1・25才会社員→高校生⑥

 笙子の部屋は、ひっそりとしている。

 ひっそりとしながらも、主の帰宅を待っている。




「おじゃまします」

 いつもの一言を言いながら、わたしは笙子の机の上に置いてあるコピーの束を手にした。

 すると、持ち損ねた一枚の紙がするりと、床に落ちてしまった。紙はそのまま滑るように、笙子の机の椅子の下へと入っていった。

 やれやれと思いつつ屈み、下に落ちたその一枚を拾い上げた。


 ――あれ?


 よぎった景色に違和感を覚え、もう一度屈む。

 すると、引き出しと引き出しの間に、何かが挟まっているのが見えた。

 白い封筒だった。

 封筒は、引き出しの間に挟まれ、飛び出たように少しだけ顔を出していた。

 わたしはそれをそっと引いた。

 封筒は、するりと簡単に引き出せた。

 封筒には微かな厚みがあった。手紙が入っているようだ。

 けれど、差出人も受取人の名前もない。

 書かなくても、互いにそれがわかっているということだろうか。


 ふいに、どきんと心臓がなった。


 手を胸にあてる。

 笙子?

 笙子がいる?


 わたしは数秒その手紙を見詰めた後、封を開けた。

 白い便せんが入っていた。それをゆっくりと開く。


 7月12日 PM6:15


「え、これだけ?」

 わたしは便せんや、封筒をかざしてみたが、その他の文字はどこにもなかった。

「この日付は、事故のあった当日だ」

 この意味はなんだろう?

 わたしと笙子は、あの日タクシーで両親の待つホテルへと向かっていた。

 父の退職のお祝いを、叔父が働くホテルのレストランですることになっていたからだ。


 レストランは、6時半に予約していた。

 「7月12日 PM6:15」は、ホテルに向かう途中の時間なのだ。

 誰かと会うなんて、無理だ。

 わたしと笙子は、行動をともにしていたのだから。

 思い返しても、笙子が誰かと会うようなことはなかったし、携帯がなるようなこともなかった。


 ……どう考えたらいいんだろう。


 壁にかけてあるカレンダーを漫然と眺めながら、ふと閃いた。

 もしかして、この「7月」って、今年のことではない、とか?

 この手紙には、日時は書いてあるけれど曜日は書いていない。

 わたしは急いで自分の部屋へ行き、去年のスケジュール帳を出した。


 7月、7月――。


 手帳を、ぱらぱらとめくる。

 捲る指が、汗ばむ。

 心がはやる。


 ・7月12日~13日 家族で温泉


 そんな文字が飛び込んできた。

 瞬時に、その時の記憶がよみがえった。

 涙が出そうになる。

 でも、ここで泣いたところでどうにもならない。

 今は、笙子の手紙が優先なのだ。


 去年のこの日は、家族で旅行に行っていた。


 つまり、これは、去年でもないってことになるのかな?

 ってことは、もっと前のこと?

 そう考えたところで、それは違うって思えた。

 違う、って。

 この手紙を見た時の、あの心臓が跳ねるような反応は。


 ――笙子。


 事故以来、わたしは初めて笙子を感じていた。

 それは、笙子をこの体に戻さなくちゃいけないと思いつつも、何の術も見い出すことができていなかったわたしの、一筋の光になった。


 ――この光を、消してはいけない。


 笙子は、この手紙に反応した。

 学校で誰に会っても、街を歩いても、テレビを観ても、そんな反応はなかった。

 だから、思う。

 笙子がここに、この体に戻ってこられない理由は、この手紙にあるのかもしれないって。

 胸に、そっと手を当てる。


「ごめんね、笙子。わたしに、自分の生活をさぐられるのは嫌だよね?」


 姉妹とはいえ、家族とはいえ、知られたくない心の秘密はあるだろう。

 でも、ごめんね。

 笙子を戻すために必要なら、やっぱりわたしはやらなくちゃいけないよ。



 わたしはその手紙を、そっとポケットに入れた。


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