最終話

          4


 下総は静かに息を吐くと、まっすぐ祐介を見つめた。

「あなたが殺したんですよね。芹沢さんを」

 身体の震えが止まらない。今まですぐに出来ていた受け答えも、下総の言葉を聞いた途端に頭の動きが悪くなってしまった。


「あの日あなたは最初から芹沢さんを殺すつもりでいたのでしょう。あなたの取った行動の順序はこうです」

「……」

「まず初めに、芹沢さんに大量のアルコールを摂取させる。『たまには一緒に飲もう』色々適当な理由をつければ、相手にアルコールを飲ませることは難しいことではありません。ミステリー小説のトリックのように、体力、知識なんてものは必要ない。ただ、ただ、コップにアルコールを注ぎ、飲ませる、これがあなたが取った初めの行動です。次に、車に芹沢さんを乗せ、橋まで移動。お酒を一切口にしていないあなたなら運転可能です」


「ちょっと待ってください」

 ここで祐介は反論を試みる。「僕は車なんか持ってませんよ。一体どうやって僕が芹沢を移動なんかできるですか?」

「車はお持ちでないかもしれませんが、免許証は持っていますよね」

「·········」

「芹沢さんは車を所有しています。その車を使ったのではないのですか?」

 祐介は動揺したまま、話が進むのを聞いている。

「そしてここからが、この事件の大きなトリックです」下総は言った。「芹沢さんを殺害したあと、あなたは急いで銀座のバーに向かった。これはアリバイ工作と共に、芹沢さんの死亡時間を遅らせる目的があった。事前に、芹沢さんとよく似た男を用意していましたね。背丈・そして後ろ姿が似ている人を。あなたはその人を芹沢さんの名前で呼んだ。芹沢さんの名前で呼べば、周りの人は『この人は芹沢という人なんだ』と認識をします。タクシーで帰ったのも、ただアルコールを摂取したからではなく、念入りに偽芹沢をアピールしたかったからですね」


「全てデタラメだ!」

祐介が吠えた。「いい加減してください!俺は殺していない。第一、今の話、全てあなたの妄想でしょう!」

「最初はそうだったのですがね」

 下総は言った。

「はあ?」


「私には一人の優秀な部下がいます。彼女に頼んで調べてもらったところ、あなたに頼まれて、芹沢さんを演じたという男が見つかりました。きっと、今頃、警察署の方で取調べを受けているでしょう」

 ついに祐介は崩れ落ちた。バレないと思ったのに、完璧だと思ったのに――。


「この世界に完全犯罪はありません」

 下総が静かに祐介の両手に手錠をかけた。「さあ、行きましょう」

「あいつ、罵ったんですよ」

 祐介は静かに動機を語り始めた。「僕の演奏を。ずっと親友だと思っていたのに……」


「あなたは本当に素晴らしいピアニストでした。演奏を批判されて腹が立つのは分かります。しかし、人を殺していい理由には、なりません」

 残念です、刑事の最後の言葉が深く胸に突き刺さった。ついさっきまで引いていたピアノに視線が向く。

 しばらく、ピアノから離れなければならない。そして、もう弾くつもりはない。



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ピアニストと刑事 醍醐潤 @Daigozyun

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