2・香奈→楡井⑦
帰宅途中の電車の中で、携帯のメールを受信した。
父からだ。
会社から早く出られそうだから、わたしのことを駅で待っているというものだった。
父は、長年勤めた前の会社を退職したあと、今は友人が経営する会社にお世話になっていて、そこで経理をしている。
両親は、晩婚だった。
社会人になったわたしはともかく、笙子はまだまだこれからも学生生活が続くため、父としてはもうひと頑張りしよう、といったところなのだろう。
退職祝いは、あんなことになってしまったけれど。
自分ではどうしようもない事態だったとはいえ、父の立場になるとやるせない。
父は、事故は自分のせいだと思っている。
退職祝いをあの日にしなければよかった。
わざわざ外食する必要もなかった。
あの日に退職祝いをした全ての人に、こんなことが起きたわけでもないし、あの日に外食した人についても、それは同じだ。
多くの人はみな、そうしたひと時を楽しく幸せに過ごしたはずだ。
けれど、思いもよらない不幸にあってしまうと、人は悔やんでしまう。
もっと違う選択をしていれば、違った今があったと思わずにはいられないのだ。
わたしだってそうだ。
もう一台後のタクシーに乗っていたら。
もう一台前のタクシーに乗っていたら。
そんな思いは、つきない。
握ったままだった携帯電話が震えた。
和可奈からだ。
塾の一日講座のお知らせで、よかったら一緒に行かないといったお誘いだった。
使い慣れない携帯電話で、メールのお礼と、どうするかはちょっと考えるねと、返信をうつ。和可奈は明日、パンフレットを持ってきてくれるそうだ。
笙子として暮らしていく都合上、悪いとは思いつつも、わたしは彼女の携帯電話を使っていた。
あの子はこまめに履歴を消していたようで、わたしが使いはじめたときも、それは数える程度しか残っていなかった。
登録されているアドレスも少なく、笙子はあまり携帯電話を使っていなかったようだ。
あの「7月12日 PM6:15」の手紙を見つけてから、改めて残っていたメールを読んだけれど、特にあやしいものはなかった。
宿題のこととか、テストのこととか、そんなことだけだったのだ。
ミス・堅実。
笙子には、その名前の通りの生活しかなかったのだろうか。
改札を出ると、父がいた。
父はわたしを見ると手を上げ、そして鞄を持ってくれた。
「ケーキでも買って帰るか」
「うん、いいね。わたしは、チーズケーキがいいなぁ」
家の途中にあるケーキ屋さんは、ニューヨークチーズケーキが絶品なのだ。
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