浴場の湯はいつも少し熱い。長く浸かることができないし、すぐに身体が赤くなった。それは私の身体が熱さに弱いからなのか、それとも利用者の回転率を上げるための船側の戦略なのか、いつも考えはするのだが、誰かに意見を求めるほどではなかった。

 浴場を出てもまだ十九時前だった。さっぱりしたからか急激に空腹を感じた。それもそのはずで、いつもならもう食堂で夕食を食べている時間だった。生活リズムが一定過ぎると身体の融通が利かなくなる。

 しかし改めて考えてみると、二十時半集合というのは実に微妙な時間だなと思った。夕食の時間にしては少し遅いので、集まってから何かを食べるというわけではないのだろうか。となると、サロンでコーヒーでも飲むつもりなのだろうか。

 いずれにせよ、あと一時間半我慢できる空腹状態ではなかった。私は購買部へ行って菓子パンを一つ買って食べた。このくらいであればもし後で何かを食べることになったとしても大丈夫だ。

 二十時半に喫煙所に行くと、田丸さんはすでに来ていて煙草を吸っていた。時間通りではあったが、すみません、遅くなりましたと一応謝った。

 行こうか、と田丸さんは煙草を消して歩き出す。倉庫の角を曲がってすぐの階段を降りたので、サロンに行くのではないのだなと思った。私は黙って田丸さんの背中を追った。田丸さんはどんどん階段を降りていき、一階の機関部の前まで出た。どこへ行く気なのかまったく分からなかった。

 機関部の横には立ち入り禁止区域の「地下」と呼ばれている場所に続く階段がある。まさかとは思ったが、田丸さんは「関係者以外立ち入り禁止」とプレートがかけられたチェーンをくぐり、地下へと続く階段を降り始めた。

「ちょっと、田丸さん」

 私は躊躇ったが、心配するなよ、大丈夫だ、と田丸さんが言うので仕方なく続いた。地下は薄暗く、プリント部で出た印字のヤレや、廃棄待ちの受付部の過去の通話記録が段ボールに入れられて通路の端に積まれていた。こんな場所に何があるのか、と思い歩いていると、ここだよ、と言って不意に田丸さんが指を差したのは「孔雀」とプレートが掛けられたドアだった。田丸さんは腕時計を確認した後、そのドアを五回ノックした。すると、ガチャリと掛かっていた鍵が開く音がした。

 中に入ると、そこには木彫りのバーカウンターがあった。何人かが談笑する声が聞こえ、煙草の匂いがした。薄暗くはあったが地下自体の薄暗さとはまた違った薄暗さだった。

 カウンターの中に立つ女が私達を見て、いらっしゃいませ、と笑顔で言った。美しい人だった。赤とピンクのスパンコールが散りばめられたワンピースを着て、頭の上で茶色の長い髪を結っていた。

 どうもお久しぶり、と田丸さんが言うと、女も、お久しぶりです、と微笑んだ。カウンターには私達以外にも何人か人がいた。空いている席に腰を下ろすと、女は私達の前に丸い紙のコースターを置いた。カウンターの中の棚にはたくさんのボトルが並べられていて、女はその中から一つのボトルを選んで栓を開けた。よく見るとそのボトルには田丸さんの名前がマジックで書かれていた。

 水割りでいい? と女は田丸さんに聞いた。田丸さんは、うん、水割りで、と答えた。氷の間を縫って注がれていくその琥珀色の液体が酒だということは、私でもすぐに分かった。じゃ、と言われて田丸さんと乾杯をする。飲酒は船の規定で禁止されている行為なので躊躇いはあったが、けっきょく私はそれを口にした。何年ぶりなのか分からないくらいに久しぶりの酒だった。しかし特別な感動は無かった。私は学校に通っていた頃から酒を美味いと思ったことは無かった。

「こんな公然と酒を振る舞う場所が船の中にあるなんて知りませんでした」

「まぁ、いろいろあるんだよ。そりゃ規定違反は規定違反だけどさ、人間なんだから息抜きは必要だよ。それで業務効率が上がるのなら俺は全然悪いことだとは思わない」

「でも、公然とはまずいんじゃないですか」

「それはもちろんそうだけど。おい、お前何か勘違いしてるだろ。ここはまったく公然の店じゃないぞ。本来は会員じゃないと入れないんだからな。お前が入れてるのは俺が特別に予約を入れておいたからなんだぞ」

「そうなんですか」

 そこまでしてくれていたとは思わなかったので、私は少し驚いた。田丸さんはどうやってそんな特別な会員になったのですか? と不思議に思ったので聞いたが、そこは秘密だよ、と笑って教えてくれなかった。

 その時、少し離れたところに座っていた男が、おい田丸、と田丸さんに声をかけた。田丸さんも、あっ、お疲れ様です、と返したので知り合いなのだろうと思ったのだが、その男の顔を見て驚いた。選別の時にいた若い試験官の男だった。男は当たり前のように煙草をふかしていた。服装や髪型は選別の時と同様に整っていたが、表情は緩み切っていて、相当酔っているようだった。男は三人で来ていた。全員監査部の人間なのだろうか、他の二人は知らない顔だった。

 田丸さんは私のことを同じ班の後輩だと男に紹介した。私は緊張しつつも挨拶をした。監査部の幹部と業務以外で話すなど、普通はあり得ないことだ。男は、どうも杉岡です、と手を差し出して握手を求めてきた。握手には応えたが、どうもこの男も私のことを覚えていないようだった。もちろん敢えてこちらから選別のことを口にすることもなかった。

 あの人、知り合いなんですか? と、私は田丸さんの耳元で小声で聞いた。おう、そうだよ、と田丸さんの返事はあっさりとしていた。

「監査部の幹部の人ですよね?」

「なんだ、知ってたのか」

「この前の選別で試験官でした」

「あぁ、そういうことか」

 と言って田丸さんは酒に口を付けた。

「どうやって監査部の幹部と知り合いになったんですか?」

「別に。ここで何回か顔を合わせるうちに仲良くなっただけだよ。お互い一人なら一緒に飲むこともある。いろいろな人と積極的にコミュニケーションを取っていたらいつかは偉い人にも当たるさ。そういう繋がりは大事だぞ。分かるか? 船の中で生きていくにあたって一番大事なのはコミュニケーションだ。どうも、それを分かっていない奴が多い」

 私は、そうですね、と言って頭を掻いた。私だって田丸さん以外の船員とはコミュニケーションが取れていないので耳が痛い。コミュニケーションを取ることが大事なのは分かる。しかし、分かっていてもできないのか、分かっているがやらないのか、そこは自分としてもよく分からなかった。田丸さんのそういうところは本当に凄いと思う。リーダークラスでありながらこんな店の会員になっていることも、田丸さんならば納得ができた。

 グラスの酒が残り半分になったら、女は何も言わずに酒を継ぎ足した。だから私は自分がどのくらいの量の酒を飲んでいるのか分からなくなっていた。

 アルコールが回っているということが自分でも分かった。だんだん田丸さんの話が上手く頭に入って来なくなっていた。お水飲まれますか? と女に言われ、お願いしますと頼んだ。しかし水を飲んでも状況は好転しなかった。

 試験官の男達はいつの間にかいなくなっていた。私は彼等の帰り際にちゃんと挨拶をしたのだろうかと不安になった。

「ここだけの話だけどな、この船けっこう危ないらしいぜ。近々沈むかもしれないって噂だよ」

 田丸さんは私の耳元でクスクスと可笑しそうに言った。何が面白いのかまったく分からなかったが、そこを指摘する余裕は残っていなかった。私の思考は泥水のように濁っていた。何故なんですか? と私は力無く聞いた。

「基本的には人手が足りていない。こんな大きな船に乗ること自体がもう時代遅れなんだよ。若い奴が全然入って来ない。昔は黙っていてもたくさん入ってきたのに。世間の価値感が変わってきている。大きな船より小回りが利く小さな船の方がだんだん有利になってきてるんだよ。昔はみんな大きな船の方が安定しているから良いと考えていたけど、今や大きな船でも沈む。何が起こるか分からない世の中になってきている。そうなると、小回りを優先する奴が増えてくる。当たり前だよな。何かあった時にはちゃんと逃げないといけないからな。けっきょく自分の身は自分で守らなければならないんだ。実力主義だよ。大きな船に身を委ねているより小さな船で自らオールを漕ぐ方がずっと力が付く」

 酒に酔いながらも私は田丸さんの話を理解することができた。それは私自身も思っていたことだったからだ。気付いてはいたけれど敢えて深く考えないようにしていたことだった。

「上層部はどう考えているんですか?」

「上層部? 役員や幹部クラスのことか? あいつ等は何も考えてないよ。奴等が考えているのは、ただ船を自分達の住み良い場所にしたいということだけだ。収益だとか、損益分岐点だとか、カッコつけていろいろ言ったりはするけど、本当はそんなことはどうでもいいんだよ。あいつ等は十分な報酬をもらっている。そんな奴等が無理をしてまで何かを動かす必要なんて一つも無いだろ。よっぽど前衛的な天才なら違うのかもしれないが、船に乗っている時点で凡人なんだよ。ただ何事も無く今の良い時間が続いてくれればいいと思っているだけだよ」

 上がそんなんじゃ破綻してしまう、と私は言った。何故だか少し笑っていた。

「そう思うか? でもそれがそうでもない。上がそんな状態なのは何も今に始まったことじゃない。ずっと昔から続いていたことだ。でも、見ろ。俺達はちゃんとこうやってここにいる。船は毎日海原を進んでいる。要はバランスだよ。誰かがやるなら誰かはやらない。誰かが考えるなら誰かは考えない。大きな船はそうやってバランスを取ることができる。船は一つの生命体なんだ。そして、そうやってバランスを取って生きていくことこそが船が本当に望んでいることなんだよ。発展でも進化でもない。ただ生きていくことこそが目的なんだ」

「本当に沈むかもしれないんですか?」

 私がそう言うと田丸さんは吹き出すように笑った。お前は本当に真面目だな、と私の肩に手を置いた。

「状況が良くないのは事実だよ。人手は足りていないし、売上も差益もここしばらくはずっと右肩下がりだ。でもな、やはりまだ生命体としては強いんだよ。そりゃあ、いろいろなものを取り込んだ生命体だからな。簡単には沈まない。ただ、絶対に沈まないかと言われるとそうとも言えない。この世に一度存在した以上はいつかは無くなる。どんなものだってそうだ。それは来月かもしれないし明日かもしれない。そういう前提で、船の中での自分の行動を考えろということだよ」

 バランス、と私は頭の中に残っていた言葉を呟いた。それは今お前が考えることじゃないけどな、と言って田丸さんは煙草に火をつけた。

「本当に船が発展も進化も求めていないとしたら、選別はいったい何のためにあるのですか。私達はより良いものになるために日々業務に励んでいて、それを形にできるのが選別なのではないですか。バランスという言葉で片付けられてしまったら、全てのことに意味が無くなってしまう」

「その、意味を持たせることこそが選別の意義なんだよ」

 廣瀬が今回班長に選ばれたことなんて、俺にとってはまったく問題じゃない、と田丸さんは私の耳元で言った。静かながらも強い言葉だった。私はもう一度酒を飲んだ。止めておけばいいのに不思議と飲もうという気持ちになった。嫌なことは飲んで忘れればいい、人生なんてそんなものだよ、と田丸さんが笑った。そうよ、そうよ、とカウンターの向こうで女も言った。私の頭の中でその全てが回った。考えることを続けるのはもう限界だった。私は、もう一度水が飲みたいと言った。無理はしちゃだめよ、と女が言った時にドアが五回ノックされた。

 女は壁に掛けられた時計を見てカウンターの下のボタンを押した。ガチャリと鍵が開く音を背中で聞いて、指定された時間にドアを五回ノックすることがこの店に入る合図なのだと、私はその時初めて気付いた。

 部屋に入って来たのは二人組の派手な女だった。こんばんわぁ、と言って周りの人間に愛想を振り撒いていた。田丸さんはにやにや笑いながら、お前、せっかくだから一回どうだ? と私に言った。何を言っているのかよく分からなかった。私は何とかして頭の中の回転を止めようと必死だった。

 よう、こいつ、ちょっと可愛がってやってよ、と田丸さんが女の一人に何かを渡した。二人は、きゃあ男前、と田丸さんの肩を叩いてはしゃいだ。田丸さん、と私は途切れ途切れの意識の中で言った。ちょっと遊んでこい、とそんな私の背中を田丸さんが強めに叩く。私は押し出されるように椅子から降りた。

 一人の女が私の腕に自分の腕を絡めた。私は目線で田丸さんに助けを求めたが、田丸さんはすでにもう一人の女の乳房に手を回していた。世界が回る。とても不気味な回り方だった。田丸さん、ともう一度声をかけたが、その頃にはもう田丸さんは女とキスをしていた。

「場所を変えようよ」と腕を絡めた女が私の耳元で囁いた。甘美な声だった。

 私は女に誘われるがままに部屋を出た。頑張れよぅ、と言う田丸さんの声と、他に何人かいた人々の笑い声が背中に響いたが、ドアが閉まると何事もかも無かったかのように消えた。

「行こうよ」

 静寂の中、改めて聞いた女の声はさっきよりずっと現実的なものだった。店の中で聞いた声とは印象が違っていた。女は私の手を引いて地下のさらに奥の方へと歩いて行った。どこへ行くの? と聞いたが返事は無かった。

 進めば進むほど埃っぽさが増した。カビ臭かった。思考は相変わらずぼんやりとしていて、何度も足がもつれた。女が支えてくれていなかったらおそらく真っ直ぐ歩くこともできなかっただろう。

 やがて女は立ち止まり、一つの部屋のドアノブを回した。しかし鍵がかかっているようで、ガチャガチャと音がするだけで開かなかった。中から、ノックくらいしろよ! と女の怒鳴り声が聞こえた。

「強気ねぇ。よっぽど偉いさんを相手してるんだわ」

 と、女は溜息をついて言った。私はとりあえず頷いた。そしてさらに歩みを進めた。

 次にあった部屋も、女はまたノックをせずにドアノブを回した。今度は鍵がかかっておらずドアが開いた。女が壁のスイッチを入れて電気をつけると、暗室のように部屋が赤く染まった。部屋には簡易ベッドとサイドテーブルしかなかった。女は鍵をかけ、どうぞ、と私にベッドを勧めた。それで私はとりあえずベッドに腰掛けた。止まると世界の回転を感じる。身体は止まっているのに世界が動いているという感覚がどうにも気持ち悪くて、私はベッドに横になった。何? だいぶ酔ってる感じ? と、女は私に言った。私は頷く。大丈夫? 水ならあるけど、飲む? と言われ、私は欲しいと行った。サイドテーブルの下が小さな冷蔵庫になっているようで、女はそこからペットボトルの水を出して私に渡した。

 ウイスキーってけっこうアルコール度数が高いからね、慣れない人が考えずに飲んだらそうなるよ、と女は言った。私は初めて女の顔をちゃんと見た。化粧は濃いが、おそらく私よりもだいぶ若いと思われる。店のカウンターにいた女と同じく、派手なワンピースを着て、頭の上で茶髪を結っていたが、幼さからか同様の色気はなかった。

 いけそうになったら言ってね、と言うと、女はするするとワンピースを脱いだ。その下には白色の下着を付けているだけだった。ちょっと待ってくれ、と私は言った。だから落ち着くまで待つって言ったじゃん、と女は笑う。

「あなた、もしかして初めて?」

 私は首を横に振った。嘘ではなかった。学校に通っている時に何度か経験はある。しかしもうずっと昔の話だ。船に乗ってからは一度も無い。成り行きで誰かと関係を持つことは今までに無かった。だから、それが正しいことなのか正しくないことなのか判断がつかなかった。でも身体は正直だった。いつの間にか世界の回転も気にならなかった。

 女はふうん、と言いながらズボンの上から私の局部を撫でた。そこには誤魔化しようのない欲望が形になって存在していた。準備オーケーと言うことね、と女は笑った。女は私の上に跨り、大丈夫、先にもらっているから安心して、と耳元で囁いた。そういえば、田丸さんがこの女に何かを渡していたことを思い出した。

 女は手際良く私の服を脱がした。私はこれから実験に使われるモルモットのように裸でベッドに横たわっていた。女が下着を外しているのが見える。白く、柔らかそうな肌だった。インターネット以外で女性の裸を見るのは酒を飲むこと以上に久しぶりだった。不思議な高揚感が身体を熱くさせた。酒の酔いもまだ残っていて、私の精神状態はぐちゃぐちゃになっていた。

 気付いたら私は女をベッドに押し倒していた。悪いんだけど、始める前に煙草を一本吸ってもいい? と女に言われ、はっとした。一瞬の間、獣になっていた自分を恥ずかしく思った。

 君は、ずっとこの業務をしてるの? と、煙草を吸う女に私は聞いた。見たことの無い細長い煙草だった。

「業務っていうか、ただのバイトよ。ずっとってほどでもないけど、まぁ、慣れるくらいにはやったわね。でも、あなたほど若い人は初めてよ」

「基本的には上層部の人達を相手してるの?」

「さぁ、どうかな。そういうことは言っちゃダメな約束になってるから。あなたもあまり聞かない方が身のためだと思うわよ」

 そう言って女は煙を吐いた。裸の女が煙草を吸うところを私は初めて見た。何とも不思議な光景に思えた。私は混乱しながらも、早く女の肌に触りたいと思っていた。そして、そんな自分をどうしようもなく恥ずかしく、情け無く思っていた。上層部の連中は、何も感じずにこんなことができるのだろうか? だとしたら狂っていると思った。規定を作って、それを破る楽しみを容認しているとは、いったいどういうことなのだろうか。少なくとも、この部屋には正しさなんてものは一つも無い。

 バランス、という言葉をまた呟いていた。誰かがやるなら誰かはやらない。誰かが考えるなら誰かは考えない。ということは、誰かが正しいならば誰かは正しくないことになる。私は少し笑った。とんだ茶番だと思った。

 難しく考えなくていいよ、と言って女は煙草を消した。静かに私をベッドに倒してキスをした。女のキスは生き物の匂いがした。船を降りたい、と私は言った。今までそんなことを考えたことはなかったし、口にした今でもどこまで本気なのかは分からなかった。船を降りてあなたに何ができるの? と、女が言った。私は何も言い返すことができなかった。女の肩を強く抱きしめた。

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