5・香奈→告白①

「順を追って考えて、覚えていけばいいよ。ものごとは繋がっているから」

 物理の教科書を広げながら楡井が言う。

 今日は「音波」の仕上げだった。


「ええと、音の三要素は――」

 思うけど、やたらとなんでも「三つ」な気がする。

 まぁ、三つくらいなら覚えやすくていいけど。


「音の特徴を表すのは、音の高さ、でしょ」

 指を折る。

「で、音の強さ」

 二つ目の指を折る。

「で、最後は――」「朝倉ってさ」

 あぁ、三つ目が。

 ……飛んだ。


「朝倉ってさ、書かないよね」

 楡井がくるんとシャーペンを回した。

「書かないって、なにを?」

「ん? だから、覚える時も唱えるっていうか」


 唱える。

 わたしは、魔法使いか。


「え。ええと、そうかなぁ。そう、かも? 楡井君は、どうやって覚えているの?」

「あぁ、これくらいなら教科書を読めば大丈夫」

「読むの? だったら、わたしと同じでしょ」

「……俺の場合は、黙読」

「黙読」


 手に口をあてる。

 あらら。


「他の子って、どうしているのかな」

「さぁ。でも、書く奴が多いんじゃないかな。まぁ、部屋を歩きながら音読するやつもいるって聞いたことはあるけど。ただ――」

「ただ?」

「……なんでもない」


 ――この男の、楡井のなんでもないは、なんでもあるんだぞ。


「聞きたいなぁ。ほら、わたし、以前の事あまり覚えてないから」


 よし、聞いたぞ。

 さぁ、どうくる楡井!


「以前の朝倉は、ひたすら書いていた」

「以前の。わたし?

 笙子ってことか。

「それに、委員会であくびをしたこともない」

「あくびぃ?」

 あくびなんて……していたかな、わたし。

「宗田先生を見ても、顔を赤くしなかった」


 また、そこ?

 また、宗田?

 そこにまたタイミングよく、宗田が現れた。

 といっても、ガラスの向こうなんで、なんてことないんだけど。

 なんてことないけど、わたしの顔は赤くなったけど。

 わたしの異変に気がついた目ざとい楡井は、振り返り、宗田に頭を下げると、今度はこっちに向くなり意味深に眉を上げた。


「そうそう、変な、ダジャレみたいなことも言わなかったし。赤点見て顔が赤くなった、だっけ?」

 自分が言ったことを改めて聞くと、アイタタタって感じだ。

「最初の違和感は、階段だった。朝倉が学校に出てきて、俺と階段ですれ違ったんだけど」


 階段で楡井とすれ違った?

 それ、いつのことだろう?


「朝倉、階段を二段飛ばしにしながら、大股で上がっていた」

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