第1話 配信

 広々とした長机の上に、三脚で固定したビデオカメラを置き、即席の笑顔を作る。ニコッとした笑顔が映った自分は、いつも通り可愛らしく見えた。動画ポータルサイトと、SNSで告知していた配信時間が、合致していることを確認し、マイクに向かって声を出す。


「あ、ああ~」


 うん、調子は悪くない。発声を通して、喉の状態を確かめた私(甘濃あまのミカ)は、愛用しているデスクトップパソコンの電源を立ち上げ、パスワードを入力する。


「これで良しっと!」


 パスワード入力画面が、ホーム画面に代わり、背景には、カラフルなケーキが並ぶ写真が映し出される。この写真は、偶然にも、街中で見つけたお洒落なケーキ屋さんに入ったときに、スマホのカメラで撮ったものだ。


「さてと、まずは……」


 慣れた動作でウィンドウを開いた私(甘濃ミカ)は、お気に入りサイトに登録していた動画ポータルサイトに向かうと、すぐに自身の運用するチャンネルを表示した。チャンネル登録者数は約68万人。決して、誰もが知っている有名人というわけではないが、この動画ポータルサイトでのライブ配信を趣味にしている人なら、1回くらいは聞いたことのある知名度は、あるんじゃないかなと思う。


「もうすぐ、チャンネル登録者数70万人達成の記念枠か~。そろそろ、企画考えておかないといけないかな」


 口には出してみるものの、何も考えていないわけではなかった。ただ、これまでのような記念配信では、少し刺激が足りない。だからこそ、今回は、全く新しいことに挑戦することで、もっと、甘濃あまのミカの魅力を知ってもらいたい。


「そのための候補は幾つかあるんだけど、それよりも前に、配信やらなきゃね」


 壁時計の時刻に目を遣って、タイトル、そして、サムネイルの設定。それから最後に、配信開始のボタンをクリックすれば、完了だ。


(さあ、今日は何人が来てくれるかな?)


 ライブ配信をする前から待機していたのか、配信開始と同時に、多くの人がなだれ込んでくる。もちろん、それに比例して、コメントの流れるスピードも加速していくから、どのコメントを読み上げ、どんな反応をするのかということを、非常に短い時間で判断しなければいけない。今では、そんなコメント対応にもすっかり慣れたものの、たまに起こる、不意打ちのような加速スピードへの対処は、やっぱり、今でも、それなりのキツさがある。


「こんばんは~。ミッカーチルドレンのみんなは、元気だった?」


 ちなみに、ミッカーチルドレンとは、私こと甘濃ミカのリスナーの名称だ。ある1人のリスナーからもらった案だが、私自身、とても気に入っている。


 そうして、ミッカーチルドレンと呼ばれたリスナーたちの送ったコメントが、次々とパソコン上に表示されていく。


「良かった、みんな元気なんだね!あ、私も元気だよ~」


 ミッカーチルドレンのみんなからコメントを貰い、安心感を覚える。少し久しぶりのライブ配信のため、過疎になるのではという不安もあったが、いざ配信を始めてみれば、そんな心配はするだけ無駄だったみたいだ。


「それでね、今日はみんなに報告したいニュースがあって……」


 そう言って、敢えて間をつくる。勿体ぶりたかったからじゃない。少しの間、ミッカーチルドレンのみんなに、ニュースの内容を予想させることで、どんな答えがコメント上に出てくるのか、私自身、とても知りたかったからだ。


「何人か、だいたい当たっているね~。正解は……、こちら。株式会社甘味堂さんとのコラボスイーツ、『抹茶アンズの濃厚タルト』が8月1日から5日間限定で!弘谷駅前本店にて発売されま~す!パチパチパチパチ~!」


 発表をした途端、コメントの流れるスピードが少しだけ速くなる。ミッカーチルドレンのみんなが、一斉にお祝いの言葉を送ってくれた影響だ。そうして、今回のコラボスイーツの魅力を説明しようとしたところで、何人かのミッカーチルドレンから、この商品の値段が分からないままだと指摘されてしまった。


「あ、ごめん。値段を伝え忘れてた。5日間限定のスイーツ、『抹茶アンズの濃厚タルト』の価格は、税込み790円です!」


 言うまでもなく、コラボスイーツの値段を知った、みんなの反応は様々で、安いというコメントもあれば、高いといったコメントもある。中には、量やカロリーにもよるから、一概には判断できないという意見も少数、出ているみたいだ。


「じゃあ、商品説明の方に移るね。このコラボスイーツの魅力は、なんといっても見た目の美しさ。型で作られた焦げ茶色のタルトの上に、抹茶がかけられ、その上に、アンズが乗っているから、写真映えすること間違いなし!もちろん、抹茶とアンズっていう、日本ではあまり見られない組み合わせだから、食べたらきっと、その複雑な味わいに感動すると思う!」


 この時に大切なのは、自信を持って伝えること。いくら商品の中身が良くても、その魅力を発信する側の人間が、しっかりとその役割を果たさなければ、どんなものであれ、ターゲットとなる購買者からの好感触は得られない。


「はい。ということで、限定スイーツ、『抹茶アンズの濃厚タルト』の発表でした!ミッカーチルドレンのみんなも、食べたくなったんじゃないかな?絶対に欲しい、食べたいという方はね、早めに買い求めることをお勧めしま~す!」


 そこで、今日の配信目的のメインである、コラボスイーツ発売のお知らせを終えて、おまけとも言える雑談に話題を移す。


「あ、それさっき、配信前にも考えてたんだけど、まだ具体的なことは何も決まってないから、今の時点では何も言えないかな~。でも、今回の記念枠は、今までと違ったものにするから、その時まで、楽しみに待っててね」


 これは、チャンネル登録者数70万人達成の記念枠の内容について、コメントで聞いて来てくれた、とあるミッカーチルドレンに対する私なりの答えだ。


「視聴者参加型の記念枠は、良い案だね!候補に入れようかな」


 と自分で言ってはみるものの、70万人達成の記念配信で使う気にはならない。みんなを驚かせるようなものだからこそ、実行する意味がある。でも、悪い案じゃないから、次回以降の記念枠に使わせてもらおう。そんなことを考えていたら、コメント欄が、急に荒れ始めている。何が起こったんだろう。


「みんな、どうしたの?」


 私の素直な疑問に、ミッカーチルドレンのみんなから、次々と答えが返ってくる。どうやら、私の大切なライブ配信に、迷惑な荒らしがいるみたいだ。いつ、だれが、どんな荒らしコメントをしたのか探るため、コメントを遡っていく。


「ミッカーチルドレンのみんな、ちょっとだけ待って」


 あった。どこの誰かも分からない、顔の見えない人間が、明確な悪意を持って、このコメントを書いている。正直、気持ち悪い。


【ミカちゃんのおっぱいはスベスベで気持ちいんだろうなあ。ねえ、触らせてよ。あ、下のおマンコの方がいいか。あははははははwwwwww】

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