8・香奈→対決⑥
楡井と過ごすうちに、わたしはすっかり彼のことが好きになっていた。
楡井は、気持ちのいい子だ。
まさか、高校生の男の子と、こんなに仲良くなれるなんて思わなかった。
楡井は、わたしの中で、弟にしたいランキング1位に輝きました。
――本人には内緒だけど。
「あのさ。……その、もし、その。朝倉が戻ってきたら。……どうなるわけ?」
「どうなるって。そりゃ、誰にとっても、もとの生活がやってくるのよ」
「じゃなくて。……朝倉のお姉さんは、どうなるわけさ」
楡井が不貞腐れたような声を出す。
「あぁ、上に」
天を指す。
「なに、それ」
「だって、わたしってば天使だから」
「……ふざけてるよ」
「ふざけてなんか、ないよ」
死んでるけど。
「……ふざけてるよ、なんでこんなこと!」
楡井が声を荒げる。
その声に周りにいた数人の人が、驚く。
わたしは楡井の背中に手をおくと、そのまま上下にさすった。
そして、あまり人がいないほうへと誘導した。
楡井も大人しくそれに従った。
大きな木の下に立つ。
葉のざわめきが聞こえる。
気持ちがいい。
「こんなこと、おかしいよ。……世の中、不公平だよ」
楡井の声は小さい。
「まだ25歳なのに、なんでだよ。うちのばあちゃん、91歳だけど元気だし。いや、ばあちゃん、もっと長生きして欲しいよ。でもさ、なんでだよ。こんな、不公平なことってあるかよ」
――あぁ、そうか。
楡井は、わたしのことを、わたしの死を悼んでくれているのだ。
楡井の心からのその声が、澄んだ水のように、すーっとわたしの体に入っていった。
「……ありがとう」
玉のような涙が、両目からぽろぽろとこぼれ出した。
初めてだ。
初めて、自分が死んでしまったことで、こんなふうな涙が出た。
自分の死に涙してしまったことは、もちろんある。
怨みや僻みや、暗い気持ちを感じながら。
――なんで、わたしが。
その思いを、いったい何度繰り返しただろう。
何度も何度も胸の中で繰り返しては、どうにか鎮めて誤魔化して、わたしは笙子を演じてきた。
でも、今の涙は今までとは違っていた。
なんて言ったら、いいんだろう。
一つの命が、なくなったという、その無情さ。
そのことに、ただ純粋に泣けたのだ。
「……ありがとうって言われたくて、言っているわけじゃ」
楡井の言葉に首を振る。
「でも、ありがとう」
楡井はわたしの言葉に、なんとも言えない顔をした。
学校では絶対に見せないような、子どもみたいな顔。
彼は、どんな大人になるんだろう。
見たかった。
でも、それを見届けるのはわたしじゃない。
楡井に家まで送ってもらうと、両親は是非お礼がしたいと言いだし、結局夕飯までつき合わせてしまった。
賢い楡井は、両親の前では、わたしのことを「笙子さん」と呼んでいた。
夕飯が済んで、楡井が帰ったあとも、わたしは両親とお茶を飲んで長いこと過ごした。
お互い、なんとなくわかるのだ。
なんとなく。
――その時が、やってくることを。
それは、言葉にしなくても。
なんとなく。
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