11・笙子→未来へ(最終章)②

 楡井慧君は、塾で一緒の男の子だ。

 今は同じ高校に通っているけれど、中学から同じ塾だったので、どうしてもその印象が強い。

 楡井君とは、志望する高校が同じことから、話すようになった。

 彼は、一見ぶっきらぼうな感じなんだけど、話してみるととても親切な男の子だとわかった。



 志望校に入学したはいいものの、高校生になった途端、わたしは男の子がらみのトラブルが増えてしまった。


 例えば、勉強を教えて欲しいと同じクラスの男の子から頼まれ、挙句の果てに自作の詩集まで渡されて、意見を求められたときもあった。

 手紙でやんわりと迷惑だと書いたがどうにも伝わらず、困っていたところを、担任の先生に助けてもらった。

 その場で話し合いが行われて、解決したときはほっとした。


 それだけじゃない。

 たった一度、宿題を教えただけの男の子の彼女からは、「男好きの八方美人」と言われた。

 彼女は意地悪な顔でこうも言った。

「朝倉さん、あなた、男子からなんて呼ばれているか知ってる? 『なにを頼んでも断らない朝倉』よ」


 わたしはその言葉の真偽よりも、その響きがとてつもなく恐ろしかった。


 わたしは、男の子と話すのを避けようと思った。


 その頃、楡井君も塾のポスターのモデルをしていて、女の子に人気が出ていた。

 わたしは、楡井君にも近づかないようにした。


 その楡井君が、わたしに勉強を教えてくれたそうだ。

 彼とは、学校で話したこともなかったのに。

 楡井君、どうして? 

 頭の中にハテナマークが浮かぶ。


 けれど、そのあと和可奈から「図書委員の須田さんの話では、笙子、顔にご飯粒つけて学校に来たらしいよ」とか、「笙子ってば、芦田君に啖呵を切って、決別宣言をしたらしいよ」とか、楡井君のこと以上に衝撃的な、そしてハテナマークの満載のいろんな話が出てきたものだから、もう、あれこれと疑問に思ったり、気にしないことにした。


 と、いうよりも、その一つ一つを、わたしはとても楽しんで聞いていたのだ。


 机の上にあった紙袋も謎だった。

 メモで、和可奈からのプレゼントと書いてあったので、聞いてみた。

 袋の中には、苦さで有名なゴーヤ茶のペットボトルが入っていたのだ。

 ペットボトルにはマジックで「大吉」と書かれていた。

 この文字は、和可奈が書いたそうだ。


「笙子がね、塾の自販機であれが出たらお父さんにあげたいって言ってたの」

「わたしが、これをお父さんに?」


 笑ってはいけないと思いつつも、袋から和可奈からのプレゼントを出して、笑ってしまった。


「塾にある自販機なんだけど、一つだけ、なにが出てくるかわからないボタンがあるのよ。そこに、このお茶は入っているの。ゴーヤ茶が一番レアで、これが出ると成績が上がるって言われているの。これが出てくるのは嬉しいんだけど、苦くて飲めないし。だから、笙子からの申し出にのっかったわけ」

「ゴーヤ茶の効果って、あったの?」

「うん。塾の英語の小テスト、満点でした」

 わたしと和可奈は顔を見合わせて笑った。


 わたしが知らないわたしは、かなり面白い。


 いろんな混乱を抱えながらも、わたしは再び高校へと戻った。


 少し、不安だったけれど、友だちはみんな好意的で、そして引き続きといったことで、わたしの補習担当は、楡井君だった。

 楡井君と顔をまともに合わすのは、中学ぶりのような気がした。


 久しぶりに見る楡井君は、少し背が伸びたような気がした。

 そして、なんだかとても優しい目でわたしを見ている。


「また、お世話になります」

「まぁ、うん。慣れているから」


 楡井君は顔を真っ赤にしながら、もごもごと挨拶を返してくれた。






 そんな中、家にお米が届いた。

 新米だ。

 お母さんの話だと、これは、わたしが商店街のくじ引きで当てたものらしい。

 なんでも一等賞は掃除機で、お米は三等賞だったそうだ。


「笙子、お買いもの付き合って。新しい炊飯器を買いましょう」

 お母さんに誘われて、二人で近所の電気屋さんへ行った。

 電気屋さんも、わたしがお米を当てたことを知っていて、一緒になって選んでくれた。

 そして、新しいピカピカの炊飯器で、当たった新米を炊いた。


 炊ける途中から、お米の甘い香りが漂ってきた。


 そして、炊きあがったつやつやと光るお米を、母は姉がいる仏壇へと供えた。


「ありがとう、香奈」

 お母さんは、いつもそう言って仏壇に手を合わせる。


 口の中に、じわっと柔らかく甘いお米の味が広がった。

 ほぉ、とため息が出る。

「これは、おいしいな、うん」

 お父さんはそう言うと、珍しくご飯を二杯おかわりした。

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