2・香奈→楡井⑩

 楡井からの提案で、勉強場所はわたしの教室から図書室へ移った。

 二人とも図書委員なのだから、その特権を活かして、カウンターの後ろにある準備室を有効利用しようと言い出したのだ。


 準備室での勉強初日、図書室へ向かうわたしは、廊下ですれ違う同級生たちの視線のなかに、いつものごとく、同情や憐れみの色があるのを感じた。

 居心地が悪く嫌ではあるが、事実なのでしょうがなくもある。


 図書室のある新校舎と本校舎の渡り廊下に、一人の男の子が立っていた。

 身長は、笙子と同じか少し低いくらいで、やせ気味だ。

「朝倉さん」

 その男の子に声をかけられる。

 知り合い? 

 同じ学校だから、誰もが知り合いと言えば知り合いなのだろうけれど。

 彼の表情には、なにか含みがある。


「なにか用ですか?」

「勉強なら、ぼくが教えようか」

 そうきたか。笙子、モテるな。

「ごめんなさい。勉強は、楡井君に教えてもらうことになっているの」

「朝倉さんと楡井って、仲が良かったの? 以前、ぼくが勉強を教えてもらっているとき、そんな話は出なかったよね」


 彼はいったい誰だろう? 


「ご存知かもしれないけど、わたし、記憶が曖昧なの。だから、あなたのことも覚えてないのよ。良ければ、お名前を教えてくれないかしら」

芦田祐仁あしだゆうじん。1年生の時に、朝倉さんと同じクラスだった」


 芦田の名前は、和可奈の話に出てきたので憶えている。

 高校1年生の4月にトラブルのあった男の子だ。


「そうなのね。こんなこと聞くのは気が引けるけれど、以前、わたしがあなたに勉強を教えていたのよね。なのに、教えるって、大丈夫なの?」

 控えめながらも、わたしが聞きたいことを聞くと、芦田は、ふふっと笑った。

「朝倉さんの影響で、ぼくも勉強を頑張ったんだ。それに、聞くところによると、事故のあと朝倉さんは、成績がガタ落ちだそうじゃない。それなら、ぼくでも力になれると思ってさ」


 カチンときた。

 芦田の言うことは間違っていない。事実、その通りだ。

 あっていますけど。そうですけど。その表現にムカつく。


「芦田君、わたしの成績が上がろうが下がろうが、あなたには全く関係ないわよね」

「関係ないっていったら、楡井だって関係ないと思うけど! それに、楡井だって、朝倉さんよりも勉強ができたとは思えないけど!」

 芦田が強い口調で言い返してきた。

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