第2話 無視

 だが、このような直接的な卑猥コメントも初めてではない。前にも、何回か送られたことはあるが、全て、無言で強制退室させている。そのうえ、強制退室には、自動ブロック機能がついているから、私のような配信者にとっても安心なのだ。


 そのため、何も言わずに、荒らしの強制退室を実行。その後、気を取り直して、先ほどまでの雑談に話題を戻した。


「みんな、お待たせ!荒らしは強制退室させたから、もう大丈夫!」


 安堵の声や、驚きといった反応がコメントとなって、大量に流れていく。みんな、私のことを、とても心配してくれたみたいだ。


「本当に心配させてごめん。70万人記念枠の話だったよね」


 先ほどまでの話。正確には、荒らしが、私の配信に現れる前までの話題に、話の中心を戻すと、すぐに、たくさんの質問がコメント欄に表示された。


「う~ん。誰かとコラボしたり、ゲストを呼んだりっていうのはないかな」


 もちろん、そういった配信はやりやすいというメリットがある。だけど、コラボ配信や、ゲスト配信をしたところで、その関係性がすべて、Win-Winになることは、ほとんどない。重要なのは、私や、私のファンだけでなく、コラボやゲスト相手本人と、そのファンも、楽しめる内容の配信にすること。これを達成するのは、簡単なように見えて、意外と難しい。


「そうだね。企画するっていうよりは、企画に参加するって感じ」


 しかし、どの企画に参加するかは、まだ決めていない。登録者数70万人記念を兼ねた仕事オファーが、2件ほど来ているのだ。企画の詳細をよく読んで、どちらの仕事を引き受けるか、充分に検討しておこう。


「うん、登録者が70万人になったら、お知らせするから!」


 そう言って、ミッカーチルドレンのみんなに、最近食べた、美味しいお菓子でも聞こうとしたところで、再び、コメント欄がざわつき始めたのが分かった。


「今度はなに?え、また、荒らし?」


 先ほどの卑猥コメントをした人間と、同じ人物だと思われる荒らしが、違うアカウントを使って、コメントに書き込みをしている。


「分かった。みんな、私に教えてくれてありがとう」


 覚悟を決めた私は、平静を装いながら、ミッカーチルドレンのみんなと、雑談を続けることを決意した。荒らしのコメントだけ無視していれば、そのうち、相手されないことにつまらなさを感じる人間は、私の配信から出ていくに違いない。


「みんなはさ、どういったスイーツやお菓子を作るのが好き?」


 敢えて、普段通りの話題を振った。いつもの私をライブ配信で見せながら、ミッカーチルドレンから送られてきたコメントに、積極的な反応を返していくことで、みんなにも荒らしを無視するよう、働きかけるのが狙いだ。


 しかし、みんなから届けられる回答とは別に、荒らしのコメントも混ざりこむ。


【どこから触られたい?おっぱい、おマンコ、それとも、ア・ナ・ル♥?】


 最悪だ。でも、注意したところで意味がない。そのため、私は、再度、荒らしを配信外に追放した。これで、ようやく平和な雑談が出来る。そう思った束の間、新しく入室した別の垢によって、またまた、配信を荒らされた。


【そっかそっか。そういうことか。ミカちゃんは、触るのが好きなんだ。ならさ、俺のチンチンしごいてよwww】


 メンバー限定のライブ配信にすればよかった。そんな後悔を胸に抱えながら、荒らしの存在を見て見ぬふりすることを、私は選択する。


「え~、みんな意外!チーズケーキを作るのが好きなんだ!私、絶対に、アップルパイか、カスタードプリンだと思ったもん」


 少し大げさに驚きつつも、不自然なまでのリアクションは取らない。むしろ、オーバーリアクションは、好感度を下げかねない要因のひとつだ。


【もしかしてウブ?俺、初々しい女の子が大好きだから、教育してあげるよ。ほら、性教育してくださいって、言ってごらん?】


 自然に見えるくらいの表情で反応したせいか、常識あるコメントの間に、不快なコメントが挟まれている。何回目の荒らしだろうか。もう面倒すぎて、強制退室ボタンを押す気にすらなれない。


【ほぉら、性教育♪】


 そうしてすぐに、私のコメント欄は、荒らしによる不快なコメントで、一時的に埋め尽くされた。どの荒らしコメントにも、私を煽るかのように、性教育という言葉が強調されて使われている。私の精神は、すでに限界だった。


「ああ……。ああああ~~!!」


 荒らしに対する怒りをぶちまけるような声を出してしまった。一旦、自分を落ち着かせよう。大丈夫、深呼吸をして……。


「ふぅ~~」


 長い息を吐きだし、全身が脱力していくのを確かめる。しかし、脅しとも取れる、荒らしからのコメントを目にした瞬間、すぐに全身に力が入った。


【無視すんなよ。次、無視したり、強制退室させたら、あの動画ばら撒くからな】


 あの動画?疲弊した頭で、過去のことを振り返っても、特に、公開されて困るような映像は、撮ってもいないし、撮られてもいない。ましてや、私のちょっとした過去の日常が公開されれば、意外性の高さで、好感度が上がるだけだ。


「ねえ、みんな、その話するのやめない?」


 けれども、私のコメント欄は、悪い意味で盛り上がっている。これまで、荒らしのコメントに全く反応しないでくれていた、ミッカーチルドレンのみんなが、動画の内容を知ろうと、お互い、盛んに議論し合っているのだ。


【もう知らね】


 愛想を尽かされたのか、しつこかった荒らしが、最後のコメントを残し、自ら退室してくれた。動画の中身が気がかりだけど、心配するには及ばないだろう。しかし、これ以上、ライブ配信を続ける気力や、体力は残っていない。


「いきなりだけど、今日の配信は終わるね。ミッカーチルドレンのみんな、来てくれてありがとう!それじゃ、おつ~」


 ライブ配信が終了し、疲れた私は、椅子に座ったまま天井を見上げた。配信の雰囲気を台無しにした、荒らしによる精神的な疲れのせいで、顔や首筋などから、汗が大量に噴き出てくる。タオルを持ってきて、拭くとしよう。でも、その前に、水か、お茶を飲んだ方がいいかもしれない。


「マグカップ、どこ置いたっけ。あ、グラスがあるから、これでいいや」


 マグカップの代わりに透明なグラスを持って、冷蔵庫を開けた私は、ミネラルウォーターと書かれたボトルを取り出し、水を注いだ。


「あ~、生き返る!やっぱり、水分補給はこれに限るよね!」


 水分を補給した後は、汗を拭かないと。私は、浴室から持ってきたタオルで、汗を丁寧に拭き取ると、疲れていたのか、そのまま眠りについていた。


 そうして、数時間後に起きた私は、SNSで、今回のライブ配信に関する謝罪を、投稿するため、サイトを開いた。


「え……?」


 気になる言葉がSNSのトレンドになっていた。え、あの動画ってまさか。そんなことを考えながら、トレンドの詳細を把握するため、各アカウントの関連投稿を、上から下に順番に見ていく。


「嘘だ嘘だ嘘だ」


 そこには、甘いセリフを男の人に向かって囁きながら、嬉しそうに腰を振っている私のセックス映像が、映し出されていた。

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