2・香奈→楡井①

 物理の小テストは、無事に終了した。

 テストは終了したけど、物理はわたしを解放してはくれなかった。

 バツだらけの答案を返されたわたしの前に、先生が立つ。


「まぁ、朝倉はいろいろあったからな。どうにかしたいと思ったけど。この点数じゃ、なぁ」

「つまり、追試ですか?」

 先生は気の毒そうにわたしを見ると、大きく頷いた。

 返されたテストは、お世辞にも素晴らしい点数とは言えない。

 素晴らしいというよりは、ある意味こうばしさを感じる数字だ。


「でも、今回は、返却したテストの直しができていれば、追試の点数は多少あれでも考慮するから。基礎的な問題ばかりだし、そう難しくもないだろうから。朝倉なら大丈夫、頑張ってくれよ」

 先生は、言うとクラスを見渡した。

「他の赤点諸君は、そうはいかないからな」

 他の赤点仲間と思われる同級生に向かい、先生は大声で言った。


 物理。


 わたしが高校の時に、こんな教科あったでしょうか。

 などと、ぼけてみてもしょうがない。

 先生は「朝倉なら大丈夫」って言ったけど、朝倉にもいろいろいるんですよ。

 テストを前にすれば、思いもよらないパワーが出るんじゃないかって思ったけど、甘かった。

 ぱらぱらと教科書をめくり、ため息をつく。

 先生は、基礎といったけれど、その基礎さえままなりませんよ。


「俺が答え、教えようか」

 ふと見上げると、わたしの席の前に楡井慧が立っていた。

 物理は選択授業なので、いくつかのクラスが混ざっていた。

 彼がいるのは認識していたけれど、まさか話しかけられるとは思わなかった。

 楡井はわたしを見下ろしている。


「それ、わたしに言っているの?」

 楡井が頷く。

 答えを教えてもらえるのは、ありがたいけど。

 この子と、こんな風に接してもいいんだろうか? 

 楡井が、笙子のことを気にしているのはわかるけど、笙子がどう思っているかは、わからない。


「18点?」

 楡井がわたしのテストを見て驚いた。

 ちなみに、テストは50点満点ではない。その倍だ。

「赤点だもの。そんなものでしょう?」

「まぁな。でもさ、朝倉のそんな点数を見るとは思わなかった」

 半ば感心したような、その言葉の響きに、わたしは何かしらの含みを感じた。


 委員が同じってだけじゃないのかも、この子。

 笙子と楡井は、テストの点数を知る程度の付き合いはあったのかも。


 なるべく笙子が戻って来た時に影響がないような暮らしをしたいけど、でも少しは何かしら動かないと解決策へも近づけない。


「あの、では、お願いします。わたしに物理を教えてください」

「わかった。放課後、朝倉の教室に行くから、そこで勉強しよう」

 楡井はそう言うと、側にいた男子と一緒に教室を出て行った。



 楡井、親切男子か?

 わたしは、自慢じゃないが、勉強を教えてもらうのは、得意だ。 

 得意、というのは言葉に語弊があるかもしれないけど、それは素の自分に――朝倉あさくら 香奈かなに、とっては、日常茶飯事なことだったから。


 教えてもらった相手は、宗田だったけど。


 宗田は、運動バカの癖に、勉強までできて、おまけに面倒見までよかった。失恋するまで、わたしはどっぷりと彼にお世話になっていたのだ。


 あのときが、楽しかったから。

 宗田も、よく笑ってくれたから。

 宗田も、わたしが好きなんじゃないかと希望を持ってしまったのだ。




 そんな昔を思い出し、少し切なくなる。

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