9・香奈→王子様orラスボスor騎士①

 けたたましい音で目が覚めた。


「……朝」


 目覚まし時計を見る。


 ……ん? 朝?

 ――朝!


 勢いよく飛び起きる。

 寝ぼけている場合じゃない。

 たしか、今朝は図書当番だったはず!

 つまり、いつもどおりに起きていては間に合わないってこと!


 あわわわ、と焦りながらいい加減に着替えを済ませると、テーブルにあったおにぎり片手に家を飛び出した。


香奈かな、いってらっしゃい!」


 はい、さすがお母様、よくおわかりで。


 昨晩しんみりとしたわたしだけれど、今朝もまだ、香奈でした。






朝倉あさくらさん、おはよう。……大丈夫?」

 同じ図書委員当番の須田 佐知すだ さちの視線が、わたしの口元に固定されている。

「おはよう。ええと」

 さりげなく顔に手をやる。

 口元と顎の間に、ご飯粒を確認した。

 あらら、と笑いながら、じりじりと図書室の窓に近づき、すっと開け、わたしはそこからご飯粒を捨てた。



 朝当番は、本の返却作業が中心だ。

 授業前に本を返そうと思う人は多いようで、わたしたちはタコの手も借りたいほど忙しかった。 


「以前委員会で話した、朝読書だけど」

 作業をしながら、佐知が言う。

「来月あたりから、試験的にやってみようだって」

「そうなると、朝の貸し出しが増えそうだね」

「忙しくなるけど、楽しみだな」

「そうだよね。本当に、楽しみだね」

 心からそう言った。



 予鈴が鳴り、仕事もひと段落したので、教室へと戻ろうとしたとき。

「朝倉さん、あれ、読んでくれた?」華麗にアッシーが登場した。


 物語の最後は、王子様かラスボスじゃないの?


 アッシーを見るまで、すっかりアッシーの存在は大気圏外だったのに。

 見たら見たで、あぁ、そういえば彼も笙子しょうこを取り巻く面倒な人物の一人だったと思い出した。


「まぁ、読んだけど」


 わたしは意外と律儀な性質たちなので、渡された冊子の最初から最後まで一応目を通していたのだ。アッシーは詩人だった。

 彼は、わくわくとした顔でわたしを見ている。

 おそらく、感想を期待しているのだろう。

 その彼の表情を見ているうちに、わたしはアッシーが羨ましくなってきた。

 きっと彼は、これからも自分が好きな文章を書き続け、そしてなにかしらの形にしたいと夢を追うのだろう。

 彼には、未来がある

 それがとてつもなく素晴らしいことだと思えた。

 

 

「わたし、全然興味が無かった」


 ただ、それとこれとは話が別だ。

 わたしは、笙子みたいに優しくない。

 興味がないのに、興味があると言えない。


「……興味、ない?」

 アッシーの視線が泳ぐ。

「だから、感想もないの。言いようがないの」

「感想、ない」


 こんなにハッキリと言ったらさすがにアッシーもショックだろうか。

 そう思いつつも、ここで流されてはダメだと強い視線でじっと彼を見る。

 わたしとアッシーの視線がぐぐぐっとぶつかり合う。


「芦田君、自分の作品を見せる相手を間違えている」

「朝倉さん、以前は手紙で感想をくれて……」

「もう一度その手紙をちゃんと読んでみて。そこには、心からの賛辞があった?」

 アッシーが口を真一文字に結ぶ。

「わたし、文学的なことはわからないけど。もっと外に目を向けるべきだと思う。自分の好きなことを極めたいと思うのなら」

  

 アッシーと真面目に話している自分に驚く。

 袖振り合うも他生の縁って、こういうこと?


「……なんか朝倉さん変わった。上から目線っていうの? 君は、もう僕の朝倉さんじゃない」


 いつ、わたしが(笙子が)あんたのものになったのさ、という台詞をぐっと飲み込む。

 アッシーはプイと横向くと、そのままスタスタと去っていった。


 理解し合えるとは思わなかったけど、とりあえず、彼が笙子に拘る理由はなくなっただろう。 

 アッシーには、アッシーの道があって、笙子はその仲間ではないってことだ。


 ――そうなのだけれど。

「ガンバレ、アッシー」

 彼の背にエールを送る。

 まさか、アッシーの応援をしたいと思うなんて。

 

 でも、こんな自分の心の変化、そんなに嫌じゃなかった。


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