1・25才会社員→高校生④
男の子の外見は、まぁ、いいと思う。髪は薄茶で、色も白い。顔立ちも整っている。
わたし好みの元気、単純、大型わんこ系ではないけれど、すっきりとした上品な顔立ちをしていた。
背は、笙子より少し高いくらいだろうか。でも、まだ伸びそうだ。成長中って感じだ。
図書委員をするくらいだから、笙子同様に本が好きなのか。
もしくは、なり手のない委員を決めるためのじゃんけんに負けてしまった残念君か。
見るからに真面目って感じでも、特別ガラが悪そうでもない。だからといって遊んでそうだとか、そんな感じも全然ない。
つまりが、笙子がうちに連れてきたら、母が喜びそうな好感度高めの高校生男子といったところなのだ。
ただ、笙子に向ける視線が、ちょっと剣呑としているというだけで。
彼の名前を確認するため、
すわ、笙子の彼かと疑ったわけだけれど、笙子の周りの友達たちから彼の名は出てきてない。
仮に二人が秘密の恋人同士だったとしても、交通事故でひどい目に遭った彼女に何の声かけもないなんておかしな話だ。
楡井 慧は笙子の彼ではない。
それでもなんか気になるのは、つまりが「女の勘」ってやつ。
わたしには、笙子と楡井の間に、何かがあるように思えてならなかった。
しかし、ここは慎重にしなくてはならないところだ。
いつか戻って来る笙子のために――そう、絶対に笙子は戻って来るのだ! 下手な事はできない。
幸いにも、わたしは事故のために記憶障害が起きていると公表しているため、大抵の漏れやポカは免除になっていた。
勉強も、人間関係も。
だから、とりあえず楡井に関してはスルーしよう。やっかいごとは、ごめんだ。フラットな状態で、笙子にこの場所を返したかった。
図書委員会では、楡井が出した意見が採用された。ホームルームのうちの5分を使い、朝読書の時間を提案するといったものだ。それなら、自然と図書館に本を借りに来る生徒が増えるって算段だそうだ。なるほどなぁと、感心する。
委員会が終わり、佐知と連れ立ち歩く。
「それにしても、まさか、あの楡井君が意見を出すとは思わなかったわ」
「楡井君って、どんな人なの?」
「無関心よ。なんで図書委員になったのかもわからない。本は好きみたいだけど、なんか斜に構えている」
佐知の口調には、笙子に気を遣うような色はない。やはり、笙子と楡井は無関係。いやいや、もしや楡井の片想いか?
高校生の恋愛か……なんて思いながら廊下を曲がったところで、向こうから歩いてきた大型わんことばっちり目が合った。
うわっ! 出た!
「お、朝倉」
いや、宗田先生か。
かつて、わたしと同級生で、わたしを振った男は、妹の学校で体育の教師になっていたのだ。
「朝倉、どうだ。体調は」
「まぁ、ぼちぼちってとこですかね。えへへ」
「……そうか。うん、そうか。まぁ、それはよかった」
「心配おかけして、すみません」
大人しめの声を出し、そう答えたところで、はっとした。
笙子は「ぼちぼち」なんて言葉は使わない。(きっと!)
えへへとも笑わない。(これは、確証)
宗田は、左手を首筋にあてた。
知っている、見慣れた仕草だ。
「でも、なんか。朝倉、おまえって、――いや、ごめん。とにかく、あんまり無理せずに、しっかり食って元気だせよ」
宗田はそう言うと、去っていった。
わかる。すごく、わかる。
宗田が何を言おうとしたのか。
――朝倉、おまえって姉さんに似てきたな。
互いの口調さえ覚えるほど、わたしと宗田は仲が良かった。
だから、わたしは勘違いしたのだ。
わたしが宗田を好きなように、宗田だってきっとわたしが好きだって。
高校2年生のバレンタインのとき、わたしはチョコレートを渡し宗田に告白した。
あのときも宗田は、左手を首にあてていた。
「うれしいよ。ありがとう。だって、朝倉はさ、すごくいいやつだからさ」
「ありがとう」
「だから、なんていうか。朝倉は、女の子っていうんじゃなくて、男みたいな感じというか」
「ちょっと待ってよ。わたし、女の子だけど。で、女の子として、宗田が好きだって告白したんだよ」
「それ、たぶん、違うと思う。朝倉は勘違いしている。俺たちは、仲いいけど、友達だろう? それを、朝倉は恋愛だと勘違いしているんだよ」
勘違いしているのは宗田でしょう! と、言いたかったけど、もしかすると、これが宗田なりの優しい断り方なのかもしれないと思い、一旦引いた。
いいやつ認定はされているので、希望がないわけじゃない。また、少し様子を見てから告白すれば、いけるかもしれない。そう考えたわたしは、あまりにも楽観的だった。
その翌日、宗田に彼女ができた。運動なんか1ミリもしないような、可愛い女の子だった。彼女は、女子の間では「いいやつ」なんて称号とは真逆の、いわくつきの女の子だった。
そうか。恋愛において、いいやつなんて称号は不要なのだ。いいやつなんて、くそくらえだ!
わたしは校庭を走った。選ばれない悲しみと、そんな宗田への怒りで心は真っ黒だった。わたしの恋心も、告白も、失恋も陸上部のみんなが知っていた。なんともいえない顔で、部活の仲間がわたしを見ていたのを知っている。
可愛い彼女と宗田は、3か月もしないうちに別れた。ほんの少し期待したけれど、宗田がわたしに振り向くことはなかった。
あんな振られ方をしたのに、わたしは大学になってもしつこく宗田が好きだった。別の大学に進んだけれど、あいつの出る大会をチェックしては、こっそり何度も覗きに行った。
わたしは、自分でも怖いほど、宗田が好きだったのだ。
大学3年生のある日、わたしは自分のスケジュール帳に宗田の大会を書き込みながら、ふと、我に返った。
わたしは、いつまで彼を見に行くのだろう。
このままじゃ、一生宗田に振り回される。
わたしは、「宗田断ち」を決めた。誘われれば参加していた、陸上部の同窓会も欠席するようになった。
宗田なしの生活は、思ったよりもうまくいった。
わたしは、わたしの時間をわたしのためだけに使うようになった。就活も終えていたので、おしゃれもして、髪の色もかえて、誘われるままにデートだってした。
そして、わたしは社会人になった。素敵だなって思う、先輩だってできた。わたしは宗田の呪縛から逃れられたと思った。
笙子が高校に入学した春。妹に見せてもらった集合写真にあいつを見つけて、腰を抜かしそうになった。
とんでもない縁だと思ったけれど、彼の存在にびっくりはしたけれど、写真を見てときめくかと聞かれれば、微妙だった。
もしかして、「宗田断ち」の成果あり?
そして、今。
笙子の体に宿ったわたしと、先生の宗田。
事故の前、わたしは宗田に会いたいと思っていた。
リアルな宗田に会っても、ときめかない自分を確認したかった。
だから、そろそろ連絡があるであろう、陸上部の集まりにも顔を出そうと思っていた。
そう考えていたわたしは、あまりにも楽観的だった。
宗田に再会したわたしは、やっぱり、しっかりときめいた。
笙子の体にいるわたしの心は、悔しいほど宗田が好きだった。
いったい、これ、何なの?
笑いたいのか、泣きたいのか。
この感情を、自分でもどうしたらいいのか、扱いきれなかった。
けれど、段々とこう思いだした。
もしかして、これは神様がくれた、最後のギフトなのかもって。
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