ミラクル☆ミッドナイト☆ハンター
楸 茉夕
ミラクル☆ミッドナイト☆ハンター
俺は、
自分がゲームのNPCだと自覚のあるモブなど、今時珍しくもないだろう。俺もその中の一人だ。
当然、このゲームの主要キャラ、所謂「
校舎の裏手にある弓道場には、<主人公>と<ヒロイン>、そして<ライバル>がいる。そして、俺たち名無しのギャラリーが弓道場の外から無責任に声援を送っていた。
弓道場を勝手に使っていいのかとか、弓道なのに周囲が騒いでいいのかとか、そういうのは気にしてはいけない。そういう設定とストーリーなのだ。
「な、何ぃ!? <ライバル>が全部外しただと!?」
「<主人公>くんは
「弓道部のエースである<ライバル>にも勝っちまうのか! <主人公>にできないことはないのかよ!」
モブに状況説明さすな。てか、弓道部のエースってなんだよ。
思わず口から出かけて、俺は慌てて唇を引き結ぶ。思っても、口に出してはいけない。周囲に迎合するようなありふれた言葉じゃないと、<神>に見つかってしまう。
「諦めな、<ライバル>。<ヒロイン>は俺のものだ!」
「くそ、こんなはずじゃ……! このおれが全部外すなんて、何かの間違いだ!」
<ライバル>は弓を床に叩きつけ、弓道場に膝から崩れ落ちた。いや、弓は丁寧に扱え。仮にも弓道部員だろ。あと<ヒロイン>をもの扱いすんな。
「すごいわ、<主人公>くん! 弓道をやっていたことがあるの?」
「いいや、ないよ」
「でも、未経験とは思えない動きだったわ。何かコツでもあるのかしら」
「そんなものないね。<ライバル>は弓道部だろ? ということは弓道の勝負を仕掛けてくる。それを見越して、俺が使う弓以外を全部、
「なんですって! とんだ策士ね、<主人公>くん! 孔明の生まれ変わりなの!?」
なんて卑怯な……!!
弓道部員が非弓道部員に弓道勝負を仕掛けるのも
……と、喉元まで出かかって飲み込む。<神>に見つかるわけにはいかないのだ。
そう、<神>だ。このゲーム、都市伝説探索アドベンチャー「ミラクル☆ミッドナイト☆ハンター」略して「ミラミハ」のシナリオライター。これが俺たちにとっての<神>。
この世界は<神>の指先一つでどうとでもなってしまう。悲しいかな、モブの自覚があろうとなかろうと、名前持ちだろうと名無しだろうと、このゲームのキャラでいる限りそのルールからは逃れられない。
どうせならもっといいゲームに出たかったなー。ドラゴン……とかファイナル……とか贅沢は言わないからさ。
「負けたぜ、<主人公>……おまえがナンバーワンだ」
「よせやい。おまえもなかなかだったぜ、<ライバル>!」
<主人公>は<ライバル>に手を貸して立たせてやる。はい、予定調和予定調和。どんなに汚い手を使っても絶賛される、それがこの世界の<主人公>だ。<神>の自己投影が酷い。
「遅くなっちゃったわね。帰りましょう、<主人公>くん」
「ああ。送っていくぜ、<ヒロイン>」
「本当? 嬉しい。優しいのね、<主人公>くん! 素敵!」
本編もそうだったけど、台詞回しが古臭いんよ。令和が舞台のはずなんだが。ここだけ昭和か。そういう台詞しか書けないなら舞台を昭和にすればよかったのに。
<主人公>と<ヒロイン>は寄り添いながら弓道場を出て行った。<ライバル>は寂しそうにそれを見送る。
「へっ……悔しいけどお似合いだぜ、お二人さん」
だから古いんよ。昔の少女漫画なんよ。それも70年代くらいの。え、この
<ライバル>も別方向へ去って行き、主要キャラがいなくなったので、俺たち名無しも三々五々散っていく。
「はー、終わった終わった。つまんねえ勝負だったな」
隣を歩く名無しの男子生徒がぼやき、俺は驚いて彼を見た。声を低くして囁く。
「おい、やめろって。どこで<神>が見てるかわからないんだから。次の<ライバル>にされたらどうするんだ」
なんだか視線を感じて、俺は周囲を見回した。俺たちの他には誰もいない。得体の知れない不気味さを感じて、俺は片腕をさする。まさか<神>じゃないよな……気のせいだといいんだが。
男子生徒は苦笑いで首をかしげた。
「さすがにそろそろ終わりじゃねえの? 予算も残ってなさそうだしさ」
「そうだけど……気をつけろよ。せっかくここまできたんだ」
「そうだな。それじゃ」
名無しは片手を上げて校舎の方へ向かっていった。俺は鞄を持っているので、このまま家に帰ることにする。―――そういえば今って何時なんだ? そのへんの設定もふわっとしてんだよな。時間帯くらい決めとけっての。帰っていいの俺? うっかり授業中だったりしない?
……いいか。帰ろ。
まあでも、あと少し、あと少しだ。あと少しの辛抱で、今までの苦労が報われる……かもしれない。
ちょっと説明が必要だな。
この「ミラミハ」、弱小ゲームメーカー「ジギタリスソフト」の四作目で、そこそこ好評だった「マジカル☆ミッドナイト☆ハンター」略して「マジミハ」の続編である。会社初の続編ってんで期待されてたのに、自分の手柄にしたい別のプロデューサーがしゃしゃり出てきて、「マジミハ」のプロデューサーを追い出して奪い取ってしまった。
そのクソ野郎がまあ、仕事ができない上に、パワハラ・セクハラが酷く、上層部のご機嫌をとるのだけが上手いクソだった。そんで、自分が推してる声優さんばっかりを起用するために殆どの予算を注ぎ込んだから、他に使う予算がなくなってクソゲー化したという、ただただ残念なゲームだ。公私混同するプロデューサーなんて辞めちまえ。
そもそも「ミラミハ」のシナリオライターは、原稿料をケチったから「マジミハ」のライターさんが降りてしまって、
同じく、報酬をケチったせいでイラストレーターさんも逃げ、キャラクターはAIによる自動生成になった。俺たち名無しに自我があるのは、AIに生み出されたかららしい。
プログラムの産物なのだろうから、自我と呼んでいいのかはわからない。でも、俺は俺で、ちゃんと意思や感情、思考を持っているのだから、自我だということにしておきたい。
で、自動生成されたキャラの中から、<神>が気に入ったキャラをピックアップして名前を
最初は皆「名前持ち」になりたがっていた。売れたゲームの続編だからな、主要キャラになれればいろいろなメディア展開が期待できる。アニメにも出られたりして。あわよくば更に続編とか。
でも、そのうちに誰もが気づいた。―――「ミラミハ」の<神>は「マジミハ」の<神>と違って、クソしか書けない、と。
そうなんだよ。名前をつけられた瞬間から全員クズになる。そんなことある? 逆の奇跡起きてない? メインキャラクター全員クズ、シナリオは行き当たりばったり、<主人公>を持ち上げることしかしない、小学生でももっと上手く書くだろうってくらいのクソ。もうシナリオもAIに書かせた方がよかったんじゃないか?
目立ったバグはなく、UIにもゲームバランスにも問題なく、ただただキャラとシナリオがクソだという、ある意味では純粋なクソゲー、それが「ミラミハ」だ。
だが、その
そんなDLCにかける予算なんてないから、殆ど紙芝居だし、新規ボイスもなくて本編から当たり
あ、クソクソって言葉が悪くてごめんな。でもこのクソゲーを表す言葉を、クソしか思いつかないんだ。むしろクソに失礼なレベルじゃないか。クソゲーオブザイヤーはノミネート確実、受賞も有望視されている。……あれ、なんだか涙が。雨かな。
けど、DLCが出始める頃、名無しの間で妙な噂が
嘘か本当かはわからない。でも、少しは賭けてみたいじゃないか? 何の因果か約束されたクソゲーに意思なきAIの手で生み出され、自我を持ってしまった俺たち名無しにも希望をくれよ!
というわけで、今いる名無したちの殆どは、必死で<神>の目から逃げている。目立ってはいけない。逆張りもいけない。風景に徹する。逃げ切れれば、逃げ切れさえすれば人間になれる……! かもしれない。少なくとも、クソみたいなクソとはおさらばだ。
おそらくこのDLCの山場、<ライバル>との対決は終わったわけだし―――あれがクライマックスだとは到底信じられない酷さだったが―――、あとは都市伝説に絡めた小話をちょっと挟んで終わりだろう。それまで頑張れ俺。諦めるな俺。もし人間になれたら「ジギタリスソフト」のゲームには絶対に手を出さないぞ!
* * *
翌朝。
いつものルートを歩いていると、
「よう。おはよ」
声をかけられた。俺は振り返って
「おはよ、<
相手を呼んでから、俺は思わず息をのんだ。相手の顔をまじまじと見てしまう。
名前がついてる……だと……?
声をかけてきたのは、昨日、弓道場の帰りに少し話だ名無しだ。なんてこった、<神>に見つかってしまったのか!
俺の動揺をよそに、元名無しの<本田>は、
「<ヒロイン>ってさあ……可愛いよな。スタイルもいいし。<主人公>には勿体ないと思わねえか?」
唐突! そして安易! フラグとか伏線なんて呼びたくないくらい安易! おまえ昨日そんなこと一言も言ってなかったじゃん! 全然興味なさそうにしてたじゃん! てか、一億歩譲って<本田>が急に<ヒロイン>に惚れたとしても、なんで俺に言うんだ!? 口調まで変わって!
もう手遅れなのか……? どこだ? どこで<本田>は間違った? やっぱり昨日の発言か? だとしたら俺もやばい。いやだ……クズになるのはいやだ!!
俺はモブとして! 無個性の
「あ……ああ、<ヒロイン>は可愛いな」
「だろ? モノにしてえよなあ」
おまえは昭和のヤンキーか。……じゃなくて、女子を所有物としか見ていない発言、<主人公>側の人間! まさしくクズ! さようなら<本田>……俺は逃げ切っておまえの分まで人生を満喫してやるからな。
「でもそれには<主人公>が邪魔なんだよな……あの野郎、<ヒロイン>にベタベタしやがって」
いかん。このまま<本田>と一緒にいたら、間違いなく巻き込まれる。俺は急いで距離をとることにした。
「そうか、上手くいくといいな! 応援してるよ! じゃあ俺、日直だから!」
適当に嘘をついて早足で校門を潜る。すると、妙な視線を感じた。か……<神>か? <神>に見られているのか? まずいまずいまずい。完璧なモブにならなければ。風景。そう、俺は紙芝居ゲーの風景だ。
しかし、<本田>は追いかけてきた。
「なあ、協力してくれよ」
「きょきょ、協力?」
声も裏返るわい。なんだ、どう答えるのが正解なんだ! クズに迎合するのはやむなしと思うが、犯罪行為の片棒を担ぐのはさすがにいやだぞ!
「悪役っぽく<ヒロイン>に絡んでくれ。そこに、ちょうど通りかかった俺が助ける。いい考えだろ?」
まったくいい考えではない! 安直な上に絶対に成功しないからやめとけそれは。むしろ<主人公>も居合わせて完全な当て馬になるやつだから。
最早この世界のキャラクターは<主人公>を持ち上げるだけの舞台装置で、<ヒロイン>すらもアクセサリーなんだ! いい加減、気付け! 無理か! <本田>はもう<神>の手の内で、ただの駒だもんな……南無三。
「ええ……でも俺、喧嘩とか強くないし……」
「喧嘩なんてする必要ないって。俺が上手くやるからよ」
あ、これ俺が一方的に悪者にされてボコられるやつですね。さすがクズ。名無しには人権なぞないという振る舞い。
しかしここで下手に振り切ったら、<神>の注意を引いて名前を与えられてしまうかもしれない。それだけは……それだけは……!
俺は腹を
「わかったよ……」
「ヒュー! 話のわかるやつだぜ!」
だから昭和の以下略。<神>の駒になった途端タイムスリップするのな。<神>って新人らしいけど、もしかして新人は新人でも、中途採用の新人じゃないか? <ヒロイン>の扱いからして多分、女性ではなく男性だろう。いいおっさんが、こんなハチャメチャが押し寄せてくるようなシナリオを……もうホラーだろ。
「じゃあ今日の放課後、体育館の裏でな! よろしく頼むぜ、相棒!」
「お、おお……」
相棒に格上げされてしまった。やばい。本格的にやばい!
俺はしばし、身構えて変化を待ってみた。……俺は俺だ。よし。まだ変わっていない。
自我が残ってるってことは、やはり固有名詞がつけられるまではセーフなんだろう。なんとかモブに戻らなければ。適当に<ヒロイン>に絡んで、とっととボコボコにされて退散しよう。うん、それがいい。ごめんよ<ヒロイン>。乱暴なことはしないから大目に見てくれ。名無しのことなんて気にもとめてないだろうけど。
* * *
放課後。
仕方なく体育館裏に向かうと、<ヒロイン>が既に待っていた。俺が書いた手紙と思しき紙切れを眺めて首を捻っている。
正直、来てくれないと思っていた。彼女の友達だったらLINEなりメールなりで連絡するだろうし、今時、紙媒体なんて学校のプリントくらいしか見ない。ましてや、靴箱に入れられた差出人不明の手紙なんて。
でもなー、俺は結局、紙が一番安全だと思うんだよな。スクショとられたり送信履歴残ったりしないし。手書きならPCやプリンタに履歴が残ることもない。コピーはコピーだってわかるしな。
さておき、<ヒロイン>が来てしまったなら俺も出て行かねばならない。<本田>もどこからか見ているはずだ。さっきから別の視線も感じる。<神>は見るな。頼むから。
ああ……いやだー。でも仕方ない。ここで逃げ出したら、<本田>はともかく<神>に目をつけられるかもしれない。そうだ、逃げ切るためならクズにも迎合するって誓ったじゃないか!
陰から出て行くと、気配に気付いたか、<ヒロイン>が振り返った。仕方がないので声をかける。
「あ……それ」
「これ、あなたが? 用って何かしら」
「ええと……」
「おいおまえ何やってんだよ!」
まだ何も言ってねぇーーーー!!!
思わず振り返れば、隠れていたらしい<本田>が飛び出してくるところだった。いくらなんでも焦りすぎだろ。
「大丈夫かい、<ヒロイン>ちゃん! こいつ、女の子になんてことを!」
いや、だからまだ何もやってねっつの。出てくるタイミングを見極めろ。いやこの場合<本田>が自分で動いてるんじゃないな。<神>がすげえ下手くそなだけだな。仕方ない。<神>の駒として成仏してくれ<本田>。
<ヒロイン>は戸惑った様子で俺と<本田>を見比べる。そりゃそうだろう。完全に貰い事故だ。可哀想に。
「え? あの、待って、わたしは何も……」
「こんな奴、庇わなくていいんだよ<ヒロイン>ちゃん! このクソ野郎が!」
「は!?」
それだと完全におまえが悪者だけどいいのか<本田>ァーーーー!! ……と突っ込む暇もなく、俺はぶん殴られて吹っ飛んだ。痛い。酷い。
「きゃあああ!」
完全に怯えた顔をした<ヒロイン>が悲鳴を上げる。当たり前だ。<ヒロイン>からすれば、何かの用事で自分を呼び出した男が、いきなり出てきた別の男に理由もなく殴り飛ばされたという、謎も極まる状況だ。トラウマにならないといいけど。
「もう大丈夫だよ<ヒロイン>ちゃん! 悪い奴は俺がやっつけてあげたからね!」
それはなんかもうストーカーの台詞では? やっつけてあげたなんて恩着せがましいな。どうでもいいけど。もう俺の役目は終わりだよな? 帰っていいよな? おー痛て。顔腫れるなこれ。
「な、なんなのあなた! 無抵抗の人間をいきなり殴るなんて野蛮よ!」
それは俺もそう思う。
「悪人は鉄拳制裁さ!」
「この人は何も悪いことなんてしていないわ!」
「意味もなく<ヒロイン>ちゃんを呼び出しただけで十分悪者さ!」
話通じないって怖くね?
とにかくここから離れたい俺は、二人に気付かれないようにじりじりと
「よう、何揉めてやがんだよ」
出たーーーー!! ここで<主人公>!!!!
……まあ出ると思ってたけど。何しろ<主人公>だし。むしろ遅いよ。どうせなら俺が意味なく殴られる前に来てくれよ。
「てめえ<本田>かぁ? 何、人の女に絡んでやがんだ」
<主人公>ってこんなキャラでしたっけ? 昨日まで昭和のスポーツ漫画だったのが今日からは
「あぁん? <ヒロイン>ちゃんがおまえのモノだって誰が決めたんだよ<主人公>よぉ!」
<本田>も口調がブレブレなんだが。まあいいか。ストーリーのブレ具合に比べれば性格や口調のブレなんて些細なことだよな。ツッコミを放棄したわけじゃないぞ、断じて。
「俺が決めたに決まってんだろうが! 文句あんならかかってこいや!」
「上等だ! その鼻っ柱たたき折ってやる!」
「ちょっと、やめて! やめなさいよ! 誰かー!」
<ヒロイン>の制止を聞かず、<主人公>と<本田>は殴り合いを始めた。<ヒロイン>は身の安全を図るためか、やめろと言いながら距離をとる。いい判断だ。
もう三人の眼中に俺の姿はないようだ。よしよし。今のうちに保健室行こ。
「あー、痛って……」
口元に手を遣ると、指先に血がついた。名前持ちにとっちゃ丸太でも殴った感覚なのかもしれないけど、モブにだって命も痛覚もあるんだからな。まったく。
ため息をつきながら保健室へ向かう途中、突然周囲が暗転した。いい感じの音楽が流れ始め、同時に足下から白い文字が迫り上がってくる。
……え? 終わり? エンディングのスタッフロールだろこれ。本編とDLCで何回も見たわ。
都市伝説は!? 唯一ギリギリうっすらしがみついていたゲームのコンセプトすらぶん投げたのか!? しかも、<本田>がラスボス!? ボスって言っていいのかわからないけど。このためだけに真面目に格ゲーみたいなシステム作るとは思えないし、QETか? ちょっとしたミニゲームだったりして。どんな畳み方をしたのか、そこだけ気になる。
まあなんでもいいや、終わりなら!
「やったー!」
「終わった! 終わったぞ!」
「これでもう自由なのね!」
「長かった……長かったな……!」
「走り切ったーーーーー!!」
方々から名無したちの
文字が流れていく。このゲームを作るのに尽力した人たち。どんな苦境でも投げ出さず、自分の仕事を全うした彼らに賞賛と労いを! ただしシナリオライターとプロデューサー、てめーらは別だ。というか責任取れ。降格、減俸くらいじゃ気が済まんわ。
スタッフロールも終わりに近づき、俺の意識も薄れていく。……終わりだ。今度こそ。願わくば、次に目覚めるときは人間になっていますように。
* * *
アラームが鳴っている。
「うう……」
俺は
「……ふぁ……」
起き上がって欠伸をしながら伸びをする。寝る前の疲れが残っている気がする。なんだか、おかしな長い夢を見ていたような……覚えてないけど。
今日は金曜日だ。学校に行かなければならない。怠いけど支度をしよう。
制服に着替えるためにベッドから降りると、スマホが震えた。見れば、誰かからLINEがきている。誰だ、こんな朝早くに。
ロックを外してLINEを開くと、<本田>からだった。
『おはよう<
俺はスマホの画面を見下ろして眉を潜める。
「高橋って……俺か?」
呟いた瞬間、ブツン、と耳元で何かが切れる音がした。
* * *
通学路を歩いていると、後ろから暗い声が飛んできた。
「……おはよう」
振り返れば、声と同じく暗い顔をした名無しがいた。まあ俺も名無しなんだが。
「おはよ。どうした?」
俺の疑問には答えず、相手は
「……あれ」
「あれって……え?」
<本田>と<高橋>が歩いている。あいつらあんなに仲良かったっけ、と思ってから、俺は震えた。ああ……<本田>に次いで<高橋>までも。あの二人は逃げ切れなかったんだ。<神>の駒になってしまった。
そうだよな……もう終わったと思ったもんな。モブ全員が万歳三唱したよ。なのに、まさか……DLCが追加されてしまうなんて。「ジギタリスソフト」も往生際が悪い。損切りできないと更に損が増えるというのに。立て直したいなら、使うべきところにお金を使って、ちゃんとしたシナリオライターを呼び戻すしかないだろ。もう手遅れだけどな。
<本田>と<高橋>は顔を見合わせてイヤ~な笑みを浮かべると、近くを歩いていた女子生徒に絡み始めた。女子生徒は鞄を抱え、迷惑そうに逃げていく。そこでやめればいいのに、<本田>と<高橋>は女子を追いかけていった。……なんでこう、名前がつくとクズになるんだろうなあ。しかも、やたら<ヒロイン>や他の女子に絡みにいく。なんだろう、<神>の願望だろうか。
女子が小走りで校門を走り抜けたところで、<主人公>と<ヒロイン>が登場した。そして<主人公>が<本田>と<高橋>を蹴散らし、<ヒロイン>が<主人公>を持ち上げる。絡まれていた女子生徒も<主人公>に感謝する。どんな状況でもいきなり暴力は駄目だと思うけどなあ。
うん、まあ、でも、<主人公>たちのための脇役だもんな。このゲーム、<主人公>以外に人権ないからな……。
校門前での騒ぎを、どこか遠い目で見ながら、男子生徒が言う。
「俺たちは……逃げ切ろうな」
「ああ……きっと、これが最後だよな……」
<本田>も<高橋>も、どこで間違えたんだろう。行動だろうか、言葉だろうか。それとも<神>の気紛れか、単純に運か。AIに生み出された俺たちに運なんてものが作用するのかはわからないけど。
願わくば、本物の神の慈悲を。哀れなモブを助けてくれ。
ところで、なんだかさっきから妙な視線を感じるんだが……。
了
ミラクル☆ミッドナイト☆ハンター 楸 茉夕 @nell_nell
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