第2話

男の名前は、下総三朗しもうささぶろう。警視庁捜査特命係の刑事だ。彼は、祐介が関わったとある事件について捜査している。ちなみに下総刑事が祐介を訪ねて来るのは、今回で四回目だ。


 下総は手帳を見ながらいくつか質問をした。

「二十日月曜日、あなたは銀座にあるバーで、芹沢誠さんと午後十一時頃まで飲み、その後、タクシーで送り届けた、そうですね」 


「ええ。その通りです。間違いありません」

 と、祐介はため息を漏らした。この質問は前にも聞かれたからだ。「何回、このことを聞くんですか?」


「失礼。正確に確認しておきたかったもので」

 さらに質問が続く。

「あなたは送り届けた時、酔いつぶれた芹沢さんをタクシーから降りて、部屋まで肩をかついで行ったそうですね」

「ええ。確かに」

 運転手の人が覚えていました、下総が言った。

「芹沢さんのその後の行動については、何かご存じありませんかね?」

「全く知りません。なぜなら、電話やメールが来ないうちに、芹沢はあんなことになったんですから······」


「すいません。空気が悪くなってしまいましたね」

 下総は頭を下げてわびた。

「ところで下総さん。芹沢の件は事故ではないのですか?」

 ふと気になった祐介は、目の前にいる刑事に聞いた。「警察署の刑事さんからは、事故だと聞いているのですが」

「事故の可能性はあります。そして······」

 下総はまっすぐ、祐介の目を見た。

「殺人の可能性もあります」

「どういうことですか?」

 祐介は全く理解出来なかった。下総刑事の考えていることが読めない。

「確かに、所轄の捜査員は事故と判断しました。しかし、まだ、説明できない謎が残っています。なので、殺人の可能性があると言ったのです」

 下総の目が鋭く、光った気がした。


         2


 ヴァイオリニストの芹沢誠が、東京を流れる荒川で水死体となって発見されたのは、二十一日の早朝六時頃のことだった。犬の散歩をしていた老人が、河原に下りてみると、砂浜に倒れていた男性の死体を見つけたのだ。


 死体が調べられた結果、

① 死因は、川の水が肺に溜まったことによる窒息死。

② 死亡推定時刻は午後十一時半から翌日午前一時までの間。

③ 体内からはアルコールが検出された。橋などから、酔っぱらって川に落ちた可能性が高い。


 これらが分かった。

 捜査は河原を管轄におく、北荒川警察署と殺人を扱う捜査一課の新設部署、捜査特命係が担当することになった。

 当初、殺人なども視野に置かれていたが、徐々にその線は薄くなり、ついに事故として捜査中止となった。


「下総さんが気になっているというのは、一体何なのですか?」

 祐介は聞いた。下総は、ピースポーズをして、理由が二つあることを示す。

「一つ目は、芹沢さんが発見された場所についてです。芹沢さんは、○○区に住まわれていました。死体となって発見されたのは、ご存じの通り、荒川です。荒川で死ぬには、荒川に行かなければいけません。方法はそれ以外ありませんからね。○○区には、荒川は流れていません。芹沢さんの自宅から近くの荒川河川敷までは、歩いて一時間かかります」


 ここで疑問が出てきます、下総は立ち上がった。

「なぜ、芹沢さんは夜遅い時間から、家に到着したあと、歩いて荒川まで向かったのでしょうか? 僕には全く分かりません」

 岩清水さんには、何か推理はありますか、黙って下総の話すことを聞いていたところ、突然投げかけられたので、祐介はかなり戸惑った。


「いや······。僕も分かりません」

「そうですか。それでは、二つ目の疑問に移ります。芹沢さんは、あまりお酒を飲まない人だったようですね。だけど、なぜあの日は大量のアルコールを飲んだのでしょう?」

 この質問に対しの答えは、祐介は答えることが出来た。


「芹沢はあの日、所属している音楽団のメンバーの一人と喧嘩したんです。それで腹がたって、やけ酒したんですよ」

「なるほど。そういうことでしたか」

 下総は手帳にメモをとった。「納得しました」

「そうですか――」

 祐介の顔に自然と不敵な笑みが浮かんだ。

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