第3話 拡散
だけど、この身体は、私のものじゃない。体つきがそっくりなだけで、胸の形や、乳首の特徴は、全く違う。顔だけが私に入れ替わった、いわば偽物。その事実を公表して、あの動画を拡散した犯人を特定しなければ。
「SNSで『あの動画』という言葉が話題になっていますが、そこに映る人物は、私ではなく、私の顔を利用した偽物です。私の顔を使ったフェイクポルノの作成や、拡散は絶対に許しません。作成者や、拡散者を特定し、法的手段を講じます」
下書きに書いた文章を読み上げ、それを私は投稿する。すると、すぐに幾つもの投稿が、返信として送られてきた。
【それなら、全裸になって証明しろや。絶対、出来ないくせにwww】
【ケモノみたいにセックスする女性に言われても全然、説得力がないですよね】
【オナネタの提供、ありがとうございます!】
そのすべてが、私の発したメッセージを否定している。みんな、私を信じてくれないんだ。動画の中の女性は、私なんかじゃないのに。それでも、私が投稿した内容を真実だと思ってくれている人は、返信欄を見る限り、皆無だ。
「はぁ~。どうして、こうなったんだろ」
やや長い溜息を吐きながら、その理由を私なりに考えてみる。しかし、思い当たるような原因は、これまでの活動を振り返ってみても、見つからない。
「しばらく経てば、状況が落ち着いてくるかな?」
考えても分からなかった。今はそうなるように、祈ることしか出来ない。私は、電気を消した部屋の中で、仰向けになりながら目を閉じた。
何度目かの目覚まし音で、自分の体を起こす。これほど、すっきりとしない睡眠は、いつぶりだろう。私は、近くに置いていたスマホを手に取ると、そこに表示された、とある通知に言葉を失った。
「私の顔で作られた偽動画が、海外にも広まってる……?」
こうなれば、私のフェイクポルノそのものを、この世から抹消することは、もはや不可能に近い。国内にいる、私の偽動画の拡散に関わった人間を、徹底的に取り締まり、捕まえたところで、何の意味もないのだ。
「それでも、私のフェイクポルノを作って、流したやつだけは……!」
何が何でも、捕まえてやりたい。だけど、それもまた、無理だと知ってしまった。あの動画を作り、ばら撒いた犯人は、日本と、犯罪人引渡し条約を結んでいない海外の国に住んでいる。それだから、フェイクポルノに苦しむ、私の悲痛な叫びや、心からの怒りが、犯人の元に届くことは、無いに等しい。
「そんな、それじゃ……」
確実に特定して捕まえられるのは、不特定多数に、私のフェイクポルノを公開している、国内の人間のみ。それ以外の人々による拡散行動は、最悪、何の制裁も出来ずに、傍観することしかできないなんて。
「さらに、これ以上の地獄が、これから続くっていうの?」
勘弁してほしい。だけど、私の願いとは裏腹に、現実は、そうはさせてくれない。次々と投稿される心ないメッセージが、私の心を少しずつ蝕んでいく。
「嫌だ。ねえ、誰か助けてよ!」
既に手遅れとなってしまった救いの手。だとしても、差し伸べられた誰かの手に縋ることで、私は心のどこかで安心したかった。でも、SNSに、私の居場所は、もう残っていない。私にあるのは、動画ポータルサイト上に存在する、自身のチャンネルだけだ。
「そっか。メンバー限定の配信をすればいいのか」
死んだような目になりながらも、僅かな希望が、そこにあると思いたくて、私は、ライブ配信を始めた。今日はメンバー限定配信とはいえ、昨日に続いて2日連続の配信なんて珍しい。コメント欄で、そんなメッセージが私に、数多く届いた。
「分かるでしょ。理由、察してよ」
私らしくない反応に、ミッカーチルドレンのみんなから、心配する声が届く。
「大丈夫なんかじゃない。私の心はズタボロなんだよ!?」
これまで、飾られてきた甘濃ミカ。そんな私が演じる甘濃ミカは、演技によって作り出された、自分とは別の存在だった。でも、今は、甘濃ミカを演じて、みんなを楽しませる精神的余裕はない。私は、ありのままの自分で、自らが立たされている今の状況を、涙を流し、声を震わせながら説明した。
「私は、みんなを笑顔にする配信をしていただけなのに、うぐっ、どこの誰かも知らない人間に自分の配信を荒らされて、挙句の果てには、脅されて。ぐすっ。自分の顔を元に作られた偽動画を、いろんなところにばら撒かれて。そのせいで、私の評判は、どんどん落ちているの!ねえ、ぐすん。私の苦しみが分かる……?」
いや、分かるはずがない。この精神的な苦痛は、経験した人にしか理解できないのだ。同じ境遇に陥った人が周りにいないという、孤独感からくる辛さが、私を更なる絶望感の淵へと追いやる。
「そうだよね。誰も私のことを理解できるはずないじゃん」
1人納得したかのように頷き、心の殻に閉じこもる。そんな私の空虚な表情を見かねた何人かの常連リスナーが、スーパーチャットを飛ばした。
「〇〇さんも、△△さんも、□□さんも、みんな、スパチャありがとね」
しかし、心にぽっかりと穴が開いてしまった私の声に、感情はこもらない。代わりに、ぎこちない笑顔を作るのが、今の私の限界だった。
「うん。また近いうちに、メン限するから」
ミッカーチルドレンのみんなを安心させるため、次回の配信もやることを伝える。でも、本当にやるかどうかなんて分からないし、やったところで、どのくらい配信をしていられるのか、本当に予想がつかない。だけど、そのくらい、私が追い詰められているのも、また確かだった。
「みんな、終わるよ。そんじゃ、おつ~」
定型文のような挨拶を言って、自分のライブ配信を切る。そうして、私は、静かに冷蔵庫の前まで移動すると、何も言わずに、水を一気飲みした。
「あ、SNSのダイレクトメッセージに、何か来てる」
そこまで、交流がない相互のアカウント。その持ち主から送られてきたメッセージに、私は強いショックを受けた。
【ミカちゃん、僕ともセックスしよう。そうすれば、きっと、僕のムスコも喜ぶよ。ねえ、見て。君を求める、ムスコの愛らしくて元気な姿!】
そのメッセージの下には、それを示すかのような短い動画がある。サムネイルに映る画像から判断するに、内容は間違いなく、男の人の自慰映像だ。見れば、絶対に後悔する。そう思いながらも、私が動画を再生したのは、出来心からだった。
動画が始まり、下半身が裸になっている男の人が映し出される。もちろん、その中心あたりにあるのは、勃起して上を向いているチンチンだ。彼は、自らのチンチンを右手で握ると、荒い息を織り交ぜながら、それを上下に動かし始めた。時節、繰り返される気持ちいいよアピール。そうして、彼が、私(甘濃ミカ)の名前を呼び、溜まっていた精子を勢いよく発射させた瞬間。私は、あまりの気持ち悪さに口から、消化しかけの食べ物を、思いっきり床に嘔吐してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます