4・香奈→手紙

 家に帰ると、わたしはそのまま笙子の部屋に入った。

 そして、あの手紙が挟まっていた引き出しを、そのまま前に引いた。


 真っ白だった。


 あの手紙の封筒と同じものが、引き出しの中にバサバサと無造作に入れられていたのだ。

 その上の引き出しを開ける。

 そこには、塾のパンフレットや、新聞の切り抜きが大きさを揃えて入れてあった。


 さらにその上の引き出しを開ける。

 ペンやメモ帳が綺麗に整理されて入っていた。


 あの引き出しだけが、異質だった。

 まるでゴミ箱だった。


 わたしは、その場にへなへなと座り込んでしまった。



 芦田の詩にはびくともしなかったけど、この手紙の量にはぞっとした。

 一度だけじゃない。

 笙子が手紙を受け取ったのは、一度だけじゃないのだ。



 一階に下りて行き、母が居る台所へと向かう。

 母は夕飯の用意をしていた。


「お母さん」

「なぁに」

「相談したいことが、でてくるかも」


 引き出し一杯の手紙を見つけたわたしは、思い切って笙子の部屋を調べた。

 ごめん、と謝りながら隅から隅まで全て見た。

 けれど、あの手紙以外に変なものはなかったし、それに関係するようなものも何もなかった。

 ただ、手紙に関しては、気になることがあった。

 最初に見つけたものには、「日にち」に対して「時間」が一つしかなかった。

 けれど、他の手紙の中には、時間が複数書かれたものがあったのだ。


「5月25日 AM10:30 PM2:00」とかいった具合に。


 今すぐ母に相談することもためらわれた。

 もう少し、わたしなりに考えて、気持ちが落ち着いた上で話したいと思ったのだ。

 あの手紙は、わたしでさえ、かなりショックだったからだ。



 そんな、わたしの思いなど知るはずのない母の返事は「はいはい」と、軽やかだ。

 けれど、その声を聞くと、わたしはあたたかな気持ちになった。


 一人じゃないって思えた。


 と同時に、笙子がこれを一人で抱えていたのかと思うと、やりきれない気持ちになる。

 そして、なんで家族に相談しないのかといった、情けない気持ちにもなった。

 笙子にとり、家族も頼りなかったのだろうか。



 笙子のことでいえば、気になることがあった。

 最初に手紙を見た時、確かにわたしは、あの子を体の中に感じた。

 なのに、あのおびただしい量の手紙を見ても、それはなかった。

 笙子の反応は、なかったのだ。

 理論的なこととか、そんなことは全くない話なんだけど。



 やっぱり思う。

 時間がないって。



 笙子が、段々遠くなっていく気がする。


 それが、怖い。

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