11・笙子→未来へ(最終章)①
瞼に、光を感じた。
明るい。
カーテン、ちゃんと閉めなかったのかな?
昨日の晩のことを思い出そうとしたけど、思い出せない。
目を開ける。
天井が見えた。
見慣れた、わたしの部屋の。
ふと、違和感を覚え、寝たままで両手を挙げた。
そして、ゆっくりと手の甲の向きを変え、その違和感のもとである指を見た。
指の先の爪は、綺麗にまあるく切り揃えられていた。
そしてその、まあるい爪には、淡いピンク色のマニキュアが塗られていた。
一階におりて行き、お母さんに挨拶をしたら、いきなり泣きだされてしまった。
お父さんには「笙子か」と、抱きしめられた。
ぼんやりと眺めたカレンダーは、十月になっていた。
「笙子、お誕生日おめでとう」
お母さんに言われて、今日の日付を知った。
わたしは、朝倉笙子は、今日、17歳になった。
わたしは、交通事故にあった。
そして、事故にあってから今までの記憶が、一切なかった。
学校は、わたしが落ち着くまでの間、休むことになった。
その日のうちに検査に行った病院では、特に異常はないとのことだった。
自分の部屋に戻り、勉強道具を広げると、確かに「わたしらしき字」で書かれたノートやレポートが出てきた。
そして、物理をはじめ、あまり馴染みの無い点数がついたテストも。
記憶はないけれど、わたしはここで生活をしていた……。
それは、とても不思議な感覚だった。
不思議なことは、まだある。
お父さんの退職祝いの日。
おめでたい日だというのに、わたしには心配事があった。
そのせいで、支度が遅れてしまい、当初の予定の電車ではなく、姉の機転でタクシーで行くことになった。
姉は、太陽のような人だった。
近くにいると、元気が出る。笑顔になる。
みんな姉が大好きだ。
心配事を、姉に相談しようと思ったときもある。
でも、仲が悪いというわけではないけれど、日ごろあまり話していなかったので、どうしていいのかわからなかった。
それに、相談してしまうと、心配をかけてしまうかも、と思った。
わたしは、家族に心配をかけたくなかった。
だから、一人で解決しようと、そう思っていた。
その心配事が。
いつも、心にずしりとあったあの心配事が。
きれいに心からなくなっていた。
引き出しに入れていた、あの白い手紙もなくなっていた。
両親からは、わたしが切り出すより先に、その心配事だった塾でのトラブルが、解決したと聞いた。
そして「もっと親を頼りなさい」と、お父さんに言われた。
お父さんのその声は、わたしを叱るというよりは、わたしを安心させるような響きがあった。
友達の田辺和可奈が、家に遊びに来てくれた。
「和可奈、ありがとう」
遊びに来てくれた友達の名を呼ぶと「笙子だ!」と、叫ばれた。
和可奈の話によると、事故の後、わたしは彼女を「ちゃん」付けで呼んでいたらしい。
また、学校では、やはりといった感じで、勉強で苦戦を強いられていたと聞いた。
「勉強のことではね、笙子、随分と楡井君に、お世話になっていたんだよ」
和可奈の言葉に、わたしはびっくりした。
楡井君の名前は、両親から既に出ていた。
どうやらわたしは、塾だけでなく学校でも彼にお世話になっていたようなのだ。
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