2・香奈→楡井⑫

 物理は暗記だけじゃ問題は解けない。

 理解して、それをきちんと理論だって説明できないと、テストの点数はとれないのだ。

 そこを楡井は、丁寧に教えてくれていたんだけど。


 ――「あれ、読んでくれたんでしょう?」


 どうしても、芦田の言葉が、どうしても浮かんでしまう。



「楡井君、すみませんが。もう一度お願いします」

 今度こそはちゃんと聞こうと体の位置をずらしたら、隣の席に置いてあった鞄が床に落ちてしまった。

 中身が床に広がる。

 教科書にノートにポーチに――飴。

 ポーチまでは笙子のものだけれど、飴は香奈として持っていたものだ。

 これをわたしは、「元気の源」と呼んでいた。

 学生時代はもちろんのこと、飴は社会人になっても持ち歩く必需品であった。

 疲れたり、落ち込んだりするときに舐めることもあるし、お腹が空いて家までもたないときも、これでしのいだりしていた。

 わたしが飴を常備していることは有名だったので、よく周りの友だちから「元気ちょうだい」と、せびられもした。


 お陰で、どこでどの飴が底値かってことを、わたしは熟知しまくりだったけど。


 宗田そうだはパイナップル味の飴が好きだった。わたしは、他の味は切らしていても、その味だけは常備していた。

 彼から飴をねだられた時に、いつでも出せるように準備していたのだ。


 わたしは椅子から下りると、しゃがみこみ、落ちた教科書やプリントをとりあえず机の上へと、載せた。

 そして、椅子にすわりなおすと、今度は机の上のものを鞄にしまい始めた。


「朝倉は、塾の一日講座を申し込むの?」

 楡井は、鞄からこぼれた和可奈から渡されたパンフレットを手にしていた。

「あ、うーん。考え中」

 実は、行ってみてもいいかなぁ、という気持ちにはなっていた。

 けれど、とにかく母に相談してからだ、決めるのは。


「そうか。これ、塾生じゃなくても参加できる講座だしね」

「そうなの? そういえば楡井君も、わたしと同じ塾なんだよね」

「まぁ」

 まぁ、って。

 同じなの?

 違うの?

 YESかNOか、はっきりしてよ。


「そのパンフレットね、田辺 和可奈ちゃんから貰ったのよ」

「あぁ、田辺ね。彼女は、別の校舎だったよなぁ」


 どこだっけ、と楡井は考えるような顔をした。


「……楡井君とわたしは、同じ校舎?」

 今までの会話から、細い糸のように出た可能性をぶつける。

「うん。俺と朝倉は、同じだった」


 ビンゴ!


 楡井と笙子は図書委員だけじゃない。塾も同じだったのだ。

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